取り引き
「へへ、どうも……じゃ次は、姿隠しの魔術ってのを」
「ああ、もちろんだ。立ちな」
言われるがまま、ウォルターはアレイナの正面に立つ。
アレイナは口の中で呪文を唱えたようだった。ウォルターに向かってかざした手が、白く光り、その光が数十もの粒子となってウォルターの周囲を回る。
その回転は徐々に小さくなり、粒子がウォルターに近づいてくる。体から五センチほどの距離になると、粒子がすべて弾けた。
「これで終わり? 消えた?」
ウォルターには変化がわからない。
「ああ消えたとも。だがそのローブを脱ぎな。体は隠せても服がいけない」
「なるほどな。これで普通の人間には見えないわけか。待てよ、セリンをからかってやることも……?」
「嘘だよ」
「え!?」
「失敗した腹いせに意地悪してやろうかと思ったけど、見苦しい裸見るのは嫌だからね」
「嘘ぉ……?」
つまりウォルターは消えていない。ついでにアレイナの八つ当たりに服まで脱がされかけた。自分の裸が見苦しいというのは、まあいい。ウォルターだって自分に肉体美というものがあるとはまったく思っていない。
「あんたのムダに濃い魔力のせいでこっちの術が乱されちまうんだよ。それちょっと抑えな」
「そう言われても……」
そもそも魔力の感覚がない。どうすれば抑えられるのかわかるはずもなかった。
アレイナから教えを請うたが、うまくいかない。
それでは自分の魔力で姿隠しの魔術をかけてはどうか、ともなった。結論からいえばこれもうまくいかなかった。
「あたしがあんたに魔術を教えようとしたら十年がかりだよ。やってられるか」
というのがアレイナ先生のお言葉だった。
「じゃあ、オレは森に、ほとぼりが冷めるまでは戻れないってことか?」
「お互いにとって残念なことながらね。他に、村の連中を脅かす手もある。あんた、それができただろうに、なぜそうしなかったのかね」
「できるかそんなこと。錬金術師であっても魔術師じゃない。それに、望めばできたとして、そもそも心情的にできない。いや、大いに迷うが、結局、しなかったんじゃないかと、思う」
「そりゃまた、あんたが誠実だからかい?」
「誠実なんかじゃない。実際、あんたの魔術にさっきまで頼ろうとしてたんだからな。自分が旅なんか出ず、錬金術の研究を続けられるように。つまりはそういうことなんだよ。ごまかすのはよくても、脅かすなんてのはだめだ」
「あきれるね。まるで小市民だ」
「別に大した人間になろうともしてない。目の前のことでかなり精一杯だ。ともあれ、骨を買ってもらったのは助かったよ。元いたところでひっそり暮らすってのはできそうにないが、他にないか?」
「他にって、あんたやりたいことは?」
「ほとぼりが冷めるまで、どうせ大した目的はないんだ。出稼ぎって目的もなくなって、あとはよそでどこか落ち着ける場所を探すくらいしか目的がない」
「……それだよ」
アレイナがウォルターの鼻を鋭く指差した。
「どれだ。オレの鼻か?」
「違う。そうだよ、それでいいんだ」
「はあ?」
「あんた、魔術学院に入りな」
「あの、貴族の子弟が通うっていう、魔術師の養成学校に?」
「何か問題があるかい?」
「おい、オレは農村の出だぞ」
「どこぞの庶子ってことにでもすればいい。魔力の才能がある。それだけで十分さ。魔術学院でほとぼりが冷めるまで過ごせばいい」
「いや、だから」
「なに、別に真面目に魔術師にならなくてもいいさ。あそこは自由なところさ。おかしな自称錬金術師がいても、騒ぎになんかならない」
「そりゃ、魔術が使えたらいいな、とか思うことはあるけど」
「なら決まりだ。他に行くあてが?」
「ない、けど……でもなあ……」
「学院に来るだけで、金貨50枚くれてやるよ」
「行きます」
ウォルターは音の速度で手のひらを返した。