お礼
ウォルターはため息をつき、鍛冶屋から店の様子に視線を移す。商品棚がからっぽなのがどうも気になった。
「魔獣に怯えて、町の連中がとりあえず武器や防具になりそうなものを買っていった。そういう感じか?」
「そこの深鍋をただの金板にしてくれと言われるほどの恐慌ぶりだ。そん時ゃさすがに怒鳴りつけたが」
せっかく作ったものをガラクタ同然にしてくれと言われたのだ。それは怒りもするだろう。
「いい鍋だものな。オレが欲しいくらいだ」
「銀貨3枚だ」
「……西から戻った時に買わせてもらうよ。かさばるし1人旅にはでかすぎる」
「そうか」
しばらく沈黙が流れた。
その間、ウォルターは深鍋を手にとって調べていた。
沈黙を破ったのは、鍛冶屋のほうだった。
「いつまでそうしてる」
「いや、いい鍋と思ってな。武器よりこっちを作ってられたほうがいいのにな。あんたもこっちのが好きだろ?」
「別に、武器や防具を作るのが嫌いなわけじゃない」
「今、えらくつまらなさそうだけど?」
「普段わしは、釘や金具、調理道具や農具を作るんだ。それが急に武器を売ってくれ、作ってくれの催促だ。気持ちはわかる。骨や石の武器『もどき』を自分らでもたくさん作ったようだ。が、しょせん連中は農民で、戦士じゃない」
「戦えないと?」
「お前さんは、素人にいきなり錬金術の調合をさせるか?」
「……しないな」
「連中は不安になってるだけだ。いらないものを求めてる」
「それでもあるに越したことはない」
「言ったろう。『恐慌』だと。この町で備えをしていなかったと思うか? もちろんしていた。今は必要以上を求めてる」
「じゃあ、なんで作ってやるんだ?」
「仕事だから。それに、オレの仕事で不安がやわらぐならそれでいい。骨や石の武器を持ち出すよりも、鉄の武器はあったほうがいいとも思ってる。だからこうして毎日、1日中仕事だ」
最初、無視されたり、怒鳴られたりした。頑固で気難しい人物だと、ウォルターは最初思った。しかし話を聞くにつけ、考えを改めた。
「あんた、いい鍛冶屋だな」
「骨なら買わないぞ」
「そういう意味で言ったんじゃない」
ウォルターは深鍋を棚に戻した。
鍋には興味をひかれたが、もう十分眺めた。骨もここでは売れない以上、もう用はない。じゃあな、と立ち去りかけたところ、鍛冶屋が何かを話し出したので足を止める。
「何だって?」
「それが本物の魔獣の骨なら」
「本物だ」
「西の山向こうにある城の貴族さまに売ってみるといい。あそこはオレの母の生家があったんだが、魔獣の骨をお守りにすることがあったし、というのもそこの貴族さまがそうしているからだ。何より、貴族さまは魔術師だ。こんな辺境の鍛冶屋より、そっちのが絶対に高く買ってくれる」
何を言っているのか、ウォルターは飲み込むのに少し時間がかかった。
つまり鍛冶屋は、骨の売り先を教えてくれているのだ。
「山向こうの城の貴族になら売れるかもしれないんだな。どうもありがとう」
目を丸くして、ウォルターは礼を言う。
「言っておくが、偽物なら痛い目に遭うからな。よく覚えとけよ。魔術師なら魔力のあるなしがわかる。魔獣の骨かどうかもわかる寸法だ」
「本物だって言ってるだろ」
ウォルターは、カウンターの上に、鞄から取り出した牙を一本置いた。
「ほんと、ありがとうな」
礼のつもりだった。
しかし鍛冶屋はちらりと牙を見ると、
「買わねえっつってるだろ」
疑ってかかってきた。
「いやいや。礼だよ礼。タダ」
ウォルターは鞄を背負いなおし、言う。
「雷熊の牙。割りと気に入ってるこいつをやろう」
ウォルターのそれは、子どもがお気に入りの石を他人に贈るような口ぶりだった。
「雷熊の牙?」
鍛冶屋は豪快に笑った。その大きさたるや、腹に響くようだった。
どうやら彼の笑いのツボを突いたらしい。最初は無愛想だが、距離が近くなれば、気のよさをわかりやすく表に出すのかもしれない。
「そいつはいい。ホラはおおげさでなんぼだ。なるほど、なかなかどうして。立派に錬金術師、もといペテン師をやってるじゃねえか」
「嘘じゃないっての。あと錬金術師すなわちペテン師って思うのやめろ」
「常識だ。外で見かけるのは偽物と決まってる」
「じゃあどうやって本物を見極めるんだ」
「この世に本物の錬金術師なんていないって話さ」
一応だが、筋は通っている。
ただ、世間がどうあっても、ウォルターだけは、否定せずにはいられない。ペテン師をやっているつもりなど微塵もないのだ。
「オレは本物だ」
「わかった、わかった」
取り合ってもらえない。この場で鋼鉄を黄金に変えられるわけでもなし。その方法も知らない。ウォルターは諦めた。信じてはもらえない。
それでも最低限、言うことだけは言っておきたかった。
「そんでこの牙も本物だ。情報の礼として受け取ってくれ」
「まあ、その気持ちだけもらっておく」
「ああ、もらっといてくれ。情報ありがとうな」
ウォルターは牙を置いて、鍛冶屋を出ていった。