37話:ラビットハウス・オン・ザ・ラブ!⑤
次の日の放課後。
俺は職員室に来ていた。
今日はべつに誰かに呼び出されたわけではない。自分の意思で、だ。面談室から隣の職員室に入り、探し人を見つけては近付き、声をかける。
「姫川先生。今ちょっとよろしいですか?」
「……また、あなたなの?」
露骨に嫌な顔をする姫川先生。
どうやら生徒から回収したプリントの確認をしていたらしいが、添削作業が思うように進んでいないらしく、その仏頂面はみるからに不機嫌そうだ。
「……じつはお願いがあるんです」
俺はたじろぎつつも勇気を振り絞り、要件を切り出す。
「綾野愛花さんの家の住所を教えてください。……あと、家の電話番号も」
「だめよ」
にべもなく断られる。
「前にも言ったわよね。生徒の個人情報をむやみやたらに他の生徒やその親に教えるわけにはいかない、って」
「はい、そう言ってましたね。覚えています」
「……なら、なんでまた聞いてきたのよ?」
ギロリと睨まれる。こうなってしまうと俺はさながら蛇に睨まれた蛙だ。先生の体罰という名の暴力を連想してしまい、どうしても萎縮してしまう。
……いつもなら。
だが、今日は違った。
「……先生、俺は飼育委員です」
「ええ、そうね」
「綾野さんも飼育委員です。それにうさぎが死んだときの第一発見者です」
「ええ、そうね。でも、それがなんの関係があるの?」
先生はつまらなそうにタバコを取り出しては口に咥える。
そのとき、先生の後ろから声がした。
「じつは死んだうさぎの死因がわかったんですよ」
「……先生」
姫川先生が振り返るとそこには飼育委員会の顧問の先生が。
「彼にはすでにそのことを詳しく話しています」
「それで、さきほどまで面談室を使っていたんですか……」
「はい。教えると彼に約束していましたし……それに彼も飼育委員ですからね」
「俺の方から先生にお願いしたんです。結果を教えてくださいって」
「本来なら動物の死因なんて子供に教えるべきじゃないのかもしれませんが……彼も一応は当事者ですし、自分たちが責任をもって飼っていた動物である以上、本人の意思を尊重するべきだと思いましてね」
「はぁ……」
バツが悪いのだろう。先生はすごすごと咥えていた煙草をしまう。
「それでですね、私としては生徒の自主性を尊重したうえで本人が希望するなら綾野愛花さんにもちゃんと話してあげるべきだと思うですが、姫川先生はどうでしょうか?」
「そうですね……」
姫川先生はたたずまいを正しながら俺や先生の方へと向き直す。
「では、こうしましょう。先生がそうおっしゃるのでしたら私も生徒の自主性を尊重して本人の希望する場合にかぎり、教えるようにしましょう。私の方から責任をもって連絡しておきます」
「待ってください! その……綾野さんに伝えるのは俺に任せてくれませんか?」
またもや露骨に嫌な顔をする姫川先生に対して、俺は熱心かつ一方的に話す。
「俺、綾野さんと一緒にうさぎの世話をしていました。まだあんまりたくさんは話してないし、彼女のことをすごくよく知っているわけじゃないけど……俺にとって彼女は友達なんです」
「友達?」
「はい。もちろん、俺が一方的にそう思っているわけではないと信じています」
きっと彼女も俺を友達だと思ってくれている……そう信じている。
「だから……綾野さんは友達だから、学校を休んでいるなら、心配だからお見舞いに行きたいんです。それで会って、『早くまた学校に来てね』って伝えたいんです」
俺は姫川先生に頭を下げる。
「お願いします! ちゃんと事前にお見舞いに行く前に電話でご両親の了承を得てから行きますので、彼女の家の連絡先を教えてください」
「…………」
姫川先生は無表情のままだ。
おそらく教えるべきかと思いあぐねているのだろう。
「どうでしょうか、姫川先生? 生徒個人に連絡網を教えるのは私もあまりよいことだとは思いませんが、今回の彼の知りたがる理由は至極もっともですし、できれば個人的には特別に教えてあげてもよいかなとも思うのですが……」
それが鶴の一言だった。
姫川先生は観念したかのように溜め息を吐く。
「わかりました。今回は全面的に生徒の自主性を尊重することにしましょう」
「!?」
「いいわ、杉崎くん。綾野さんの連絡先を教えるわ」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しさのあまりおもわず大きな声をだしてしまう。
「よかったな、杉崎。じゃあ、彼女への報告はまかせたからな」
「はい! まかせてください!」
先生はそのまま自分の机へと戻っていった。
そして俺は姫川先生から念願の綾野の連絡先を教えてもらうことができた。
お礼を言ってそのまま先生の元を立ち去ろうとした際、言われる。
「なんだかあなた、前とは少しだけ変わったわね」
「そ、そうですか?」
「ええ。どう変わったのかって聞かれるとよくわからないんだけど……なんていうのかしら、ずるがしこいっていうか……小賢しくなったわ」
「こ、小賢しく……」
その言い方は教師としてどうなんだ、と苦笑してしまう。
しかし、そんな先生の反応が、逆に姫川先生らしいとも思えた俺はまたもや苦笑してしまうのであった。
・・・・・
「いらっしゃい、あなたが杉崎くんかしら?」
「は、はい! 杉崎勇気です!」
「ふふっ、よくきてくれたわね」
ひどく緊張する俺を前に女性はふわりと笑う。
笑顔が純朴で柔らかい綺麗な人だな、と思った。どことなく綾野の面影が重なるこの女性はきっと彼女の母親だろう。
「本日はお忙しいところ、突然、お邪魔してしまい、申し訳ございません!」
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ。もっと、らくにして」
「は、はい。ありがとうございます……」
「愛花に会いに来てくれたのよね? 来てくれて、どうもありがとう。あの子も喜ぶわ」
「そ、そうでしょうか……」
「そうよ。だって、学校のお友達が遊びに来るなんて、もうずいぶんと久しぶりだもの。あの子、寂しがり屋だからきっと喜ぶわ。さぁ、中へどうぞ」
「お、おじゃまします」
おずおずと俺は家の中へと入る。
……家というか、もはや屋敷だけど。
広すぎる家の中を歩いていると改めて綾野の家が俺の家とは感覚のまるで違うお金持ちなんだということを実感する。
俺はなんだかひどく緊張してしまい、歩くが足が震えてしまう。
そんな俺の様子が面白かったのか、女性は緊張をほぐすように気さくに話しかけてくれた。
「あの子、学校ではどうかしら? 元気にやっているかしら?」
「そ、そうですね……以前と比べればずいぶんとクラスにも慣れてきたと思いますよ」
「クラスの子たちとも仲良くしているのかしら?」
「え、えーと……積極的に話しかける子はいますよ」
俺だけど……。
「それにやっぱり転校生は物珍しいから注目の的ですね」
注目を浴びてるのは他の理由だけど……。
俺の返事は当たり障りのない曖昧な言葉ばかりだったけど、女性はホッとした様子で胸を撫で下ろす。
「よかった……あの子、学校では本当に楽しく過ごせているのね」
「……心配していたんですか?」
「ええ……」
彼女の進む足が止まる。
「あの子、なにも言ってくれないから……」
俺も立ち止まる。
「たぶん気を遣ってるのよね、私たち家族に。……あの子は本当にまじめで頑張り屋だから」
その声はずいぶんと孤独で寂しそうだ。
「言ってくれていいのに……いいえ、言ってほしいわ。どんなに歪でも私たちは家族なんだから……素直にはっきりと言ってくれる方がよっぽど嬉しいわ」
なんとなく、考える。
自分の気持ちを素直に言えない(傍点)のは誰のせいなんだろう?
自分のせい?
それとも……相手のせい?
「……彼女自身は学校のことをなんて言ってますか?」
「楽しいって言ってたわ」
「楽しい?」
おもわず聞き返してしまう。
「この学校なら友達ができそうだし、勉強もついていけそう。だから楽しくやっていけそうって……」
「それって……」
必死のつよがり……俺にはそうとしか思えない。
それは女性も同じなのだろう。寂しそうに笑っては口をすねらせる。
「あの子、自分はお姉ちゃんだからって必死に大人っぽく振るまってるのよ。でも、やっぱりまだ子供よね。気付かないわけないじゃない……あんなに必死そうな表情をして言うんだもの……わかるわよ……」
だんだん尻すぼみに小さく、か細くなっていく女性の声。
「ごめんなさい。お客様の前で話す内容じゃなかったわね。忘れてちょうだい」
「は、はぁ……」
「さぁ、ついたわ。ここが愛花のお部屋よ」
女性は扉の前で立ち止まる。
「起きてると思うんだけど……」
女性は扉を軽くノックする。
「愛花ちゃん、起きてる?」
「うん……」
部屋の中から返事がした。
「具合はどう?」
「大丈夫……」
「愛花ちゃんにお客様が来てるわよ。お部屋に通しちゃてもいい? それとも今日は帰ってもらう?」
ドン……と、なにかが落ちる音がした。
そのまま足音が近付いてきたかと思えば、今度はガチャリというカギの閉まる音が聞こえた。
「待って! まだ入らないで!」
扉越しに綾野の大声が聞こえる。
「着替えるから、ちょっとだけ待って!」
「じゃあ、部屋の前で待っててもらうから準備ができたら中に入れてあげてね」
「う、うん! わかった!」
部屋の中からドタバタとした慌ただしい生活音が聞こえてくる。それがなんだかおかしくて俺と女性は苦笑いしてしまう。
「それじゃあ、私はもう行くから。杉崎くんはここで待っていてあげてくれる?」
「わ、わかりました。案内していただき、ありがとうございます」
「いいのよ。気にしないで。またあとで様子をみにお菓子を持っていくからわ」
「は、はい。ありがとうございます」
あらためてお礼を言い、別れる。
去り際に「もしかしたら、あの子、勘違いしちゃってるかもしれないから杉崎くんを見てすっごく驚くかもしれないけど、来てくれたことに喜んではいるはずだから仲良くしてあげてね」と意味深なことを言われる。
どういう意味だろう……。
そう考えていたとき、俺は心の準備をする暇もなく、またガチャリというカギの開く音が聞こえた瞬間、扉が開いた。




