圧倒
騎士がお嬢様と呼ぶからには、その身分は貴族に違いない。それを狙う刺客であるなどと、ウォルターにはまったく身に覚えのないことだった。
「何のことかさっぱりだ。オレは、魔獣の骨を買い取ってもらえるかもしれないというから。だからここに来た」
ウォルターがいくら真面目に訴えようが、騎士のほうは完全に疑ってかかっている。
いやそれならましで、悪人だと決めてかかっている。
何を言ってみせようが、ウォルターが悪人ですと言うまで、話は延々と続くのかもしれない。それはさすがに勘弁してもらいたかった。
「売れる売れないの話じゃなさそうだな。行かせてもらう」
ウォルターは荷物をまとめにかかった。
ところが、騎士は荷物を彼から遠ざけてしまった。
「おっと。そうはいかない。貴様には、いや、貴様らにはなんとしても、罰を与えねばならんのだからな」
「遵法精神旺盛で何よりだけどな。オレが悪人だという理由は? そもそもお嬢様がどうしたって?」
騎士はにやりと笑った。
「いいだろう。教えてやる。そして観念するがいい。いいか、すでにお前より先に、お前の仲間が我が主のご令嬢を毒牙にかけたのだ。毒牙。そうまさしく毒を盛ってな。商人に身を偽り騙すなどまさしく卑劣。毒もすぐに効くものでなかったため、わかった時には行方が知れぬ。だが」
騎士は体の中の昂ぶりを冷ますように、細く長く、熱い息を吐いた。
「同じ雇い主であろう刺客がこの手に落ちてきたのはまさしく至上の幸運。女神は見ておられる。さあ、知っていることをすべて吐け。貴様。なんだその態度は!」
ウォルターは話を聞くにつれ、体から力が抜けていっていた。
あきれてものが言えないとはこのことだ。
「貴様の雇い主のことを吐け! そうすれば温情をかけてやらないこともない!」
「あー、うん、その」
どこから言ったものか、ウォルターは迷った。
まずは一番大きな穴から言ったほうがいいだろう。
「オレがその刺客だとしてだ。どうして崖で見つかった時逃げなかった? 大人しくこうしてついてきた?」
「観念したからだろう」
「じゃあ雇い主とやらについて、刺客であることについて白状しないのは?」
「往生際が悪いからだ」
さっきと言っていることがまるでつじつまが合わない。
ウォルターは天井をあおぎ、深いため息をついた。
「あーもう、なんでもいい。話すだけムダだな。荷物返してくれ。次の町にでも行くから」
「バカめ、逃げられると思うのか?」
騎士はナイフでカッカッ、とテーブルを叩く。顔に浮かぶ笑みは、余裕たっぷりだ。
「貴様の言うことが何から何まで本当なら、逃げられるだろうがな。魔獣を殺した? 1人でか? なら私たちを倒せない程度の実力で?」
「それはつまり……」
言い間違いひとつが、余計な混乱のもとになる。慎重に言葉を選んで、吟味して、ウォルターは質問した。
「あんたたち3人まとめて倒せば、オレが刺客でないって信じてもらえるってことか?」
「はは、言うものだな貴様」
「それは、信じてもらえるってことか?」
俄然、ウォルターは意欲に満ちてきた。
あれこれ説得するなんて得意ではない。それは弟子のほうがよっぽど得意だ。しかし魔獣を狩ること、戦うことにかけて、まだまだ弟子よりもウォルターのほうが上である。
拳で決着、もとい説得ができるならこれほどウォルターにとって簡単なことはなかった。
さすがに騎士のほうも、ややうろたえたようだった。それでも吐いた言葉は飲み込めないようだ。
ウォルターが重ねて確認を取ると、
「ようし、やるぞ。いいな? いいな?」
「い、いいだろう。できるものなら——」
やってみせろ、と言いたかったのだろう。
だがそれを言う前に、ウォルターは動いた。
まず机を勢いよく押し、騎士の体勢を崩すと同時に短い間騎士を止める。
その時間で、ウォルターはイスを後ろに蹴飛ばしてからしゃがむ。
体を低くしたまま、斜め後ろ左右にそれぞれいた従士ふたりの状態を確かめる。机をかち上げることで騎士に一撃を加えておいてから、左斜め後ろにいた従士に迫る。途中でイスを拾い武器として従士を投げつけた。
これは従士も剣で防御した。
が、不意打ちのためか、動きが硬い。
ウォルターは従士の懐に入り首をつかむと、力任せに円状に歩かせた。ウォルターが背中を向けていたほうへと無理やり回りこませたのだ。
これでつかんだ従士を盾としつつ、もう1人の従士に迫れる。もう1人のほう、右斜め後ろにいた従士は剣をしっかり構えているが、仲間が盾にされているのだ。うまく剣を振るえるはずもない。
ウォルターは首をつかんでいた従士を蹴って突っ込ませる。従士ふたりが互いにもつれあったところから、剣を奪い、鎧を軽く切りつけた。殺せるものならそうしていた、という合図だった。
それからようやく、騎士を本格的に相手——というところで、
「おいおい」
騎士はすでに気絶していた。