31話:ビター&スイート・マイ・ライフ!⑭
次話投稿が遅くなってしまい申し訳ございません。
今話の話は今後詳しく補足を入れていきます。
・誤字脱字のご指摘をしてくださりました読者様、ありがとうございました!
・感想を書いてくださりましたブーリン様、後日感想のお返事を書かせていただきます。
「こっちです!」
「はぁ……」
「…………」
女子生徒に連れられて女子トイレへと向かう先生についていて行く。
綾野と織部が喧嘩するなんて……。
いったいなにがあったんだ……?
道すがらそんなことを考えていたとき、
「だーかーらー、違うって言ってるでしょう!!」
「うそつきっ!」
「!?」
誰かのいがみ合う声が聞こえた。
とにかく急ごう!
はやる気持ちを胸に急いで向かう。女子トイレに辿り着くと、そこにはすでに多くの子供たちが集まっており、遠巻きに中を覗いていた。人混みの中には他の先生も数人ほど混じっていた。
「ちょっと道を空けて。通させて。――先生、なにがあったんですか?」
近くにいた他の先生に話しかける姫川先生。
「どいて、ちょっとそこどいて……レーナ!」
人混みをかきわけて女子トイレと入っていく女の子。
「お、俺も…」
女の子について行こうとして――足を止めてしまう俺。
「私、やってないって言ってるじゃん!」
織部はうんざりとした様子で叫ぶ。
「じゃあ誰がやったっていうのよ!」
綾野はヒステリックな様子で叫ぶ。
お互いにひどく感情的になった様子でいがみあっている。
「そんなの知らないわよ!」
「ここにいたのは私とあなただけよ! あなたしかできないじゃない!」
「私だって個室に入ってたのよ!? どうやって、やったっていうのよ!」
「知らないわよ、そんなの!」
「はぁっ!!! なにそれ! ただの言いがかりじゃん! 証拠もないのに決めつけないでくれる!」
「あなたがやったに決まっているでしょ!」
「ああ、もうっ!! いい加減にしなさいよっ!!」
織部は吐き捨てるようにして声を張り上げる。
「なんなのよもう、あんたは!!」
「お、落ち着いて、レーナ!」
「そうだよ! 綾野さんも一旦落ち着いて……ね?」
レーナの取り巻きたちが必死に2人をなだめようとしているが。
「落ち着けるわけないでしょ! 濡れ衣をかぶせられてるのに!」
「いいから謝ってよ!! 謝れ!!!」
お互いにひどい剣幕だ。
織部は頭を振りながら怒鳴り散らしている。
綾野は胸を抱きながら喚き散らしている。
い、いったい、なにがあったんだ……?
状況を把握しようと目を凝らして女子トイレ内や綾野と織部の様子を見回す。
見ると、床が水浸しになっている。
それに……綾野の服が濡れている。
彼女は全身びしょぬれで服は濡れに濡れきっていた。
なんとなく……なにがあったのかはわかった。
「どうして、またこんな目にあわないといけないのっ!! せっかく転校したのに……私がなにをしたっていうのっ!」
そうとう精神的にまいっているんだろう。綾野の瞳には大粒の涙が見えた。
「もういや!!」
「じゃあ、もう来なければいいじゃない!」
織部が叫んだ。
「!?」
綾野の瞳が大きく揺れ動くのを、俺は見逃さなかった。
「どうせ、あんた、私たちと一緒になんかいたくないんでしょう! こっちだってねぇ、あんたなんかと一緒にいたくもないし、顔も見たくないのよ!」
「…………」
「服が濡れたぐらいでなんなのよっ! あんたみたいなブス、なに着ようと変わんないくせに、いちいちうるさいのよ!! この自意識過剰女!!」
「ちょ、ちょっとレーナ!」
「耳障りなのよ! それにあんたは目障りだし!」
「レーナ! いくらなんでも言い過ぎだよ!!」
必死に止めようとする取り巻きの制止を振り切って、織部は。
「さっさと元の学校にでも帰れっ!! 二度とこの学校に来るなっ!!!」
「!?」
綾野の顔が蒼白に変わる。
そのまま下を向いて俯いてしまう。長い前髪が彼女の顔を隠す。
やがて、彼女は。
「…………さいっ」
長い沈黙のあとに絞り出すようにして。
「……うるさいっ!!!」
「!?」
「うるさい! うるさいっ! うるさいっ!!!」
綾野は泣いた。
泣いて、泣いて、泣き叫ぶ。恥も外見もなく、感情のままに泣き喚いた。
……きっと我慢の限界だったんだのだろう。
俺が彼女に一方的に同情心を寄せながら泣き喚く彼女を見つめる。
そのとき、突然、俺の視界内に姫川先生が現れた。
女子トイレへと入り、綾野と織部の間に割り込んだかと思えば――――そのまま、綾野の頬を引っ叩いた。
「!?」
一瞬の出来事だった。
鈍くも乾いた音が聞こえるのと同時にトイレの濡れた床へと倒れ込む綾野の姿が見えた。人混みからは悲鳴が聞こえた。
しかし、姫川先生は臆さずに背後へと振り返り、次の瞬間。
「!?」
今度は織部の頬を引っ叩く。
叩かれた衝撃で膝を崩してそのまま床に尻餅をついてしまう織部に、2人の取り巻きが慌てて声をかける。
「…………?」
……誰かにぶたれるなんて、人生で初めての経験だったんだろう。
綾野は自分の身になにが起きたのか理解できていないのか、目をパチクリと何度も瞬かせながら、声も出さずに唖然とした様子で姫川先生を床から見上げている。
「な……! な、な、な……!」
対して、織部はぶたれた自分の頬をさすりながら、姫川先生を見上げてはキッと睨みつける。口をパクパクとさせながら必死になにかを言おうとしている。
姫川先生はそんな2人を見下ろす。
「痛かったかしら?」
「…………」
「……ええ……とっても……!」
「そうでしょうね。私も痛いわ。掌が」
……わざとなんじゃないかと言いたくなるような嫌味な口調で。
「ごめんなさい。女の子なのに顔を傷付けてしまって」
まるで殴った2人の神経を逆撫でするかのような表情で。
「でも、あなたたちも悪いのよ」
「…………」
「…………」
「疑われる方も悪いし――いじめられる方も悪いのよ」
至極当然と言った様子で、姫川先生はそうぬかした。
「だから、喧嘩両成敗よ」
・・・・・
「姫川先生!?」
「なにやってるんですか!?」
他の先生たちが慌てて女子トイレの中へと入っていく。
「綾野さん、大丈夫!?」
「…………っ!!」
女の先生が綾野の元へと駆け寄り、肩を抱く。
もう1人の関係者である織部のことまでは気が回らなかったのか、誰も傍には行かない。
それまで茫然自失していた綾野だったけど……声をかけられたことで我に返り、自分がぶたれたことに気が付いたらしく、呆けさせていた表情をみるみると強張らせていく。
やがて、わなわなと身体を震わせながら。
「えぐっ……っ、ひくっ……!」
顔をクシャクシャにして、またもや泣き出してしまう。
だというのに。
「痛いっ、痛いよ……んくっ……!」
「もう大丈夫よ。大丈夫だから落ち着いて……」
「……っち……」
あろうことか、泣きじゃくる綾野に舌打ちする姫川先生を見て、さすがの俺も戦慄してしまう。
この人、本当に教師か……?
「なにやってるんですか!? 頭がおかしくなったんですか!」
「生徒に手を出すなんて体罰問題になりますよ!」
男の先生が自分よりはるかに背丈の低い姫川先生の肩を掴む。
「…………」
「な! ちょっ!?」
しかし、姫川先生はそれを払い除ける。そのまま綾野に詰め寄る。
「この程度のことでいちいち泣くんじゃないわよ」
「!?」
「姫川先生! この程度のことって……!」
「綾野さん。あなた、わざわざ泣くために転校してきたの? 違うでしょう?」
「……っ!?」
しゃがみ込んで目線を合わてくる先生に綾野は強い恐怖心を抱いたのか、身体をビクリと震わせた。
「だいたいねぇ、先生も含めて、学校を卒業したら今後もう二度と会うことも関わることもないような赤の他人になにかされたぐらいでいちいち気にしすぎなのよ」
姫川先生は綾野の顔をジッと覗き込む。
「こういうのだって、べつに初めてじゃないんでしょう?」
「っ!?」
綾野の瞳が揺れたのが、遠巻きに傍観している俺にも見えた。
しかし、先生はそんなことはお構いなしに喋り続ける。
「事情はあなたの家の人から聞いているわ。前の学校でいじめられていたから転校してきた……そうなんでしょう?」
「――えっ?」
俺は無意識に声を出してしまう。
「な、なんっで……!」
それはきっと綾野にとっては誰にも知られたくない秘密だったのだろう。
あからさまに激しく動揺する綾野はまるで俺たち赤の他人からの視線や反応を酷く気にしているかのような様子で――自身の顔をゆがませた。
前の学校でいじめられていたから転校してきた。
姫川先生の言葉が俺の胸内に深く響き渡る。同時に、俺たち赤の他人が多くいるこの場で、綾野が必死になってひた隠ししていたであろう秘密を暴露した先生を軽蔑してしまう。
事実、すぐ近くで話を聞いていた織部やその取り巻きたち、俺を含めた多くの赤の他人たちは好奇の視線を綾野に向けてしまう。
「……ど、どうしてっ!」
突然、綾野が激昂する。
「どうして私のこともぶったの!」
そっちか、と思った。
「なんで! ねぇ、どうして! 私はなにもしていないのに!」
「したわ。悪いことを。先生の手を煩わせたわ」
「なによ、それ!? 意味わかんない!」
「それにさっきも言ったけど、いじめっていうのはいじめられる方も悪いわ。少なくともいじめられる原因はあなたにあるのよ。あなた、そのことをちゃんとわかってる?」
「私は悪くなんかない!」
泣きながら、それでも先生をつよく睨みつける綾野。
「どうしてっ!? なんで私のことをちゃんと守ってくれないの!」
「……どうして私があなたのことを守らなくちゃいけないの?」
「前の学校では先生たちみんなが私のことを守ってくれたもん!!」
まるで当てつけのような口調。
少しだけ、先生が眉をひそめる。
「担任なのに! 先生だったら……私のことちゃんと守ってよっ!」
「……はぁ~……」
姫川先生は盛大に大きな溜息を吐いてから。
まるで独り言のように。
「まぁ、たしかに、あなたみたいな生徒を守ってあげるのも教師の仕事の内だと言われてしまえばたしかにそうだけど……あなた、自分が大人から守られて当然だと思ってないかしら?」
「だって、そうでしょ!!?」
「どうして、そう思うの?」
真顔で綾野の顔を覗き込むようにして聞いてくる先生。
「そ、それは……っ……だって……!」
逆に綾野は返答に窮してしまい、たじろいでしまう。
まるで自分で言ったことなのに自分でもわかっていないような……自分の言葉に自信と根拠を持てないような心底バツの悪そうな顔をしていた。
やがて彼女は自分の中からむりやり絞り出すようにして。
「……だって、私はパパは子供だもんっ!!」
「…………」
先生は無言のまま、また眉をひそめる。
「パパは会社の社長なのよっ! パパの会社はとっても大きくて……私のパパはとっても偉いんだから!!」
綾野は喋り続ける。
「うちで働いてる使用人やうちに挨拶に来る大人たちはみんなして言うのよ!」
喋れば喋るほど、苦しそうな顔をしながら。
「『愛花ちゃんのお父さんはとっても偉い人だ』って! 『あんな立派なお父さんがいて、愛花ちゃんは幸せだね』って……『愛花ちゃんも偉いね』って! みんな、言うもん!」
それでも……必死に喋り続けていた。
「…………」
「…………」
「…………」
…………
俺も、みんなも、無言になってしまう。
聞くのがつらかった……、
つらくて、つらくて、しかたない。
俺はかわいそうに、と思ってしまった。
もう本当にボロボロで限界なんだろう。
もうそんなことでしか“自分”を誇ることができない綾野愛花という女の子が、俺はとってもかわいそうで、見るのがつらくて……滑稽だと思ってしまった。
「私の家はこの学校に通うみんなの家とは違って、すっごいお金持ちなんだからっ!! だから――!!?」
突然、姫川先生は綾野の前髪を掴む。
「き、きゃあ!?」
「ちょ、ちょっと姫川先生、本当にやめてください!」
「…………」
必死になって止めに入る先生たちの手を力付くで振り払う姫川先生。
「教えてあげる………どうして今まであなたの周りにいた大人たちは、あなたには優しかったのか」
「!?」
ドスの利いた声。
……俺にはこの声色だけでわかってしまう。今、先生はイラついている。
それものすごく。
「あなたの言うとおり、あなたのお父さんはとても立派な人で、とても偉い人だわ。それはね……あなたのお父さんは金持ちで、なにより、他の誰よりも金を稼ぐのが上手いからよ」
誰も動いたり、声を上げたりできない。
他の先生でさえ、姫川先生の怒気を孕んだ声に萎縮してしまい、なにもできなくなってしまう。
「あなたのお父さんは他の誰よりも責任転嫁と自己保身をすることに余念がないし、自分の考えや理想を下の人に押し付けて、かつ、それを強制させるだけの指導力と行動力を兼ね揃えた模範的なワンマン経営者だわ」
いくらなんでも酷すぎる。
とても教師の言う言葉ではない。
「ほんとう、社会は弱肉強食ね。自己の利益を追求するなら、利用できるものはヒトでもモノでも使い捨てるくらいの底意地の悪さを持った人じゃないと成功しないわね」
なによりも失礼すぎる。
とても自分の父親を立派で偉いと思っている子供に対して言う言葉ではない。
「まぁ、あなたはそんなとても偉い人の娘なんだから、今まであなたの周りにいた大人たちはみんな必死になってあなたのことを守るのも当たり前よね」
「…………」
「どうしてだかわかる?」
「…………」
「だって――あなたは大事な金づるだからよ」
「!?」
綾野の瞳が揺れ動く。
またもや下を向いて俯いてしまう。だけど……姫川先生が彼女の長い前髪を掴んでいるため、顔は晒されたままだ。
「今まであなたの周りにいた優しい大人たちはあなた自身を見ているんじゃなくて、あなたのお父さんを見ているのよ。みんな、あなたのお父さんのお金を見ているのよ。おこぼれが欲しくて、ね」
「……ちがう、もんっ……そうじゃないっもん……」
「なにが違うの?」
先生は冷たく問い詰める。
「…………」
「ちゃんとこっち見て話しなさいよ」
前髪を掴んでいた手の力がいっそう強くなったのだろう。
「っ!?」
綾野は苦しそうに……とってもつらそうに嗚咽を漏らした。
俺、思った。
俺はなにをしているんだろう……と。
「ねぇ、綾野愛花さん」
「!?」
「あなたたはどうなの?」
好きな子がひどい目に遭っているのに動けないでいる。
動かないんじゃない、動けないんだ。
「あなたのお父さんはとても偉いし、他の誰よりもたくさんの金を稼ぐことができる金持ちだけど、あなたはなにがあるの?」
「わ、私は……私、には……」
綾野は尚も泣き続けている。
足を一歩前に踏み出すだけで良いのに。
人混みの中から出るだけで良いのに。
今度こそ、綾野を守ると誓ったのに。
「先生ね、思うのよ」
「…………」
「もしも、あなたが自分でたくさん金を稼げるなら……もし他の人よりも稼げなくても、あなたが今着ている服、通学するための交通費、この学校に転校して通うための学費や給食費、それに教科書代なんかの……あなたがこの学校に通うための必要経費を自分で稼いでいるなら、先生もあなたのことを偉いと思うし、優しくするわ」
「…………」
「でも……子供のあなたにはできないでしょう。だから――」
姫川先生は……真顔だった。
「自分一人ではなにもできない、持っていない、自分で自分の食い扶持も稼げないような半人前の子供は自分のことを偉いだなんて思い違いしてはいけないし……いちいち大人の手を患はせてはいけないのよ」
どうしても、一歩を踏み出す勇気がでなかった。
出て行ってどうすればいいのか、とか。
俺が行ってなにができるのか、だとか。
そんな言い訳ばかりを考えてしまう。考える前に行動を起こすことができなかった。
「子供はなにもできない子供らしく、大人しく大人の言うことを聞いていればいいの。それが嫌だと思うなら、さっさと大人になって偉く――金を稼げるようになりなさい」
とうとう綾野は泣き崩れてしまう。
女子トイレと廊下、そして各教室……学校中に綾野の泣き声が響き渡る。
相変わらず、俺はなにもできずにただ傍観しているばかり。
……結局、そのあと、他の先生たちがその場を収めてくれた。
綾野は本当に優しい先生に保健室へと連れて行かれて、そのまま早退した。
学校に迎えに来てくれたのは綾野の家の使用人だった。
綾野の両親は自分の娘を迎えには来てくれなかった。




