暗殺者疑惑
ウォルターは、まっすぐ、まっすぐ西に進んだ。
まっすぐ、まっすぐ。
川があれば泳いで渡り、山があればどれだけ高く険しかろうと進んだ。研究素材を集めるため、こうしたことはいくらでも経験があった。
岩山の頂上付近に差し掛かると、山向こうの景色が見えた。
遠くに街や、湖や、平野、森が広がっている。
だがその前に、山のふもと付近に面白いものがあった。
ほとんど三方向を山に囲まれた城と、城下町があった。背後は険しい急斜面というよりもはや崖。左右はなだらかでも高い尾根に守られている。
ウォルターは、崖から城を見下ろそうと考えた。なかなか見られない景色だ。興味があった。
足元に十分気ををつけ、断崖のそばにしゃがみ込む。立つ勇気はなかった。見下ろせば、何十メートルも先に地面がある。自然にはこうはならないだろうから、人の手で掘り進め、その後で城を建てて堅固な要衝としたのだろう。
地形というものは重要だ。山に守られているというのは守りに非常に強い。
そもそも、ひとりならともかく、あるいは身軽であるならともかく、装備や補給物資を持ってこの岩山を踏破などできない。たとえ1人で、必要最低限の装備しかなくても、しっかり鍛えた男でもなければここまで来ることができない。
それほど、険しく、何もなく、それでいて崩れやすい山だった。
こんな山を登りたがるのは、めんどうくさがりでなおかつ、『あそこになんだか面白そうなものがある』と少年そのものの好奇心で突き進む能天気な頭でもしている人間だけだ。
つまるところ、そうしたがるのが、ウォルターだった。
恐怖と愉快さを感じながら、ウォルターが崖から城を見下ろしていると、1人と、目が合った。
尖塔の窓のそばにたつ彼は、見張りだろう。装備の立派さからおそらく騎士だ。
気づかれたならと、ウォルターは手を挙げてあいさつしてみたのだが、
「何をしておるか貴様ァ————!?」
その見張りに怒鳴られた。
* * *
ウォルターは尾根づたいに、できるだけ安全な道を歩いて、ふもとにまで下りた。城の見張りの騎士から指示されたためだ。
ふもと近くまで来ると、腕に縄をかけられ、詰め所まで連れていかれた。道中はまともに取り合ってもらえず、城下町の兵士詰め所でようやく、話ができるようになった。
話し相手は、断崖にいたウォルターを怒鳴りつけた騎士だった。彼の従士は、ウォルターの斜め後ろ左右にそれぞれ1人ずついるが、無言を貫いている。
騎士の年齢は三十前後と若い。個人の戦闘能力では全盛期だろう。わらのような色合いの薄い茶髪で、短く刈り込み、ヒゲも同じように整えてある。装備品も、肝心なところは鋼だ。
戦争ではともかく、平時の守りなら、上等なものである。要所を守り、かつ動きやすくしているのだ。そういう実利を重んじる一方で、見た目を清潔に保ち手入れしていることから、ウォルターはそれなりに身分が高い人物だと推測した。
とはいえ、そんな身分の高い騎士が見張りをしていたというのは解せない。
そのことをウォルターが尋ねる前に、騎士から質問が飛んできた。
「貴様、何者だ」
「ウォルター。錬金術師だ」
「錬金術師?」
ペテン師だろうと言いたかったのかもしれないが、ウォルターの素性については騎士は何も言わなかった。代わりに質問を重ねてくる。
「貴様、あそこで何をしていた。どうやってあそこまで行った」
「何をしていたかといえば見物。どうやってといえば歩いて」
他に答えようがない。
騎士はさらに疑わしげな目つきになった。鞄を指差す。
「その荷物は何だ。武器か?」
「骨だけど」
「骨ぇ?」
ウォルターの鞄が調べられた。
出てくるのは、骨、骨、骨。それから旅の必需品だ。
「なぜ骨を。何の目くらましだ」
「魔獣の骨だ。売るつもりだった」
「骨拾いの少年の真似事か? この偽物で詐欺か?」
真似事というのは、鍛冶屋にも言われたことだ。昔話で、拾った骨で大もうけした正直者の少年がいたという。
しかし詐欺とは、ウォルターは受け入れられなかった。はっきりと反論する。
「真似事じゃないし、本物だ。バカにするな」
「どうやって手に入れたと? なぜ本物といえる? 魔獣の死骸を見つけたのか?」
「そりゃ、オレが魔獣を殺して手に入れたんだ。本物に決まってる」
「それを私が信じると思うか?」
騎士は顔の前で指を組み、ウォルターのことを下からにらむ。
その圧力に耐えかねてウォルターは顔を背けるが、主張を撤回はしない。嘘などついていないからだ。
「信じる信じないはそっちの勝手だ。オレは本当のことしか言ってない」
「仮にそれが本当なら、私など簡単に倒されてしまうのだろうな。というよりも、貴様は逃げればよかったのだ。なぜこうして、取調べなど受けている。語るに落ちているではないか」
あざ笑うような騎士の物言いに、ウォルターもさすがにむっとする。何から何まで本当のことだ。大人しくここまでついてきたのも、
「そっちが降りてこいとかついてこいとか言うから。それだけだ。オレは何もしてないんだからな」
「だがこれから何かするつもりだった。何か私の言っていることは間違っているかな?」
騎士は鞄の中にあったナイフを手に取る。
全長は手のひらほどしかない、小さなナイフだ。鞘は皮製で、刃の作りは単純な片刃。握る部分は布で巻いただけのもの。それに輝きというものがない。簡素で、無骨だ。
「このナイフは? なぜ持っている?」
「狩りと、護身のためだ」
「率直に聞こう。お嬢様を狙った刺客のひとりではないのか。そう聞いているんだ」
騎士の声には怒りがにじんでいた。