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魔獣避け



 夜になり、今日の仕事も終わりとなって、鍛冶屋はカウンターの上を見ていた。


「あの自称錬金術師、置いていきやがった」



 そこには、雷熊の牙(仮)がある。

 眉間にしわを作って、少しの間鍛冶屋はそれを見ていた。


 やがて、悪くない、と思った。


 どこかで使ってみるつもりだ。旅の錬金術師がくれた雷熊の牙という触れ込みは、洒落しゃれとして悪くない。仕入れの際、町の外の人間に売ってみるのもいいだろう。

 向こうも信じないだろうが、要はおまじない、げん担ぎだ。いつか暇を見つけた時、簡単に加工するつもりで、革と一緒に箱に放り込んでおいた。


 二週間後。鍛冶仕事が落ち着いた。

 熱が冷めたのだろう。魔獣の被害もあれからなくなっていた。

 在庫を整理している時に、あの雷熊の牙(?)を見つけた。鍛冶屋は暇つぶしにネックレスにしてみた。


 さらに1ヵ月後。町の周囲で魔獣の姿がまったく見られないことに、町の人々が気づいた。鍛冶屋は隣人からそのことを聞かされた。


 これだけの期間、まったく被害が出ないことは、経験上、稀も稀だ。見かけることさえなくなったのは異常とさえいえる。


 周辺の魔獣が、1ヶ月半前のあの時、軒並み消えたのか?

 ——否だ。

 魔術師が退治したのは影狼のみ。すぐに東へ飛んでいってしまったから、他の魔獣を倒してくれた様子もなかった。

 仮に魔術師が辺りの魔獣をすべて倒してくれていたのだとしても、だ。魔獣というものはまるで水が低きに流れるがごとく、魔獣のいないところに寄ってくる。

 なのにどんな魔獣の姿も見られていない。

 不可解だ。



 さらに1ヶ月が経過する間に、鍛冶屋は何度かおまけとして、お守りとして客にくれてやろうとしてみた。が、やはり誰も欲しがらなかった。魔獣を思い出すものは勘弁、縁起が悪い、ということだった。もっともな理由だと思った。


 鍛冶屋も、母からお守りの話を聞いてなければ、同じように考えたはずだ。


 およそ3ヶ月に渡って、魔獣を見かけることはなかった。それは事実だ。それでも、この事実がすなわちお守りのおかげ、とは思わなかった。偶然と片付けるほうが、あの自称錬金術師が本当のことを言っていたと信じるより、よほど簡単だった。

 しかし触れ込みとしてはやはり悪くない。


「実はこの牙のおかげで魔獣の被害がなくなったんだ」


 と、おまけとして勧める度に言ってみていた。これでも、欲しがる者はいなかった。


 同じように、世間話に来た隣家の男に、鍛冶屋は壁にかけたお守りを指して言ってやった。


「聞いて驚け。これはな、旅の錬金術師がくれたんだ。オレの腕にほれ込んでな。実に一級品のお守りだ。魔獣避けになる。その証拠に、これをもらった日からずっと、町に魔獣が近づきやしない。間違いない」


 隣家の男は笑った。


「よくもまあそんな冗談を」


「おう、冗談だと?」


 鍛冶屋はすごむふりをしてみせた。


 これも軽口である。

 相手もわかったもので、男のほうも口元がゆるんでいる。ふざけ半分で話に乗ってくれる。


「確かに、3月ほど前。錬金術師を名乗るやつが来たのもほとんど同じ時期だな。だけど忘れちゃいけない。魔術師さまが来てくれたじゃないか」


「まあな。それが?」


「魔術師さまが魔術をかけてくれていったんじゃないか?」


 鍛冶屋は反論を思いついた。その内容の半分は詭弁だった。


「そんな便利なものがあるなら来る前からしてもらいたかったね。大体、王都のほうでだって魔獣の被害がないわけではないらしいじゃないか。こんな辺境より、中央にその魔術がかけられてなきゃおかしい。なのに魔獣の被害はある」


「なるほど。おかしい。ということは」


 男も、鍛冶屋も、うなずいた。


「この雷熊の牙のおかげだ。そこでどうだ。銀貨3枚で」


「勘弁。それを買うなら毎晩酒を飲むね」


 男は信じなかった。鍛冶屋もほぼ彼と同じ気持ちだった。


 世間話を繰り広げた後、男は女房に叱られて畑仕事に戻っていった。


 鍛冶屋はひとり、仕事場でつぶやいた。


「……まさかこれのおかげなんてこと、あるわけがない。それはわかってる」


 そうは言いつつ、お守りの口上を繰り返す内、魔獣を見かけることがない日数が増えるほど、彼の気持ちも少しずつ変化した。ほとんど信じない、から、もしかしたら、くらいには。

 鍛冶屋は、家で息子に『これは我が家の宝だ』とうそぶくなどした。こうしたことを3代も続ければ売れることもあるかもしれない、という滑稽な計画による発言だった。


 さらに3ヵ月後。

 魔獣は、相変わらず町に近づくことがなかった。

 いよいよ、何かの力が働いているとしか思えない。そうでなければ説明がつけられない。


 ある時、旅の商人が雷熊の牙のお守りを欲しがることがあった。実に金貨3枚の値がついた。

 鍛冶屋の男は迷ったが、売らなかった。


 以降も魔獣は、町の周囲5キロに渡って、近づくということがなかった。

 魔獣が近づかない範囲をよく調べてみると、その中心には鍛冶屋の家があった。


 鍛冶屋の仕事場の壁には今も、雷熊の牙のお守りがかかっている。





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