表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/68

高潔なる騎士



 どうやら机を顔にぶつけた際、すでに騎士は気絶してしまっていたらしい。


「そっちの2人は大人しくしてろ。いいな?」


 こくこく、と従士2人は素直にうなずいた。


 わざわざ騎士のように気絶させられたくもないだろうし、実力差は明らかだ。相手がその気なら殺されていた、ということはあちらもわかりきっているのだろう。


「言っておくけど、別に荒事をしたいわけじゃない。ただそっちの騎士さまが証明してみせろみたいなことを言うから——言ったよな?」


 ウォルターは従士2人に確認を取った。

 すると2人はまたもこくこく、とうなずく。この分では全財産くれるよな、と聞いてもうなずきそうだ。


「困ったもんだ。おーい、騎士さま。起きてくれ」


 ウォルターは騎士の体の上から机をどけた。下敷きになっていた自分のナイフを手元に回収してから、騎士の頬をぺしぺし叩く。

 幸い、騎士はあっさりと目を覚ましてくれた。


「はっ、貴様!」


「はい騒ぐなよ。試したのはあんたのほうだ」


「ぐっ……」


 幸い、騎士は大声を上げはしなかった。ウォルターは両手を縛られたままで、騎士1人と従士2人は武装している。

 それで助けを呼んでは、恥の上塗りになる。


「さて、ちゃんとオレはあんたたち3人を倒したわけだから、もういいよな?」


 縄を解いてくれ、とウォルターは両手を差し出す。自分で切ることができるが、大切なのは手順だ。


「なんということだ。自分が情けない……」


 騎士はぎりぎりと歯をこすり合わせる。

 よほど悔しいのだろう。怒りのあまり読めない行動をされたりはしないか、ウォルターが不安になった時、


「何事ですか!」


 と、部屋に別の騎士たちが駆け込んできた。

 激しい物音を聞きつけてきたらしい。惨状を目の当たりにして、騎士たちは血相を変えた。


 何しろ取調べをしていた部屋は机やイスがひっくり返っている。のみならず、従士2人が部屋の隅で小さくなり、騎士の1人は尻餅をついてしまっているのである。

 なのに取調べを受けていた男が平然と立っている状況。

 両手が縛られたままである点は不思議だが、無事なのはウォルターだけ。誰がやったのかと言えば、10人中10人がウォルターだと答える状況にある。


「いや、その」


「なんでもない」


 意外にも、事を平和的に済まそうとしたのは、ウォルターを取り調べ、試した騎士だった。


「しかし……」


 駆けつけた騎士たちも、はいそうですかとは引き下がれない。明らかにウォルターが暴れたとしか思えない状況なのだ。


「私が彼に無礼を働いてしまっただけだ」


 尻餅をついたまま、騎士は砂を噛むように説明を続けた。


「どんな無礼だったかは、すまないが伏せさせてくれ。ただ、このとおりほとんどケガはないし、彼が怒るのももっともだった。行き過ぎた取調べをした。それだけだ。騒がせて本当にすまない」


「大丈夫なんだな? 脅されているわけではないな?」


「私が主君をわが身大事に危険にさらすと?」


「……いや、これこそ無礼だったな。引き続き貴君が取り調べるか?」


「ああ。もちろんだ。ほとんど無傷なのだから。主命を続ける」


 ウォルターは驚いていた。

 一触即発、この場でウォルターは切り捨てられる可能性もあった。そうなるつもりはまったくなかったが、あちらがそのつもりになれば、とてもこうまで穏便にコトは進まなかった。


 あぜんとしている間に、片付けが行われ、ほとんど元通りの取調室になる。

 駆けつけた騎士たちは、部屋から出ていき扉を閉めた。

 机やイスも元の場所に戻された。

 ウォルターの正面に例の騎士があごをさすりながら座る。また、やはり最初と同じように従士ふたりはウォルターの斜め後ろ左右に立って控える。


「さあ、座りたまえ。取調べを続けよう」


 そう騎士から勧められて、ウォルターは恐る恐る、イスに座った。


「これは、どういうことだ?」


「そうだな。まずは、無礼をわびよう。すまなかった。だが貴様も——きみも悪いと言っておくぞ。疑われるような奇行をしていたのだ」


「奇行うんぬんについては、まあ言い訳のしようもない。ただ、ずいぶん態度が変わったな? 全部演技だったのか?」


「いいや。本気だった、というのが正しい」


 喋るたび、騎士は顔をしかめている。どうやらあごが痛むらしい。原因はもちろん、ウォルターが机をかち上げた時に当たってしまったせいだろう。


「あご、大丈夫か?」


「ああ。痛みはひいていっている。触っても痛くない。打ち身にはなっても、骨はなんともない」


「そうか。まあ、でも、あれだ」


 あちらが態度をやわらかくしているのだ。

 ウォルターも相応に変わらなければおかしい。態度を変えた騎士は、ずいぶん話しやすい。


「悪かったな」


「お互い様だ。さて、改めて取調べを続けたいが、いいか?」


「その前に、あんたの態度の変わりっぷりについてなぜそうなったのか、教えてほしい」


「当然だな」


 騎士はうなずき、率直に質問に答えてくれた。


「先ほどまでは高圧的かつ意固地でいたのはだ。お嬢様が毒を盛られ死にかけているのは真実であり、頭に血が上っていたためだ。自分では気づいていなかったのは不覚極まるがな。ゆえに私の愚かさは演技などではない。そのことは改めて詫びよう」


「まあ、今となってはいいよ。ただ、頭から血が引いたのは、冷静になったのは、なんでだ?」


「正直、きみのことを見下していた。汚く間抜けな暗殺者だろうとな。両手を縛ってもいる。そんな相手に、3人がかりで倒されていては、頭も冷えるさ」


 己の恥であることを、薄い笑みを交えて騎士は話す。ごまかすための笑みではない、とウォルターは感じた。


 己の至らなさを自分自身であざ笑うための笑みだ。


 とすれば、騎士の横暴な態度はともかく、総合的なところで、真面目な人物なのだと、ウォルターは彼の評価を改める。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ