32話:ビター&スイート・マイ・ライフ!⑮
「いったい、いつになったらレーナと姫川先生はくるんだ?」
近くにいる男子グループが内輪で固まってなにか話している。
「ずいぶんと長いよな。他のクラスはもう授業始まってるのに」
「まだ話してるのかな?」
「たぶんな。まぁ、あれだけの大騒ぎになったんだし、しかたないだろう」
「そういえば、保健室に行った綾野さんは結局、早退したらしいぜ」
「だろうな。しかっし、転校2日目で早退するっていうのもすごいよな?」
「しかも車で帰ったんだとよ。朝、通学で使ってた黒い車がさっきまで学校にきてたらしいぜ」
「車で登下校かぁ……ブルジョワっていうやつだな」
「それどういう意味なんだ?」
「いや、俺もよくわかんないんだけどさぁ、金持ちのことをそう言うらしいぜ」
「へぇー、そうなんだ」
「うちの父ちゃんが言ってたぜ。『ブルジョワはどいつもこいつもみんな資本主義の豚どもだ。あいつらは俺たちプロレタリアを不当に扱き使って利潤を搾取しているんだから、いくら差別し侮辱したり蔑んだりしてもいいだ』って」
「ふーん。よくわかんないけど、そうなんだ」
今は5時間目の授業中だが、教室に姫川先生と織部はいない。
昼休み中に起きた綾野と織部の喧嘩の件で職員室へと行ったきり、まだ帰って来ていないのだ。そのため、急遽、俺たちのクラスは先生がくるまで自習だ。
鬼の居ぬ間の教室内は騒がしい。
「レーナはまだ取り調べ中なのかな?」
「それを言うなら事情聴取。レーナがやったっていう証拠はなにもないんだから」
「結局、誰がやったんだろうね?」
「あのとき、女子トイレにはレーナと転校生しかいなかったんでしょう? 状況的にレーナしかできないんじゃない?」
「トイレを掃除するときに使ってる、あのきったないバケツを使って上から水をかけたのかな? うわぁ……なんか想像したらエンガチョ~」
「他になにもないしねぇ。ホースなんかもないしぃ」
「でも……もしバケツに水を汲んだなら音がするんじゃない? それに誰かが入ったり、出て行ったりするときの足音も聞こえるはずよ」
「あー、言われてみれば、たしかにそうかもぉ」
「べつに誰でもいいじゃない」
「どうして?」
「だって、どうせ犯人は見つからないだろうし。本当の真相はわからないまま、闇の中よ。そうにきまってるわ」
「それもそっかぁ」
教室内は根も葉もない噂話でもちきりだった。
「なんか大変だったみたいだな」
「桜木……」
自分の席でひとり佇んでいた俺の元に桜木がやってくる。
「俺は昼休みの間ずっとグラウンドでサッカーをしてたから2人の喧嘩を見てなかったんだけどよぉ、杉崎は見てたのか?」
「……一応な。最初からずっと見ていたわけじゃないけど」
「ふーん。それで、お前はどう思う?」
「なにが?」
「決まってんだろう。転校生に水をぶっかけたのは、お前も織部だと思うか?」
「…………」
しばらく考えてから俺は、
「……わかんない」
とだけ答えて、
「さっきも言ったけど、俺も最初から見ていたわけじゃないし」
と言って口を濁す。
「そっか。まぁ、俺もぶっちゃけ織部がどんなやつなのか知らねぇしなぁ」
「……ああ、だから決め付けるのはよくないよな」
内心、織部のことを疑っているのも事実だが。
「それにしても織部も運が悪いよな。せめて事件が起こったとき、ひとりじゃなくて、いつも一緒にいるやつらと一緒にいたならアリバイも証明できるし、喧嘩したときにも仲裁してくれたかもしれないのに」
「…………」
おもむろに、いつも織部と一緒にいる取り巻きの2人を見てから。
「なぁ、桜木?」
「どうした?」
「もう一回聞くけど、仲田恵理子っていう女の子のこと知らないよな?」
「だから知らないって。誰だよ、それ?」
「やっぱり、知らないよな……」
「ああ、知らねぇ。同学年の同級生か?」
「いや……もう大丈夫。ごめん。本当になんでもないから忘れてくれ」
やっぱり、仲田さんはいない。
1回目ではいたのに……2回目の今回ではいない。
俺は考える。
これはあくまで俺の仮説だが……今回の綾野と織部の喧嘩は仲田さんがいなかったから起きたんじゃないだろうか?
仲田さん曰く、自分は織部達と仲が良くて、同じグループだったという。
正直に言って、子供の頃の仲田さんがどういう女の子だったかなんて俺は覚えていないし、わからなけど……もしもあの場に仲田さんがいたら、もしも綾野と織部が険悪になったとしても、上手く2人の仲を取り持ってくれたかもしれない。
口論する2人の怒りをなだめて、喧嘩を仲裁してくれていたかもしれない。
もちろん、これは俺の妄想でしかなく、本当は1度目のときも起きていたけど大事にならなかっただけだったり、もっと単純に俺が気付いていなかっただけなのかもしれないけど……それを直接聞こうにも仲田さん本人はどこにもいない。
だから、いくら考えても答えなど、でてくるはずがなかった。
・・・・・
突然、教室のドアが開いた。
「はい、みんな。席に着いて」
「…………」
教室に入ってきたのは姫川先生だった。
先生の後ろには織部もいる。
先生の姿を目にしたみんなが蜘蛛の子散らすように慌てて自分の席へと戻っていくのと同時に、真っ赤な紅葉マークを右の頬にはりつけた織部も足早に自分の席へと戻っていく。
「少し遅くなってしまったけど、授業をはじめるわよ」
教室が完全に沈黙したのを確認してから先生は号令をかける。
相変わらず冷たい無表情を浮かべる先生。『私語は慎め』と書かれているような顔と『喋ったら殺す』と言わんばかりの気迫のある態度に怯えるあまり、教室に戻ってきていない綾野や昼休みの2人の喧嘩については誰も聞かない。
「5時間目の『総合』の時間では、みんなのクラス係や委員会などを話し合って決めます」
先生は黒板にチョークで文字を書いていく。
俺たち生徒に背を向けて。
踏み台にしているイスの位置を、ちょいちょい変えながら。
『クラス係』
1、クラス委員長 :
2、掲示係 :
3、授業準備係 :
4、体育準備係 :
5、音楽準備係 :
7、図工準備係 :
8、イベント係 :
『委員会』
1、学級委員 :
2、保健委員 :
3、図書委員 :
4、放送委員 :
5、美化委員 :
6、飼育委員 :
そこまで書き終えたところで振り返る先生。
「まずは最初にクラスの委員長を決めます」
そのまま、俺たち生徒の顔を一望してくる。
「男女1人ずつなんだけど、誰か立候補する人はいる?」
先生の、まるで政見放送のアナウンサーのような棒読み声を聞いた瞬間、クラス一同ぜんいんが下を向いた。みんな、我先に先生と目が合わないように必死になって顔を逸らす。
「誰もやりたがらない……と。なら、先生の指名もとい推薦ということで――」
再び、生徒たちの顔を見回して吟味していた先生だったが、やがて自分の中で選定が終わったらしく、2人のクラスメイトの名前を呼ぶ。
「ちょ、ちょっ! お、俺っ!!?」
「な、なんで私が……っ!!?」
「ただ単純にあなたたちの姿が目に留まったからよ。それに、まだ、あなたたち生徒のことを全員完璧に把握しきれていないんだけど、なんとなく、あなたたち2人の顔と名前は昨日の出来事のおかげで覚えていたから」
まさか、自分が選ばれるとは思わなかったのだろう。名前を呼ばれた2人は驚愕した様子で即座にイスから立ちあがる。
昨日、姫川先生に悪戯をして引っ叩かれた竹尾と、そんな竹尾達のことを密告した女子生徒だった。
「そんなぁ……」
「マジかよぉ……」
2人して、がっくりとうなだれてしまう。
「お願い、神様……」
「悪夢は夢で終わってくれ……」
かわいそうにご愁傷さま……俯いたまま心の中で呟く。
同情はしている。
安堵は、もっと、している
そして――このことはしっかりと覚えている。1度目とまったく同じだということに気が付き、ハッとする。
「では、クラスの委員長はこの2人ということで決めます」
「「…………」」
「先生は今からやらなくてはいけない書類があるので、ここからは2人が主導して話し合いを進めていってもらいます」
「「…………」」
「ほら、2人とも。はやく黒板の前まできなさい」
「「は、はいっ……」」
絶望にまみれた顔をしながら足枷を付けた囚人のようにゆっくりとした足取りで歩いていく2人。
「じゃあ、あとはこれ。このプリントに係や委員会の規定人数が書かれているからその人数内でおさまるように調整して決めていってちょうだい」
「は、はい、わかりました……」
女の子が先生からプリントを受け取る。
「じゃあ、頼んだわよ」
「は、はいっ……」
「え、えーと、それではクラスの係を決めていきますので…………おい、俺が話し合いを進めていくから、お前は決まったやつの名前をどんどん書いていってくれっ」
「わ、わかってるわよっ。命令しないでくれるっ?」
「してねーよっ! さっさと終わらせちまいたいから、お願いしてんだよっ!」
教卓の前でなにやら痴話喧嘩のようにも見える言い合いを始める2人。
「早くしなさい。時間は有限なのよ。できるだけ有効に使いなさい」
「「は、はいっ!!」」
一言一句違わずに声を合わせながら条件反射の如く2人は二つ返事で答えた。
「で、では、決めていきます。えーと、まずは――」
「…………」
かくして委員長たちの主導の元、たどたどしくもクラスの係を決めていくのであった。
・・・・・
「えー、これでクラスの係はすべて決まりました」
竹尾がびっちり生徒たちの名前が書かれた黒板を見ながら言った。
鬼の監視の元、なんとか一区切りがつくまで話し合いを進めることができたという事実にある種の達成感と連帯感を感じたのか、まばらな拍手が教室内に沸く。
「それじゃあ、次に、委員会を決めていきたいと思います。また俺が多数決をとっていきますので、自分の希望する委員会のときに手を挙げてください。かぶったところや人数足りないところは直接話し合いをして……どうしても決まらない場合はじゃんけんで決めていきます」
教室内に、適当な相槌や返事が響く。
「じゃあ、まずは学級委員から。やりたい人はいますか?」
姫川先生と織部が教室に帰ってくるのが遅かったこともあり、少し遅れて始まったはずの授業だったが話し合いは順調に進んでいる。
さて、俺はなんの委員会に入るべきか……。
「次に放送委員。えーと……これは定員2人以上~8人未満だな。やりたい人は手を挙げてください」
「はい、はーい!」
「うちも! 絶対に放送委員を希望!」
「私も! ……あ! あと、手を挙げていないけど、戸山も!」
「えっ、俺? いやぁ、まぁ、べつに放送委員でもいいけどさぁ……」
いきなり織部に便乗された戸山は苦笑しながらも、手を挙げる。
「ちょっと待って……希望者は、レーナとモエとヒナ、あとは戸山くんと……けっこうな多いわねぇ」
「放送委員会は人気だからなぁ」
「競争が激しすぎて去年も決めるのに揉めに揉めたんだよねぇ」
「そうそう! まぁ、自分が放送を担当する日は放送室で給食が食べれるようになるし、自分が持ってきた音楽や映画を流せるんだもん!」
「へぇ、そうなんだ……」
「俺、去年は結局、放送委員になれなかったから今年こそは絶対にやりたいだけど」
「私だって! ねぇ、みんな、お願い! 一生のお願いだから譲ってよ!」
「こんなところで使うんだな、お前の一緒のお願い……」
会話を聞いていた戸山がまた苦笑まじりにツッコミを入れる。
その傍らで、竹尾ともうひとりのクラス委員長の女の子がしかめた表情を浮かべた。
「どうみたって定員オーバーだな……」
「ちょっと、誰か諦めてくれる人はいない?」
「えー! 俺は絶対にいやだぜ!」
「私もよ! 最後の委員会なんだし、希望するのをやりたいもん!」
「そうはいっても……これじゃあ、いつまでも決まらないわよ?」
「あーもう、じゃあ、とりあえず、放送委員を希望するやつらはぜんいん教室の後ろの隅に集まってくれ。そこでみんなで話し合って決めてくれよ。その間に他の委員会を決めておくから」
そう言って、竹尾はまた話し合いの進行を進めていく。
放送委員を希望する面々は色々な愚痴やら不満やら自分の意気込みやらをブツクサと語りながら指定された教室の隅へと移動していく。
「ねぇねぇ、レーナ、お願ーい。私、どうしても放送委員になりたいのよ。だから、他のにいってくれない?」
「いやよ、私だってやりたいのに! ていうか、あんたは去年やってたじゃない。もう1回やってるんだし、今年は諦めなさいよ」
「今年もやりたいのよ、お願い! 譲ってくれたら今度、嫌いな給食のおかず食べてあげるからぁ!」
「報酬がめちゃくちゃショボいわねっ!? どう考えたって、割に合わなすぎるでしょっ!?」
「えぇー……ダメかしらぁ?」
「いや、ダメに決まってるでしょっ!? 私、どんだけ安く見られてるのっ!?」
「そうよ。それはいくらなんでもレーナに失礼だよ!」
「そうそう! レーナだったら最低でも――」
「モエもヒナもシャラップ!!」
「まだ、なにも言ってないじゃないー!?」
「ひどいよー!?
「こういうときにあんたたちがなにかを言うのかくらい、いい加減学んだわよ!!」
「おいおい、なんでもいいから早く決めようぜ……ていうか、俺は他に移ってもいいか?」
「それはダメ! 戸山は絶対、放送委員やるの! これはマスト!」
「えぇ……面倒くさいなぁ、もう……」
教室の片隅で喧々諤々としている面々を放っておいて、話し合いを進めようとする竹尾。
「じゃあ、次に行きたいと思いますー。えーと、次は……」
意外なことに、お調子者の竹尾は司会進行を驚くほどスムーズにテキパキとこなしていく。
「これで最後です。飼育委員! 飼育委員をやりたい人はいますかー?」
「……はいっ」
俺はおずおずと手を挙げる。
自分なりに考えた末に結局、俺は1回目のときと同じ飼育委員を希望することにした。
「杉崎だけ……か。まぁ、納得してちまうけど……」
「奇特ねぇ。杉崎くん、本当に飼育委員でいいの?」
「あ、うんっ……いいよ、これで……」
「わかったわ。えーと……とりあえずはじゃあ、杉崎くん1人だけ、と……」
黒板の前に立つ女の子が俺の名前をかき書き込んだ。
「他に希望する人はいませんか? 飼育委員は定員2人から5人までだから、今ならあと4人も入れるぞー」
「…………」
竹尾が挙手を促すが、俺以外に他の誰も手を挙げようとはしない。
・・・・・・まぁ、そりゃあそうだよな。
うちの学校の委員会活動では飼育委員は不人気だ。
低学年の生徒には人気で希望する人も多いのだが、高学年になればなるほど希望する人がどんどん減っていく。
理由はじつに単純で2つある。
ひとつは予想しているよりもだいぶ忙しいこと。
自分が担当する曜日は授業が始まる前の朝とお昼休み、そして放課後に学校で飼っているウサギの面倒を見なくてはいけない。もちろん、学校で飼っている動物の世話がしたくて飼育委員を希望する人たちばかりだから、最初はみんな率先して説教的に世話をしていくんだけど……みんな、だんだんと飽きてしまい、世話をするのが億劫にっくうに感じてしまうんだ。
だけど、相手が生き物である以上、投げ出すことは絶対に許されないため、みんな、嫌々ながらも委員会に所属している一年間の間は世話をしなくてはならない。
それだけでも面倒くさいのに、ウサギの面倒を見るのが夏休み中や冬休み中といった学校が長期期間休みの間も該当してしまうんだから、みんな、うんざりしてしまうというわけだ。
「まぁ、みんな休み時間は遊びたいし、休みの日も仕事のためにだけに学校には行きたくないもんなぁ」
「俺も4年の頃にやってたけど、やっぱり面倒だったわ」
「動物が可愛いっていう気持ちだけじゃあできないのよね」
「それなんだよなぁ。俺も、もう一回やってるし、今回はやりたくねぇや」
「同感。うちもパス。服も汚れちゃうし……」
「そうなのよねぇ! ウサギはかわいいんだけど、それが一番いやなのよねぇ」
「…………」
そう、それだ。
ふたつめの理由はウサギの世話を通じて、服が汚れてしまうこと。それが、みんな……とくに女子たちが飼育委員を毛嫌いする一番の理由だ。
世話をしている最中、ウサギを抱き抱えて小屋の内外に連れ出したりするため、そのときに抜け毛がついてしまったり、逃げ回るウサギを追いかけて泥や土がついてしまったりすることが圧倒的に多い。これは思春期になって異性を意識しはじめたり、ファッションに興味を持ち始めた年頃の女の子にとっては嫌なはずだろう。
だから、飼育委員は、まだまだ遊びたい盛りの男子にも、背伸びをし始めた微妙なお年頃の女子にも不人気になりがちなわけだ。
「うーん……最悪、飼育委員会は誰かあと1人だけ入ってくれれば、規定に達するんだけど……」
「だれか、杉崎くんの他に飼育員やってくれる人はいませんかー?」
「…………」
クラス委員長2人と一緒に俺も教室内を見回す。
だけど……やっぱり、首を縦に振ってくれる人はいなかった。
そうだよねぁ……とごちる。
つくづく思うが、物事を話し合いで解決するのにはどうしたって限界があるよなぁ……。
人は誰しも人間である以上は感情があるので、どうしてもこれだけは譲れずれないという『意思』があるはずだ。そういうとき、どうしても話し合いで決着がつかないときは、多数決をとって決めたり、重箱の隅をつつくように他の誰かに圧力をかけて、折れてもらうしかない。
……結局、誰かが意思を曲げて妥協してくれるのを待つしかない。
極論……、誰か都合の良い人に対して物事を押し付けるしかない。
例えば、こういうときは……。
「もうさぁ、あの転校生……綾野を飼育委員に入れてしまえばよくないか?」
俺が思いついていた妙案を誰かが代弁するかのように言った。
誰だろうと思い振り返ると桜木だった。
「……!」
「…………」
見ると桜木は俺に対して親指を付き出して『どうだ、ナイスフォローだろう」と言わんばかりに笑っている。
桜木なりに気を遣ってくれているのだろう。
あいつ……。
「まぁ、でも、それもありだよな。クラスの係も最後まで余ってた『授業準備係』に入れちゃったし……委員会の方も余ってるところに入れちゃっていいんじゃないか?」
「実際、そうした方がラクに決まるしねぇ」
「もう授業の時間もあんまりないわけだし、いいんじゃない?」
「…………」
俺は、なにもいわずに無言に徹する。
賛成することも、反対することも、できなかった。
「でもさぁ、本人がいないところで決めるのはさすがにかわいそうじゃない?」
「…………」
俺が言いたかったことをまたもや誰かが代わりに代弁してくれる。
「いない本人が悪いのよ。自業自得よ」
「そう言われたらそうかもしれないけど……」
「最悪、綾野さんに実際にやってもらって、なにか問題があってから考えればいいんじゃない?」
「いや、でも……」
竹尾がチラリと、自分専用の事務机に座る姫川先生を見る。
先生はチラリと顔を上げて、
「べつにそれでもいいわよ。よっぽどの問題があるなら、他の先生たちも納得してくれると思うし」
とだけ、言った。
「よし。じゃあ、決まりだな」
「みんなもそれでいい?」
教室のみんなが頷く。
つられて、俺も頷いてしまう。
「じゃあ、それで」
「おっけい」
女の子が黒板に綾野愛花の名前を書き、項目の頭に〇をつける。
「…………」
俺は黒板に書かれた文字を無言で見つめる。
⑥飼育委員 : 杉崎勇気・綾野愛花
それを見て、俺は……やっぱりなにも言えなくなってしまう。
頬を赤くして、俯くだけだ。
面映ゆさは、感じている。
気恥ずかしさも、感じている。
不安や緊張――期待や嬉しさは、もっともっとたくさん感じている。
胸がドキドキしているのがわかる。
これでいいんだ――と、俺は自分を納得させる。
同時に、俺は心の片隅で、俺と一緒にふたりっきりでウサギの世話をしながら笑みを浮かべている綾野のことを思い浮かべる。
彼女の穏やかでかわいらしい笑顔を想像すると、俺もつい顔がにやけてしまう。
「……へへっ」
俺は気持ち悪く笑いながら、顔を上げた。
「あぁもう決まらねぇな……もうすぐ授業も終わっちまうぞ」
「なら、あんたが他に移動しなさいよ。あと1人抜けたら人数ぴったりになるんだからさぁ」
「いやだよ。俺だって、流したい音楽あるんだし」
「なに流したいんだ?」
「うちでよく流れてる曲。父ちゃんがしょっちゅう聞いてるんだけど、『人民総決起』とか『世界革命』。『国家打倒』とか、よくわかんないけど歌詞がカッコいいんだよ」
「なにそれ? カッコいいの?」
「カッコいいだろう! ・・・・・・え、カッコない?」
「うん、ぜんぜんカッコよくない」
「『闘争』とか『革命』とか、聞いてると胸が熱くなるじゃん?」
「いや、ならねーよ……」
「本当にとうにガキね。男子だけよ。そういう暴力的なワードに反応するのは」
「いやいやいや、俺も男だけど、そうはならねぇから!」
「…………」
もうすぐ5時間目の授業が終わり、チャイムが鳴ろうとする時間帯。
この教室の片隅では、未だに放送委員を希望する生徒たちの不毛な会話が今も続いていた。




