ありえないルート
少女の口上は、手馴れていた。
ウォルターに小気味よさを感じさせるほど。
話に裏さえ感じなければ、よい話し相手だ。
「それでね、歓楽都市に行くとってもいい方法なんだけれど、簡単よ。キャラバンについていくの。彼らは安全に砂漠を行く方法を知ってるから。ここからだと、歓楽都市の真南にある都市を目指して、そこからキャラバンと合流するの」
「この村にキャラバンが来ることはないのか?」
このあたりの地理は不慣れ、というより初めて来るのだ。詳しい人物が同行してもらえたほうがいい。時期とルートが合えばの話だが。
「あるけれど、1年に一度だし、つい2週間前に出発したところよ。もう砂漠入りしてるはず」
「そうか……」
「けど、どのキャラバンでも同じことよ。一旦、オアシスの真北か真南の都市に行く。そこから砂漠に入るの。まっすぐ南北のルートを行くわけ」
「なんでまた。出発点によって最短距離は違うだろうに」
「砂漠を進む時間を少しでも短くするためよ。砂漠はとっても危険なんだから」
「ふうん。で、つまり、オレにどうしろと?」
「この村から一旦南西に進んで、そこから西に進む。そうして砂漠を回りこんで、真南の都市に行くの。で、キャラバンと合流する」
「それがいい方法?」
「ここまでは当たり前の方法。常識。いい方法っていうのはね、私のおすすめのキャラバンに一緒についていかせてもらうこと。大丈夫、私の名前を出せば安くしてくれるわ」
「ははあ」
ようやく、少女の最終的な目的がウォルターにもはっきりと見えた。
「つまりそのおすすめのキャラバンとやらにオレが同行を頼んだら、キャラバンの誰かがお前に小遣いをくれる。そういうことだな?」
「違うそうわよ!?」
「どっちだ」
見抜かれたことがよほど意外だったのだろう。少女は慌てふためいた後、頭を抱えてしゃがみこみ、ぶつぶつ言う。
「どうして……どこで……ちょろそうだったのに……」
「聞こえてるぞ」
「ねえ、私、どこか気づかれるようなへました?」
「向上心たくましいのはいいことだ」
できればその上昇する先をもっとまっとうにしてもらいたいものだが、ウォルターが言って始まることでもない。
「へまというか、強引だったから。さすがに何かあると気づく」
「そっか。うん。次からがんばる!」
少女は空に向かって高らかに宣言した。拳まで振り上げる。立ち直りが早いのもこれまたいいことだ。
うんうん、とウォルターはうなずくと、
「そういうわけで、じゃあな」
「ねぇ、まだおすすめのキャラバンのこと話してない。あのね、ミルドレイクって人のキャラバンよ。20年、1人も死人を出してない腕利きで、ちゃんと魔術師も抱え込んでる」
ウォルターが歩き出すと、少女がついてくる。
「ねえねえ、ミルドレイクさんのところにして。おねがい」
少女は甘えた声を出してくるが、散々たくましい姿を見た後である。ウォルターに効果はかけらもない。
「いいって。1人で行くから。大体あっちだよな?」
「そうだけど……あの、まさか、と思うけど」
「最短距離を行く」
「死ぬ気!? 横断どころか、『斜』断!? ありえない!」
ウォルターに死ぬつもりはないが、歓楽都市に寄り道するのにもできるだけ最短距離を行くつもりだった。
少女がついてこないのでそっと後ろを振り返ると、彼女は呆然と立ち尽くしていた。
砂漠を縦断するより横断するほうが難しい。砂漠を移動する距離が長くなるほうが難しい。当たり前の話だ。
しかし、ウォルターの目指す方向は、ここからだとやや南よりの西だ。
一度砂漠の南側に回りこんでから、中央の歓楽都市を目指す。1週間くらいではあるものの、完全なロスが生まれる。それに、砂漠内を移動する距離が短いほど、砂漠特有の魔獣と遭遇する確率が下がる。
つまり、無駄足を踏みたいわけではないから。魔獣に遭遇したいから。
ウォルターは横断ならぬ、『斜』断を決めた。
それは一般的に言う無理・無茶・無謀な行為だった。
が。彼は特に気にしなかった。これまでの素材収集の経験から、なんとかなる、と軽い気持ちでいたのである。