金貨を賭けて
「じゃ、オレはこれで」
ウォルターが浮き足立って出発しようとしたところ、
「ねえ待って」
「ぐぁ!?」
今度は袖でなくフードをつかんで少女に引っ張られた。これにはウォルターもうめき声が出る。
「何すんだ!」
「何すんだはこっちのセリフ。……頭ゆだってるのあなた」
と、村の少女に言われた。
「いやだってそっちのほうが都合がいいし」
「都合よくても危なすぎるでしょあなた……魔術師ならともかく。魔術師じゃないでしょ?」
「錬金術師だ」
「斜断ってのはホラだったのね。よかった」
少女は胸をなでおろしたようだった。
錬金術師すなわちペテン師という常識が、ここでも悪く働いた。いっそ錬金術師を名乗るのをやめようかと考えるものの、行商人と名乗るのも誇りが許さなかった。小さい頃から、自分は錬金術師として在ってきたのだから。
「オレは本気だ……そんなに無謀か?」
「あ・た・り・ま・え・よ」
一音一音、少女にはっきり言われる。
「魔術師のいるキャラバンだって、砂漠にいる時間は最小限にしようとする。最短距離は最短距離でも、基本的にまっすぐ南かまっすぐ北にしか進まない。常識」
主に北から南に移動する以上、それはそうなる。
「横断しようとするキャラバンなんて、1年に1つあるかないかよ。それを、余計に砂漠にいる時間が長い『斜』断?」
「オレだって砂漠の知識はある。昼にすごく暑くて、夜にすごく寒くて、砂しかない。だろ?」
「あなたねぇ……」
無邪気なウォルターの物言いに、少女は頭を抱えた。
まるで年齢が逆のやり取りに、通りがかりの中年女性はほほえましく見るなどしていた。
「いい? そうよ、すごく暑くて寒いの。真夏に常に沸騰するお湯のそばに半日いて、雪の中に全身を埋もれさせて半日無事でいられる?」
「大丈夫だ」
「子ども騙しにもならないわ! 嘘つき!」
年下の少女から罵られて、ウォルターは泣きたくなった。もしかすると自分は年下の異性はとんでもなく苦手なのかもしれない。弟子にも泣かされた。
「大丈夫だって」
「どこが!?」
「火山で寝起きしたことも、雪山で寝起きしたこともある。このローブは優れものなんだ。夏涼しく冬暖かい」
まるで衣類の売り文句だったが、ウォルターにとってはまごうことなき事実だ。
それでも、言葉だけでは、少女に信じてはもらえない。
「もし私がそれを信じるとして、水は? 食料は?」
「これがある」
ウォルターは鞄から水筒を取り出してみせた。見た目は円柱の形をした黒鉄だ。中は空洞になっており、中身はぬるめの、薄茶色のスープだ。
「それが?」
少女は思い切り眉間にしわを作っている。
「これで乗り切る」
「バカじゃないの!? そんな水筒1つで!?」
斜めに砂漠を移動しようとすれば、15日はかかる。オアシスまでたどりつくにも8日だ。そんな道のりを、1日分にもならないようだ水筒で乗り切るのだとすれば、常軌を逸している。
「バカにして! もう知らない!」
背中を向けて走り出そうとする少女の襟首を、ウォルターはつまんで止める。誤解されたままというのは気分が悪い。
「いや! 離して!」
「聞けって。これは飲んでも飲んでもスープが尽きない水筒で……」
「知らない! どうせ手品でしょ!」
たとえウォルターがいくらスープを飲んでみせても、信じてもらえなさそうだ。
ウォルターは発想を変えた。今すぐ信じてもらえないなら、未来で信じてもらえないか、と。さっそく提案してみた。
「今すぐはどうあっても信じてもらえなさそうだ。なら、オレは何か、砂漠を斜断したって証明を、半年以内にでもしよう」
「信じないわ」
少女はどこまでも頑固だった。
ウォルターは苦笑いするしかない。
「嘘だとわかったらこの金貨をお前にあげてもいい。いいか、金貨をだ」
ウォルターは顔の前に金貨を取り出してみせる。
さすがに少女も、ひきつけられるように、金貨の回りで両手をうろうろさせた。
「の……の……乗らないわ」
「おやおや、いいのかな? 金貨だぞ、金貨。この勝負に勝てば金貨が手に入るんだぞ〜?」
「ど、どうせ、どうせ、偽物よ」
少女の息が荒い。
さらにがしっとつかんできた。
「この手は何だ」
「はっ!」
少女は勢いよく手を引っ込めて後ろに隠した。
ウォルターの手の中にはまだ金貨がある。ゆらゆらと振ってみせると、きれいに少女の目がそれを追う。見ていて面白かった。
「ほれほれ、欲しいんだろう。オレならめっちゃ欲しい」
「ペテン師め!」
「急な罵倒やめろ」