40話:ファースト・ステップ!
翌日。
綾野は学校に来てくれた。
朝からではなく、午後からだけど。ちょうど午前中の授業が終わり、給食の準備をしていたときに教室へとやってきた。
ずいぶんと遅い登校だったけど……それでも、昨日あんなことがあったのに勇気を振り絞って、ちゃんと学校に来てくれたことが俺にはなによりも嬉しかった。
しかし、そんな彼女のことを好意的に捉えているのはクラスで俺だけのようだ。
あいかわらず、教室内では浮いており、クラスにも馴染めていない。
友達もいないのでいつもひとりぼっちだ。
今も給食の時間だというのに、ひとりで食べている。
だからこそ、俺は――
「綾野さん、一緒に食べようよ!」
「杉崎くん……!」
俺は綾野の返事もまたずに彼女の机に自分の机をくっつける。
そのまま有無も言わさずに強引に相席する。
「だめって言っても一緒に食べるから」
「べ、べつにだめじゃないけど……」
俺の押しの強さに驚く彼女。
しかし、それ以上に驚いていたのは他のクラスメイト達だった。みんなして俺に好奇の視線を向けてくるが、俺はそしらぬ顔で我慢する。
……大丈夫。
彼女も一緒なんだから。
ひとりでは挫けることも、ふたりでなら耐えられる……そう、必死に自分に言い聞かせる。
「体調の方はもう大丈夫なの?」
「うん、もう平気」
「よかった。そういえば一緒に給食を食べるのって、これがはじめてだけど、綾野さんが好きな食べ物ってなに?」
「……シチューかな。ビーフシチューも好きだけど、ホワイトシチューが大好きなの」
「へぇ、そうなんだ」
「杉崎くんは?」
「俺はやっぱりカレーかな。手軽だし、美味しいし」
「ふぅん、そうなんだ」
「ほら、昔から言うじゃん。カレーと映画は嫌う人があんまりいないって」
「そうなの? 初めて聞いたけど……」
お喋りをしながら給食を食べる。
不器用ながらも、ちゃんと会話のキャッチボールをして話し、お互いのことを知り、親睦を深めようとする。
そのとき、悪意のある声が聞こえてきた。
「なにあれ。ウケるんだけど」
「ずいぶんと必死そうだよねぇ」
「余裕なさそうで超かっこう悪い」
教室の隅で固まっていた女子のグループが教室全体に響き渡るかのような声で、これみよがしに言ってくる。前に、綾野の陰口を言い合っていた連中だ。
綾野も気付いたのか、とたんに表情を暗くする。食器を持つ手が震えていた。
かくいう俺も無視してはいるが……内心、気を張ってしまう。
まるで教室中のみんなが俺たちのことを嘲笑しているような錯覚に陥る。
「大人しい者同士でつるんで傷の舐め合いでもしてるのかしら。まぁ、お似合いだけど」
「ていうか、うさぎが死んだのって結局どうなったの?」
「トイレでもさぁ、いったい誰が水をかけたんだろうねぇ」
俺たちがなにも言わないのをいいことに、そいつらは好き勝手に言ってくる。
「もしかしてさぁ、最初からただの自作自演だったんじゃないの?」
「ええ、じゃあ、悲劇のヒロイン気取りしてたってこと?」
「それがほんとだったら超ウケるんだけど! ヤバイ、超最低じゃん!」
「…………」
「綾野さん……」
綾野はなにも答えず、俯き、顔を下げる。長い前髪が、彼女の表情を隠す。
彼女は呼吸を荒くして体を震わせる。
それを見て――俺の堪忍袋の緒が切れる。
ドンという音が教室内にこだまする。
気が付くと、俺は、机を強く叩いていた。
そして、立ち上がっては、振り返り――
「うっせぇぞ、ブス!」
そいつらに向かって叫んでいた。
他のクラスメイト達がまたもや愕然とする。
姫川先生ですら、驚いたまま固まっている。
だけど、誰よりも驚いているのは……綾野だった。彼女は唖然とした様子で俺を見上げていた。
「さっきから耳障りなんだよ! 黙ってろ! それにお前らは目障りだし!」
我ながら自分でも引くくらい口の悪い言葉遣いでブスどもを罵倒をする。
……俺もそれだけたまっていたということなのだろうか。
「だいたい、お前らの方が最低なんだよ! さっきから、あることないこと言いやがって! 女子トイレでの出来事も、ほんとはお前らが犯人じゃねぇのかよ!」
罵倒されていた女子のひとりが泣き出してしまう。
だけど、俺はまだ言ってやりたいことがあった。
「お前らと違って――」
俺は一際大きな声で。
「綾野さんがそんなひどいことするわけねぇだろ!」
次の瞬間、突如、目の前が真っ暗になる。瞼の奥で閃光のような光と火花が弾ける。
同時に、ほっぺたに激痛が走る。地球の重力に従い、沈み込むように床へと頭から崩れ落ちる。
教室中に響き渡る悲鳴。
「杉崎くん!」
暗く、冷たい、床一面の視界の中で、綾野の声が聞こえる。
そして、もうひとりの声。
「あんたの方がうるさいっての」
姫川先生の声だった。
どうやら俺は先生に、ぶたれたらしい。
「あと、それと。あなたたちも喧嘩両成敗よ」
ブスどもの悲鳴が聞こえてくる。
それを聞いて、俺は内心、床に突っ伏したまま、ほくそ笑んだ。
・・・・・
「失礼しました……」
面談室を出る。
廊下の窓越しに外を見ると、すでに夕暮れになっていた。
給食時での騒動は……というか俺の罵倒は隣の教室にまで届いていたらしく、俺は今の今までずっと激しい説教をくらっていた。罰として、原稿用紙数枚分の反省文まで書かされた。
ちなみにそれは陰口を叩いていた女子たちも一緒である。
しかし、同じ部屋にいても会話なんて一切しない。というか、お互いに視線すら合わせない。
お互いに蛇蝎の如く毛嫌いし合うようになった俺とその女子たちはお互いをまるで空気のように無視し合いながら、それぞれ反省文を書いた。
そして、それもようやく終わった。
これで家に帰れる……そう思い、帰路に急ぐ。
そんなとき。
飼育小屋の前で、ひとりの女の子と会った。
「杉崎くん!」
「綾野さん」
綾野が外から駆け寄ってくる。
どうやら放課後になってからというもの、俺に会うために、ここでずっと待ってくれていたらしい。
「杉崎くん……ごめんなさい」
出会い頭、開口直前に謝れてしまう。
「私なんかのためにあんなことをして……私のせいで……」
「綾野さんのせいじゃないよ」
「でも……あんなことしたら杉崎くんまで、みんなに……」
「かまわないよ」
俺が言い切ると彼女は心底驚いた様子で困惑する。
「ど、どうして? 怖くはないの?」
「……正直に言っちゃえば、怖いよ」
しまらないなぁ、と思い、苦笑する。
「みんなの前で女子にあんなひどいことを言ったんだもん。……やっぱり、心配だし、不安だよ」
「なら、どうして……」
「それは……」
一度、目をつぶる。
あのときに女子が言っていた言葉を思い出す。
……思い出すだけでも不快だし、不愉快な気持ちになってくる。
「あいつらのことが許せなかったんだ。……綾野さんのことを悪く言うのが」
「杉崎くん……」
綾野の顔が朱色に染まり――顔がこわばる。
顔に罪悪感のようなものをにじませている。
「ありがとう……でも、私なんかよりも自分や他の人のことを大切にしてあげて……」
「いやだ」
即答する。
「ど、どうして?」
「……『私なんか』なんて言わないでよ。俺にとっては、あいつらなんかよりも、綾野さんの方がよっぽど大切なんだから」
「た、大切……!?」
こわばっていた彼女の顔が――とたんにまた赤くなる。
「そ、それって……」
「言ったとおりだよ」
俺にとって、綾野は大切な友達で……とても大切な人だ。
彼女は俺の初恋の人で、ずっと好きだった人で、守ってあげたい人で……そのために人生をやり直しているくらい、とっても大切な女の子だ。
「そ、そんなこと、突然、言われても……」
「でも、本当だよ」
「うぅ……杉崎くん、本気なの……?」
「本気だよ、俺」
まるで湯気が出そうなくらいに顔を真っ赤にしながらうろたえる彼女に向かって、俺は言い切る。
俺の気持ちがまっすぐ彼女に伝わるように。
「綾野さん」
彼女の名前を呼ぶ。
「俺と友達になってください」
「友達……?」
「うん、そう。友達」
友達――今はそれでいい。
それでも、いつか……振り向いてほしい。
いや……振り向かせてみせる。
「俺はクラスでハブになっても構わない」
「で、でも……」
「俺、綾野さんのことを悪く言うやつらとなんか仲良くしたくないし」
その言葉は、俺の嘘偽らざる想い……本当の気持ちだ。
綾野は驚き、戸惑い、そして――またしても俯き、顔を下げてしまう。
長い前髪が、彼女の表情を隠す。
「私、お話しするの苦手だから話してても、つまらないよ……?」
「そんなことない。綾野さんといるってだけで楽しいよ」
「私、頭悪いから一緒にいるだけで、すっごく迷惑をかけちゃうよ……?」
「かけていいよ。それでも一緒にいたいんだから」
「私、私……」
「綾野さん。顔を上げてよ」
震える彼女に優しく声をかける。
――長い沈黙のあと、やがて、彼女は顔を上げた。
「綾野さん。俺と友達になってください」
そして。
「……愛花よ」
「え?」
彼女は微笑む。
「私の名前は……綾野愛花だから」
「それって……」
それは、とびっきりの笑顔だった。
「愛花って、よんで」
「!?」
それは、俺の心を夢中にさせる、とびきりの可愛らしい満面の笑みだった。
「……ああ! よろしくね、愛花ちゃん!」
「……うん! こちらこそ、よろしくね、勇気くん!」
それが、なによりも嬉しくてたまらなかった。
こうして俺と綾野は友達になった。
それは他人にとっては小さな一歩かもしれない。
だけど、俺にとっては、はじめの第一歩だった。
脇役人生異常あり!?
第ニ章 リスタート 了




