28話:ビター&スイート・マイ・ライフ!⑪
「お、お、織部さん……! あの、その、いつからそこに……?」
「ついさっき。あ、ちなみに杉崎くんの独り言はばっちり聞こえてたよ」
「…………」
「ダメだよ、杉崎くん。もう少し小さな声で呟かないとみんなに聞こえちゃうよ。まぁ、思うのは勝手だけどさぁ」
「ご、ごめんっ!」
慌てて、謝る。
「なんとなく言っちゃっただけで、本当にそう思っていたわけじゃないんだよっ! もちろん、織部さんに対して言ったわけでもないしっ! とにかく、その……本当にごめんっ!」
とりあえず、謝りまくる。
「……っぷ!」
「!?」
「あはは! 杉崎くんったら、焦りすぎ! おもしろい~!」
必死に謝り倒す俺を見て、織部はなにがおもしろいのか白いのか盛大に吹き出してしまう。
「なぁ、レーナ。杉崎も悪気があって言ったわけじゃないだし、許してやれよ」
戸山が織部を宥めてくれる。
「わかってるって。あーおもしろかった」
次いで織部は目尻を指で拭いながら。
「そんなに謝らなくてもいいわよ。大丈夫。べつに怒ってるわけじゃないから。もちろん、誰かに言いふらしたりなんかしないし」
「あ、ありがとうっ!」
安堵するあまり、声が上ずってしまう。
「でも、杉崎くん。ひとつだけ、いい?」
「な、なにっ?」
「ああいうのを見ただけでなんでもかんでも女をぜんぶ一括りにはしないで」
織部は笑顔だけど、かなり強い口調で釘を刺してくる。心なしか目も笑っていない。
「私も女だけどさぁ、個人的にああいうのって大っ嫌いなんだよね。私だったら絶対にあんな低レベルなことしないし」
「ご、ごめん。うん、そうだよね……ほんと、気を付けるよっ」
「ふふ、ありがとう。わかってくれて嬉しいわ」
織部は鼻をふふんと鳴らして、そのまま、戸山が座る席の隣に腰掛ける。
どうやら居座るつもりらしい。
うわっ、マジかよ。空気読めよ。気まずいし、さっさとどっか行ってくれよ。
そんなことを内心思いつつ、2人の会話を黙ってまま聞く。
「レーナはあの転校生のことをどう思う?」
「べつになんとも思ってない。しょーじきに言って、どうでもいい」
「べつに嫌いってわけじゃないんだ?」
「そもそも嫌いになるほど関わっていないし、話してもいないしね。だからこそ、どうでもいいとしか思っていないんだけど」
織部の口振りはさして興味もなさそうだ。
「でも、クラスの女子の大半はあの子のこと、感じ悪いと思ってるんじゃないか? 陰口も言われ始めてるし」
「クラスに全然馴染もうとしていないしねぇ、あの転校生。もう自分から話しかけようとする子もいないみたいだし、このままじゃあ、あの子、せっかく転校してきたのにハブになっちゃうわね。あー、可哀想に」
まるで他人事だな。実際、こいつにとっては他人事なんだけど。
「そう思うんだったら、お前のグループに入れてあげれば?」
「えー、なんでよぉ。嫌に決まってるじゃない」
織部は露骨に嫌な顔をする。
「ぶっちゃけ、あの子って超コミュ障だしさぁ。私も昨日、少し話しただけだけど、あの子、話しかけても反応悪いし、しょーじき話もつまらないしさぁ。あんまり、仲良くしたいと思わないのよねぇ」
「…………」
お前も陰口言ってんじゃねぇか。
こいつ、これでよく俺のことを非難できたな。
「お前があの子を自分のグループにいれてあげれば、あの子もハブにはならないと思うし、他の女子もいじめないと思うぜ。助けてあげる気はないのか?」
「逆に聞きたいんだけど、どうして私があの子を助けてあげなくちゃいけないの?」
織部は真顔のまま、ひどく冷たい目をする。
「クラスメイトなだけで友達じゃないし、助けてあげる義理もないわよ。あの子がハブになろうが、いじめられようが、私には関係のないことだわ」
「ふーん……そっかぁ」
濁すようにしてそのまま口を閉じる戸山だが、これ以上、この話をする気はないようだ。戸山にとっても他人事である以上、これ以上首を突っ込む気もないのだろう。
「まぁ、転校生の話なんかどうでもいいわ。そんなことより――」
……ん?
突然、織部がチラリと俺の顔を見てきたかと思えば、またすぐに戸山へと顔を向ける。
なんだ、今の? 目配り?
「ねぇ、戸山、あんた今暇よね? ちょっと手伝ってくれない?」
「手伝い? なにをだよ?」
「じつはさっき廊下で姫川先生と出くわしちゃってさぁ、そのときに先生から、まだ配っていない教科書があるから職員室まで取りに来いって言われちゃってるのよ」
「あの先生に頼まれたのか……それは大変だな」
「そうなのよ。ほんと、ついてないわ。私一人であの先生がいる職員室に行くのは怖いし、一人で運ぶのは大変なのよ」
織部は自身の頬に手を当てて一人悦に入る。
「だから、戸山も私と一緒に教科書を運ぶのを手伝ってよ」
「パス」
「えぇ! なんでよぉ!」
「面倒くさい」
気怠げに即答する戸山に織部は不満げに自身の頬を膨らませる。
「ねえ、手伝ってよぉ!」
「やだ」
「ケチ! 手伝ってくれてもいいじゃん!」
「逆に聞くけどよぉ、どうして俺なんだよ?」
「そ、それは……」
途端にバツが悪そうに声をすぼめてしまう織部。心なしか顔が少し赤くなっている。
「小田や及川に手伝ってもらえよ。お前ら仲良いじゃん」
そういえば、いつも一緒にいたはずの取り巻きの連中がいないな。
「モエとニーナは他のクラスの友達のところに遊びに行ってていないの」
だから、珍しくひとりで単騎遠征してるのか。
つまり、今はいつも一緒にいる仲の良い友達がいないくて頼めないから、戸山に頼んでいるわけか。
こいつ、意外と友達も人望もないのな。
おもわず、吹き出してしまいそうになるのを必死に堪える。
「悪いけど、他を当たってくれよ。たとえば、杉崎とかさぁ」
「えっ……」
いきなり会話の中に引き込まれる。突然のことだったので俺は咄嗟に、
「べ、べつにいいけど……」
と言ってしまう。
「…………」
織部は無言で俺の顔を見る。その目は、なぜか不機嫌そうだ。
「いや、いいわよ。杉崎くんに手伝ってもらうのは悪いし」
どこか含みのある声と笑みだ。妙な気迫にたじろいでしまう。
「そ、そう……?」
「せっかく、杉崎がいいって言ってくれてるんだし、手伝ってもらえばいいじゃん」
「い、いや、だから……それじゃあダメなんだって」
「なんでだよ?」
「それは……」
もじもじとしながら戸山を見つめる織部。
なんだか女の子みたいだな……いや、女の子だけど。少なくとも俺に向ける眼差しとはぜんぜん違う。
「……ほ、ほら、しょーじき私と杉崎くんってあんまり喋ったことないし、友達っていうほど仲も良くないじゃない? やっぱり、杉崎くんに頼むのはわるいって!」
……妙に言葉に棘があるのは気のせいだろうか?
「戸山とは付き合いも長いし、私としては戸山の方が頼みやすいし、私自身も気楽なのよ!」
猫撫で声で『お願い!』と言わんばかりに両手を拝むように合わせながら上目づかいで頼む織部は、ずいぶんと必死だ。
「うーん……悪いけど、俺はいやだ。面倒くさいし、昼休み中ぐらい自由気ままに過ごしたい」
そう言って、戸山は俺の肩をポンと叩いて、
「杉崎。あとは任せた!」
俺に押し付けてくる。
いや、俺も面倒くさいんだけど……。
ていうか、意外だ。戸山がここまで個人主義だとは。俺の知る限り戸山は気さくで人付き合いがいい性格で、誰かに頼まれでもしたら気安く承諾するような奴だったと思うんだけど。
「え、えっと……俺でよければ手伝うけど……織部、さん、どうする……?」
俺はまるで相手の機嫌を窺うような媚びへつらった笑みを浮かべながら聞いた。
「ほら、杉崎もこう言ってるしさぁ。よかったじゃん、レーナ」
「…………」
無言のまま固まる織部。そのまま下を向いてしまう。そして。
「あ、あの、織部さ――!」
「……うん。ありがとうー、助かるー、嬉しいー、杉崎くん、ほんっとうにありがとうー」
顔をしかめながら思いっきり睨みつけてくる。俺を射殺そうとせんばかりのすんごい眼力だ。
そして、聞こえるか聞こえないかの小さな声で。
「……空気読めよ」
と呟く。挙句の果てに舌打ちまでされる始末。
お、俺……またなんか気に障ること言ったか?
「え、えっと……なんかごめん……」
よくわからないが、とりあえず、おっかなびっくりに謝ってから。
「あのさ、織部さんも女の子なんだし、運ぶの大変だろうし、もしよかったら……俺が代わりに一人で行ってこようか……?」
「あ、いいの? ありがとうー」
自分から言ったことだけど……普通、この提案を受け入れるか?
体裁上言ってみただけだっつーの。
お前こそ、空気読めよ。
「大丈夫なのか? 杉崎? 一人だとさすがにきつくね?」
「あ、いや、いいよ、いいよ……俺こそすることなくて暇だし……」
そもそも頼みごとを引き受けておいてなんだけど、織部と二人っきりになるのはそれはそれで気まずかったし……。
「じゃあ、杉崎くん。あとはお願いね。よろしくー」
「がんばれよー」
「う、うん。じゃあ、行くってるねっ」
そう言って、俺は面倒だが、これ以上事を荒立てないように、余計なことを言って織部にこれ以上に絡まれないように、細心の注意を払ったまま教室を出て行く。
そんでもって。
「……あ……!」
職員室へと向かうため、廊下を歩いている最中、ようやく気が付いた。
「あーなるほど。そういうことだったのか……!」
ごめん、織部……たしかに俺、空気読めてなかったわ……。




