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深まる謎


 大砂漠の東の村。


 そこに住む少女は、1ヶ月前、錬金術師と名乗る男と話したのを、すっかり思い出さなくなっていた。錬金術師から預かったおもちゃの金貨は、家のそばにある木の根元に埋めた。

 おもちゃの金貨を隠すためなのはもちろんだが、それを見ないようにするためでもあった。見る度、錬金術師のことを思い出す。彼は砂漠を渡ったのかそうでないのか。無事渡れたとはとても思えない。

 渡ろうとしたなら、十中八九、あの錬金術師は死んだ。

 たとえちょっと会って話しただけの知り合いでも、その人の死を連想するのは、少女にとって辛かった。だから見ないよう、意識しないよう、おもちゃの金貨を埋めて隠した。



 1ヵ月後の今日、キャラバンの一団が村に立ち寄った。

 錬金術師が来た1ヶ月半前、つまり今から2ヶ月半前、港からのキャラバンはこの村を出発していた。2ヶ月半かけて、往復して戻ってきた、というわけだった。

 彼らの目的は、砂漠を越えることでなく、オアシスに物資を届けることにある。船便で東の港に集めた荷物を、東から西へ運ぶのだ。

 その中継点として、村に立ち寄るのが通例だった。誰も欠けることがなく、キャラバンは戻ってきた。

 キャラバンの中には、一番年齢が若く、少女の相手をしてくれる青年がいる。もちろん彼も無事だった。


 キャラバンの人々は、井戸のそばで休憩を取る。

 その中に例の青年を見つけて、少女はとことこと近づいていった。


 青年は少女の顔を見るなり破顔した。


「よう、今回もうまくいったぞ! 大儲けだ」


「よかったわ。でも、贋金がその儲けに紛れ込んだりしていたりしない?」


「おいおい。あんまり見くびるなよ」


 青年はいぶかしげに目元を歪めた。


「今時、贋金なんて誰もやらない。どうした、隣のじいさんが誰かに贋金でもつかまされたのか?」


「いいえ。ただ最近、そういうのを旅の人が持ってるのを見かけただけよ。金貨の偽物は偽物だけど、おもちゃみたいな、あんまりにもお粗末なシロモノだったわ」


 少女は、その金貨の特徴を話した。

 すると青年の様子が豹変した。深く息を呑んだのである。


「おい、そりゃあ」


「何?」


 少女は怯えた。青年が見たことのない顔をしている。それは、少女を安心させるようなものでは決してなかった。


「大昔の金貨だ。今よりも金の純度が高いし、好事家にウケるんだ。今の金貨の3倍、いや5倍は下らない価値がある」


 金貨でさえ、こんな村では一財産だ。それの5倍? とんでもない。家族が1年働かずに暮らせる額だ。

 少女はすっかり血の気が失せてしまった。もう少し年齢を重ねていれば、平静を装えたかもしれないが、今はムリだ。


 そんな高価なものを、おもちゃだと決め付けて、受け取って、預かった。もし何かの間違いで人手に渡していたら、またはなくしてしまっていたら、あの錬金術師に散々に殴られても文句は言えない。それだけの価値が、おもちゃだと思っていたあの金貨にはあったのだ。


 知らなかったから、で済む話ではない。


「青ざめて、どうした。まさかその金貨を代金に受け取ったのか」


「いいえ、まさか」


 本当だ。宿や食料の代金に、金貨など誰も受け取っていない。


「じゃあどうして、そんなに怯えている」


「実はね……」


 預かっている。確かに木の根元に隠してある。

 そんなことを正直に話していいものだろうか。

 いくらなじみとはいえ、少女は青年に真実を語る気にはなれなかった。

 こんな村だ。財産はろくになく、ただ旅人のための備えがあるだけ。悪人をろくに想定していない。

 青年が悪い気を起こさないとも限らない。青年が悪人だからではなく、人間には誰しも暗い部分というものがあるからだ。そこをいたずらに刺激するべきでないと、少女は幸いにしてわかっていた。


「おもちゃねって、嘘つきねって、金貨を見せびらかしたその人をひどく罵ってしまったの。失礼なことを、とても失礼なことをしてしまったわ。なんてひどい……」


 ほとんど本心からの言葉だった。すべて本当のことだ。

 しかし意図的に語っていないことがある。それだけ。


 嘘をつくには、真実を混ぜなければならない。ならば真実しか語っていないのに、嘘とわかるわけもなかった。


 少女は、いかにも純真な、いたいけな10歳の女の子を装って、青ざめた本当の理由を隠した。


 青年はすっかり信じたようだった。


「大丈夫さ。そこまで心配することない。しかし旅人でそんな貴重なものを持ち歩くなんてな。しかもお前みたいな子に見せびらかすとは。そいつも危ないことをする。無神経だ。そういうことをすると、自分だけでなく周囲を事件に巻き込んじまうんだ。あ、いや、オレはそんな、人のものを欲しがったりしない、しないが、そういうやつが世の中にいるのも事実だ」


「わかってるわ」


 少女は一息ついた。心底ほっとした。

 あえて青年がそういうことを言うのは、仮に少女が持っているとは思っていないからだ。そう少女に思わせて裏をかくということもありうるが、この青年は、キャラバンの中で一番若いせいか、年上ぶりたがる。

 事あるごとに少女を子ども扱いする。青年が裏をかいているという心配は、しようがなかたった。子ども相手にそこまでする必要がない。うまく誘導して喋らせればいいのだ。


「あと、あんまり行きずりの旅人に近づくのも感心しないぞ。そいつみたいな無自覚な危険人物もいれば、ひどい悪党だっている。気をつけろ」


 そらきた、子ども扱いだ。


「わかってるってば」


 少女は、あえて子どもっぽく振る舞い、青年の望むとおりの言動を取る。むくれたふりをした。


「危ない人には近づかない。あなたに来年も会いたいもの。……来年も、会えるのよね?」


「もちろんだ。それどころか、次は半年後かもしれねえ」


「そうなの?」


 このキャラバンは、交易品のほかに、船で特別な荷物を運んでいるという。その荷物については極秘中の極秘らしいが、一年に一度運ぶのはこの荷物のせいだ、ということは少女も教えてもらった。


「そうさ。例の秘密の荷物がな。大層お気に召して……いや、忘れてくれ」


 『お気に召して』。

 まるでその荷物は生きている、もっと言えば意識があるようだ。

 もしかするとその荷物というのは、荷物というよりは、人間、なのかもしれない。少女も察したが、そこは女の子だった。秘密の共有も慣れたものだし、暗黙の了解というやつを心得ていた。


「私、何も聞かなかったわ」


「お、おう。ありがとう。そうだ、菓子をやろう」


 つまりは口止めだ。

 少女はきれいな飴細工に、にんまりとする。透き通った色とりどりの飴の彫刻は、見て楽しい、食べておいしい。うっとりしてしまいそうだった。


「本当はオレの女房への土産だが、仕方ねえよな」


「仕方ない仕方ない」


「なあに、一年後ならともかく、半年後だ。さらに稼いで戻るってんなら、機嫌もそこまで悪くなくならないだろうさ」


 そうだ。次は半年後、なんてことはこれまではなかった。

 少女はぜひとも聞きたくなった。


「歓楽都市で何かあったの?」


「錬金術師——っつっても偽物な? そいつが歓楽都市を変えちまったんだ。そいつはまた半年後に来るっていうから、その、『荷物がまた半年後に行きたがった』」


「錬金術師?」


 奇妙な一致——いや。

 きっとあの男だ、と少女は確信した。


「名前は? 髪と眼の色は? どんな感じの男の人だった?」


「名前は、ワルターだかウォルターだか。髪と眼は、大層黒かった。光も差し込まない闇かって黒さで、どんな感じかっつうと、全体的な印象は普通。普通だったよ。あれだけのことしておいて、見た目は地味なんだから、余計驚かされるよな」


「その、その人は、砂漠をどうやって渡ったの?」


「どうしてそんなことを聞くんだ?」


「いいから! 教えて!」


「や、そりゃもちろん、砂漠の南北のルートをキャラバンと一緒にたどった、と思うんだが」


 青年は歯切れが悪かった。


「普通、そうするでしょう?」


「そう思うんだが、噂ではどうも違う。というかどこから噂でどこまでが本当なんだか、どれもこれもぶっ飛んだ話でな……」


「詳しく。ねえ詳しく聞かせて!」


 青年はちょっといやらしい笑みを浮かべた。


「ええ? ……どうしようかなあ。オレも疲れてるしなあ」


 青年はちらりと少女の手の中にある飴細工の包み紙を見る。話す見返りに飴細工を返してほしいのだ。あからさまだが、口にしないだけの分別はかろうじてあるらしい。


「これ半分返す! から!」


 とさっき嬉々として受け取った飴細工の内、馬と鳥のものを少女は返そうとした。油紙を破って包みなおす。これで多少なりとも、青年の妻にも面目が立つはずだ。


「お? いいのか? じゃあぜひとも話さなきゃな」


 青年は地面に座り込んで、歓楽都市で起きた『大事件』について、話してくれた。








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