2話:ファック・マイ・ライフ!②
話は昨日にまで遡る。
……いや一昨日というべきかもしれない。
自身の仕事場であり、長年勤務している川崎郊外に位置する某大型ディスカウントストアにて、いつものように定時の出勤時間である夜の午後11時頃に出勤して、そのまま退勤時間である翌日の朝の午前8時頃まで働く。
そんないつもどおりの夜勤に従事すること数時間、ようやく仕事が一区切りついたので、1時間の食事休憩をとっていた真夜中のこと。
休憩中、自身のスマホを開くとSNSに夥しい量のメッセージが届いていたことに気が付く。通知されているメッセージ数は100件以上。
「うわぁ……すげぇ溜まってる」
これを一から順にすべて読むのは面倒臭いな……などとぼやきながら近くに備え付けてあった椅子に腰掛けて、グループチャットのアプリを開き、通知されたメッセージに目を通していく。
【元湊ヶ丘小学校 6年2組 同窓会!】
[昨日]
こーへー
『明日の同窓会の最終確認しておきます!』
こーへー
『返信しなくてもいいから参加する人は確認だけしておいて!』
山口健吾
『わかった』
たなべ
『了解』
こーへー
『返事いらないって』
こーへー
『笑』
レーナ
『早く書いて』
こーへー
『ちょい待ち』
そのすぐ下には長文のメッセージが張り付けられている。スマホの画面を指でゆっくりと下にスライドさせながら、その文章を読んでいく。
待ち合わせ場所 :JR川崎駅 中央改札口
待ち合わせ時間 :午後6時
(遅れる場合はなるべく早く俺に直接連絡してください!)
予約したお店 :居酒屋〇✕
予約したコース内容:3時間飲み放題コース
(制限時間は午後7~10時まで)
1人当たりの料金 :税込み5000円
(当日徴収します。当日にドタキャンした人からも後日徴収します)
お店のURL :https://…………
お店の住所 :神奈川県 川崎市…………
たなべ
『了解』
ERIKO
『わかった! ありがと!』
せがわはるか
『そのお店って、川崎駅の東口の方にあるんだよね? お店に直接行っててもいい?』
[今日]
こーへー
『そうだよー』
こーへー
『べつにいいよー』
こーへー
『ただ駅からかなり歩いたところにある店だから、駅で集合してみんなで行った方が絶対いいよ』
せがわはるか
『わかった』
こーへー
『明日、俺は紺色のスーツの上に赤いネクタイと黒いトレンチコート着て来るから、それを目印にして笑』
山口健吾
『じゃあ俺も明日は同じ恰好していくわwww』
たなべ
『社会人なんて、ほとんどみんな同じような服装だろう(笑)』
「……どうせ俺はスーツを着て行かねぇよ。悪かったな」
おもわず画面をスクロールする手が止まり、誰に言うわけでもなく、1人ごちる。
俺の出勤時の服装はスーツじゃなくて、もっぱら私服だ。ビジネス用のスーツやコートなんて、もうここ何年も着ていない。
……べつに、恥じることはなにもないはずだ。
……俺だって、れっきとした社会人なんだから。
ちゃんと働いて税金だって払ってるし、自分の稼いだ金で自立して暮らしている。
それなのに……どこか劣等感のようなものを感じてしまう自分がいる。
ブンブンと頭を左右に振り、頭のなかに生じたモヤモヤとした感情を振り払い、再びスマホの画面に視線を戻す。グループチャットでのやりとりは今尚リアルタイムで続いており、所々で会話を脱線させながらも予約した店の内容を確認・共有しているようだ。
今度は不意に笑いが込み上げてくる。
不思議なもんだ……と思った。
グループのメンバーたちは小学校6年生の頃の同級生たち。みんな、もう十年以上会っていなかったというのに、スマホ越しとはいえ、緊張したりせず、くだけた調子で接することができている。
まるで当時……子供の頃に戻ったような気がして、なんだか懐かしく、微笑ましく思えてくる。
最近、よく考えてしまう。
あの頃はよかったな……と。
あの頃に戻りたいな……と。
もちろん、そんな願いは叶うわけがないということを理解している。
そんな都合の良い願望が叶うわけがない。
それでも、想像してしまう。
もしも、子供の頃に戻れたら。
もしも、人生をやり直せたら。
今度はもっと必死に本気で勉強して……もっと日頃から身体を鍛えて……もっと他人に気に入られる努力をして……。
妄想は止まらない。膨らみ続ける。
大学だってFランじゃなくて、もっとランクが上の……最低でもマーチレベルの大学に進学して。もっと給料が高くて、休みも多くて、福利厚生も充実した大手一流企業に入社するのに。自分にはサラリーマンは向いていないなんて、早めに自分に見切りを付けないで、新卒で入った会社を1年で辞めたりしないのに。
それに……あの子を泣かせないのに。
そこまで恋々と都合の良い人生設計を夢想して、ようやくそれが虚しい妄想でしかないことに気が付く。
わかってる。
人生は1度きりでいい。
わかってる。
1度きりの人生だからこそ、報われるかもわからない努力をし続けることに意味はあるんだ。
だから。
努力をしていない自分は、ただの人生における負け組でしかない。
だからこそ。
人生をやり直すなんていう都合の良い妄想をせずにはいられない。
俺はグループチャットにメッセージを書き込む。
返信はいらないっていってたけど……まぁ、一応。
杉崎勇気
『お疲れ様。今、読み終えた』
杉崎勇気
『同窓会の最終確認、おっけい』
杉崎勇気
『明日、すっげぇ楽しみだ』
打ち込んだメッセージは嘘偽りのない俺の本心だ。
小学生の頃の友達たちと会うのは楽しみだし、それになにより……。
綾野愛花のことを思い出す。
今にして思えば……あの子が俺にとっての初恋だったんだと、思う。
綾野の顔を思い出しただけで、今でも少しだけ、こそばゆい気持ちになるし、頬がほんのりと赤くなる。
……彼女は今はどこでなにをしているんだろう?
綾野とは小学校の卒業式以来、一度も会っていない。だからこそ、彼女が今どこでなにをしているのかが、すごく気になる。
まぁ、自分とは身分が違い、住む世界が違う“お金持ちのお嬢様”だった彼女のことだ。どこかの金持ちの男とでも結婚して幸せに暮らしているんだろうけど。
それでも、今の彼女を一目見てみたい。
会いたい。話がしたい。
小学校卒業式以来、一度も会っていない以上、自分の思い浮かべる綾野愛花という女の子の姿形は小学生の頃のままだ。そんな彼女のことを今でも想うあたり、自分でも相当気持ち悪いという自覚はある。
それでも、もう、本当に自分でも不思議なくらい、綾野愛花という1人の女性に固執している自分がいる。
とはいったものの……明日の同窓会で彼女と会うことは絶対にないのだが。
なぜなら、そもそも今回の同窓会のグループに参加しているメンバーの中に綾野の名前は入っていないのだから。たぶん、彼女は同窓会に誘われてもいないだろうし、彼女も参加したいなどとは思っていないだろう。
理由はまぁ……わかってしまう。
俺たちクラスのみんなと転校生である綾野との間には大きな心の壁があったから。
それでも……。
明日の同窓会に参加すれば、卒業後の彼女について知っている人に会えるかもしれない。
俺の小学校に、綾野と卒業後も関わりを持ち続けていた人なんているのだろうか……正直、いるとは思えない。だけど、もしもいたなら……その人が同窓会に参加していれば、その人から彼女のことを聞くことができる。
そんな淡い期待を胸に秘めて、俺は明日の同窓会を思い描きながら、グループチャットのやりとりを眺め続けた。