森が消えた日
春のある日。
太陽が最も高く上った頃。
森の一部が、『爆』失した。
ある一点を中心にして、森の木々はなぎ倒されるか吹き飛ばされた。まさに根こそぎ倒され、きれいな円の空白地帯が完成している。
直前には火と煙が上がり、衝撃も爆音もあった。爆発があったのは疑いようのないことだ。
爆発の中心地には、簡素な丸太小屋があった。この小屋もとても無事でいられず、ほとんど建物の基礎しか残っていない。タンスやべッド、机やイスも、残骸となるか吹き飛んだ。
爆発から一時間後。
『元』丸太小屋に、人影が3つあった。
みんな十代後半から二十代前半のようだった。
青年がひとりに、少女がふたり。
少女のひとりはシャツにロングスカートという、ありきたりな、村の娘の服を着ている。ウェーブがかった肩くらいまである長い茶髪に、くりくりした同じく茶色の目をしている。いつもは愛らしいだろうその顔も、怒りをむき出しにしてどうにも機嫌は、大変斜めでいるようだった。
「これは、あなたのしわざですね、お師匠さん?」
村娘の視線の先には、青年がいる。夜に溶け込みそうな真っ黒の髪と目を除けば、平凡な見た目だった。ローブを含めて全身に砂と塵を被っており、どこか覇気のない顔つきは、彼の評価を普通よりは冴えない、というくらいにしている。
彼はしゃがみこんで、残骸を拾って、眺めて、捨てた。少女の怒りに対して、あまりにのん気で、あまりに日常的だった。
「これって、一体何のことを指すのかな。我が家のこの見るも無残なありようが? その質問には、残念ながら『はい』と答えざるを得ないな」
青年、ウォルターは、ため息をつく。かつて台所のあったところに行き、さらに大きなため息をついた。
「シチューも消えちまったよな……」
「あなたがウォルター何世かはともかく、これまでの行いはともかく、これは、これだけは、父の代理として、見過ごせません。この、森のおよそ300メートル四方は吹っ飛ばした、この一事だけは決して。聞いてますか!?」
「聞こえてるよ。まあ、悪かったって……」
「本当に? わかっていますか?」
「いや……けど、そんなに困ることなのか?」
「はい?」
「オレも、すぐ近くで野草やキノコが採れなくなって困るけども……」
「大・問・題・です!」
とさらに村娘が怒りの炎を吐いたところで、もうひとりの少女が、話に入る。
銀髪で色白、憂いを帯びた美貌を持つ少女だった。着ている服こそ、村娘と同じ綿製で、シャツにズボンであるものの、着飾ればその輝きはわかりやすく発揮されそうだ。
「本当にごめんなさい。うちの師匠が」
深々と、何度も頭を下げる銀髪の少女。
彼女に対し、村娘は微笑みで返した。
「セリンはいいの。わかってる。全部このお師匠さんが悪いんだって」
「いえ。私も悪いんです。これまで好き放題させてたから、こんなことに」
言い終わるか言い終わらないかのタイミングで、銀髪の少女、セリンは涙ぐむ——ように見せかける。その目は潤みもしていない。
「大丈夫。全部わかってるもん。セリン、泣かないで」
「ありがとう、ごめんなさい……」
2人の少女の茶番を見ながら、ウォルターはつまらなさそうに唇を突き出していた。
「うちの弟子をなぐさめてるとこ悪いが聞かせてくれ。何がどう大問題なんだ?」
「むしろ、どう大問題じゃないのか聞かせてほしいくらいです!」
村娘は大きく両手を広げた。
周囲には、何もない。少なくとも丸太小屋の基礎部分以外、何も立っていない。
辛うじて草が生えているだけの空き地だ。
「ウォルターさん。ここには大切な森がありました」
「まだ残ってる」
一部、というにはいささか広すぎる範囲が吹っ飛んだが、それ以外は残っている。
「全体から見れば一部とはいっても、これだけ消えたら大問題なんですっ! まさか一年やそこらで元通りになるわけじゃないんですから。森からは取り過ぎない。いただきすぎない。それで、私たちの遠い子孫までもが、森の恩恵を同じように受け取れる。これはわかりますね?」
「いや——えっと」
「逆に言えば、例えば、今みたいに、300メートル四方の範囲で森から木々が消えたら? この範囲、まるっまる、森の恩恵を失ったんです。単純に収入がなくなったという話じゃありません。自給できていたものをよそから買いつけることになる。マイナスにマイナスを重ねるんです。わかりますか?」
「はい……」
ウォルターも、ここにきて、重大さがわかるようになってきた。のん気さは消えうせて、気まずくなる。そこにあると思っていたもの、当たり前と思っていたものが実は大事だった。
そんなことは、ありきたりで、忘れがちで、失って痛感することが多い。
「ようやく、実感できてきたようですね。計画的に、森と共存してきたのに、あなたはそれを破壊しつくしたんです」
「そ、こまでは……ない……ような……ある、か……」
ウォルターも認めざるを得ない。
自分が吹き飛ばした分の森が元通りになるのに、一体何年かかるのか。単純に森を世話すれば、20年でどうにかなるかもしれない。ただしそれは、森を経済的に利用しなかった場合の話。
森の恩恵をまるまる20年分、失う。
それは確かに、大問題、だった。
「それで? まだ、あの言葉をあなたから聞いていないような気がするんですが? いかがです?」
「あの言葉、とは?」
「5歳の子どもだって言える、悪いことをした後に言う、あの言葉です」
「で、でもな?」
村娘はそっぽを向いてしまった。
聞く耳持たない、ということだ。
弟子のセリンも、肩をすくめ、村娘のほうを見るようウォルターをうながす。打つ手なしなのだ。
その、たったひとつの言葉を言うまでは。
「ごめんなさい……」