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脇役人生異常あり!?  作者: 弱者
 第二章 リスタート
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29話:ビター&スイート・マイ・ライフ!⑫


「し、失礼します……」


 おどおどとした挨拶をしてから、おそるおそる職員室に入る。

 教師たちから向けられる視線に緊張と焦りを感じつつ、辺りを見渡す。


 姫川先生は……いた。


 大人たちの中で小学生程度の身長しかない姫川先生の姿は一際目立つし、違和感が半端ないこともあり、すぐに見つけることができた。

 

「せ、先生……! 姫川先生っ!」

「……?」


 気だるげな様子で振り向く先生と目が合う。


 うわぁ……。

 先生は煙草を咥えていた。これまた違和感が半端ない。


「えっと、あなたはたしか……」

「杉崎です。杉崎勇気」

「ああ、そうそう。杉崎くんだったわね」

 咥えていた煙草を手に取り、机の上に置いてあった缶コーヒーの中に落とした。

「なにかよう?」

「はい、えっと、教科書を取りに来たんです。織部さんの代わりに……」

「あら、そうなの。ありがとう。少しだけ待ってて。今用意するから」

「え……あ、は、はいっ。わかりました……」


 おもわず、拍子抜けしてしまう。

 てっきり織部の代わりに俺が取りに来たことについて咎められると思っていたが、予想に反して姫川先生の反応はずいぶんと淡泊だった。というよりも無反応だった。


「これよ。けっこう量があるし、重いからひとりで一回で持っていくのは無理ね。複数回にわけて持って行きなさい」

「わかりました」

「じゃあ、あとは頼んだわね」

「は、はい……」

 

 怖いし、面倒だし、さっさと持って行こう……そう思いながら教科書を持とうとして。


 

 ふと思った。


 姫川先生は綾野のことについて、どれくらい知っているんだろう?

 


「あの……先生」

「なに? 持っていくときはいちいち私に声をかけないでいいわよ」

「あ、いえ、そうではなくて……先生に聞きたいことがあるんですが……」

「聞きたいこと?」

 露骨に嫌そうな顔をされる。

「す、すみません。今、少しだけお時間よろしいですかっ?」

「今じゃなきゃダメかしら? 悪いけど、作らなくちゃいけないプリントがあって、今ちょっと手が離せないのよ」

「それが終わってからでも大丈夫ですっ俺、待ってますので……」

「……っち」


 嫌な顔をした挙句、舌打ちをされる。

 なにこれ? 織部といい、姫川先生といい、舌打ちが流行ってるのか?


「じゃあ、そこの椅子に座って待ってなさい。10分くらいで終わるから」

「わ、わかりましたっ」


 おずおずと先生の隣の椅子に座る。


「すみませんっ。お忙しいのにわざわざ……」

「そう思ってるのなら遠慮してくれると先生は嬉しいし、助かるわ」


 俺の顔もろくに見もせずに臆面もなく言われる。


「す、すみません……」

「謝らなくていいわ。生徒が来た以上は相手をするのも教師の仕事の内よ」

「す、すみませんっ。できるだけ早く済ませますので……」

「4回目」


 突然、先生が振り向く。


「次、()()を言ったら怒るわよ」

「え? え、えっと……」

「あなたが『すみません』を言った回数。いい? 『すみません』と『ごめんなさい』は口にすれば口にするだけ価値が下がっていくものだし、必要以上に自分を卑下して謝られても相手はイラつくものよ。今後は気を付けなさい」

「す、すみま……はいっ」

「よろしい」


 新しい煙草を吸いながら仕事に取り掛かる先生の横顔を眺めながら先生の手が空くのを待つ。そういえば、俺が子供の頃はまだ分煙が徹底されていなくて、大人たちもそこかしこで煙草を吸ってたなぁ……などと考えながら気まずさと精神的重圧に耐える。




「これで、よしっと……」


 やがて、先生が机から顔を上げて俺の方を向く。


「それで聞きたいことって、なんなの?」

「えっと、昨日、転校してきた綾野さんのことなんですが……」

「彼女がどうかした?」

「先生は綾野さんがなんでこの学校に転校してきたのかって……知ってますか?」

「一応はね。新学期前から私が受け持つクラスに彼女が転入することが決まってたし、彼女の事情はある程度事前に聞かされていたわ。先日、彼女の家からも直接連絡があったし」

「連絡?」

「ただの挨拶よ。過保護な親が子供の担任教師に『うちの子をよろしくお願いします』って言ってくる、あれよ。まぁ、挨拶をしてきたのは親じゃなくて、家の使用人だったけど」

「使用人……」


 親じゃなくて、使用人。そこが少し気になった。


「それで先生(わたし)が彼女のことを知ってたら、なに?」

「え、えっと……綾野さんが転校してきた理由って教えていただけないでしょうか?」

「ダメに決まっているでしょう」

 即答される。

「本人の同意もないのに私が勝手に教えるわけにはいかないわ」

「…………」


 そりゃあ、そうだ。

 生徒のプライベートを垂れ流す教師なんて最低だ。人としてのモラルがなさすぎる。


「彼女のことを知りたいなら私に聞かずに本人に直接聞きなさい」

「聞きたいんですけど、綾野さんとは上手く話せないっていうか……あの子、俺が話しかけても俺のことを警戒してるみたいで……」

「そりゃあ、警戒するでしょう。昨日、知り合ったばっかりなんだから」


 先生は呆れた様子で新しい煙草を吸い出す。


「あなたはまだ彼女にとって信用してもらえるほどに仲良くはないっていうことよ」

「仲良く……そうですよね、やっぱり……」

「どうして、彼女のことをあれこれ知りたがっているのかは知らないけど、まずはあの子と仲良くなれるように努力したら?」

「……どうすれば綾野さんと仲良くなれるんでしょうか?」


 なに言っているんだ、こいつみたいな顔をされてしまう。


「相手の気持ちになって考えてみればいいんじゃないかしら?」

「相手の気持ち?」

「言っている意味、わかる?」

()()()()()……わかりません……」

「……っち、本当に……」


 先生はまたもや舌打ちをしてからイラついた様子で、

「本当に頭の回転が遅いわねぇ……」

 と毒づく。


「いい? 杉崎くんが綾野さんと仲良くなりたと思うのは、あなたの自由よ。でもね、彼女自身はそうは思っていないかもしれないの」

「!?」

「もしかしたら彼女もあなたと仲良くしたいと思っているのかもしれないし、逆に仲良くしたいとは思っていないかもしれないし、それは彼女に聞いてみないとわからないわ。だけど、彼女がどう思っていようとそれは彼女の自由よ」

「…………」

「人付き合いっていうのはね、お互いがお互いのことを思い合って初めて成立するの。一方通行のうちはどうしたって空回(からまわ)りで、どうしたって意味がないのよ」

「…………」



 先生の言葉が深く突き刺さる。



「自分がどう思っているかどうしたいかじゃなくて、相手がどう思っているのかどうしたいのかっていうことを考えたうえで行動しなさい」


「…………」



 教室で戸山が言っていた言葉を思い出す。

『ぶっちゃけさぁ、あの子、俺たちと仲良くする気ないだろう?』


 教室で女の子たちが言っていた言葉を思い出す。

『べつに、ただ単に、私たちと喋りたくないだけじゃない?』


『あの子、絶対に私たちと仲良くする気ないよね?』


『やっぱり、私たちのことなんて、どうでもいいと思ってるんじゃない?』


 教室で織部が言っていた言葉を思い出す。

『クラスに全然馴染もうとしていないしねぇ、あの転校生』



 自分がどう思おうとそれは自分の気持ちだから自由。

 相手がどう思おうとそれは相手の気持ちだから自由。



「話は以上かしら?」

「…………」

 先生の喋る言葉が頭に入ってこない。無言のまま俯き、考える。


 ……どうしたら、綾野は俺と同じ気持ちになってくれるんだろう?

 そんな、自分ではどうしようできないことを考えてしまう。


「もういいみたいね。それじゃあ悪いけど、先生はまだ他にもやらなきゃいけないことがあるから」

「…………」

 先生は咥えていた煙草を空き缶に落とす。

「じゃあ、教科書を教室に運ぶのお願いね」

 そのまま、むりやり俺との会話を打ち切ってしまう。


 机に向かいながら再びプリントに目を向ける先生に、もう一度、声をかける気にはなれない。

 

「ありがとうございました……」



 俺は意気消沈しながら椅子から立ち上がった――そのとき。



「あ、待って!」

「――え?」

「これ。給湯室のゴミ箱に捨てておいてちょうだい。中身はべつに捨てて」

「………」


 先生から吸い殻の入った空き缶を受け取る。先生は俺のことなど見向きもしない。


「ありがとう」

「いえ……失礼します……」



 ……とにかく教科書を運ぼう。

 今自分にできることをしようと自分自身を奮い立たせて歩き出そうとしたとき。




 


 突然、職員室のドアが勢いよく開いた。






「先生! 姫川先生はいますか!!」


「!?」

「…………」


 職員室にいた誰もがほぼ反射的に振り向く中、俺と同じクラスの女の子……織部の取り巻きの女の子がひどく慌てた様子で姫川先生のことを呼ぶ。


「どうしたの?」

「大変です! すぐに来てください!」

「だから、どうしたのよ? いったい、なにがあったの?」

「喧嘩です! 喧嘩!」



 女の子は慌てふためきながら言った。



「女子トイレでレーナと綾野さんが大喧嘩しちゃって……とにかく、すぐに来てください!!」


「……えぇ!?」

「……はぁ」


 驚く俺と盛大な溜息を吐く先生。

 

「このプリントは放課後にやるしかなさそうね……」


 そう気怠げに呟いた先生はもうすでに吸い始めていた新しい煙草を俺が握っていた空き缶の中に落とす。


 その声には喧嘩している生徒たちの身を案じる様子は一切含まれていなかった。

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