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脇役人生異常あり!?  作者: 弱者
 第二章 リスタート
28/44

26話:ビター&スイート・マイ・ライフ!⑨

 誤字脱字報告をしてくださりました読者様、ありがとうございました!


 今話で書き溜めていた分がすべてなくなりました。

 また、ある程度の話数分(おそらく第二章の半分、もしくは3分の2程度)まで書き溜めてから、連続投稿させていただきますので、何卒ご理解の程よろしくお願い申し上げます。


「姉ちゃん、皿持ってきたよ。これでぜんぶ」


 キッチンに入り、テーブルに置いてあった食器をまとめてシンクへと置く。


「ありがとう!」


 夕食後、キッチンにこもり、文句も言わずに一人で黙々と後片付けをしてくれていた姉ちゃんは俺を見て、ニッコリと微笑んだ。


「なにか他に手伝えることって、ある?」

「ううん。あとは食器を洗うだけだから、もう大丈夫よ」


 少しだけ苦笑気味に、遠慮がちに微笑む姉ちゃん。


「今日はたくさん手伝ってくれて、ありがとう。あとはお姉ちゃんに任せて、ユウキもゆっくり休んで」


 飾り気のない純朴で優しげな姉ちゃんの笑顔に俺は心が癒された。

 

 ナチュラルに兄である俺のことを見下したり、馬鹿にしてきたりする友美や、当たり前の顔をして平然とドきついことを言ってくる母さんと比べたら……姉ちゃんは天使だ。


 姉ちゃんマジ天使。

 なんかもう、本当に姉ちゃんだけが俺の安らぎだよ……。

 

「わかった。また、なんか手伝えることがあったら言って」

「ええ。わかったわ。ありがとう」



 皿洗い姉ちゃんに任せてリビングに戻ると、先程から酒に酔ってくだを巻いていた母さんは息子である俺というからかい相手を見つけて、嬉々とした様子で目敏く話しかけてくる。


「聞いたわよぉ、ユウキ」

「なにが?」

「あんた、今日は珍しく家の手伝いをしてくれたんでしょう?」

「まぁね」


 つい気のない返事をして、そっぽを向いてしまう。

 べつに気恥ずかしいわけじゃなかったけど……ただ単純に酒に酔ったときの母さんはすこぶる面倒くさいので、つい無意識のまま、反射的にそっけない態度で塩対応をしてしまう。


 そんな俺と比べたら、母さんが酒に酔ったとき、いつも母さんの話し相手になってあげている友美の対応は神対応といえるかもしれない。あいつ、俺にはいつも辛辣な言葉しか浴びせてこなかったけど……、



「でも、残念。ご飯、食べてるときに気が付いたんだけど、食器に汚れが残ってたわよ」

「え、マジで?」

「ええ。大学の授業ならギリギリ合格のC判定ってところね、これだと」

「あーごめん……次からはもっと念入りに洗うよ」


 一応、真摯に受け止める振りはするものの、内心、本当は酷く腹が立っていた。


 うるせぇよ。なら、自分でやれ。

 

 そう、心の中で思い、毒突く。

 しかし、そのことはあえて口には出さない。


 せっかく、みんなのために家の手伝いをしてやったというのに感謝されないどころか、ダメ出しをされるとか……はっきりいって、かなりイラついた。

 だけど、俺たち子供たちために外で働いてくれている母さんの言うことということもあり、俺は素直に聞き入れた。

 もし、この手伝いと同じような仕事ぶりだったら……俺は怒鳴られていただろうし。



 すると、今度は妹の友美が口を開く。


「もしかして、今日のお米って、ユウ兄が炊いたの?」

「え、あ、うん。そうだけど?」

「だから、いつもよりお米がボソボソしてて美味しくなかったんだ。いつものお姉ちゃんが炊いたお米の方が美味しかったぁ」

「あはは……ごめん、ごめん。次はもっと丁寧に美味しくなるように炊くよ」


 表面上は大らかで優しい兄を演じる。

 でも、それはあくまで表面上だけの話。

 

 うるせぇよ。なら、自分でやれ。


 そう、またもや心の中で思い、毒突く。

 しかし、そのことはやっぱり口には出さない。


 あえて、では――ない。


 妹相手に怒るのも兄として器が小さくてみっともないことだと思ったし……もっと単純に妹相手に怒る勇気がなかったから。我ながら情けないことだけど……俺よりも友美の方が、人として格上だということを理解しているから。


 自身の額に青筋が浮かぶのがわかった。

 口では明るく振る舞うが、内心では酷くイラつく。



「で、でも、今日はユウキのおかげですっごく助かったわぁっ!」


 俺の心情を察してくれたのか、姉ちゃんがキッチンから俺のことを庇ってくれる。

 それが嬉しく……また惨めにも感じた。


「まぁ、もっと精進しなさい。あんたが家事をできるようになったらママも大助かりよ」


 あっそ。ごめん、母さん。心の底からどうでもいいや、そんなことは。


「それに家事ができる男の子は将来、女の子からモテるわよ」


 それは、ものすごく興味をそそられる話だ。

 詳しい話を聞かせていただこうじゃないか。



 だけど、母さんにとって、今の言葉はただの独り言みたいなものだったらしく、すぐにまったく関係のない、別の話題について話してくる。



「ところで、あんたたち、今日から新学期だったんでしょう? 学校はどうだったのよ?」


 母さんはキッチンにいる姉ちゃんに向かって、声をかけた。


 母さんとしては俺や友美と違って今年から小学校を卒業して中学生になった姉ちゃんのことが一番気になっていたのだろう。腐っても、酔っても、母親なんだなと少しだけ感心した。


「え、私? えーと……私のクラスには小学校からの仲の良い友達はほとんどいなくて……だから、また一から友達をつくらないといけないのが少し不安かなぁ……」


 なるほど。だから、ファミレスにだけは参加したのか。

 口にはしないし、顔にも出さないけど、姉ちゃんなりに不安を抱いていたからこそ、なんとか無理にでもクラスの行事に参加してたんだ。


 そのことに気が付き、一人納得する。


「相変わらず、あんたはネガティブねぇ。でも、そっか……成美も、もう中学生になったのよねぇ……時間が経つのは本当に早いわぁ」


 どこか遠くを見つめながら、感傷に浸る母さん。


「それで、友美。あんたはどうなの?」

「私はもうクラスのみんなに自分から話しかけて友達になったよ。携帯を持ってる子とは、全員、アドレスも交換したし」

「え、マジで?」


 俺はおもわず、口をはさんでしまう。


「本当かよ?」

「本当に決まってるじゃん。なんで嘘付く必要があるのよ?」


 そう言って、友美は自分の携帯電話を取り出して、画面を俺に見せつけてくる。

 俺にとってはずいぶんと懐かしい旧式の二つ折り式ガラパゴス携帯の液晶には数多くの人物の名前とアドレスが表示されている。



「ほらねぇ、嘘じゃないでしょう?」

「あ、ああ。そうだな……」


 正直、この画面を見るだけでは本当かどうかなんてわからないけど……でも、友美が言っていたように嘘を付く必要もないので、きっと本当なんだろう。


「どう? 凄いでしょう?」

「ああ、すげぇな……」


 さすがは友美……ナチュラル・ボーン・コミュ強……。

 小学校の入学から大学を卒業するまで常にスクールカーストの最上部に君臨し続けた生粋の陽キャだけのことはあるな……。


「でしょう! それで、ユウ兄は?」

「えーと……」


 俺は言葉を濁して、そのまま、口ごもってしまう。

 友美に見つられて、おもわず、目を伏せてしまう。

 

 妹の純真無垢で一見悪意などないような――だけど、本当は悪意の含まれた瞳が少しだけ笑っていた。



「…………」


 言葉に詰まる。

 久しぶりの妹が俺に向けてくる侮蔑と嘲笑の眼差しに俺は心を抉られる。



 友美は俺たち兄妹の中で一番最初に携帯を買ってもらっていた。

 中学生になり、携帯を欲しがっていた……部活や塾でいつも帰りが遅かった兄貴よりも先に、だ。



 というのも、友美が携帯を買ってもらえたのにもちゃんとした理由がある。



 友美は幼い頃から習い事――ピアノのレッスンを受けており、その日はいつも帰りが遅くなる。まだ小学生、しかも女の子だというのに、いざという時に連絡できる携帯がないのは危ないし、親としても不安だから――そういった親の感情に訴える大義名分の元、兄弟の中で唯一、小学生の頃から携帯を買ってもらっていた。


 長男である兄貴を差し置いて、友美が真っ先に携帯を買ってもらえたのは友美が女の子であるという事実とはべつに……おそらく友美自身の人徳もあるんだと思う。



 友美は四人兄妹の末っ子というのこともあり、なにかと、はしっこいところがある。


 人のふり見て我がふり直せとでもいうのだろうか……俺たち兄姉が親に叱られるのを見て、自分は怒られないように器用に立ち回るのが上手だった。


 実際、友美は小学生の頃から明るく、人付き合いも上手かったので友達もたくさんいた。中学生の頃にはもう彼氏をつくっていたし、彼氏を家に連れて来たりもしていた。



 基本的に友美は頭の回転は速いし、要領も良いのだ。

 勉強もそれなりにできるし、運動も得意だったし、人付き合いも上手かった。



 だから、友美と兄貴は仲が良かったんだと思う。


 友美と兄貴は頭の回転が速くて、要領の良いという共通点があり、なんかと気が合うのだと思う。




 ……だからだろうか。




 友美はなにかにつけて、俺のことをバカにしてきたし、見下している節があった。



 というよりも、それは紛れもない事実だろう。


 だって、俺は一度も友美の彼氏を紹介してもらったことがない。俺はいつも学校からまっすぐに家に帰るし、休日もほぼ大抵は家にいるのに、友美が彼氏を連れてくるのは、いつも俺が家にいないときだった。


 まぁ、でも……それもしょうがないことなんだと思う。


 友美にとって、長男である兄貴は自慢の兄だったかもしれないけど……次男である俺は恥ずかしい兄だったんだと思う。

 

 兄妹でいることが恥ずかしかったんだと思う。

 歳も一歳しか違わないから、学校でも、色々と言われたんだと思う。



 兄貴は勉強も運動もできたし……塾も部活も一生懸命に頑張って取り組んでいた。


 対して、俺は勉強も運動もできなくて……塾も部活もしていなかった。勉強も、運動も、習い事も、人付き合いも……ぜんぶ、なにもかも適当で、努力なんてしていなかった。



 たぶん、人付き合いが上手いぶん、友美は子供の頃から、なんとなく俺の本質を見抜いていたんだと思う。




 だから、俺は妹……友美のことが苦手だったし……嫌いだった。

 まぁ、それは向こうも同じだと思うけど。


 だから、俺は姉ちゃんのことは好きだったし……仲が良かった。

 まぁ、これは向こうも一緒だかわからないけど。 


 兄貴と友美は色々と似ているところがあったように、俺と姉ちゃんは色々と似ているところがあった。

 ただ、それだけの理由で親近感を抱いていたに過ぎないのかもしれないけど。






「ユウキ?」

「――え?」


 突然、名前を呼ばれて、我に返る。


「突然、黙り込んで、どうしたのよ? 大丈夫?」

「あ、うん……大丈夫、大丈夫。なんでもないから」

「それで、あんたは、学校、どうだったのよ?」



 母さんが母親としての眼差しで俺を見つめる。

 友美が生意気な妹としての眼差しで俺の見つめる。

 姉ちゃんが優しい姉としての眼差しで俺のを見つめる。



「俺は……」



 口に詰まり、言いよどむ。

 なんて答えるのが最善の正解なんだろう?




 俺は自分なりに無い頭で必死に考えて――




「……好きな子と同じクラスになった」



 とだけ言ってみた。


 話題が自分のことのままではあるが……あえて自分自身のより詳しい話を追及されるのを逸らすためにも、わざと釣り針に大きな餌を仕込んでみる。



 食い付いてくれないかなぁ……と思った矢先、



「えー!?」

「それって本当なの!」

「いったい、どんな子なの?」



 杉崎家の女子たちみんなが目を爛々と輝かせながら目ざとく俺に聞いてくる。


 釣れた……釣れちゃった……。

 女の子って、本当に恋愛話コイバナが好きだよな……。


「それで、どこの子? なんていう名前なの?」

「えーと……」


 母さんの質問に答える前に友美が口をはさむ。


「もしかして、マンガやアニメの女の子じゃないよね?」

「そんなわけねぇだろう……」


 おもわず、ツッコミを入れる。


 お前、俺のことをどういう目で見てんの?

 たしかにマンガやアニメ……二次元は大好きだけどさぁ……さすがに現実と妄想の区別はついとるわ。


 現実と妄想の区別がついたうえで二次元が大好きなんだよ。

 

「だって、ユウ兄って、あんまり人に興味ないし……今まで好きな女の子なんていなかったじゃん?」

「そりゃあ、まぁ、好きな子はいなかったけど……」


 なにせ、その子が初恋の女の子なわけだしな。


「べつに人に興味がないわけじゃねえよ」

「本当に?」


 友美が訝し気な視線を送ってくる。

 だから、お前は俺のことをなんだと思ってんだよ。腹立つな、おい。


「それで、どんな子なの?」


 姉ちゃんが皿洗いを中断してまで、キッチンからすっ飛んでくる。

 姉ちゃんまで……そんなに気になるわけ……?


「え、えーと……今日、俺のクラスに転校してきた女の子なんだけど……」


「へぇ、この時期に転校なんて珍しいわね」


 母ちゃんがビールを片手に言った。そのまま、追及してくる。


「どんな子なの?」

「えーと……なんていうか、可愛い子だよ……それも、すっごく」

「顔がいいって……もしかして、あんた、その子に一目惚れしちゃったの?」

「う、うん……」


 うそではない。本当のことだ。

 正確には一度目の人生でのことだが。


「まぁ、たしかに人は外見じゃなくて中身だなんて言っても、実際は初対面なら最初に会ったときの第一印象が一番大切だけどさぁ」


 母さんは少しだけ不満げな様子で呟く。

 また母さんがなにか言うより先に、今度は姉ちゃんが世継ぎ早に聞いてくる。


「べつに一目惚れでもいいじゃない、それより、その女の子に話しかけたの?」

「う、うん。でも……」

「でも?」

「話しかけたのはいいけど、なにを話せばいいのかわからなくて、ぜんぜん話せなかった……」


 言いながら……なんてガキ臭い反応なんだと思った。


 女に免疫のない童貞臭いこと、このうえない。

 せっかく、上と下に姉妹がいるのに、その環境とアドバンテージをまったく活かせていない自分がいる。


 わりと本気で気落ちしてしまう。


「やっぱり、話しかける前にしっかりとなにを話すか考えるべきだよなぁ……」


 事前準備の大切さを痛感してしまう。

 しかし、反省している俺を見て、友美が即座に、


「べつにそんなに深く考えなくても大丈夫だよ?」


 と励ましてくれる。

 

「むしろ、そういう余計なことはなにも考えないで話しかけた方がいいと思うよ」

「そうかな……?」


 でも、そうでもしないと、いざ、綾野に話しかけてもテンパっちゃうだけど……。


「普通に話しかければいいんだよ。普通に『友達になろう』って言って、あとはそのまま、自然に話せばいいの」

「ずいぶんと難しいことを……」


 さすがは生粋の陽キャにしてコミュ強のリア充……!

 実の妹ながら友美……恐ろしい子……!



「いやいや、べつに難しくないでしょう」


 友美が本気で呆れた様子で俺を見つめる。

 でも、俺からしたら、そう言える友美のこと心底、羨ましくて仕方がない。



「ていうか、ユウ兄ってば、女の子と話すときにいっつもテンパっちゃってるし、キョドってるじゃん」

「…………」



 おもわず、沈黙してしまう。



「あれ、女の子……ていうか、誰から見てても気持ち悪いよ。すごく焦ってるみたいで格好悪いし、なんか余裕が無いように見える」

「…………」

「あーたしかにそれはあるわねぇ。余裕がない男って、格好悪いし、頼りないし、あんまり魅力を感じないのよねぇ。まぁ、人にも寄るんだろうけどさぁ」



 おまけに母さんが補足攻撃までしてくる。



「…………」


 無言で姉ちゃんの顔を見る。

 姉ちゃん……弟は超切実に助けを求めています。



 だけど、姉ちゃんはなにも言わず、


「あはは……」


 と、ただ苦笑いするのみ。


 つまりはそういうことだろう……まさに四面楚歌だった。


 

「ユウ兄って頭悪いし、どうせなにを話すのか考えてから話しかけても、たぶん緊張しちゃって頭の中が真っ白になっちゃって、なにも言えなくなっちゃうと思うよ?」

「…………」


 俺はなんとか自分の思いを口にする。

 かろうじて出た言葉は、



「ごもっともなご指摘です……」



 という全同意だった。しかも、妹に対しての敬語。



 自分のことながら容易に想像できてしまう……。


 ていうか、絶対にそうなる。

 ていうか、今日、綾野を前にして、実際にそうなった。



 俺が今日、自分が好きな女の子と話していた際に晒した醜態を思い出し、酷い自己嫌悪に陥る中、友美が口を開く。


「まぁ、だから、とりあえず……今後、ユウ兄は何度もそのユウ兄が好きな女の子に()()()()()()()()()()()()

「なんでだよっ!?」


 おもわず、強い口調でツッコんでしまう。

 話しかけて、嫌われたら本末転倒だろう。


 だけど、友美は至極真面目な顔をしている。

 俺の知っている――俺のことを馬鹿にしたり、見下したりしているときの顔ではなかった。


 すると同性だからだろうか。

 姉ちゃんは友美の言葉の真意を理解しているらしく、補足してくれる。



「友美の言う通りよ。まずは女の子に慣れるところからスタートしないと」

「女の子に慣れる?」


 おもわず、聞き返してしまう。

 男の俺には、女の考えることがイマイチ理解できない。


「いわゆるトライ&エラーっていうやつよ。ユウキが好きなテレビゲームと同じ。色んな女の子と何度も話して、少しずつ経験値をためてレベルアップしていくの。そうやって、何度も繰り返して、女の子を学んでいくっていうわけ」

「あーなるほど……」


 ようやく、話を理解した。

 つまりは『死に戻り』みたいなものね。たぶん、完璧に意味が違うけど。



「え、でも、待って……俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 なんかもっと、こう……手っ取り早く女を知る方法はないの?


「あるわけないでしょう」


 俺の心の声を読んだかのように母さんが俺の意見をきっぱりと否定する。


「こんなことを言うのは酷だけど……ユウキ、あんたは他人と比べても要領が悪いのに、根気よく続けるってことをしなかったら、本当になんもできないままよ?」

「…………」


 母さんの言葉が俺の胸に突き刺さる。


 さすがは母親。

 俺のことをよく見抜いている……。


 それに俺と違って、言葉の重みが違う。

 自分の人生の経験と苦労によって培った含蓄がありすぎる。


「あんたの要領が悪いのは仕方がないわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「だったら……」


 言いかけて――遮られる。


「でもね、だからこそ、あんたは他の人よりも人一番がんばらないと身に着かないの」

「…………」


 酷く残酷なことを言われていると思った。

 なんで、俺は……。


「他の人が十回やったらできることを、あんたは百回繰り返して、ようやくできるようになるの」

「……それって、すっごく効率が悪いし……すっごく理不尽で不公平じゃない?」



 なんで……俺はこんなに他人よりも要領が悪いわけ?


 

 努力してもできない――無能だから?



「そう思うのだったら、その女の子と仲良くするのを諦めたら?」

「それは……」

「べつに諦めるのは悪いことじゃないわよ。諦めれば、そうするだけで楽になれるわよ」

「…………」

「でも、諦めてたら、いつまで経っても今のままだし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………」


 耳が、痛かった。聞きたくない。

 耳を、塞ぎたい。聞きたくない。



 自分がそう思い込むことで、そこに逃げるのはいいけど……他人に指摘されるのはどうしても我慢ができない。



 でも……。 



「言っておくけど……大抵の人は誰だって、みんな、最初は要領が悪いわよ?」

「…………」

「あんたは、そういう大抵の人よりもさらに要領が悪いっていうだけ。ただ、それだけよ。一回、聞いて、一回目でできるのは本当に極少数の要領が良い天才だけよ」

「…………」

大抵の人は、いろんなことを何度も繰り返して、何度も経験して、できるようになって、他の物事でも通用するような自分なりの工夫の仕方やコツを学んでいくの」

「…………」

「そういう人が、要領の良い人になっていくの」




 自分でも、()()()()()()()()()()と思った。



 でも、そういう綺麗事の正論を言うのはいつも――。



 この世界で生きる大多数……最大公約数に分類される人たち……『やればできる』『努力すれば報われる』そんな、凡人だからだと思う。


 十回やればできる人にはわからないんだよ。


 他人よりも十倍、百倍も時間がかかることの苦しみ、屈辱、理不尽、どうしようもない事実と現実のもどかしさが……。



 そもそも、なんで、他人よりも時間がかかるなんていうハンデを負わなければいけないんだよ?

 


 大多数に分類される……()()()()()()()()()()は考えたことがあるのかな?



 一回目でできる人たちがこの世界で生きる大多数……最大公約数になったら……たぶん、一回目でできるのが“普通”になるんだと思う。

 そうなったら――今度は十回やればできる人たちが、言われるようになるよ?



 そうなったら……もっと下の人たちの気持ちがわかるようになってくれるのかな?

 それとも……もっと下の人たちを見て、今まで以上に安心するようになるのかな?




 まぁ……そんな日なんて、永遠に訪れないだろうけど。




「…………」


 母さんの瞳が俺を捕らえてはなさい。


 すごく耳が痛い話だったけど……それはまぎれもなく、俺の為に言ってくれているのがわかった。


 綺麗事だけど……それはまぎれもなく、正論だと思った。


「いい? 女の子は男の子と話してて、『こいつはない』っていう認識を持つと、その後はもうどんなに頑張っても、どんなに仲良くなれたとしても、その男の子を“そういう目”で見れなくなるのよ。覚えて起きなさい」

「……じゃあ、今の俺は、その子に好きになってもらえないっていうこと?」


 母さんはビールを一口を飲み、冷たく言い放つ。


「端的に言って、そういうことになるわね」

「…………」

「どうせ、初恋なんていうのは実らないもんなんだし」

「…………」


 言葉を失う俺に対して、それでも、母さんは俺を鼓舞した。



「でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……今の内から?」

「そう。ユウキが将来、また本気で好きになる女の子と出会ったとして、その女の子と話して、失敗しないように、今の内から練習しておくのよ」

「…………」


 手厳しい意見だ。

 だけど……やっぱり、それは正論なんだと思う。




 いや、正論じゃないのかもしれないけど、そもそも正しい正解なんて最初からないのかもしれないけど……なんとなく、母さんの考え方は今の俺には深く突き刺さった。



 それでも……。



「まぁ、でも、私はその女の子がどういう性格なのはわからないし、話してみないとわからないんじゃない?」


 そう言って、母さんはその場の空気を和ますかのように明るく言った。



 それでも、俺は……!



 こぶしを強く握りしめる。



 とりあえず……明日、また綾野に話しかけてみよう。


 テンパるかもしれない。

 キョドるかもしれない。

 なにも言えないかもしれない。


 緊張するかもしれない。

 挙動不審になるかもしれない。

 嫌われてしまうかもしれない。



 だけど……やってみないとなにも始まらない。



 友美はなにも考えずに普通にしていた方がいいと言ってくれたけど……明日はやっぱり、なにを話すかは事前に考えてから話しかけようと思う。



 できることはなんでもしてみようと思う。

 だって――なにも考えずに話しかけるよりは絶対にいいはずだから。


 事実、俺は今日、綾野を前にして、なにも話せなかったんだから。



 だって――たとえ、初恋は実らないものだったとしても、俺は綾野のことを諦めることなんて、できやしないのだから。



 少しでも、嫌われる確率は低くしたい。

 そのためにできることはなんでもしたい。



 一度目ではできなかったからこそ、後悔を知っているからこそ、今なら努力できると自分のことを信じたい。 




 だって……。




 俺は将来、好きになるかもしれない女の子の為じゃなくて……今、好きな女の子の為に努力したいのだから――。



 



 俺は固い決意を胸に明日への希望を抱いた。











 だけど――次の日、予想だにしていなかった出来事が起きた。






 綾野愛花が学校で泣いてしまったのだ。






 それは俺の知る限り、一度目の人生では起きていなかったことだ。






 綾野の泣いている姿を見たのは俺だけだったのに……。



 そんな、男の見栄以下のつまらない想いを胸に抱いたまま、俺は泣きじゃくる綾野を眺めることしかできなかった。

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