魔獣の骨は鍛冶屋には売れない
ウォルターはパン屋に礼を言った上で、次の町への情報を仕入れ、お礼代わりにパンをいくつか購入した。昼食にかじったパンは固くあまりおいしくなかったが、町唯一のパン屋となれば仕方なかった。
町の子どもにペテン師と後ろ指を差されつつも、ウォルターは鍛冶屋に足を運んだ。途中まで子どもに道を尋ねたが、金槌の音が聞こえてくると、そうしなくてもよくなった。
灰色の煙が上がる赤レンガの建物が、鍛冶屋のようだった。
中に入ってみると、入ってすぐのところには商品スペースがあり、奥にはカウンターを挟んで、実際に鍛冶屋らしい中年男がひとり、槌を振るっていた。
奇妙なのは、すっかり商品棚はカラになっていることだった。少なくとも武器や防具になるものがない。あるのは底の深い鍋やまな板くらいだ。
ウォルターはカウンターに肘をついて、奥にいる鍛冶屋に声をかけた。
「どうも、ちょっと商売の話がしたいんだが」
鍛冶屋には無視された。
「こんにちはー。聞こえてるかー?」
これも無視された。
「おーい!」
「うるせえ! 仕事ならもう3ヶ月先だ帰れ!」
声を張り上げた途端、鍛冶屋からは怒鳴り声が返ってきた。
ひるんだウォルターだったが、別に仕事を頼みにきたわけではないのだ。踏ん張った。
「じゃなくて、買い取ってほしいものがあるんだよ。こっち来て見てもらえないか」
「あー?」
鍛冶屋は相変わらずウォルターのほうを見ない。ただ、帰れ、とは言われないあたり、見込みがあるようだった。
「少し待て。これに区切りつけてからだ」
そう言って、鍛冶屋は五十回は槌を振るい、作っていたものを水につけた。こうしてウォルターはしばらく待たされ、イスに座ってぼうっとしていた。
「で、何を買ってほしいって? ていうかお前何モンだ。見ねえ顔だ」
「名前はウォルター。その、錬金術師だ」
ペテン師、とは鍛冶屋は言わなかった。ただうさんくさそうな顔をしただけである。
「ほう、錬金術師。で、何を? 金属か? それとも武器の類か?」
「魔獣の骨だ。おひとつどうだ?」
ウォルターは鞄の口を広げて、中の骨を見せた。
鍛冶屋はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「お前、骨拾いのガキの真似事か?」
「なんだそれ」
「昔話さ。百年以上は昔の話だ。知らないのか? それともお前のところじゃ別の話になってるのかね?」
「どんな話なんだ?」
「正直者のガキがいて、何かの骨を拾った。それを竜の骨と見抜いた商人が、どうやって手に入れたのかガキに聞く。ガキが拾ったと正直に話すと、商人は金貨10枚も払ってそれを買ったとさ。逆にガキが少しでも嘘をつくと、骨は取り上げられる上にガキは殴られちまう。心当たりはないか?」
「ないな」
「有名な話のはずなんだがな。しらばっくれてるわけでもなさそうだが……まあいい。どうでもいいことだ。わしがその昔話の商人みたいにお前さんの骨を欲しがるかといえばだ」
鍛冶屋は大きく息をついた。明らかに疲れがにじんでいた。
「いらん。帰れ」
「あー、やっぱり?」
「わしはいらんし、客もいらん。ただの獣の骨なら使わないでもないが、魔獣の骨はな。ここらでは嫌がられる」
「へえ、そうなのか」
「魔獣の死骸なんぞ、また別の魔獣を寄せつけるってな。まあ、ところ変わればまるで逆のことを言ったりするんだが。どのみち迷信に近い話だ。死骸があろうがなかろうが、来る時は来る。来ない時は来ない」
鍛冶屋はそれだけ言うと、鉄床の前に戻ってしまった。
「大変そうだな」
「ああ、大忙しだ」
「やっぱり、魔獣の被害が理由か?」
「けっこうな大群だったからな。影狼が30匹はいた。魔術師さまが来てくれなければ、人死にが出ていたかもしれん」
「魔術師ね。オレも昨日の夜会ったが、同じやつかな。赤黒いローブで、波がかった赤毛の若い女。——に少なくとも見える、ちょっと迫力のあるやつ」
「特徴は全部合ってる。おそらく同じ魔術師だろうよ。やばい予言の元凶を探すってんで東に飛んでったが、そのことは?」
「いいや知らない」
ウォルターは嘘をついた。
まさかこの場で、『その予言の元凶はオレですと言われましたハハハ』などと言えない。言えば即座に叩き出される。
「それよりもだ。その魔術師が、魔獣の骨を金貨で買ってくれたんだが、オヤジさんはその辺どうだ? この話を聞いて気が変わったりはしないか?」
「錬金術師の口車には乗らん」
鍛冶屋はそっけなかった。
ウォルターにもこの態度は理解できた。ペテン師を名乗る男がモノを売りつけようというのなら、このくらいでなければおかしい。
「どうしてもだめか? 銀貨、いや銅貨5枚でもいいからひとつ」
「いらん」
取り付くしまもない。




