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脇役人生異常あり!?  作者: 弱者
 第二章 リスタート
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24話:ビター&スイート・マイ・ライフ!⑦


 その日の夜。夕食時のこと。



「あとちょっとでできるから、もう少しだけ待っててねー!」


 部屋着の上に学校の家庭科の授業でつくったお手製のエプロンを身に着けている姉ちゃんがキッチンから俺たちに向かって言った。


「わかったー!」


 俺はリビングのテーブルに座り、大きな声で返事をする。それに呼応するかのように家族みんなも適当に返事をする。


 我が家に家族みんなの声が響いた。


 

 家族みんなでテーブルに座り、食卓を囲む。

 なんてことない、どこにでもある普通の家族団欒のひとときだ。



「……ユウにぃ

「ん? なに? どうした?」

「ごめん……正直に言っていい?」

「いいけど……なにが?」

「気持ち悪い」


 テーブル越しに対面する女の子――俺の実の妹である友美ともみは引き気味に言った。

 実の兄に向かって、ずいぶんとストレートに言うな、おい。


「なに一人でニヤニヤ笑ってるの? 超キモいだけど」

「いや、べつに……夕食が楽しみなだけだよ」


 適当に言葉を濁して誤魔化す。まぁ、うそじゃないけど。


 久しぶりに姉ちゃんの手料理を食べれると思うと、嬉しくて、楽しくて、つい上機嫌になってしまい、自然と顔がにやけてしまう。


「それだけの理由で、あんなキモい顔してたの? どんだけのお腹減ってたのよ」

「うるせぇな……いいだろう、べつに……」


 誰かの手料理を食べるなんて、すごい久しぶりなんだよ。


 振り返り、キッチンを見る。


 キッチンには料理をしている姉ちゃんの他に仕事から帰ってきた母さんがいる。


 母さんはスーツを上着だけ脱いでワイシャツの上半分のボタンはすべてはずずという非常にみだらでみっともない格好をしたまま、料理をしている姉ちゃんの隣で缶ビールを飲んでいる。


 ……なんていうか、息子ながらに目のやり場に困る姿だ。

 ていうか、キッチンに居座るなら姉ちゃんを手伝えよ。


 家族の中で一番遅くに帰ってきた実の母親の自堕落すぎる振る舞いに呆れながら、視線をテーブルに戻した。


 兄貴――俺の実の兄である一輝かずきは本を読んでいる。父さんは新聞を読んでいる。友美はテレビを視ている。

 誰も姉ちゃんのことを手伝おうとはしない。

 みんな、各自、思い思いに自分のしたいことをして、夕食ができるのを待っている。



 相変わらずだな、と思いつつも、なんだかホッとしてしまう。

 これこそが自分が昔から見てきた光景であり、うちの普遍的な日常だったから。

 


 やがて、姉ちゃんがキッチンから出てきた。


「はい、おまたせ」


 姉ちゃんは料理を盛りつけた皿をみんなの前に次々と置いていく。俺の皿だけ大盛りだった。


「ありがとう」


 料理から醸し出すスパイシーな香りに鼻腔と食欲がくすぐられる。


「いただきます!」


 言うが早く、俺は貪るようにして食べた。


 美味いっ! 美味すぎるっ!

 レトルトとは比べものにならねぇ……!


 久しぶりに食べる姉ちゃんの手料理……しかも、俺の大好物であるカレーはめちゃくちゃ美味しかった。

 俺は夢中で腹にかき込む。


 そんな俺に対して、友美はカレーを一目見て、顔をしかめた。


「また、カレーなの?」

「ええ。ユウキのリクエストよ」

「また、ユウ兄のリクエストなの?」


 友美が俺を恨めしげに見てくる。知らんがな。

 俺は妹の視線をスルーして、カレーを堪能する。


「夕食の献立って、なにをつくるのか毎回悩むし、いつもユウキがリクエストしてくれるカレーが一番つくりやすいのよ」

「それにしたって、カレーの日が多すぎるよ……私、いい加減飽きたわ」


 俺を庇い、妹を宥めてくれる姉ちゃんに対して、妹は辟易した様子を隠そうともしない。すると、缶ビール片手にキッチンから顔を出した母さんが口をはさむ。 


「ユウキ、あんたって、本当にカレーが好きよね。つい、この前もカレーだったじゃない」


 そうだっけ?

 昔のことすぎて、覚えていないや。


「まぁね」


 母さんの顔も見ず、できるだけ、ボロが出ないように当たり障りのない返事をしながら、タブレット型端末を探す。食べながらいじるのは行儀悪いけど……まぁ、父さんも兄貴もやってることだし。


 テーブルの上には置いていない。

 辺りをキョロキョロと見回すが、どこにもない。


「あれ? タブレットはどこ?」


 夕食のときはいつもは父さんが使っていたはずだけど、今日は新聞を読んでいるし――――と、そこまで考えた瞬間、ようやく気が付く。

 

「タブレット? なにそれ?」


 相変わらず、辟易した様子でカレーを食べていた妹が視線をテレビから逸らさず、横目で言った。


「い、いや、間違えたっ。なんでもないっ」


 あはは、と作り笑いを浮かべながら誤魔化す。


 あぶねぇ……! 

 俺が子供の頃にはまだタブレットなんてなかったもんな……。


 内心、酷く焦りながら、それでも平静を装う。



 そういえば、この頃の父さんは新聞を読みながら夕食を食べるのが日課だったな……。


 時代だよな……なんとなく、そんなことを思った。


 うちは父さんも母さんも大学を出ているし……なんていうか、それなりにしっかりした大人なんだと思う。

 だから、うちはいつもどこかしらの新聞をとっていた。タブレットを買うまでは。



 そういえば、昔、父さんが言ってたっけ。


『マンガばかり読んでないで、せめて新聞ぐらいは読んでおけ。子供の頃から新聞やちゃんとした本を読んでおかないと将来、バカになるぞ』


『余所の家庭には新聞をとっていない家もあるみたいだが……そういう家の人たちはみんな、世の中の出来事や時世がわからないし、知ろうとも思わないバカだ。いいか、大人だったら新聞ぐらい毎日読むのが当たり前だし、読んでいないと恥をかくぞ』


『お前はそういう頭の悪いバカな大人になるなよ。それに、そういうバカな家の子供たちとも付き合うなよ』



 …………。



 父さんなりに本気で俺のことを、出来の悪い息子のことを想って言ってくれたんだとは思う。だけど、当時の俺には父さんの言葉は響かなかったし……正直、今でもまったく響いていない。



 だって、将来、父さんも新聞を読まなくなるから。 


 それどころか、タブレットを使うようになり、新聞をとらなくなってからは、


『新聞なんて要らないだろう。あんなの紙の無駄遣いだ。タブレットやスマホがあれば、インターネットでニュースも読めるからそれで十分だ。今時、新聞をとってる家はバカだ』


 なんて、掌を返したことを何食わぬ顔で厚顔無恥に言っていた。



 だから、俺には父さんの言葉はあまり響かない。



 もしかして……父さんって、政治家としての素養あるんじゃないのか?

 自分の言った言葉に一切責任を持たないところが、ものすごく政治家に向いていると思う。いや、マジで。


 せっかく人生をやり直しているんだから、本気で父さんに勧めてみようかな?

 もし駄目だったとしても、実の父親とはいえ、所詮は他人なんだから、いざとなったら縁を切ってしまえばいいし……それで本当に父さんが政治家にでもなったら万々歳だ。


 そうなったら、我が家も一躍、上級国民の仲間入りだ。

 そうなったら……俺も綾野と同じ立場になれる。


 彼女と同じ世界に住むことができる。


 そんなことをわりと本気で考えていると当の本人である父さんが、


「お前、本当にカレーが好きだな。なんで、そんなに好きなんだ?」


 と若干呆れた様子で聞いてくる。どうやら新聞を読み終えたらしい。


「いや……ほら、昔から言うじゃん、『カレーと映画は嫌いな人はあまりいない』って」

「どういう意味だよ?」


 今度は兄貴が視線を本に向けたまま、口をはさんでくる。兄貴はまだ読書中のようだ。


「そのまんまの意味。女の子とのデートでどこに行くのか迷ったときはとりあえず映画を観に行くのが無難。なにを食べるのか迷ったときはカレーを食べに行くのが無難。だから、俺は姉ちゃんに『なに食べたい?』と聞かれたら、いつもカレーと答えるわけ」


 カレーが大好物なのは本当だけど。

 俺は女の子とデートなんてしたことないけど。


「なるほど……お前が言うことにしては珍しく、一応の筋は通っているな」


 兄貴は納得した様子でうなずく。

 ちょっと引っかかるところがあったけど、そこはあえてスルーしておく。


「だけど、いくらカレーが無難だったとしても、さすがに飽きたぞ」

「カズ兄の言うとおりだよ。明日はカレーじゃなくて違う料理がいいよ」


 友美も兄貴に全同調する。

 相変わらず、友美と兄貴は気が合うのか仲が良いな。 


「じゃあ、明日は友美が食べたい料理を作ってあげる」


 エプロンを脱いだ姉ちゃんがテーブルに座りながら、友美に言った。どうやら配膳を終えたらしい。


 家族が囲む食卓の真ん中にはサラダが置いてあることに気が付いた。


「ほんとう?」

「ええ。それで、トモミはなにが食べたい?」

「ビーフシチューがいい!」


 カレーと大して変わらないだろう、それ。


「いいわよ。じゃあ、明日はビーフシチューをつくってあげるわ」

「やったぁ!」


 自分のリクエストが通ったのが嬉しいのか無邪気にはしゃぐ友美。

 幼い頃からおませな妹にしては珍しい、子供らしい反応だった。

 

 ちょうどそのとき、母さんは飲みかけの缶ビールとはべつにまだプルタブを開けていない缶ビールを二本持って、ようやくテーブルに腰掛ける。

 

「飯といえば、お前、初めて俺の実家で飯を食ったとき、すごく驚いてたな」

「いや、あれを見たら誰だって驚くわよ」


 飲みかけの缶ビールを一気に煽り、母さんは遠い目をする。


「どうして驚いたの?」


 なんとなく気になったので聞いてみる。


「初めてパパんちに行って、パパやお祖母ちゃん、お祖父ちゃんとみんなでご飯を食べたときのことよ。今日は湯豆腐にするって、聞いてたんだけど……実際に出された鍋の中には豆腐だけじゃなくて、肉や魚や野菜、挙句の果てにはカニまで入ってたのよ。『もう、これ湯豆腐じゃなくて鍋じゃん!』って思ったわ。あれは本当に驚いたわー」

「それでなんで驚いたの?」

「べつに普通じゃん」


 俺と兄貴の言葉がほぼ同時にハモる。


「ママにとっては湯豆腐といえば、鍋に入れる具材は本当に豆腐だけなのよ。少なくとも、お祖母ちゃんちではママが小さい頃からそうだったわ」

「俺んちでは俺がガキの頃から、湯豆腐といえば、あれが普通だったけどな」

「私にとっては普通じゃなかったのよ。あれは本当に余所との経済格差を感じたわぁ」


 また遠い目をして、昔のことを懐かしむ母さんに対して、父さんは思い出したように口を開く。


「今だから言えるけどよ。お前、大学の卒業制作が無事に完成して、みんなでホテルで打ち上げパーティーを開いたとき、帰りに残ったオカズをタッバーに詰めてたじゃん。あれ見て、みんな本気でドン引きしてたぞ?」


「えっ……」

「マジで?」

「本当にっ?」

「引くわ……」


 杉崎家四兄妹全員、ほぼ同時にハモる。

 珍しく、みんなの気持ちが一致した瞬間だった。


「そんな引くようなことでもないじゃない?」

「いや、絶対に普通は引くぞ。誰だって、ドン引きするぞ」


 絶対且つ完璧に正論だよ。

 心の底から父さんに同調する。同意しまくる。


「みんな、酒を飲みまくって酔っぱらってたのに、お前のあれを見て、みんな、酔いが醒めてたぞ」

「なんでよぉ、食費が浮いて大助かりじゃない?」

「いやいや、ママ……さすがにそこまでしなくてもいいじゃん」


 友美が俺のとき以上の引き気味で母さんに言った。本気の声色だ。

 だけど、友美の言葉を聞いて、むしろ母さんの方が声を荒げた。


「あのねぇ、友美。あんたがそういうことが言えるのは、あんたが生活に困ってないから言えるのよ? ママとパパがちゃんと働いて、お金を稼いでいるから、こういうちゃんとしたマトモなご飯を食べれるのよ? ママなんか、子供の頃はそこらへんの雑草とか山菜なんかを生で食べてたんだから」


 いや、うちがちゃんとしたマトモなご飯を食べれるのは姉ちゃんのおかげだろう……。

 いや、母さんと父さんのおかげなのは間違いないけどさ……。


「ていうかそれを言ったら、ママ、あのときにもっとすごいことをしたわよ?」

「……なにしたの?」


 他人のバカ話だから興味がある反面、身内の恥でもあるからあんまり聞きたくないけど。


「その日の打ち上げパーティーが終わったあと、ママたちそのホテルに泊まったけど、ママ、そのときにみんなの部屋に置いてあったアメニティ用品を全部回収したし、大浴場に置いてあったシャンプーとボディソープを全部ペットボトルに詰めて、持ち帰ったわよ?」


 母さんが笑いながら爆弾発言に俺たち全員固まってしまう。


「もう本当に大変だったわ。他のお客さんや従業員に見つからないようにコソコソと詰め替えるのは」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 杉崎家四兄妹全員、無言になってしまう。

 俺たち全員、澄んだ瞳で母さんを見つめた。


 目は口ほどに物を言うというが……今の俺たちの顔に文字が書いてあるとしたら、「バカなの?」といったところだろうか?



 友美にいたっては固まったまま、本気で絶句していた。

 まぁ、俺たちみんな同じような心境だったけど……。



 そんな自分が腹を痛めて産んだ実の子供たちの反応を気をすることもなく、母さんは新しい缶ビールを一本、父さんに手渡す。


「はい、ビール」

「おう、サンキュー」


 軽く缶をカチ合わせてからプルタブを開けて、じつに美味そうな顔で飲む。


 それを見て、俺も思わず、ゴクリと唾液を飲み込んだ。

 子供の頃は酒のおいしさなんてわからなかったけど……今は母さんと父さんの気持ちがよくわかる。


 クソムカつく仕事が終わり、自宅というプライベート空間に帰って、疲れ切った状態のときに飲む酒の美味さは何物にも変えられない。二人が家の家事をおざなりなのも、働くことの大変さを知っている俺には気持ちが良くわかる。


 酒は飲むだけで頭を麻痺らせて、不安や悩みを忘れさせてくれる魔法の飲み物なのだ。

 だからこそ、俺は今の父さんと母さんを見て、素直に尊敬することができた。


 俺を含めて四人の子供を育てたのだから。

 俺にはできる気がしない……。



 家族会話の話題はまた変わり、テレビに映っている友美が大好きなアイドルグループに移る。


 俺は姉ちゃんが作ってくれたカレーを食べながら……自分がまたしても一人でに笑っていることに気が付いた。

 でも、これは友美にキモがられた類の笑みではなく……心底楽しくてこぼれた笑みだ。



 純粋に、家族と一緒にいるのが楽しいと思えた。


 なんの違和感もなく、家族と話すことができているのだから。

 まるで昨日からずっと一緒に暮らしていたかのように、なんの違和感もなく話すことができている。


 やっぱり、生まれた頃からずっと一緒に暮らしていた家族だからだろうか?



「…………」


 我が家に家族みんなの明るい声が響いている。

 


 家族みんなでテーブルに座り、食卓を囲む。

 家族みんなでご飯を食べながら、話し合う。


 なんてことない、どこにでもある普通の家族団欒のひとときだ。



 だけど……それを一から自分で築くことのできそうにもない自分にとっては……途方もなく尊くて、極上の幸せだった。


 だからこそ、俺は今の父さんと母さんを見て、心の底から尊敬した。



 母さんの話を聞いて……母さんの子供時代の境遇や恥も外聞もなく行動する逞しさを考えると、『たまたま日本が右肩上がりのいい時代に生まれたから』という言い訳で済ませることができなかったから。



 俺は、久しぶりに誰かと一緒に食事をしていることと家族と一緒にいることを心から素直に楽しいと思い、我が家の家族団欒のひとときを満喫した。

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