17話:ファック・マイ・ライフ!⑰
――目を疑った。
「……えっ?」
同時に、間の抜けた声をあげる。
今、目の前で起きた一瞬の出来事を理解することができない。
俺はおかしくなってしまったのだろうか?
頭がおかしくなり、こんな酷くタチの悪い幻覚を見ているのだろうか?
だけど……なんとなく、心の奥底では理解していた。
これは現実だ。
現実を直視できないていないだけだ。
俺は狂ってなどいないし、イカれてもいない。
そう思い込むことで必死に現実から目を逸らしていた――
まるで時が止まったかのような錯覚に陥る。
ぐちゃり、と、生々しくも鈍らな音が聞こえた。
ぐさりっ、と、生々しくも鋭利な音が聞こえた。
まるで切れ味のわるい刃こぼれした包丁を力尽くで使い、上質な生肉を切り落としたような音だった。
さっきまで綾野と彼女が言い争う声はほとんど聞き取ることができなかったのに――なぜか、その非現実的で聞き慣れていないはずの音は俺の耳に正しく正確に響き渡っていた。
「……あっ」
綾野も俺と同じように酷く間の抜けた声をあげる。
自分の身に何が起きたのか理解できないのだろう。
俺と寸分違わず、まったく同じ反応を見せる綾野。
おもわず、考えてしまう。
やっぱり、俺と綾野はよく似ている。
おそらく、俺と綾野が付き合い始めたら気が合うし、上手いくんだろうな。
と。
そんな、今はどうでもいいことを考えて、現実逃避してしまう。
だけど。
やがて、虚をつかれたような顔をしていた綾野の顔が豹変する。
「あ……あ、あっあ……ああっ、あああああっ!?」
声にならない悲鳴をあげながら、地面へと倒れ込む。地球の重力に従い、地面へと落下する綾野を茫然と眺めながら――俺はようやく理解した。
綾野愛花が刺された、と。
地面に倒れ込んだ綾野の身体から真っ赤な鮮血が噴き出す。血は絶え間なく溢れ出し、すぐに彼女の周りには大きな赤い水溜りができあがる。
刺された箇所を中心に彼女の身体と服が真っ赤に染まり、その染みは今も尚広がり続けている。
身体から流れ出る血は一向に止まる気配がない。
綾野は苦悶の表情を浮かべながら、か細く浅い呼吸を繰り返し、必死の形相で女の子を見つめる。
対して、女の子は返り血を浴びたこともまったく気にすることもなく、ただ立ち尽くしたまま、綾野を見下ろす。
女の子はとても恐ろしい形相で嗤っていた。
鬼のような、悪魔のような、綾野を傷付けることに何の抵抗もないといった形相で見下ろした。
女の子の右手には――綾野を刺した包丁が握られている。
包丁の刃先は地面に向けられており、刃の先端から地面へと付着した血がぽたぽたと垂れて、地面には赤い斑点のような染みができている。
「は、ははっ……あははっ、あはははっははっ!!」
唐突に、凶器に満ちた慟哭をあげる。その声は狂気にもよく似ていた。
女の子の奇声のような嗤い声を聞いた瞬間、俺は全身の毛穴から汗が噴き出し、全身に電撃が流れたような強い衝撃を受ける。
これが本物の恐怖というやつなのだろうか。
「あ、あんた……!」
綾野が息も絶え絶えの様子で呟き、女の子を睨む。
しかし、その顔は滑稽なほど弱々しい。
必死に刺し傷に手を添えて、少しでも出血を抑えようとしているが、そんなものはただの気休めでしかなく……いや、気休めにもならない。
「ごぶっ!」と口から血を吐き散らす綾野。
同時に、想像を絶するような激痛が身体中を駆け巡ったのだろう。弧を描くようにして、身体を反らしながら、必死に抑えていた傷口から手を放す。
その途端、傷口から、さらに多くの鮮血が溢れ出した。
そんな綾野を見下ろす女の子。
「あんたが……あんたさえ、いなければっ!!」
女の子は力の限り、叫び――握り締めていた包丁の刃先を綾野に向ける。
「死んじゃえ!」
俺は思った。
ヤバい……これは本当にシャレにならないぐらい、ヤバい……!
思いもよらない出来事を目の当たりにして、俺は驚き、腰を抜かしてしまう。そのまま地面へと尻餅をつく。
「た、助け、なきゃっ……」
動揺のあまり、どもりまくる。
それでも、綾野を助けなければと思い、必死に身体を動かそうとするが――俺の身体は微動だにせず、ピクリとも動かない。
動け……動けよっ! おいっ!
なんで動かないんだっ! 自分の身体なんだぞっ!?
頭ではわかっているのに身体は動かない。
まるで、頭から下が最初から存在していないかのように動かない。
おかしくなったのは頭じゃなくて、それより下の身体の部分だった。
それでも、俺はありったけの勇気を振り絞り、自分を奮い立たせようとする。
動けっ! 動けっ! 動けっ! 動けっ! 動けぇぇぇぇっ!
早く動けよっ、俺の身体っ!!
人の命がかかっているんだぞ!?
だけど……やっぱり、どんなに足掻いても俺の身体は動いてくれない。
なんで……なんで、動かないんだよっ! なんで、動けないんだよっ!
綾野が死にかけているんだぞ!?
頼むから動いてくれよ……お願いだからっ……!
だけど。
どうしたって……俺の身体は指一本動きはしなかった。
「ゃ、ゃめ、ろっ……!」
自分では力強く叫んだつもりだったが、実際に出たのは蚊も殺せないような綾野の声に負けずとも劣らない弱々しい声だった。
そして、そんな俺の言葉は、もちろん、女の子の耳には届いていない。
俺は、もう一度、叫ぼうとして。
そのとき――自然の音が鳴った。
茂みの草を掻き分ける音。
野良猫が俺のすぐ近くの草叢から飛び出して、綾野と女の子を横切り、素早く走り去っていく。
「!?」
「……!」
「……ん?」
三者三葉に反応する。
このとき、ようやく綾野と女の子は俺という傍観者の存在に気が付く。
「な、なん……で、いっ、るのよっ……!」
「……誰なの、あなた?」
綾野が俺を見て驚いているのに対して、女の子は俺のことをさして興味もない様子で見つめる。
俺は必死になって勇気を振り絞り、女の子に食らい付く。
「や、やめろよ……!」
腹から大声を出して、女の子をけん制しようとする。
自分でも、今、俺はどれくらい大きな声を出すことができているのかはわからない。
でも、足が動かないなら……せめて、声だけでも……!
「それ以上、綾野に手を出すな……!」
「…………」
「もし、次に綾野のことを傷付けたら……!」
「……傷付けたら、どうするの?」
俺を見つめる女の子の眼差しが微妙に変化する。
俺の心の奥底を覗き込まれているような、そんな奇妙な眼差しだった。
「そんなこと、したら……俺は絶対にお前のことを許さない……!」
「…………」
「だから……早く、綾野から離れろ……!」
「ふーん。そっかぁ……なるほどねぇ……」
再び、俺を見つめる女の子の眼差しが変化する。
まるで路傍の石を見つめるかのような、眼差しだった。
なんとなく、思った。
女の子は俺の本質を見抜いている。
精神的に脆いかどうかはさておき……きっと元々の彼女は頭の回転が速く、察しがいい性分なのだろう。もう少しだけ違う人生を歩んでいれば、あるいは……また違う結末があったかもしれないに。
そんなことを思い、勝手に女の子に同情を寄せる。
「…………」
やがて、女の子は無言のまま、包丁を握りしめていた腕を下ろす。
あ、諦めてくれたのか……?
俺は一瞬、気を抜いて――安堵してしまった。
その次の瞬間、女の子は下ろしていた腕を再び振り上げては綾野に振り下ろす。
「!?」
やめろ!?
そう、言いたかったのに言えなかった。
声を出す暇さえなかった。
「がぁっ……!」
濁声のような悲鳴。そして、その声も、また、すぐに豹変した。
「っう……あっ……がっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!?」
女の子はもう一度、綾野を刺した。
最初に刺したところと同じところ……傷口に深く包丁を食い込ませた。
「~~~~~~!」
もはや言葉にならないような悲鳴をあげる綾野。
その声を聞いて、俺は、
「やめろぉ!」
と、ようやく、叫ぶことができた。ようやく、それだけはできた。
だけど、女の子は俺の言葉を無視して、綾野の顔に自身の顔を近付ける。
お互いの唇が接触してしまいそうなほどに顔を近付けてから、ただ一言、
「ひとりっきりの最期じゃなくて、よかったわね」
とほざいたのが、俺の耳にも届いた。
「あっ、ん、たっ……!!」
「じゃあね。さようなら」
「!?」
そして、すぐさま彼女の身体に突き刺さった包丁を力任せに引っこ抜く。
包丁に付着していた真っ赤な鮮血が空中を舞い、2人の周囲に飛び散る。
地面に弧を描いたかのような染みができる。
2人の着ている服に斑点模様の染みができる。
2人の顔に鮮血が降りそそぐ。
綾野は言葉にならない悲鳴をあげて、泣き叫ぶ。
女の子はそんな綾野を見て、満足そうに嗤い――そのまま、走って逃げてしまった。
俺のことを見ることもなく、
俺のことなど、歯牙にもかけず、
俺のことを相手にすることもなく、
女の子は去って行ってしまった。
我に返った俺はすぐさま綾野の元へと近付く。
パニクるあまり、女の子を追いかけるという選択肢や警察に連絡したり、救急車を呼ぶという選択肢など思い付かない。
俺は未だに動かない自身の足に見切りを付け、地べたに這いつくばるようにして綾野の元へと駆け寄る。
ようやく、彼女の元へと辿り着き、真っ赤な血溜まりに沈む綾野のことを抱き抱えては必死に介抱する。
自身の服や体が汚れることなんて、気にもならなかった。
俺は必死に声をかける。
「あ、綾野さんっ!? 大丈夫っ!?」
「大丈夫に見えるかしら……?」
喘ぐような息遣いで、皮肉屋な表情で、力なくうなだれたまま笑い、聞こえるか聞こえないかほどの小さな声で返事を漏らす綾野。
「しっかりしろっ!? 気を確かに持つんだっ!?」
自分でも無理難題を言っていることはわかってる。
喋ることができないくらいに痛くて、苦しいことはわかってる。
……わかってる。
どうみたって……もうっ、手遅れだということはっ。
だけど、諦めることなんて、できない。
俺は往生際悪く、綾野のことを懸命に話しかけては励まし続けた。
「ごふっ!!!」
綾野の口から出た吐血が俺の顔にかかる。
そして……綾野は儚く微笑み、いじらしく呟いた。
「これで、ようやく……」
「なんだっ? どうしたっ? これで、ようやく……なんなんだっ!?」
「これで、ようやく……ラクになれるわ……」
「!?」
綾野の言葉を聞いて、俺は言葉を失う。
「……あの子に感謝しなくちゃっ」
彼女はいつから求めていたんだろう。
「生きていたくないのに死ねないのは……地獄だったからっ……」
自分を見てくれる人よりも、自分を終わらせてくれる人のことを。
「これで、ようやく……本当に、自分のことを終わりにできるわ……」
綾野を抱き抱えていた俺の掌には彼女の血がこびりついており、真っ赤に染まっている。だけど、その血は乾き、固まる前に新しい血で上塗りされてしまう。
どうみたって……生死にかかわる量の出血だっ。
「……そっ、そんなこと、言うなよっ!!」
「!?」
虫の息で、弱々しく、俺の顔を見上げる綾野。
彼女の目には光がなくて、生気がなくて、暗い穴凹のような目のままだった。
それでも、俺は必死に言葉を紡ぐ。
「自分の人生が地獄だなんて、知らねぇよっ!! そんなのは誰だって、みんな、一緒だっ!!」
自分の人生が苦しいのは、みんな、一緒だ。
生きてれば、誰だって、つらいときや苦しいときがあるんだ。
それでも、みんな、歯を食いしばって……努力して……必死に頑張って……生きているんだ。
幸せなだけの人生なんて、どこにもないんだ……!
そして。
止まない雨がないように、人の人生だって、地獄がずっと続いていくわけじゃない。
地獄だけの人生なんて、どこにもないんだ……!
「お前の人生はこれからだっ!」
「!?」
「お前の人生は地獄だけじゃないっ!! これから先、楽しいことだって、必ず、あるっ! 仲田さんみたいな友達だって、必ず、できるっ! 綾野のことを本気で愛して、見てくれる人だって、必ず、できるっ!」
「…………」
「綾野が幸せになるのはこれからだっ!!」
そして、俺は――自分の想いを彼女に伝え続ける。
「いや……俺が絶対に幸せにしてやるっ!!!」
綾野は暗い穴凹のような目で俺を見つめながら、言葉を紡ぐ。
「な、なんで、あなたは……そこまで私のことを……?」
「……好きなんだっ! 俺は綾野愛花のことが、ずっと好きだったんだっ!」
「…………」」
目を大きく見開く綾野。
ああ、こんなときに俺はなにを言っているんだ。
告白なんて、してる場合かよ。
それじゃなくても、もう、すでに一度、彼女に拒絶されているのに。
だけど……。
それでも、俺の口は止まらない。
「小学生のとき、綾野が転校してきたときから、ずっと、ずっと好きだったんだっ……!」
一目惚れだった。
世界にはこんなに綺麗で可愛い女の子がいるのか、と思った。
コンクールの会場の裏に隠れて、ひとりっきりで泣いている綾野を見て、その想いに気が付いた。
「だから……」
だから――死なないでくれよ……。
だから――逝かないでくれよ……。
「……じゃあ……」
長い沈黙の中で綾野は言った。
「じゃあ……なんで、なんで……私のことを守ってくれなかったのよ……!」
「!?」
彼女の顔が絶望にまみれる。
「どうして、あのとき、私を見てくれなかったのっ!?」
その顔は、どこまでも煮え切れず、一度は諦めることができたけど、それでも、やっぱり、諦めきれず、複雑で、もう、どうしようもないくらいに灰色な顔だった。
「どうして、まだ、やり直しができるときに私のことを見てくれなかったのっ!?」
綾野が再び、吐血する。
「綾野さん!?」
そして最期に――
「いやぁ……死にたくないっ……!」
だけど、もうなにもかもが手遅れで――
綾野はそのまま目を閉じて――――意識を手放した。
「…………」
「あ、綾野、さん……?」
綾野は動かない。もう起きない。もう二度と目を覚まさない。
そのことに気が付いたとき――俺は泣いた。
ただ、ひたすらに泣き叫んだ。
モノと化した綾野を強く抱きしめながら……。
初めて、彼女を抱きしめてあげることができた。
でも……次はもう二度とない。
初めてがこれで……しかも、これが最後だなんて……。
こうして、綾野愛花という女の人生は終わった。
「……ちくしょうっ!!」
俺は、ただ、ひたすらに泣き喚く。
「なんでだよっ!」
涙が止まらない。
「どうしてだよっ!」
嗚咽が止まらない。
「なんでっ、どうしてっ、俺はいっつも、なにもできないんだよっ!!!」
こんな自分のことが、嫌でしょうがなかった。
いつも、口だけで行動できない。
いつも、思うだけで、なにもできない。
いつも、努力できなくて……あとで、必ず、後悔する。
そんな自分のことが、嫌で嫌で仕方がなく……大嫌いだった。
「……嘘じゃねぇかっ!」
俺は仲田さんの言っていた言葉を思い出す。
「人生はいつだってやり直しがきくなんて……そんなの嘘じゃないかっ!!」
今更、もう、やり直すことなんて、できない。
死んでしまった今となっては、今更もう遅い。
俺は仲田恵理子のことを呪い、恨み、続けた。
「綾野っ! 綾野……!」
彼女を抱きしめながら、彼女の名前を呼び続ける。
俺は心の底から思った。
やり直したい。
やり直したい、やり直したい、やり直したい。
人生をやり直したい。
綾野の人生を変えてあげたい。
助けてあげたい、守ってあげたい、幸せにしてあげたい。
本気で、そう思った。
そのとき――。
突然、ジャケットのポケットの中が光った。
「!?」
俺は慌ててポケットに手を突っ込み――それを取り出す。
「これはっ……!」
光っているのは指輪だった。仲田さんから貰った指輪。
指輪が放つまばゆい光の輝きは留まることを知らず、強くなる一方だ。
なんなんだっ!?
突然の出来事に驚愕してしまう。
光の三原色が眩い光を放ち、重なり、真っ白に輝く閃光が俺の視界を遮る。
いったい、なにが起きているんだ!?
そう考える瞬間には、もう自身の視界は全て閃光に覆われて、なにも見えなくなる。
やがて、徐々に視界が狭くなっていく。
少しずつ、意識まで遠退いていく。
な、なにがどうなっているんだ……!?
俺はわけのわからないまま、
やがて、意識を失った――
…………。
「よっしゃー! これで卒業するまでは同じクラスだな!」
「えー! また、あんたたちと同じクラスのなの? 最悪なんだけどー!」
「うるせぇ、俺だって、お前と一緒なのは嫌だよ! なんで、家が隣なうえに通学の班も一緒で、しかも、クラスまで一緒なんだよっ! お前の顔なんて、いい加減、見飽きたわっ!」
「それはこっちのセリフよっ! いい加減どっか行ってよね!」
「お前らって本当に仲がいいよなぁ。模範的な幼馴染じゃん?」
「「仲良くないから! あっちが付いてくるだけ!」」
「……やっぱ、仲良いじゃん。幼馴染っていうか、もはや夫婦じゃん」
…………。
「ねぇねぇ、昨日のドラマ見た?」
「見た見た! 主演の俳優がすっごく、かっこよくない!」
「そうそう! 話もすっごく面白くて、ドキドキする展開だったよね!」
「……も、そう思うでしょ?」
「え……あ、うんっ。そうだねっ。すっごく面白かったっ」
「でしょう!」
「う、うんっ。とくに……のところがよかったよね?」
「そうそう! そこがいいのよね! やっぱ、あんた、よくわかってるじゃんっ!」
「う、うんっ……」
……んっ。
「なぁなぁ、昨日のアニメ見たか!」
「見た見た! 最後に出てきた奴って、敵かな? 味方かな!」
「超ワクワクする展開だったよな!」
「俺、兄ちゃんが、あのアニメの原作漫画買ってるから、そのあとの展開知ってんだよね?」
「マジで! あのあとって、どうなんの?」
「えっとねー……」
「あんたたち、未だにアニメなんて見てるの?」
「あ? なんだよ、織部? なんか文句あるのかよ?」
「いや、べつにぃ。ただ、男子って、本当にガキだなぁって、思っただけよ」
「うっせぇ! お前は黙ってろ、ブス!」
「はぁ!? なんですって!」
「ブスにブスって言ったんだよ!」
「ブスって言って、なにがわるい!」
「あんたたち、ぶっ殺すわよっ!」
「ちょっと男子、言いすぎよ!」
「たしかに麗奈は女の子にしては肩幅があるし、顔も大きいけど、べつにそこまで顔が悪いわけじゃないわ!」
「そうよ! 私が中の上だとしたら、せいぜい、麗奈は下の上よ!」
「それに麗奈が傍にいてくれるだけで、私たちは相対的に顔が小さく見えるんだから!」
「そうよ! それに最悪、大人になったら整形しちゃえばいいのよ!」
「あんたたちも、ぶっ殺すわよっ!」
…………んっ、うーん……。
「みんな、なんの委員会に入るか決めた? 私は絶対、放送委員がいい!」
「あ、私も放送委員がいい! 持ってるCDを流したい!」
「私は去年と同じで図書委員になろうと思ってるわ」
「私はなんでもいいけど、去年やってた飼育委員だけは絶対にいやっ。放課後も、うさぎの面倒をみなくちゃいけないし、服が汚れちゃうからっ」
うーん……。
「そういえばさぁ、今日、新しい転校生がこの学校に来るんだって」
「え、私たちのクラスに?」
「それはわかんないけど……ほら、今日って始業式じゃん? それに合わせて、他の学校から転校してきた子がいるらしいよ?」
「へぇー、そうなんだ」
俺は、目を覚ました。
ゆっくりと起き上がる。
目の前には黒板と小さな机。あと小学校高学年くらいの子供たち。
右を向けば、ボロボロに傷んだ壁と廊下に繋がる横開きの扉、そして小さな机と子供たち。
左を向けば、窓と小さな机、そして子供たち。
後ろを向けば、ボロボロに傷んだ扉の外されたロッカー、そして子供たち。
黒板に目を向ける。黒板の隅の日付の欄には『4月……日』と書かれている。
さらに、黒板の上には、『みんなで明るく、楽しい、立派な6年生!」というポスターが張られている。
「ここは……どこだ……?」
俺……なにをしていたんだっけ?
まだ、半分寝惚けているのか、靄がかかったかのように頭が上手く回らない。
なんとか、目を覚ますより以前の記憶を思い出そうとする。
たしか……公園で――綾野が刺されたっ!
ようやく綾野のことを思い出し、おもわず、立ち上がる。
……なにから立ち上がったんだ?
心を落ち着かせながら、自分が座り、突っ伏していたものを見る。
小さな机だ。
まるで小学生ぐらいが教室で利用しているようなボロボロの傷んだ机。
「な、なんだよ、これ……!」
混乱しながら、もう一度、周りを見渡す。
四方八方には小学生くらいの子供、子供、子供……。
よくみると、後ろのロッカーには赤や黒のランドセルやリュックが入っている。
後ろにいた子供たちの会話が聞こえる。
「俺たちの担任の先生って、誰になるんだろうな?」
「さぁ、俺はわかんない」
「また新しい先生がまた何人か赴任してきたみたいだし、知らない人が先生になるんじゃないか?」
「うーん、誰になるんだろう。男の先生かな? それとも女の先生かな?」
「俺は男の先生がいいな」
「なんで?」
「そしたら、一緒にサッカーができるじゃん」
「俺は女の先生がいいな。怒っても、あんまり怖くないし」
「怒られること前提かよ……」
「とりあえず、知らない先生だったら、先生が教室に入ってくるとき、教室の扉に黒板消しを仕込んでおこうぜ?」
「それで反応を窺うっていうことか?」
「そーいうこと!」
「まぁ、誰になるか楽しみだな」
その子供たちの中に、見知った人物がいた。
「さ、さ、さくら、ぎ……?」
「ん?」
目の前の子供が、俺が見ていることに気が付き、手を振ってくる。そのまま、グループの輪から抜けて、俺のところまで来る。
「よぉ、杉崎! お前とも同じクラスになれたな」
「お、お前……ずいぶんと背が縮んだな……?」
「え、そうか? むしろ春休み中で背伸びたと思うんだけど」
いや、縮んだよ。それも、ずいぶんと。
今年で28歳になる大の大人が、まるで小学生の子供みたいだ。
「まぁ、とにかく、6年生になってもお前と一緒のクラスでよかったぜ! 1年間、よろしくな!」
「6年生……?」
おい……嘘だろう…?
夢……なんだよな……?
夢に決まってる……。
「お前、寝惚けてるのか? 俺たち、今日から6年生じゃねえか」
今日から6年生!?
まさか……!
俺は慌てて教室の窓に近付く。
まさか、まさか、まさか……!
窓にガラスに映る自身の顔を見つめる。
「!?」
あまりの衝撃に絶句してしまう。
嘘だ……これは夢だ……幻覚だ……そんな、ありとあらゆる可能性が頭の中によぎる。
だけど……今、目の前のガラスに映る俺の顔はあまりにも現実的でリアルで……子供の頃の俺にそっくりだった。
な、なんだよ……これ!
心の中で叫び、教室を振り返る。
間違いない……ここは小学校6生の頃の俺のクラスだ。
そして――
俺は小学校6年生……12歳の子供の頃の自分に戻っていた。
「あ! そーだ!」
彼女が振り返り、口を開く。
「言い忘れてたことがあったわ!」
「なに?」
彼女は満面の笑みで微笑み、そして――。
「一度目の人生でなにもできない人が、二度目の人生ではなにかをできるなんて……そんな都合の良いことは思わない方がいいわよ!」
なにかをできる人は一度目からできる。
だから、人生は1度きりでいい。
一度きりの人生なのに努力せず、頑張れなかった人は、二度目の人生でも、どうせ、努力できないし、頑張れない。一度目の人生とまったく同じように、なにもできない人としての二度目の人生を生きる。
だから。
一度きりの人生だからこそ、報われるかもわからない努力をし続けることに意味はあるんだ。
それを俺に忠告してきた。
脇役人生異常あり!?
第一章 プロローグ 了




