お別れ
少女はかわいらしく頬をふくらませた。
「どうせその金貨も偽物なんでしょう。私だって金貨を見たことくらいあるんだから。金貨の表も裏も、顔がまったく違うわ。女神様はもっとやせてて髪がなびいているし、先代国王様の顔はもっとあごが細くてヒゲも立派よ!」
「え? そうなの? あれ?」
ウォルターは金貨の表裏を確かめた。胸騒ぎを覚えて、魔術師から受け取った金貨を取り出す。
確かにいま取り出したものと、魔術師から受け取ったものとは違う。いま取り出したほうは、ユーリーと名乗る商人から代金として受け取ったものだ。
「偽物……?」
「そうよ。贋金にしてもひどすぎるわ。5歳の子どもだって騙せない。なんだか色あせてもいるし……王国の文字が刻まれてるのに、文字に欠けがある。誰かのおふざけの、おもちゃの金貨ってとこね」
「おもちゃ……あの野郎……」
あれがユーリーという商人の偽者だったなら、渡してくる金貨も偽物だったというわけだ。
ウォルターは肩を落としたが、待て、と思う。それならこれまで、金貨を使った時誰にも指摘されなかったのがおかしい。いやいや、金貨は長い間使わず、使うのもセリンに任せていた。
となると、金貨で売れたと喜んでいたウォルターを傷つけないため、セリンは金の工面をこっそりしていたことになる。残り10枚の金貨は使ったと見せかけて、どこかに埋めでもしたのだろう。
そもそもウォルターだって、偽ユーリーに支払われるまで、金貨というものを見たことがなかった。おもちゃかどうか、本物か偽物か気づけない。
弟子の優しさの感激する一方、偽ユーリーへの怒りに震える。
ウォルターの顔面は複雑怪奇な動きを見せていた。
「それどういう顔なの?」
「うれしい顔と怒りの顔」
「怒りはわかるけど、うれしい?」
「偽物だってことで弟子の優しさがわかったんだよ。けど、まあ、それならほら」
ウォルターは、少女に偽物だという金貨のほうを渡してやった。
「え?」
「おもちゃにしても、割ときれいだし、持ってて悪いもんじゃないだろ?」
「確かに……けど。やっぱり、賭けは、よくないわ」
「いいや。これは賭けじゃない。預けるのさ」
自分がこうまで冴え渡った発想をするのが、ウォルターは意外だった。
「どういうこと?」
「オレはこれから砂漠を超えて歓楽都市に行く。けど、どういうルートを行くにしたって、絶対安全ってわけじゃない。だから儲けが出る。そうだったな?」
「ええ、その通りよ」
「もし砂漠で死んでも、どこの誰とも知らないやつに拾われるか、砂に埋まっちまうかのどっちかだ。なら、せめて、おもちゃの金貨でも、知り合いになった女の子に持っておいてもらったほうがいい。だろ?」
「その気持ちはわかるわ。でも」
「預けるだけ。そうだな、1年、オレがここに戻らなかったらそれをやる。面白い話をしてくれた礼だよ。本物ならともかく、おもちゃなら妥当だ」
「そうね……あなたのこと、勘違いしていたわ」
「何をだ?」
ウォルターは、少女にほめてもらえるものと、期待した。情けない側面もあるが、けなっされるよりほめられるほうがずっといい。
「あなたのことは、どうしようもない口のへたくそなペテン師と思ってたけど、案外、口がまわるペテン師だったのね」
「おいこら」
ウォルターは怒る。怒るが、砂漠越えを信じさせられないのだ。さらなる少女の勘違いを正す気にもならない。
少女は金貨を、その小さな手にぎゅっと握りこんだ。
「ええ、確かに。預かっておく。でも」
少女は顔を上げた。まっすぐウォルターの目を視線で射抜く。
「私、砂漠をムチャな渡り方をしようとしている人がいたら、絶対に止めるわ」
「うん、そのほうが親切だ」
「けど、私は止められない。あなたが本当に行くなら」
「賢い子だ」
ウォルターは中腰になり、少女の頭をなでた。その手は払いのけられた。お気に召さなかったらしい。
「男の人がやることだもの。おじいちゃんがそう言っていたわ」
「そうか」
ウォルターは中腰の状態から、まっすぐ立った。
もう話すことはない。
「面白い話をありがとう、お嬢ちゃん。旅の帰りにまた寄るよ。半年後か1年後かもっと先か、それはわからないけどな」
ウォルターは少女に手を振って、歩き出した。
その背中に少女の声がかけられる。
「ばいばい」
その言葉は、きっと永遠の別れのつもりだったのだろう。
さびしげな声音が、それを裏打ちしていた。