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脇役人生異常あり!?  作者: 弱者
 第二章 リスタート
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20話:ビター&スイート・マイ・ライフ!③

 誤字脱字報告をくださりました読者様、ありがとうございます。

 初めて誤字脱字報告をいただけたので、とても嬉しかったです。


 姫川優子先生が教卓の後ろに立つ。


 本来ならば、そこは教師の定位置だ。

 席に座る俺たち生徒のことを見下ろして一望できる……普通の教師なら。


 だけど、生憎と先生は普通の教師ではない。


 俺たち生徒にとっても、先生ご本人にとっても、大変遺憾なことだが……容姿や体格といった肉体的にも、性格や人格といった精神的にも、先生は普通ではないのだ。



 先生は成人女性としては異常といっていいほどに身長が低い。

 そのため、教卓の後ろに立っても先生の頭しか顔を出さず、残りの首から下の身体部分はすべて教卓に隠れてしまう。 



 先生は少しだけ苛立った様子で小さく舌打ちする。


 すぐ先程まで竹尾が踏み台代わりにして使っていた教室の脇に置いてあった余分な椅子を引っ張り出してはそれを踏み台にする。竹尾とは違い、わざわざ上履きを脱いでから椅子の上に立つ。


 ようやく先生の上半身が教卓から顔を出した。


 先生は教卓に両手をつく。

 そして相変わらずの冷たい無表情のまま、俺たちに向かって喋り出した。



「はじめまして」


 先生の、抑制のない淡々とした声が教室に響く。


「今日から、このクラスを受け持つことになりました担任の姫川優子です」


 先生の、これっぽちも心のこもっていない言葉だけが教室に響く。

 

「一年間、よろしくお願いします」


 先生の、ひどく他人行儀な言葉だけが響く。


 

 俺たち生徒は誰もが極度の緊張と恐怖を胸に抱きながら、無言のまま、先生の自己紹介と挨拶を聞いていた。



 でも……俺は内心、じつに姫川先生らしい自己紹介と挨拶だと思った。

 自分のことを必要最低限にしか喋らず、簡潔且つ簡素なところが特に先生らしい。

 

 同級生たちも、先生の挨拶に対して、どういう反応と対応をすればいいのかわからないらしく、誰もが困惑したまま口を閉ざしていたが、人に気を遣うことに関しては一家言持ちの戸山がみんなに気を遣って、「よ、よろしくお願いします!」と先手を切って挨拶をしてくれた。

 みんなもそれに続いて、先生に挨拶をして、机に座ったまま、お辞儀する。


「さっそくなんだけど」


 先生が俺たち生徒に黒板消しを見せながら話を切り出した。


「他に誰が協力してたの? 共犯者は今すぐ名乗り出てきなさい」


 まさか、あの子だけのイタズラじゃないんでしょ?

 そう付け加えて、先生は俺たちを一望してくる。


 先生の視線が竹尾に止まり――竹尾は慌てて下を向いて視線を逸らした。


 先生の視線が、瞳が、問い詰めが、あまりにも威圧的で怖いためか、残りの共犯者である男子二人は名乗り出ようとしない。二人とも必死に俯いている。



 まぁ……そうだよなぁ。

 一人、胸の中でごちる。


 だって、もしも名乗り出たら、なにをされるのか……容易に予想できてしまう。


 みんな、竹尾への対応を見て、今日から自分たちの担任となったこの先生は洒落が通じたり、慈愛の精神を持っ心優しい先生ではないことを理解していた。


 だから、共犯者の子たちも傍観者の子たちも先生と目を合わせようとしない。



 教室内に沈黙が跋扈する。



 先程までの沈黙とは重苦しさが段違いだ。実際の時間にして数十秒にも満たないようなわずかな時間だと思うが、俺にはその数十秒が数十分にも数時間にも感じた。




 やがて、先生は焦れた様子でまた舌打ちをする。

 先程までの冷たい無表情とは違い、少しだけ苛立ったような、怒りを含ませたような表情に変わる。


「名乗り出る気はない、と」


 強い怒気を孕んだ小さな声が教室と俺たちの心に響き渡る。 


「なら、次の質問をするわ。いったい、他に誰がこんなことをしたの?」


 再び、眼前に並ぶ俺たちを見下ろしながら眺める先生。


「早く教えなさい」


 だけど……誰もなにも言わない。


 友達を売れないのではない。同級生を密告する勇気がないのではない。

 ただ単純に、この重苦しい空気の中で発言をする勇気がないのだ。

 この沈黙の中で自ら先生に向かって、発言するにはかなりの勇気がいる。



 さすがの戸山ですら、先生の恫喝には沈黙を貫いていた。

 戸山の場合は、みんなに気を遣っているというのもあるのだろうが。



 とにかく、みんな、自分の隣や周囲に座る同級生と顔を見合わせるばかりで、自分から行動を起こそうとするものは誰もいなかった。



「ふーん」


 また、先生の声が聞こえる。


「教える気もない、と……おーけい。わかったわ」


 先生は皮肉交じりに笑う。


「友達は売れないってことかしら? あなたたち、同じクラスになってまだ初日だっていうのに、ずいぶんと仲が良いのね?」


 皮肉を込めて、そう言ってくる。

 そして、そのまま、舌の根も乾かぬうちに――


「じゃあ、もういいわ。連帯責任っていうことで、あなたたち全員有罪判決よ」


 ――死刑宣告を告げてきた。

 


 誰もが、顔を上げて、先生を見た。


「まぁ、ちょうどいいわ。せっかくだし、みんなの自己紹介と私のみんなへの自己紹介と挨拶も兼ねて、一人ずつビンタしていくから」


 誰もが、自分の耳と先生の言葉を疑った。


 さっきしたじゃねぇか、と誰かが呟いた。

 冗談じゃない、と誰かが呟いた。

 ふざけるな、と誰かが呟いた。


 なんで自分まで……とみんなは心の中で叫んだ。たぶん。



 だけど……。



「いい機会よ。社会の理不尽と、私っていう女のことを嫌という程に教えてあげるわ」



 先生は至って本気だった。



「それじゃあ、出席番号順に行くわよ。名前を呼ばれたら、立ち上がって自己紹介してから歯を食いしばりなさい」


 出席簿から視線を離さずに、用がなくなった俺たち生徒の顔など見ずに命令してくる。


 

 そのとき。


 とある女子生徒がおそるおそる手を上げる。


「……くんと……くんです!」


 イタズラの細工していた竹尾たちにからんでいた女の子だった。


「二人とも竹尾くんと一緒に教室の扉に黒板消しを挟んでました!」


 彼女はありったけの勇気を振り絞って、密告と自己の保身をする。


「お、おいっ!?」

「お前、なにバラしちゃっての!?」


 犯行に加担していたことを暴露された男子二人は慌てふためく。


 だけど、もう遅い。もう手遅れだ。

 自首を促されたときに素直に出頭しなかったのだから、もう後の祭りだ。



 先生は出席簿を見て、二人の名前を確認する。



「今から、名前を呼ばれた三人は前に出てきなさい」


 そう言って、竹尾と二人の名前を呼ぶ。


 三人は顔面蒼白のまま、よちよち歩きをする赤ん坊のような足取りで前へと歩いていく。


 なんだか、人生初のアルバイトの初出勤や新卒入社した会社の初出勤のときの俺を見ているみたいだ……。

 緊張と不安と恐怖で押しつぶされそうになり、なんとか出勤しなくてもよくなるような俺にとって都合のいいアクシデントでも起きないかな……と願っていたときの俺の動きによく似ている。


 三人とも緊張と焦りと恐怖で身体を震わせており、今にも漏らしかねないような様子だった。

 ちなみに俺は漏らした。大きい方を。


 駅のトイレってなんであんなに数が少ないんだろう?


 

 やがて、三人は雁首を揃えて先生の前に立ち、首を垂れる。

 先生は取るに足らないものを見る目付きで三人を見つめる。




 そして、恐怖で強張る三人――そのうちの竹尾の顔に強烈なビンタを叩き込む。「歯を食いしばりなさい」という前口上すらもなかった。


「!?」


 教室に乾いた音が鳴り響くと同時に、同級生たちの中から小さな悲鳴が漏れる。


 自身の顔を引っ叩かれた竹尾はそのまま膝を震わせて、床に倒れてしまう。よほどの強烈な衝撃と痛みだったのだろう。竹尾の目は呂律が回っておらず、自身の身になにが起きたのか理解できていない様子だった。

 


 そして、姫川先生は淡々とした声で、 


「今日は6年生になって、まだ初日だし、これで許してあげるわ。泣き喚くまで引っ叩かれないだけ、ありがたいと思いなさい」


 とのたまう。


 そして、唖然とした表情でそれを見ていた残りの男子二人も鉄拳制裁を食らう。


「がぁ……!?」

「っ……!?」


 二人も床へと崩れた。

 そのうちの一人の男にいたっては痛みと恐怖のあまり、泣き出してしまう。



 この人、むちゃくちゃだ……。

 おそらく、初見であるみんなはそう思ったことだろう。

 この人、相変わらずだな……。

 一度目ではなく、二度目である俺だけがそう思った。


 先生の手荒すぎる教育的指導を見て、俺を含むこのクラスのすべての生徒たちがドン引きしてしまう。

 


 ……姫川優子先生を甘く見てはいけない。



 一見すると、先生は小柄でとても可愛らしい小さな女の子のようにも見えるが……中身はこのように、このご時世、非常に珍しい体罰を是とするようなお人だ。



 おそらく、手を出すことも、手を出されることにも、慣れているのだろう。



 先生の小さいくせに堅くてゴツゴツとしたシワとキズだらけの手でビンタされたら、誰もが目の前が暗くなり、立ち眩むし……ひどいときはあまりの痛みに脳が痛みをシャットダウンして、意識さえ失うことすらある。



 誰もが恐れる恐ろしい女性なのだ。



 この鬼のような人こそ、俺たち6年2組の愛すべき……いや、恐るべき担任の教師であり、自身の教育理念足る『目上の人に従順で命令されたことはなにがなんでも絶対に遵守する社会の歯車の育成』という教育の為なら体罰も辞さない名にし負う暴力教師だ。


 自分自身についても、己の人生のあらゆる困難を努力と根性だけで乗り越えてきたと公言してはばからない努力の体現者……それが先生である。



 そして、つけられたアダ名が――全自動児童暴行マシン。



 ……なんかもう、本当に、俺なんかとは比べ物にならないくらいに名前負けしているお人……それが優子先生なんだ。


 


 引っ叩かれた三人の頬には真っ赤な紅葉マークが出来上がっている。


 他人事として傍から見れば、愉快で面白い顔なのだが……もはや対岸の火事として楽しめるような気持ちにはなれず、本気で竹尾たちに同情してしまう。



 そんななかで、先生は竹尾たちの名前を呼ぶ。


 名前を呼ばれた三人の肩が震えた。足も震えている。

 まるで生まれたての小鹿のような繊細さを感じさせる芸術的な震え方だ。



「どうして、叩かれたのかわかってる?」

「は、はいっ……」


 竹尾が三人を代表して、弱々しい声で呟く。先生と目は決して合わせようとはしない。


「じゃあ、口で説明してみなさい。なんで、あなたたちは先生わたしに怒られたの?」

「い、イタズラをしたからです……」

「正解。どうやら、ちゃんと理解しているようね」


 先生はおもむろに席に座る俺たち生徒の方を振り返り……また踵を返す。


「あなたたちは今日から6年生、下級生のお手本となる最上級生なのよ? その自覚あるのかしら?」


 先生の冷たく、抑制のない淡々とした声が俺たち生徒の心を抉る。

 

「来年からは中学生になるのよ? いい加減、少しは大人になりなさい」

「…………」

「返事は?」


 手を置いていた教卓をコンコンと指で叩く先生。


「は、はいっ」

「ごめんなさいっ」

「もうしませんっ」

「よろしい。それじゃあ、早く自分の席へと戻りなさい」


 ようやく気が治まったのか、先生は三人を解放した。

 竹尾たちは先程とは打って変わり、そそくさと足早に自分たちの席へと戻る。


 頬にはまだ真っ赤な紅葉マークできていた。

 俺は心の中で「ご愁傷様」と念じては、合掌する。




「それじゃあ、次に行くわよ。まだまだ話さなきゃいけないことはたくさんあるんだから」


 そう言って、先生は再び教卓の後ろに立ち、俺たちを見下ろす。


「今日からみんなの同級生となる転校生がいます」


 先生は言った。


 同級生となるって……友達じゃねのかよ、などと思った次の瞬間――



 転校生……?


 それって……!


 もしかして……!?



 初めて、そのことに気が付く。



 途端に心臓の心拍数が跳ね上がり、高鳴る胸の鼓動音が自分の耳へと入ってくる。



 転校生って、まさか……!

 これが本当に小学校六年生の始業式だったら……!


 

 期待しないわけ――なかった。

 興奮しないわけ――なかった。

 願わずにはいわれなかった。



「待たせて悪かったわね。入ってきなさい」


 先生の合図を受けた瞬間、教室の前方の扉が開く。


「!?」



 誰もが目を見張った。

 俺もみんなと同じように目を見張ったけど……それ以上に驚き、言葉を失った。



「うっわぁ、超可愛い~」

「服、めっちゃ綺麗じゃん! いいな~!」

「すっごーい、まるでお人形さんみたい……」



 同級生たちが感嘆の声を漏らす。


 だけど、当の本人である彼女はそんなやっかみにも似た好奇の視線を歯牙にもかけず、静かな足取りで歩き――俺たちを見つめた。



「黒板に自分の名前を書いて、自己紹介をして」

「はいっ」


 少しだけ上擦った声で返事をしてから、彼女は先生から受け取ったチョークで黒板に自分の名前を書く。



 俺は彼女の名前を知っていた。


 彼女の顔を俺は覚えている。

 彼女の事を俺は覚えている。


 一日たりとも忘れたことなどなかった。


 俺にとっては忘れようにも忘れることなんてできないし……諦めようにも諦めることなんてできやしない。



 だって……俺は自分の感情でしか動くことができないから。

 だって……俺は自分の気持ちにだけは嘘を付くことができないから。



 

 好きだった彼女のことを諦めるなんてできない……!




 彼女は振り返り――言った。




「綾野愛花ですっ……よろしくお願いしますっ」




 綾野愛花は深々とお辞儀する。




 綾野の言葉は先生に負けず劣らず、冷たくて、心がこもっていなかった。

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