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脇役人生異常あり!?  作者: 弱者
 第二章 リスタート
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39話:ラビットハウス・オン・ザ・ラブ!⑦


 うさぎのエサといえば、にんじんだ。

 うさぎの好物といえば、にんじんだ。


 その逆に、うさぎには絶対に食べさせてはいけないというものも存在する。



 その代表的な食べ物が――チョコレートだ。



 うさぎにとってはカカオに含まれる『テオブロミン』という成分は猛毒である。小動物であるうさぎにとって、その毒が与える影響は極めて大きい。少量のチョコ菓子を食べただけでも重篤な中毒症状を引き起こし、最悪の場合は死に至る――。

     ・

     ・

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     ・

     ・

 一冊の本を手にしたまま、わなわなと震える綾野。


 唇が震えており、顔は真っ青だ。

 その顔はまるで、なにかちょうど思い当たる節があるかのような様相を醸し出している。



 だからこそ、俺は確信してしまう。



「そんな……嘘でしょう……?」


 彼女は顔を蒼白にしながらも否定を求める。


「だ、だって、そんな……そんなはずが……」


 たった今、本を読んで得た知識を拒絶する。だけど――頭の中でどんな言い訳を考えてもそれは子供である自分が思いついた単なる浅知恵で。

 やがて、彼女は頭を抱えながら呟く。


「本当なの……?」


 口から発せられる吐息は浅く、か細いものになり、呼吸が荒くなる。


「うさぎが死んだのは……私のせいなの……?」


 絶望に打ちひしがれる綾野だったけど……やがて事実を受け入れはじめる。

 俺は、もう、なにも口にすることができなかった。


「う……うううううっ」


 彼女の瞳から大粒の涙があふれる。

 拭うこともせずに、ぽろぽろとこぼれ落ちていく。悲痛に顔を歪ませながら、綾野は咽び泣いた。


「ご、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」


 泣きじゃくりながら、悲痛にまみれた感情を乱暴に吐き出す。



 ……むりもない。

 かわいがっていたうさぎが死んでしまったのは、他の誰でもない自分のせいだったのだから。




 そんな事実……誰も受け入れたくなんかない。




「私のせいでっ! わだじのぜいでっ! うわああああああん!」


 さめざめと泣き続ける彼女の声が俺の心に突き刺さる。


「知らなかったの! 毒だなんて、ぜんぜん知らなかったの!」



 彼女は言っていた。



『私、そんなおかしなものは食べさせてません!』



 そう……彼女はおかしなものなどは食べさせてなどいない。

 ただお菓子を食べさせただけだ。



 チョコレートだったのは本当にただの偶然なのだろう。

 自分の家で手に入ったのが、たまたまチョコ菓子だっただけだ。



「私はただ心配だったの! エサがなくて、お腹を空かせてないかって!」


 彼女が懺悔する告白はあまりにも哀しい。


「土日は誰も世話をするがいないと思ったから……だから、ごはんをあげようとしただけなの!」



 彼女は言っていた。



『でも、お腹を空かせてたら、かわいそうじゃないかしら……』


 そう……彼女は心配していただけだ。

 エサは毎日もらえるわけじゃないし、土日は飼育委員も世話をしない。



 ただ……いざというときは用務員が世話をしてくれる。



 それを知らなかっただけだ。




 だから、ただの自業自得だ。

 だけど……悪意もなければ殺意もない。

 純粋な愛情がゆえの自業自得だからこそ……哀しく、救いが一切無い。



 ただただ、彼女に知識がなかったゆえに起きた悲しい出来事だった。

 かくいう俺もこのことを知ったのは織部に渡された本を何度も読んでからだ。



 俺の前で彼女は泣き続ける。


 泣いて、泣いて、泣き喚いて。

 散々ボロボロになるまで泣いた末に。






 突如――変貌する。






「信じられない……こんなこと(傍点)になるなんて……」

「綾野さん……?」


 声をかけるが返事はない。


「絶対におかしいわ」


 彼女は俺に近付いてくる。

 唇を震わせながら、追い縋るように俺を見つめがら。

 苦しそうに嗤いながら。


「違うのよね? これは現実じゃないのよね?」

「…………」


 心が痛くなる。


「こんなの現実じゃない。これはただの夢だもん。明日になったら目が覚めるもん」


 言葉を失った。


「私、前の学校ではいじめられて泣いてばっかりだったけど、転校した学校はみんな優しくていい人たちばっかりで、本当のお友達もいっぱいできて……」


 つらかった。


「勉強もあんまり難しくないから先生に怒られないし、みんなにもバカにされたりなんかしなくなって……」


 苦しかった。


「ピアノのお稽古だって、学校で嫌なことが起きないから毎日落ち着いて真面目に練習をがんばれるから、先生も褒めてくれるし、どんどん上手に弾けるようになって……」


 悲しかった。


「私、学校を転校してからは嫌なことなんてなんにもなくて、上手くいかなかったことがどんどんできるようになって、毎日学校に行くのが楽しくて……!」


 壊れた彼女を見るのは……本当に嫌だった。




 もう……我慢の限界だったのだろう。




 人は苦しくて壊れるんじゃない。

 人は苦しみから逃れるために壊れてでも自我を保とうとするんだ。




 綾野は救いを求めて俺を見る。



 彼女の目は暗い穴凹のような目をしていた。



「そうだよね? ねぇ、杉崎くん」

「綾野さん……」

「そうって言ってよ。きみが言ってくれるなら、私、信じられるから」

「…………」

「だから、お願い! そう言ってよ!」


 長い沈黙の末、俺は意を決して口を開く。


「……違う」

「!?」

「これは夢じゃない。現実だよ」


 彼女の足が崩れ落ちる。


「綾野さんはまだクラスにもなじめていないし、いつも一緒にいるような仲の良い友達もいない……学校に来るたびに嫌なことがあって、そのたびに早退してる」

「そ、そんな……」

「だから……うさぎも、もう死んでいる……」

「な……なんでそんなこと言うの!」


 彼女は叫んだ。


「慰めてよ! そうだって言ってよ!」


 俺に救いを求めるようにして胸ぐらをつかむ。

 だけど、俺は頷かなかった。






 気が付くと俺も叫んでいた。






「現実を見るんだ!!」


「いやっ!!!」


 俺は彼女の肩を掴む。




()()()()()()()()!!!」




「なんでそんなひどいことを言うの! いやよ、そんなのいや!」

「でも、そうなんだよ……!」


 俺は呟く。


「現実なんだよ……!」


 何度も呟く。


「俺だって、いまだに信じられないけど……!」


 本当に壊れてしまったのは俺の方かもしれない。


「ひどい夢だとしか思えないけど……!」


 本当に我慢の限界だったのは俺の方かもしれない。




「それでも、これは現実なんだっ!!!」




 それでも、俺は何度も呟いては必死に自分に言い聞かせる。


「どうしてそんなこと言うの! どうして言っちゃうの!? 言わないでほしかった、知らなかったら……その方が幸せだったのに!」


 彼女は叫ぶ。


「聞きたくなんかなかった! これは夢だと思いたかったし、自分のせいだなんて知りたくなかった!」

「…………」

「私はまた自分で大切なものを壊しちゃったことを知って……いったい、どうすればいいの!」


 彼女の言葉は逆切れかもしれないし……正論かもしれない。


 だって、俺は彼女が傷付くのことを知っていて真実を話したのだから。

 そして、今も現実に目を背けようとしている彼女に事実を話している。



「ねぇ、教えてよ!」

「…………」



 自分でもつくづく思う。

 真実を告げたところで彼女が傷付き、苦しむだけなのに……。



 それなのに、どうして俺は彼女に残酷な真実を告げるのだろう。



「……なんでだろう」


 彼女は真っ赤に泣き腫らした瞳で俺のことを憎しげに見てくる。


「……たぶん、こわかったんだと思う」


 こわいと、もっとこわいものをみたくなるから……。


「なによそれ……!」

「ごめん。だけど……」


 だけど……それだけではない。もうひとつ。


「たぶん、きみのために言ったんだと思う……」

「そんなの……余計なお世話よ……!」

「そうだよね。ごめん……でも、やっぱり俺はきみに知っておいてほしかったんだと思う」

「どうして!」

「……きみのことを、信じてるから」

「!?」


 彼女の憎悪に満ちた瞳がかすかに震える。




 ……俺だって考えるさ。


 真実を伝えるのは怖かった。彼女が傷付くから。

 真実を伝えることが誠実だなんて思っていない。

 世の中には言わない方がいいこともあるはずだ。

 言わない優しさがあることもわかっている。



 ……わかってる。



 これはただの自己満足だ。



 織部に言われたことを思い出す。



『杉崎くんってさぁ、誰かのことを考えているようで、ほんとは自分のことばっかりだよね』


『きみって、ほんと、自分勝手だよね』


『ていうか、他人ひとに興味ないよね。いつも自分のことばっかりで他人の気持ちを考えないんだもん』



 ……そうだよ。俺は自分勝手だ。

 自分のことばっかりで、他人の気持ちなんて考えやしない。



 だけど……!



 他人に興味がないわけじゃない。



 何度も考えたさ。

 考えて、考えて、考え抜いた末に……決めたんだ。


 綾野を信じよう……って。



 彼女は聡くて繊細だけど……“強い”わけじゃないけど“弱い”わけじゃないと信じたいから。




 大人は誰しもみんな“強い”わけじゃない。




 それと同じように。

 子供は誰しもみんな“弱い”わけじゃない。


 そう信じると決めたからこそ、俺は彼女と向き合おうことを決意したんだ。


「綾野さんは……うさぎのことが嫌いだった?」

「!?」


 彼女の瞳が揺れる。


「ウサギと一緒にいても……楽しくなかった?」

「それは……」


 彼女の声が揺れる。




 ……そうだよ。




 どんなに苦しくても……楽しかった記憶は消えやしない。

 壁のボードに張られている、あの数々の写真と同じだ。これらは彼女にとって、つらい思い出であると同時に楽しかった思い出でもある。

 苦しみも、喜びも、ぜんぶひっくるめて彼女のかけがえのない思い出がそこにはある。



「……う、うわああああああんっ!!」


 彼女はまたもや泣いてしまう。


「…………」


 俺は、もう、なにも言わない。


 今の彼女にはどんな慰めの言葉も届かないし、なにを言っても自責としてしか受け止められないだろう。

 俺はただひたすらに彼女が自ら泣き止むの信じて、待つ。



 ……そうだ。

 ……そうだよ。




 泣きたいときには泣くべきなんだ。




 止まない雨がないように、涙もいつかは必ず、枯れ果てる。

 つらく、苦しい思い出だって、いつかは必ず、過去になる。






 俺は泣きじゃくる彼女のそばまで行き、寄り添う。




 俺なんて、いてもいなくても一緒だけど――

 俺なんて、いてもいなくても一緒だから――


 俺は、いつまでも綾野のそばに寄り添った。

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