ワクワクする目的地
ウォルターは次に向かう場所にわくわくしていた。
環境が変われば収集できる素材が違う。
西に行くと広がっている砂漠は、これまで行ったことのない種類の環境だった。
王国北東部にある、大砂漠。
縦断しようとすれば7日、横断しようとすれば12日かかるほどに広大だ。
砂漠の熱さに適した動物はいない。馬も牛も、厳しい暑さの前には渇き死ぬ。人間とてそれは同じだが、馬や牛ほどには、水を必要としないし、長距離移動も苦手としない。選りすぐりの人間が適切な装備で臨めば、砂漠の縦断も横断もまったくの不可能、というわけではない。
ここに魔術師が加われば、砂漠を渡るのはぐっと楽になる。魔術によって暑さがしのげて、夜の極寒もまた魔術によって草原と同じように過ごせる。馬を使えるようにもなって、輸送力も大きく上昇する。
逆に言えば、魔術師の助けがなければ、まともな旅は望めない。
ウォルターは、大砂漠に興味があった。
と言うか、砂漠にいて、そしてあるものに、興味があった。
砂漠には巨大な蚯蚓のような魔獣がいると言う。錬金術の素材として興味深い。草原や森、人が住んでいる地帯にはとてもお目にかかれない種類でもある。
さらに砂漠には、オアシスがある。砂漠の中央、どこぞの魔術師が遊びで造り上げたという触れ込みの、人口1000人規模の都市が、オアシスとともにある。
砂漠の東側にある村で、まだ10歳前後の少女から、ウォルターはその都市の話を聞いていた。
「その名も歓楽都市。砂漠の中にあって、最高のぜいたくを味わうところなのよ」
「もっと慎ましくならないものなのか? 水以外は貧しい地域で、ぜいたくは敵だ」
「それはね。貧しすぎるから」
少女は、得意そうに言う。
「貧し、すぎる?」
「もとは、歓楽都市のオアシスには、粗末な宿や食事があるだけだったらしいの。けど、わかるでしょう? 何しろモノが手に入りにくい。周囲には水と植物以外何もなくて、運んでくるのにも大砂漠じゃ大変すぎる。けど宿や食事を欲しがる人間はいる。なら、貧しすぎるがゆえに値段は数十倍にもなる……」
「その話、少しおかしくないか」
「へぇ、何が?」
少女は待ち遠しそうにしていた。
もしかすると話の雛形や典型があるのかもしれない。人から聞いた面白い話とやらを、さも自分のものであるかのように話すのだ。
「砂漠ではモノが手に入りにくい。それはわかる。けど、欲しがる人間がいるのか? いなければその話は成り立たない。砂漠を通らなくちゃいけないオアシスに行かなければならない理由があるっていうのか?」
「そこよ」
少女はにっ、と笑う。
「大切なのは、北東の山脈に鉱脈が見つかったってこと。鉄や銅はもちろん、宝石類もそれなりにね。燃える石も見つかった。精錬も加工も、いくらでもできる。できたらよそへ売る」
「できれば大陸全土に売りたいのはわかる。特に王国中央には。けど、それにしたところで、砂漠を迂回すればいい。縦断する必要があるのか?」
地面に石で、ウォルターは記号的な地図を描いた。
わかりやすくするためだった。
「西回りなり東回りなりして、迂回すれば、砂漠を渡る必要がない。だろ? そりゃあ時間がかかるかもしれないが……砂漠の危険もないし、高額なオアシスを利用するより合理的だ」
「ところがこんな言葉がある。『税金』よ」
言葉の意味はわかる。
中央政府や領主が何かにつけて金を徴収する。それが税金。生まれるにも死ぬにも、畑を耕すにも税金がかかる。
もちろん税金を払えば見返りがあるからこそ払うわけだが、その見返りと徴収された分を比べた時、得に感じるかは関係がない。国民の義務だ。
「税金がどうしたって?」
「つまりさ。迂回すると、モノを領内から領外から運ぶ時に、そこの領主から関税って税金が課されるの。するとどう? 迂回すると税金を払うがために利益が減っていっちゃうの。半分くらいは減るんじゃないかしら」
「つまり、砂漠を迂回して北の製品を南に売ろうとすると、足元を見られる、と」
「その通り。だから、危険であっても、オアシスを渡る。二択を迫られるわけね。高い関税を払って、旨味の少なくも安全なルートを取るか。それとも関税を払わず、旨味の多くても危険なルートを取るか。どっちを選ぶかは人次第だけど、旨味の多くても危険なルートを選ぶ人間は、かなりいる、ってわけ」
だからこそ、砂漠のオアシスを通る人間がいる。
なるほどなあ、とウォルターは納得しかけたが、まだわからないことがあった。
「砂漠を通りたい人間がいて、オアシスで物資を補給したい。砂漠には物資が少ないから、値段が釣りあがる。そこまではいいよ。けど、そこはただの、食い物や宿がえらく高いだけの質は低い都市だ。それがどうして『歓楽都市』なんてものになる?」
「なんだ、それこそ簡単な理屈よ」
少女は大きく両手を広げた。
「人が集まりお金が集まるのよ。なら娯楽も集まるものよ。想像してみて」
少女は目を閉じ、浮かれたように話した。
「大砂漠という危険を乗り越えてきたキャラバンの人たち。疲れてるし、休みたい。そんなところに粗末な宿と食べ物だけで満足できる? もちろんお金を出せばよりよい宿、よりよい食べ物が得られるけど、天井知らず」
調子を変えて、少女は今度はささやくように話し出す。
「それより、お芝居や見世物、娯楽で疲れを癒したくならない? 娯楽を提供する人たちは元手はほとんど一定だし、よそより多く稼げる。キャラバンの人たちは宿や食べ物に払うよりは安いお金で、満足感が得られる。双方お得ってわけ」
「それで、都市は娯楽が発展して、歓楽都市に……なるほどな」
ようやく納得がいって、ウォルターはうなずいた。それを見て、少女は自分の話がうまくいったのを喜んだのだろう。
少女は、今日最も熱っぽく、大声で語った。
「そう、歓楽都市! 夢の場所ってわけ! そこは大陸一楽しいところなの!」
ウォルターは、次の目的地に、歓楽都市を検討した。と言うのは、
「そんな場所なら、娯楽好きの、物好きもそれなりにいるよな? オアシスに行くためだけに」
「それはもちろん。それでね、オアシスに行く方法なんだけど」
「魔獣の骨を買ってくれるような物好きも、いたりするか?」
「そりゃあ、いる、かもしれないけれど。それよりも、あのね!」
「王都のほうに行きたいんだけど、別に大して寄り道にもならないよな?」
「そうね、直線ではなくなるけれど、ちょっと寄り道するくらい。って、それよりもね!」
少女は言いたいことがあるらしかったが、ウォルターの耳には入っていかなかった。
彼の耳には、彼の欲しい情報しか入っていっていない。ひとりで考えて、検討を重ねる。すぐに結論は出た。
「よし、歓楽都市に行ってみるか」
「そう! それはとてもいいことだわ! それでね」
「じゃ、オレはこれで」
ウォルターは少女から、よからぬ気配を感じていた。と言うのは、同じような経験があったのだ。小さい子どもが旅人の自分に愛想よくしていたかと思うと、物を強引に売りつけにきたのだ。
それと同じ気配が、少女から発せられていることに、ようやく気づいた。
「待ってよぅ! あのね、歓楽都市に行くのにとってもおすすめの方法があるの?」
「いや大丈夫。ひとりで勝手に行くから」
「お金はとらないから! ちょっと話を聞いてもらうだけだから!」
少女がウォルターのローブの袖をすがりついてくる。
決定的だった。
この少女は完全な親切心から、面白い話をしてくれたのではない。何か目的と利益があって、ウォルターに話しかけてきたのだ。
「初心者がひとりで砂漠なんて自殺行為よ! 魔獣の大蚯蚓だって出るんだし! けど安心して、とってもいい方法があるの」
「そうかそうか。じゃあな」
今の少女は、錬金術師以上にうさんくさくないだろうか。そんなことを考えながら、ウォルターは引きずって歩けないか試してみる。
「話聞いてよぅ!」
ウォルターは30歩ほど少女を引きずって歩いた。
それから結局のところ、根負けしたのはウォルターのほうだった。少女の瞳には決して離さないという覚悟の輝きがあったのだ。
「わかったから袖を離してくれ……」
「はぁい」
ウォルターは目線の高さをあわせるため、その場にしゃがむこんだ。
すると喜んで少女は袖を離してくれた。