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脇役人生異常あり!?  作者: 弱者
 第二章 リスタート
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23話:ビター&スイート・マイ・ライフ!⑥

誤字脱字報告をしてくださり、ありがとうございます!

何度、確認しても一向にミスが消えないので本当に助かりました!

「ただいまー!」


 玄関の方から扉を開く音と共に誰かの声が聞こえる。


 この声、もしかして……。

 俺にとって、家族の中で最も身近だった人の顔が思い浮かぶ。 


「おかえりー!」


 作業する手を止めずに返事をする。


 楚々とした小さくて静かな足音とビニール袋が揺れて擦れるクシュ音が聞こえる。それらの音はどんどん大きくなり、俺の元へと近付いてくる。




 そして、一人の女の子が俺のいるキッチンへと顔を出した。

 彼女は俺のことを一目見るなり、目を丸くした。


「あれ? ユウキ、お皿、洗ってくれてるの?」


 彼女――俺の実の姉である成美なるみ姉ちゃんは少しだけ呆気にとられた様子で素っ頓狂な声をあげる。

 まるで鳩が豆鉄砲を食ったような驚きようだったが、それだけ姉ちゃんにとっては驚くようなことだったのだろう。


 俺が“家のお手伝い”をするのは。


「う、うん。まぁね」


 できるだけ、子供らしい口調と態度を装う。

 努めて平静を装いながら、俺は姉ちゃんを見た。


 姉ちゃんは俺も通っていた近所の市立中学校の制服を着ている。また、学校指定のスクールバックを背負っている。

 今年の春から中学生となる姉ちゃんが着ている制服は、少しぶかぶかで、服を着ているというよりは服に着られているかのような印象だったし、制服も、スクールバックも、どちらも共に綺麗で真新しい。


 事実、それらは親が姉ちゃんのために新しく買った新品だったはずだ。


 俺はもっぱら兄姉の使い古したおさがりをなんでもかんでもあてがわれていたものだが、長女である姉ちゃんの場合、兄弟の中で自分より上は異性である兄しかないため、おさがりをあてがわれることはほとんどなく、大抵が“初物”だった。


 だからだろうか。

 姉ちゃんの風貌を見て、俺はどこか初々しく……懐かしくも感じた。


 だからだろうか。

 姉ちゃんはいつも優しかったし……負い目でも感じているかのように甘かった。


 それこそ、“家のお手伝い”を押し付けても文句を言わないほどに。



 よく見ると、姉ちゃんは両手に近所のスーパーの袋を携えている。

 買い物をしたあと、家まで一人で歩いて持って帰ってきたのだろう。姉ちゃんは額にうっすらと汗をかいており、微かに吐息が荒かった。


「ありがとう」


 屈託のない満面の笑みを浮かべる姉ちゃん。


「お姉ちゃん、すっごく助かるわぁ」

「……どういたしまして」


 実の姉であるにかかわらず、つい見惚れてしまう。

 おもわず、胸が高鳴った。

 

 久しぶりに見た姉ちゃんの笑顔は優しげで……とても温かい。



 姉ちゃんは買ってきた商品を冷蔵庫の中へと入れながら話しかけてくる。


「今日は学校、早く終わったんでしょう?」

「うん」


 俺も皿洗いをしながら話す。


「何時ぐらいに家に帰ってきたの?」

「一時間ぐらい前かな」

「じゃあ、今日は給食もなかったし、お昼ご飯もまだ食べていないのよね?」

「うん。まだ食べてない」

「待っててね。すぐになにか作るから」


 そう言って、姉ちゃんは炊飯器を開ける。


 おそらく、おひやがあると思ったのだろう。

 だけど、炊飯器の中には姉ちゃんのお目当てのものは入っていない。


 代わりに入っていたものを見て、姉ちゃんは目を皿のようにしては、また呆気にとられたような表情を浮かべる。


「お米も研いでくれたの?」

「まだ炊いてはいないけどね。残ってたごはんはラップをかけて冷凍保存してあるから」


 そこまで言ったところで、他にも伝えるべきことがあったのを思い出す。


「あと、洗濯物も洗ってあるから。これが終わったら、干しておくよ」

「あ、ありがとう……」


 姉ちゃんたちの下着は洗ってないけど、と付け足しては冗談っぽく笑う。

 対して、姉ちゃんは尚も呆気にとられたような表情を浮かべながら、なにか不思議なものでも見るような目付きで俺を見てくる。


「どうしたの? こんなに手伝ってくれるなんて?」


 お姉ちゃんは大助かりだけど、と付け足しては冗談っぽく笑う。

 対して、俺は内心、ぎぐりとした。


 姉ちゃんと話しているうちに気が緩み、子供らしく振る舞うことを忘れてしまっていたのかもしれない。

 できるだけ、子供の頃の自分らしく振る舞う。

 

「いやぁ、べつに……ほら、いつも姉ちゃんにだけ家事を押し付けるのも悪いと思ってさぁ」


 できるだけ、姉ちゃんと目を合わせないようにする。


 俺と姉ちゃんは昔から仲が良かったし――なによりも生まれた頃から大人になるまで、ずっと一緒に暮らしてきた家族だ。


 俺の変化に気付くかもしれない。

 俺の演技を見抜くかもしれない。

 俺の正体を見破るかもしれない。


 嘘がバレるかもしれない。


 俺は内心、強い焦りと緊張を感じながらも、そのことはおくびにも出さず、さもありなんといった態度を偽り、皿洗いを続ける。


「…………」

「……ふーん。そうなんだ」


 姉ちゃんは明るい声色でそう言った。


「気にしてくれて、ありがとう。それに手伝ってくれて、ありがとう」


 明るい口調で俺に話しかけながら、再び、買ってきた商品を冷蔵庫に入れ始める。


 なんとなく、思った。


 気を遣ってくれたのかもしれない。

 姉ちゃんは人の心の機微に敏感だし、優しいから。



「……あれ?」


 ふと、とある疑問を抱く。


「どうかしたの?」

「いや……姉ちゃんも今日は早く学校が終わったんだよね?」


 俺はわざと話題を変える。


「ええ。今日は入学式と学校の案内、あとは同じクラスになったみんなや担任の先生との自己紹介をしただけだったわ」

「じゃあ、姉ちゃんも今日は授業がなかったんだ?」

「ええ、なかったわよ。教科書は配られたけど、実際に授業が始まるのは明日からみたいね」

「それにしては、ずいぶんと帰ってくるのが遅かったね?」


 俺や姉ちゃんが通っていた中学校は家から徒歩十分もかからないようなすぐ近くにある。授業がなくて、早く学校が終わったのなら、もっと早い時間に帰ってこれるはずだ。

 いくらスーパーに寄ってきたとはいえ、帰ってくるのが遅すぎる。


 それに姉ちゃんは学校帰りに友達と遊ぶなんてこともほとんどなかったし、いつもスーパーに寄ってからはまっすぐ家に帰ってきていた。それが姉ちゃんの日課だったはずだ。


「もしかして、スーパー以外にも、どこか寄り道でもしてきたの?」

「よくわかったわね」


 姉ちゃんは苦笑気味に微笑む。

 まるで少しだけバツが悪そうな、なにかを隠しているような、そんなどこか影のある笑みだった。


「じつは学校が終わったあと、同じクラスになったみんなと一緒にファミレスに寄ってきたのよ。入学直後の親睦会っていうことで」

「ああ、なるほど……そうだったんだ。だから、帰ってくるのが遅かったんだ?」

「そういうこと。おかげでタイムセールに間に合わなかったわ」


 小さく舌を出して、お茶目に笑う姉ちゃん。

 こういう子供っぽい仕草が似合うのも、姉ちゃんのキャラというか……愛嬌の良さあってのことだと思う。


「学校帰りにファミレスかぁ……いいな」


 うそ。本当はまったく羨ましくない。


 俺は学生の頃、学校が終わったら、大抵は寄り道もせずにまっすぐ家に帰っていたし、いつも一人で登下校していた。だって、学校という人混みの中に長時間拘束されて、疲れてたから。家と学校の行き帰りの間ぐらいは一人でいたかったから。


 学校を卒業して働くようになってからも、仕事が終わったら、食料の買い溜めと飯を食う以外はほとんど寄り道もせずにまっすぐ家に帰っていた。もちろん、一人で。だって、仕事というストレスの溜まる苦行を長時間させられて、疲れてたからら。仕事を終わったあとは一人でいたかったから。


 俺はいつ、いかなるときでも早く家に帰りたいとしか思わなかったし、面倒くさい人付き合いよりも早く家に帰ることを優先してきた。

 だから、歳をとればとるほど、同級生に誘われなくなったし、同僚にも誘われなくなった。



「でも、ファミレスでみんなと食事をしてきた割にはずいぶんと早く解散したんだね?」


 普通なら、もっと店に居座ると思うのだが。

 とくに中学生になったばかりの背伸びをしたいお年頃の子供なら、尚更だろう。


 

「みんなはそのあとカラオケに行ったけど、私はファミレスを出たときに抜けてきたのよ」

「え、なんで?」


 あえて、聞いてみる。


「だって、面倒くさくなっちゃったんだもん」


 そう言って、また苦笑気味に微笑む姉ちゃん。



 その微笑みを見て……なんとなく察してしまう。




 うちは父さんも母さんも正社員として働いていた。

 だから、昼間は両親共に家にいなかったし、子供ながらに二人とも家事についてはおざなりだと思っていた。


 でも……それも無理のないことだと、大人になった今ならわかる。


 朝から晩までのフルタイム勤務、しかも責任ある仕事を任される正社員として働いていたのだから。少なくとも、フリーターだった俺でも仕事から帰宅した後に家事をするのは億劫だったし、面倒くさかった。



 そんな親が共働きという家庭環境もあってか、俺んち、杉崎家では子供全員が幼い頃から“家のお手伝い”をすることが義務付けられていた。“家のお手伝い”といっても、皿洗い、夕飯用の米炊き、部屋やトイレの掃除、風呂洗いと湯沸かし、洗濯、などの子供にも任せられるような簡単なことだ。


 だから、みんな、家の手伝いを真面目にしていた……小学校低学年ぐらいまでは。

 大きくなるにつれて、みんな、手を抜くことを覚えて、だんだんとサボるようになった。


 でも……それも無理のないことだと、子供の頃から思っていた。


 だって、まだ子供だったのだから。学校が終わったら、“家のお手伝い”なんかしないで、自分の好きなことをして遊びたいと思うのが健全な子供だと思う。少なくとも、内気で家に引きこもりがちだった俺でも、学校が終わったあとの放課後は“家のお手伝い”なんかせずに思う存分、自分の好きなことをして遊びたいと思っていた。



 結局、俺が小学校六年生になる……つまり今になる頃には、“家のお手伝い”をするのは姉ちゃんだけになっていた。

 結局、真面目で責任感の強い姉ちゃんが貧乏クジを引かされた。


 兄貴は小学生の頃から、俺によく自分に割り当てられた“家のお手伝い”を押し付けてきたし、中学生になってからは部活と塾を理由に、完全に家の手伝いをしなくなった。しなくてもいいことになった。

 妹も小学生の頃から姉ちゃんによく押し付けていたみたいだけど、さらにそこから習い事を理由に家の手伝いをしなくなった。しなくてもいいことになった。


 二人とも両親公認のお墨付き。

 二人とも要領がよく、ラクをするのが上手いタイプだったのだ。


 俺は部活も、塾も、習い事も、なにもしていなかったから逃げられなかったけど……。


 だから……俺も、姉ちゃんによく家の手伝いを押し付けていた。 

 だって……やっぱり、遊びたかったから。



 姉ちゃんは子供の頃から家の家事を良く手伝っていた。

 それこそ、嫌な顔をせず、不満も言わずに毎日。


 そんな真面目で、責任感が強くて、優しくて……甘くて都合の良い姉ちゃんがいたからこそ、俺たち家族は増長してしまった。



 姉ちゃんが中学生になる……つまり、今になる頃には、家の家事はぜんぶ姉ちゃんの仕事になっていた。

 学校帰りに近所のスーパーに寄って買い物をしてから家に帰る日課ができたのはこの頃からだと思う。


 もちろん、父さんと母さんは家事をしていたけど……やっぱり二人とも家事についてはおざなりだったし……少なくとも姉ちゃんは母さんや父さんと同じくらいか、それ以上に“家のお手伝い”をしていたと思う。


 例えば、炊事……朝食と夕食は姉ちゃんの仕事。 

 例えば、掃除……リビングやトイレなどの共用部の掃除は姉ちゃんの仕事。

 例えば、洗濯……洗濯カゴに放り込まれている洗濯物の洗濯は姉ちゃんの仕事。



 俺たち家族全員、それが当たり前だと思ってしまっていた。

 みんなで協力して助け合う“家のお手伝い“ではなく、姉ちゃんが一人でやる“姉ちゃんの仕事”だと思ってしまっていた。 



 だから、誰も姉ちゃんに感謝しなかったし……俺もしなかった。


 押し付けていた頃は上辺だけでも“ありがとう”と言っていたのに、“姉ちゃんの仕事”となってからは言わなくなってしまった。

 それどころか、“やっておいて”と言うようになり、“なんでやってないの”とさえ言うようになった。



 それでも、姉ちゃんは嫌な顔をしなかった。

 ……もしかしたら、本当はずっと我慢していただけなのかもしれないけど。



「…………」



 今、思うと、本当に酷いことをしていたと思う。



 姉ちゃんだって、もっと遊びたかっただろうに……。

 姉ちゃんだって、まだ、子供だったのに……。


 俺たち家族全員、姉ちゃんの時間と自由を奪っていたんだ。


 

 己の幼稚なワガママを思い出し、後悔と姉ちゃんへの贖罪とを抱いたとき。



 そっか……そうだったんだ……。


 わかってしまった。


 

 今、姉ちゃんが浮かべている笑みは偽物だ。

 自分の気持ちを押し殺して、我慢し続ける大人の笑みだ。


 姉ちゃんは子供の頃から大人だったんだ。

 大人にならないと、いけなかったんだ。

  

「…………」


 考えたこともなかった。



 買い物をしないといけないから。

 夕食をつくらないといけないから。

 家事をしないといけないから。


 寄り道もせず、いつもまっすぐ家に帰ってきてしまう弟の面倒をみないといけないから。


 俺は俺なりに姉ちゃんに迷惑をかけないようにしていたつもりだったけど……もしかしたら、俺は家族の中で一番、姉ちゃんに迷惑をかけていたのかもしれない。


 だって……俺も、姉ちゃんも、朝練や放課後の練習が毎日あるような部活には入っていなかったし、塾や習い事にも通っていなかった。



 姉ちゃんはいつもまっすぐに家に帰ってきてくれていた。

 買い物なんて、夕食の支度なんて、家事なんて、友達と遊んでからでもいいのに。



 だから……姉ちゃんは家に友達を連れてこなかった。

 だから……あまり自分の友達のことを話さなかった。

 だから……彼氏ができたという浮いた話もなかった。



 だから……ろくに恋愛経験も男性経験もないまま、結婚してしまった。

 



 それでも、姉ちゃんは嫌な顔もせずに“家のお手伝い”をしてくれていた。


 たぶん、それはきっと……。


 姉ちゃんはワガママを言わない子供だったから。

 親の言い付けをよく聞いて、よく守る、“いい子”だったから。

 下の弟妹の面倒をよく見てくれる、優しくて、面倒見のいい、“お姉ちゃん”だったから。



 そして、なによりも――言いたいことを言えない性格だったから。



 姉ちゃんはとっても優しくて……弱いんだ。



 本当は嫌だと思っていても、相手に自分の意思をはっきりと伝えることができない……そういう人なんだ。



 だから、旦那さんの浮気についてもなにも言わなかったし……結局、家庭は崩壊した。


 真面目で優しそうな誠実そうな人だったのに……。


 自分の気持ちを押し殺すばかりで、自分の本当の気持ちを話してくれないことが寂しかったし、悲しかったんだと思う。家族なのに信用してくれない、信じてくれない……それが許せなかったし、我慢できなかったんだと思う。


 ムカつくし、イライラするし、ストレスだったんだと思う。



 旦那さんと離婚したことを俺に話してくれたときの姉ちゃんの顔には酷いアザができていた。あまりにも酷い怪我で、頭に包帯を巻いていた。


 階段から落ちて怪我をしてしまったから、そう言っていたけど……そのときの姉ちゃんはものすごく嬉しそうな笑顔をしていた。



『あの人の方から切り出してくれたの』


『やっと、ストレスも感じずに安心して眠ることができるようになったわ』


 心底ホッとしたかのような、とびっきりの笑顔で嬉しそうに話す姉ちゃんを見て、なにも言えなかったのを覚えている。



 今の姉ちゃんは、あのときと同じ笑顔をしていた……。




「…………」




 皿洗いをしていた手を止めて、蛇口の水を止める。


 そして、姉ちゃんの方を向いて、姉ちゃんのことを真正面から見つめる。


「姉ちゃん」

「ん? なに?」

「いつも、ありがとう」

「……え?」


 きょとんとした顔を浮かべられる。


「いつも、ご飯作ってくれてありがとう。姉ちゃんがつくってくれたご飯が一番おいしかったよ」


 嘘なんかじゃない。心からの本音だ。

 俺にとってのおふくろの味は母さんの手料理じゃなくて、姉ちゃんが作ってくれた料理の味だ。


「も、もう、いきなりなに言ってるのよっ! べつにお礼を言われるようなことじゃないでしょ?」


 気恥ずかしそうに姉ちゃんは言った。


「ううん。そんなことないよ。俺、姉ちゃんにはいつもすっごく助けられてる」


 我ながら気恥ずかしくて、しょうがなかった。


 だけど……。


 素直に感謝の言葉を伝えるのは恥ずかしいけど……言わなければ、いけないこともある。


 言わなければ、伝わらないこともある。


「ユウキ……」


 姉ちゃんは恥ずかしそうに……だけど、少しだけ目尻に涙を潤ませている。


「姉ちゃん、本当にありがとう」


 家事をしてくれて、ありがとう。

 俺の面倒を見てくれて、ありがとう。


「俺、これからはもっと手伝うよ」


 そうすれば、姉ちゃんの負担も少しは減るだろうし、それに……。


「だから、姉ちゃんも、もっと自分のしたいことをしてよ」


 自分のために時間を使ってよ。


 俺の青臭くて木っ端恥ずかしいお礼を真剣に聞いてくれていた姉ちゃんは、少しだけ頬を染めながら、


「……ありがとう」


 と言って、はにかんだ。


 その笑顔は本当に可愛らしくて、魅力的だった。

 優しくて、弱い……八方美人の姉ちゃんが、俺だけに向けてくれたとびっきりの純朴な笑顔だった。


 またしても……実の姉なのに見惚れてしまう。



「ユウキったら、今日はなんだか別人みたい」

「あ、あはは……そうかな?」


 一瞬驚きはしたものの、なんとか誤魔化す。


「そうよ。まるで私よりも年上の大人みたい」


 そう言って、姉ちゃんが俺の頭を撫でてくる。

 恥ずかしかったけど……妙に嬉しかった。



 ……姉ちゃんだけだったんだよな。

 

 家族の中で、俺と対等の立場だったのって。



 だから、俺は姉ちゃんのことが好きだったし、仲が良かったんだよな。



「でも、べつにお姉ちゃんは無理なんかしてないわ。もともと、家事は好きだしね」

「そうなの?」

「そうよ。それにユウキの面倒を見るのはお姉ちゃんの楽しみなんだから」


 少しだけ、冗談っぽく笑われる。


「ちょっと待って。俺って、そんなに手のかかる弟なの……?」

「うーん、どうかしら? でも、手のかかる子供ほど、可愛いっていうじゃない?」

「それって、つまり……」

「ふふ、ごめんななさい。ウソよ」


 また、俺の頭を撫でながら、


「ユウキはほとんど手がかからないし、お姉ちゃんの自慢の弟よ」


 と言ってくれた。


 それが本当なのか嘘なのかはわからないけど。  

 


 やがて、姉ちゃんは俺の頭から手を離す。


「とりあえず、おひやが残ってるなら、それでチャーハンを作ろうと思うんだけど、お昼ごはんはそれでいい?」

「う、うん。それでお願い」

「じゃあ、一旦部屋に戻って着替えてくるから、待ってて。すぐにつくるから」

「わかった」


 そう言い残して、姉ちゃんは一度、自分の部屋へと戻った。




 俺はどこか胸がじんわりと温かい気持ちでいっぱいになる。



「……よーし、やるか!」



 そんな威勢のいい掛け声とともに気合を入れ直し、皿洗いを再開した。











 ……ちなみに。


 その日の夜、家族から俺の仕事ぶりについて、ものすーごくダメだしをされた。



 洗った食器にまだ汚れがついてるとか。

 お米の研ぎ方が雑で美味しくないとか。

 干した洗濯物が伸ばされていないとか。



 そんなことを言われたとき、思った。

 

 なら、自分でやれ。


 マジでガチで本気でそう思った。



 姉ちゃんは俺のことを擁護してくれたけど……せっかく、二度目の人生に対するやる気が出ていたのに早くも心が折れそうになった。


 ていうか、せっかくしてあげたのに感謝されないどころか、ダメだしを食らうとか……殺意が湧いてくるレベルでムカつく……。




 姉ちゃん、今まで本当にごめん……。




 その日から、俺はベッドの枕の位置を反対にして、寝るようになった。

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