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作者: 野間圭介

何気ない日常。それは尊い。

「ちょっと、母さん!」


「あら、どうしたの~?」


キッチンで夕食の準備をしている母に、ノートパソコンを脇に抱えた息子の健児が、足跡をたてながら話しかける。


「さっき、『ネットでパエリアのレシピを見たいからノートパソコン貸して』って言ったじゃん」


「そうね、スマートフォンじゃ画面が小さいから、ケンちゃんにノートパソコンを借してもらったわね。それがどうかしたの?」


のほほんとした口調で答える母に、「ちょっと俺のパソコンに何したの?」と、健児は尖ったトーンで問う。


「『何したの?』って、ただレシピを探してただけよ?でも、パソコンってゴチャゴチャしてるのね。お母さん、途中からめまいがしちゃったわ」


ノートパソコンを操作した時の苦労を思い出したのか、目元に手を当てる。


ただ、健児は母の苦労もお構いなしに、「母さんのめまいなんて知らないよ!そんなことより、どうしてくれるんだよ!」と語気を荒げた。


「さっきから大きい声を出してるけど何かあったの?お母さん、どこか変なボタン押しちゃったかしら」


荒ぶる健児に困惑したのだろう、母は首をかしげる。一方、健児は頭をかきながら「まじで何したんだよ……」と天を仰ぐ。


「ごめんなさい。お母さん、パソコンのことはよくわからないから、変なことしちゃったのかもしれない」


母の謝罪も空しく、健児の耳に届いていない。2人の間に静寂が流れるが、意を決した健児はようやく重い口を開ける。


「なんで勝手に海外ブランドに特化したECサイト作ってんだよ」


耳なじみのない言葉だったのだろう。「いーしー…ってなに?」と聞く返す。


「ECサイト!しかも、1時間で100万PV超えってどんなモンスターコンテンツ作ってんだよ!」


健児は手に持っていたノートパソコンのディスプレイを母に見せる。そこには、メカメカしくも非常におしゃれなサイトで、いかにも若者に刺さりそうなデザインだ。


母は急なことに動揺したが、健児のただごとではない気配を感じ、「ご、ごめんなさい。お母さん、パソコンのことよくわからないから…、キーボードをカタカタ押してたら変なものが出来上がったのかも…」とたどたどしく釈明する。


ただ、そんな言葉に納得するはずもなく、「ありえないから!偶然が重なってこんなサイト作れるわけ無いだろ!」とますますヒートアップ。


「お母さん、パソコンのことはよくわからないけど、そのサイトは消すことできないの?もし、時間をくれるならパソコンのこと一生懸命勉強して元に戻すわ」


「戻さなくていいよ!このサイトがあれば何もしなくても月に100万円は入ってくるから!」


「1、100万円!?パソコンのサイトってそんなにお金をもらえるの?」


100万円という額だけではなく、そもそもサイトを運営することでお金がもらえること自体に驚いているようだ。


ただ、健児は母の質問をスルーして、「あとさ…なんで体調管理のアプリ作って販売開始してるんだよ!?」と矢継ぎ早に質問を続ける。


「え?アプリってスマートフォンの?あれってパソコンで作れるものなの?」


「そりゃあできるよ!!!」


「へー、スマートフォンのアプリって、スマートフォンでしか作れないと思っていたわ」


先ほど同様、これまた驚いた様子を見せる母。


「しかもこのアプリ、人の歩く振動を感知して体重から血圧、体脂肪率まで測定できるってどんだけユーザビリティに富んでるんだよ!!!」


「まぁ、それはすごく便利ね。お母さんも使ってみたいわ…でも、体重や体脂肪がわかっちゃうのは嫌かも…」


「しかも、すでに複数の食品メーカーやスポーツメーカーと広告掲載の契約交わしてるし、抜け目なさすぎるだろ…」


「あら、お母さんまた勝手なことしちゃったみたいね」


健児はノートパソコンを操作し、ディスプレイを見つめながら、「しかもなんなんだよこのアプリ…。アプリの売り上げランキングで早速1位にランクインしてるよ…それも年間ランキングで…」とつぶやく。


「そのアプリさん、すごい人気者なのね」


さらに、健児は振り絞るように「あとさ…」と声にならない声を出す。


「まだ何かあるの?そんなにお母さん変なことしちゃったのかしら」


「俺のノートパソコン、ウ〇ンドウズ95の超低スペック仕様なのに、どうやったらこんな短時間でサイトやアプリを作れるんだよ?仮に知識があっても俺のパソコンじゃもっと時間かかるよ」


「スペック低いの?私には大きくて頑丈そうな立派なパソコンに見えるけど?」


物の良しあしを大きさや強度で測る母に、「パソコンのスペックはサイズや丈夫さで決まらないから…」と呆れ声。


「お母さんパソコンのことよくわからないけど、ケンちゃんがそこまで言うなら、お母さんすごいことやったみたいね」


「はは、やっぱり母さんは凄いな…」


どれだけ凄いことをしたのに気付いていないのか。マイペースを崩さない母に健児は改めて母親の偉大さを実感させられた。


そして、言いたいことを言い終わったからか、「なんか声出しすぎてお腹空いてきちゃった」とぐったりとした表情を浮かべ、お腹を擦る健児。


「はいはい、わかったわ。もうすぐ晩御飯できるからちょっと待って」


「今日はパエリアなんでしょ?俺、まだパエリア食べたことないから楽しみだなー」


先ほどの鬼気迫る表情とは打って変わって笑顔を見せる健児だったが、「ごめんなさい、今日はカレーライスなの」と今度は堂々と謝罪の言葉を口にする。


「え?パエリアを作りたかったからノートパソコンを借りてレシピを検索したんでしょ?」


「うん、そうだけど…」


「それじゃあどうしてパエリアじゃないの?」


「お母さん、パソコンのことよくわからないから、パエリアのレシピを見つけられなかったの」

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