おまけ:アナザー・ファースト・ステップ!
それから数日後。
週末の土日休み。
俺は、織部の自宅に行った。ずっと又借りしていた学校の本を返すために。
家のチャイムを鳴らすと織部が扉を開き、出迎える。
「いらっしゃい。道に迷わなかった?」
「道には迷わなかったけど……家を見つけるのには苦労したよ」
まさか彼女が……こんな粗末なボロアパートに住んでいるとは思わなかった。
おもわず聞いてしまう。
「こんなところに家族で住んでるの?」
「そうよ」
彼女はあけっぴろげに言う。
「住めば都よ。アパートとしては古いけど、中はけっこうきれいなんだから」
俺たちは中へと入る。
織部が言うとおり、以外にも、家の中は綺麗だった。
掃除がずいぶんと行き届いている。
「織部さん、ひとり? 家族は?」
「ママは仕事中。だから、今、この家にいるのは私とこのこだけよ」
「このこ?」
聞き返すのと、ほぼ同時に俺は気付く。部屋の中をピョンピョンと飛び回っては駆け回る小さな生き物を見つける。
その生き物は……うさぎだった。
「うさぎ、飼ってたの?」
「ええ。だから、私、学校で飼育委員やりたくないんだよね。毎日、家で世話をしてるから」
彼女は走り回るうさぎを捕まえて、抱き抱える。
「それで、気になって調べてたんだ。図書館で。うさぎのことを」
あのときの放課後のことを言っているのだろう。
同時に、俺は、そのときのことを思い出してしまう。
「ほら、ミミ。お昼ごはんよ。しっかり食べてね」
織部はうさぎにエサをあげながら。
「あ、そうだ、杉崎くん。お昼ごはんってもう食べた?」
「いや、まだだけど……」
「なら、食べて行ってよ、私、ちょうど今、お昼ごはんをつくっていたのよ」
「あ、ありがとう……料理好きなの?」
あまり興味はないが聞いてみる。他人に興味をもつためにも、あえて。
「まぁね。ママは仕事が忙しくてあんまり家事できないしね。私以外にママのことを助けてあげられる人なんていないから」
「お父さんは?」
「いないわよ」
「え……」
「うち、母子家庭なんだ。パパは私が小さい頃にママと離婚して出て行っちゃった。それ以来、会ってもいないのよ」
「………」
言葉に詰まる。
しまった、と思った。
軽はずみに無神経なことを聞いてしまったと思った。
だけど、同時に――。
偉いな、と思った。
大人だな、と思った。
しっかりしているな。と思った。
俺なんかより、よっぽど大人っぽくて、しっかりしてる。
そして――。
やっぱり、女の子なんだな、と思った。
自分から積極的に家事を手伝うのも、母親を助けようとするのも……みんなでおんなじように助け合い、みんなでおんなじように支え合う……女だからこそ、だ。女は、男と違って他人に対する気配りができるし……他人のためになにかしようという協調性がある。
織部から言わせてみれば、これも俺のひとりよがりなのかもしれない。
それでも今の俺は……嘘偽りなく、尊敬している。
だからこそ、俺は勇気を出して素直に言えた。
「……ごめん」
「べつにいいわよ。もうパパの顔も覚えてないし、気にしてないわ」
「いや、そのことだけじゃなくて……その、前に言ったこと……」
「あー……」
彼女は口を濁す。
「女は陰湿だなんて、言って……ほんとにごめん……」
「…………」
彼女は少しだけ考え込む。
しかし、やがて、いつものように明るい声と気さくな笑顔で。
「私の方こそ、私も、きみのことよく知らないのに失礼なことを言っちゃったわ。ほんとにごめんなさい」
その言葉を聞いて、ようやく俺は気が抜ける。
肩の荷がおりたような気がして、ホッとする。
同時に。
「じゃあ、お昼ごはんをすぐにつくって持ってくるから、そこのテーブルに座って待ってて」
「あ、うん、わかった」
綾野は台所に向かい、俺は座卓に座る。
同時に、俺は、ようやく彼女という他人に興味を持とうと思ったし、仲良くなりたいと……友達になりたいと思った。




