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脇役人生異常あり!?  作者: 弱者
 第一章 プロローグ
12/44

12話:ファック・マイ・ライフ!⑫

次話でようやくヒロインが登場します。

ここからは一直線で物語が進んでいきます。


「ところでさぁ」


 仲田さんがわざとらしく軽く咳ばらいをして、居住まいを正す。


 これは儀礼だ。

 これから大切なことを話すという隠喩を込めた儀礼。


 俺も彼女に倣い、姿勢を正す。



 空気が少しだけ変わったような気がする。先程までの間の抜けた温かな空気ではなく、どこか(おごそ)かで緊張にも良く似た不安を感じさせる張り詰めたような空気。


 若干の違和感と居心地の悪さを感じる空気のなかで――彼女は切り出した。


「愛花についてなんだけど」

「うんっ」


 相槌を打つ傍ら、無意識に姿勢が前のめりになる。


「みんなには隠してたし、話したこともなかったんだけど……じつは私、愛花と今までずっと付き合ってたのよ」


 静かに淡々と話す仲田さん。

 しかし、そんなことは予見していたことなのでべつに驚きはしない。


「あ、もちろん、友達としてね」


 笑いながら、そんなつまらない冗談を付け足してくる。


 もちろん、そんなことはわかってる。どうでもいい。


「だから、私、愛花が今どこでどんな風に暮らしているのか、一応は知っているわよ。もちろん、あの子の連絡先も知ってる」

「……一応?」


 その微妙な言い回しに引っかかる。


「私も愛花のことをなんでも知ってるわけじゃないわ。あの子、けっこう秘密主義なところがあるし」


 そこまで言ってから、仲田さんはただ一言、


「もっとも、もうここずっと最近はあの子と連絡がつかないんだけどね」


 と静かに語る。


 その表情は()()()()()()()()()


「SNSでメッセージを送っても既読が付かないし、携帯に電話しても繋がらないのよ」

「それって、つまり……」


 思い付く結論はひとつしかない。


 ()()()()、ということだろう。


 仲田さんは尚も淡々とした様子で続ける。


「まぁ、仕方ないわよね」


 と。


「いくら仲が良いっていっても、私もあの子も、今はもうお互いに違う道を歩んでいるんだもん。私への考え方や感じ方だって変わるわ。愛花は話してくれなかったけど、本当はもう私とは一緒にいたくなかったのかもしれないわね」


 と。


 彼女の言葉にはまったくと言っていいほどに、寂しいとか悲しいという感情が含まれていない。


 

 俺はおもわず、聞いてしまう。


「怒ってないの?」


 無言のまま、きられたという事実に。


「べつに怒ってないわよ。あの子がもう私に会いたくないと思っているなら、それはもうどうしようもないことだし、仕方のないことだわ」

「寂しくはないの?」


 友達だと思っていた人から、拒絶されたのに。

 彼女の気持ちも聞けないまま、終わったのに。


「しょうがないわよ。だって、他人の気持ちなんて、わからないもの。いくら、その人のことをわかりたいと思う気持ちが自分自身にあっても、その人が相手のことをどう思っているかなんて、わからないもの」


 そう言って、彼女はカップに刺さったストローを咥えて、アイスコーヒーをすする。


 コーヒーの黒の中から、氷の無色透明が顔を出す。


 まるで人のようだな、と思った。


 心の中には、他人には言えない本音が隠れている。



 酷く達観した表情を浮かべながら、彼女はつまらなそうに話す。


 彼女の顔は言っていた。


「人付き合いなんて、そんなものよ」


 関係が壊れるときは壊れる。


「人って、そんなものよ」


 なにも言わずに離れていく。


「でも……それでいいのよ」


 そうなりたくなかったら――努力しなさい。


 と。

 


「だからこそ、相手のことをわかろうとすることには意味があるし、とっても大切なんじゃないかしら?」


 おもむろに俺の顔を見て、小さく微笑む。


「今の杉崎くんみたいにね」

「…………」

「知りたいんでしょ? 愛花のこと」

「……ああ」


 知りたい。綾野のことを知りたい。わかりたい。


「教えて欲しいんだ……綾野のことを」


 綾野は、今、どこではなにをしているんだ?


「なぁ、頼む、仲田さん……教えてくれよっ」

「その前に、聞いておきたいんだけど」


 俺の言葉を遮り、断りを入れる仲田さん。


「杉崎くんは、どこまで知ってるの?」

「なにを?」

「もちろん、愛花のことよ。小学校を卒業したあとのあの子のことを、どこまで知ってるの?」

「じつは……なにも知らないんだっ」

「そうなんだ。じゃあ、教えてあげるわ」


 仲田さんはフフンと鼻を軽く鳴らしながら言った。 



 綾野愛花の歩んできた人生を、と。



 俺はゴクリと生唾を飲む。


「昨日、私が、愛花も高校を退学しているって、話したのを覚えているかしら?」

「ああ。覚えてる」

「まずはそこから話さなきゃいけないんだけど……当時、愛花には好きな人がいたのよ」

「好きな人?」


 おもわず聞き返してから、もう一度、口を開く。


「誰?」

「愛花の幼馴染よ。私や愛花と同じ高校に通う同い年の男の子」

「幼馴染……どんなやつだったの?」


 気にならないといえば、嘘になる。


「うーん、そうね……私から見て、彼はすっごいイケメンで恰好良かったわ。身長も高かったし。それに頭も良くて、学校の成績はいつも学年トップクラスだったし、運動神経も抜群でスポーツも上手かったわ」

「へぇ……」

「しかも、大会社の社長の一人息子」

「すげぇな……」


 そんな少女漫画に出てくるような“王子様”が本当に実在するんだな。


「ええ。だから、女子からすっごく人気があったし、かなりモテてたわね」

「だろうな」

「そりゃあ、そんな男の子が幼い頃から身近にいるんだもん。愛花も好きになるわよね」

「ふーん……」


 自分から聞いておきながら、適当で気のない返事をしてしまう。


 自分より優れた男の話を聞いても面白くないから。


 そして、なによりも。


 綾野の好きな男の話だと思うと……面白くないから。



「しかも――その男の子は愛花の許嫁、婚約者だったみたいよ」



 許嫁?

 婚約者?


 創作物(フィクション)の中でしか聞いたことのない言葉だ。


 俄かには信じがたい。


「マジで?」

「ええ。幼い頃に親同士が2人の婚約を取り決めたんですって」

「すげぇな……」

「まぁ、お金持ちの家なら、今でもある話なんじゃないかしら?」

「そうかな……現実味がなさすぎて、俺にはよくわかんないや」

 

 そして、その現実味のなさこそが、婚約者の彼も含めて、綾野が、俺のような一般人とは違う世界で生きる“お金持ちのお嬢様”なのだということを痛感させられる。



 そして、俺はあることに気が付く。


 さっきの話のなかで仲田さんは言っていた。



 愛花には好きな人が()()、と。

 愛花の許嫁、婚約者()()()、と。



 彼女の言葉は過去形だった。つまりは過去の話だということ。



「その婚約者の彼とは……?」

「…………」


 仲田さんはなにも言わずに口を閉ざしてしまう。


 若干の沈黙の後、やがて、仲田さんはポツリと呟く。


「本当に彼のことが好きだったんでしょうね……私の言うことにも聞く耳を持たなかったし」

「……なにかあったの?」

「後で話すわ」


 俺の質問を一旦横に置いて、彼女は話を続ける。


「愛花の友達である私が言うのもなんだけど……あの子、性格はともかく、顔はよかったから、(はた)から見るにはお似合いの2人だったわ。まぁ、私、学校であの2人が一緒にいるところをほとんど見たことがなかったけど」

「え……2人は婚約してたんでしょ? 一緒にいなかったの?」


 在籍するクラスが違うなら、ともかく……。


 登下校や昼食の際にはいつも一緒にいる。

 お互い、一緒にいたいから、一緒にいる。


 それが本来の2人のあるべき姿だと思うんだけど。

 


「私から見て、学校で愛花が彼と一緒にいることはほとんどなかったわね。私の知る限り、2人はいつも別々に行動していたわ。むしろ、一緒にいる方が珍しいぐらい」

「婚約者なのに……なんで?」


 周りの人たちから噂されるのが嫌だったから?

 それとも、実はあまり仲が良くなかったから?

 学校では婚約していることを隠していたから?


 当時、周りの人々も考えていたであろう様々な憶測を考える。

 その傍らで、仲田さんは俺に告げる。


「彼の隣には、愛花が一番嫌いな女の子がいたのよ」


 いつも、ね。


 そう、言葉尻に付け加えられる。



 仲田さんの告白が、俺の耳をそばだてる。


「大好きな彼の隣には、いつだって大嫌いな女の子がいて……でも、彼はその子に気を許している。大好きな彼の寵愛を、自分ではなく、自分が大嫌いな、その女の子が一手に受けている」

「…………」

「だから、愛花は彼と一緒にいなかったんじゃないかしら?」

「誰なの? その綾野が大嫌いな女の子って?」

「妹よ」


 即答される。


「妹?」


 即答で聞き返す。


「そう、妹。年齢がひとつ年下の愛花の妹」



 妹。


 その妹が自分の代わりに彼の傍にいる。大好きな人の傍にいる。

 


 それって……。



「その妹が……いつも愛花の婚約者のそばにいたってことだよね?」

「ええ。そういうことになるわね」

「それって、妹も彼のことが好きだったっていうことだよね?」

「ええ。そういうことになるわね」

「……()()()、妹のことが大嫌いなんだよね?」

「ええ……そういうことになるわね」

「それって、つまり……」


 言いかけて、仲田さんが先に口を開く。


「まぁ、いわゆる三角関係っていうやつね」


 俺が思ったことを代わりに代弁してくれた。



 三角関係。


 姉は彼のことが好き。

 妹も彼のことが好き。


 じゃあ――彼は誰が好き?


 婚約者である姉? それとも、婚約者の妹?



「……彼は誰を選んだの?」


 だけど……その答えはもうすでにわかっていたのかもしれない。


「妹よ。彼は愛花じゃなくて、妹を選んだのよ」


 やっぱり……俺の予想は当たっていた。


「彼は幼い頃から姉よりも妹のことが好きだったみたい。残念ながら、愛花――お姉ちゃんには最初から勝ち目がなかったのよ」

「最初から……報われない話だね」

「でも、愛花はどうしても2人の仲を認めることができなくて……」


 おもむろに遠い窓の外を眺める。



「本気で彼のことが好きだったんでしょうね。本気で妹に嫉妬したし、憎んだんでしょうね」



 まるで、そのときのことを思い出すみたいに。



「愛花は――」




 俺は彼女の言葉に、






「――妹のことを階段から落とそうとしたのよ」






 言葉を失った。




「間違えたわ。訂正。未遂じゃないわ。妹のことを階段から突き落としたのよ」


 ケラケラと笑いながら話してくれる仲田さんが少しだけ怖い。


 なんで、そんなに軽い口調で簡単に話せるんだよ。


「まぁ、いわゆる、痴情のもつれっていうやつよね」


 また、俺が言えなかった言葉を臆面もなく代弁してくれる仲田さん。


「それで妹は……?」


 頭の中で最悪の結果を想定してしまう。


「けっこう大きな怪我はしたみたいだけど、命に別状はなかったそうよ。突き落とされたときも意識はあったそうだし」

「そうなんだ……よかった」


 おもわず安堵の溜息を吐く。


 自分は綾野の妹と会ったことはないが、妹の怪我が大事に至らずに良かったと、素直に胸を撫で下ろす。


 ……いや、本当はホッとしているのかもしれない。


 だって、もしも、自分の好きな女の子が人の命を奪う犯罪者だったとしたら……そう考えるだけで、そんな女の子のことを長年想い続けていた自分に恐怖してしまう。


「まぁ、それで当たり前だけど、そのことは学校でも大問題になったし、彼女たちの親にも知られることとなったわ」

「もしかして……それが原因で?」

「そう。それが原因で愛花は学校を退学させられたわ」

「そうだったんだ……」

「それからしばらくの間は、学校でもすっごい噂になってたわ。まぁ、すぐにその噂も聞かなくなったけど」



 人の噂も七十五日とは言ったものだ。



「妹の方は?」

「彼に想いを告げて、無事に付き合いだしたみたいよ。学校のみんなからも祝福されてたみたいだし、最初は反対していた両家の親も最終的には2人の仲を認めたそうよ。今ではもう結婚して、子供までいるそうよ」


 そこまで言ってから、仲田さんは、


「どう? 感動的なお話だったでしょ?」


 と、皮肉交じりに聞いてくる。


「どこがだよ……」


 これじゃあ、まるで綾野が悪役(ヒール)じゃないか。


「だって、妹は実の姉っていう、自分の運命の相手である彼の婚約者っていう、自分の幸せを邪魔する恋の障害を彼と一緒に乗り越えたのよ? 自分たちの仲をなかなか認めてくれない両家の親たちに、自分たちの恋を認めさせたのよ? とっても感動的なお話だし、泣けるじゃない」

「綾野にとっては救いのない話だ……泣けないよ」


 それじゃあ、まるで綾野が当て馬じゃないか。


「そうかしら?」


 仲田さんは不思議そうな表情を浮かべていたが、やがて、少しだけ真剣な様子で声のトーンを落としながら口を開く。


「すっごい不謹慎な話だけど、愛花が妹を階段から突き落としたのを見て、私、初めて愛花に興味を抱いたのよね」

「興味? どうして?」

「だって、いくら好きな男を妹にとられたって……そこまでする?」

「…………」

「妹のことを殺そうとしたりする?」

「……まぁ、普通はそこまでしないよね」

「そうでしょう? はっきり言って、異常よ。異常」


 そう吐き捨てながら、強い声で。


「男なんて、代わりは他にいくらでもいるのにっ」

「………」


 なんて答えればいいのかわからなかった。

 なにも言えないでいる俺をよそに彼女は夢中で持論を語る。


「あのときのあの子……彼が自分を見てくれない人生なんて、意味がないっていう顔をしてたわ。本当にバッカみたいっ」


 先程よりも興奮した様子で。



「そんなことで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()っ」


 

 強い怒気を孕ませながら。

 


「あのとき、私、愛花に言ったのを覚えているわ」

「……なんて言ったの?」

「『昔の男を引きずるのは止めたら?』って。『自分を好きでいてくれない男よりも、自分を好きでいてくれる男のことを選んだら?』って」


 呆れながら、


「だって、そうでしょう? 男なんて、代わりはいくらでもいるじゃない?」


 憂いながら、


「血の繋がった家族じゃないのよ? お腹を痛めて産んだ子供じゃないのよ?」


 怒りながら、


「本当に……私には理解できないわっ」


 心底、羨ましそうに、


「どうして……」



 彼女は言った。



 どうして、自分が好きな人しか選べないのかしら。

 どうして、自分を、好きな人を選べないのかしら。


 どうして、自分を見てくれる人のことを見てあげられないのかしら?


 どうして――妥協することができないのかしら?


 

 仲田さんの目が俺を捉えて、離さない。


「私、おかしなことを言ってるかしら?」

「いいや……」


 たぶん、合っているし……それが正しい。

 


 だけど……。 



「それでも……諦めることができなかったんじゃないかな?」

「どうして? 自分を見てくれない人を想い続けるなんて……そんなの、つらくて、苦しいだけじゃないっ?」

「それでも……どうしても駄目なんだよ」


 頭では理解できても、それを受け入れることができないんだ。

 

「どうしてっ? ねぇ、どうしてなのよっ?」

「…………」

 


 だって……理屈じゃなくて、()()()()()()()()()()()



 不器用だということは自分が一番よくわかっている。

 

 でも、そうやって、感情でしか動けないから……だから、いつまで経っても子供のままなんだ。

 

 綾野や俺みたいな人たちは。






・・・・・






 ふと我に返ると、俺と仲田さんはお互いに購入した飲み物をすでに飲み干していることに気が付く。

 思えば、ずいぶんと長い時間を使って、色々なことを話したような気がする。


 仲田さんは喉の渇きを誤魔化すかのように氷の入ったカップをストローで混ぜる。どうやら、新しい飲み物を購入するという選択肢はないようだ。


「……まぁ、それで、私も学校の授業にぜんぜんついていくことができなくてさぁ。元々、学校をサボりがちではあったんだけど、ついに出席日数が足りなくて、高校を退学になったってわけよ」

「学校を退学したあと、2人はどうしてたの?」

「私は中学を卒業してからずっと1人暮らしをしていたから、そのまま自由気ままなフリーターになったわ。愛花は妹の件で家族とすっごく揉めちゃって、家を追い出されちゃったみたい」

「追い出されたって……」

「まぁ、いわゆる、親子の縁を切られたみたいよ」


 そっちの方が、よっぽど信じられなかったし、信じたくない。


 なにより、現実味がないと思った。

 そんなことって、本当にあるんだ……。


「それで愛花が私の住むマンションに転がり込んできて、なんとなく、そのまま一緒に暮らすようになったのよねぇ。とりあえず、生きていくにはお金が必要だから、私がたまに臨時で働いてた知り合いのお店で愛花と一緒に働き始めて……まぁ、かれこれ、そんな同居生活が5年ぐらい続いてたんだけど、私が元カレ……たぶん、そいつが天晴の父親なんだけど、そいつといざこざがあって、私、事故で長期間入院したのよ」

「たぶんって……」


 いろいろと思うところはあるけど、彼女のプライベートについては今は関係のないことので、スルーする。

 

 正直、とても気にはなったが。



「それで天晴の出産費だとか……まぁ、いろいろとお金がかかるようになって、ずっとフリーター生活をしていた私も、さすがに定職に就かなきゃいけないなぁって思うようになって、愛花と一緒に暮らしてたマンションを引き払って、別々に暮らし始めたのよ。愛花は私が入院している間に、自分で新しい仕事と住む場所を見つけてきて、そのまま今も1人で暮らしているらしいわ」

「ふぅん……」

「と、まぁ……ここまでが私の知ってる愛花の()()()()()()よ」

「わかった……話してくれて、ありがとう」

「気にしないで。それよりも、今度は私が聞く番だし」


 なにを、と聞く前に間髪入れず、仲田さんは俺に問いかけてくる。


「杉崎くんは今の話を聞いても、まだ愛花に会いたい?」

「…………」


 仲田さんは静かに俺を見つめる。まるで俺のことを値踏みするかのような目で。


 周囲に佇む俺たち以外の客の声が聞こえてくる。


 余計な雑音が耳に入り、俺の神経を邪魔する。




 今日、初めて、綾野のことを少しだけ知ることができた。

 小学校を卒業してからの、綾野のその後の人生を知って――正直、“重い”と思ってしまった自分がいる。


 生半可な気持ちで踏み込んでいい話じゃない。

  


 だけど……それでも俺は、やっぱり……。


「……会いたい」


 綾野に会いたい。


 会って、話がしたい。彼女に伝えたい気持ちがある。



 その想いはむしろ、さらに強まった。



「ふーん」


 また、彼女は笑う。

 つまらなそうに、面白くなさそうに。目だけは笑わずに。


「ねぇ、杉崎くん。昨日、私が言ったことを覚えている?」

「もちろん……」

「あのときは天晴が起きちゃったから聞けなかったけど……杉崎くんはさぁ、なんで愛花のことを知りたいの?」


 強い意志の籠った彼女の瞳が俺の顔を見つめる。冬だというのに背中がじっとりと汗ばんだ。


「そんなにも愛花に会いたい理由ってなに?」


 彼女の目が俺を捉えて、離さない。離してくれないし、逃がしてくれない。


「なんていうかさぁ、私は半端な気持ちで愛花に近付いて欲しくないのよ」


 俺は目を背けたいと思いながら――必死で目を合わせ、食らい続ける。


「これは完璧に私の憶測だけど……たぶん、愛花は私たち――小学校の頃の同級生となんて、再会したくないだろうし」

「…………」


 そうかもしれない……いや、そうだろう。


「昨日も言ったけど、単なる好奇心や興味本位で愛花に近付こうとしているなら――私、怒るわよ」


 その目は本気だった。

 おもわず、たじろいでしまう。



 それでも、俺はありったけの勇気を振り絞って、自らの感情を小さな声で……だけど、はっきりと吐露する。




「好きだから」




 綾野愛花のことが、今でも好きだから。




 それが、俺の嘘偽りのない想いだった。

 

「俺、小学生の頃、綾野のことが好きだったんだっ」

「ふーん」


 俺の言葉をじつにつまらなそうに聞く仲田さん。即座に、


「それで?」


 と聞き返される。


「好きだったから――まさか、ただそれだけの理由で愛花と会いたいの?」


 彼女が俺をなじる。 


「杉崎くんさぁ、今まで、愛花の連絡先を調べたり、今どこでなにをしているのかって、ずっと探してたの?」

「……いや、探してなかった」


 だから、綾野のその後の人生なんて、今日までなにも知らなかった。


「そんな人が、なんで今更、あの子のことを詮索するわけ?」

「…………」

「さっき言ってたよね? 小学生の頃、愛花のことが好きだった、って」

「…………」 

「もし、それが本当だったらさぁ、それって――」



 仲田さんの言葉が宙を舞う。



「――すっごく、気持ち悪いよ。なんていうか、ストーカーみたい」



 彼女の言葉が俺の胸を(えぐ)る。




 ……ああ、そうだ。そうだよ。


 俺は綾野のことをなにも知らなかったし、ずっと探してもいなかった。


 俺はただ、綾野のことが好きだっただけ。

 ずっと頭の片隅に小学生の頃の綾野が存在し続け、ずっと心の中で彼女に思いを寄せていただけ。



 ……つくづく自分でも思う。


 そっちの方が、よっぽど気持ち悪いよな。


 同時に、綾野のことを本気で尊敬する。

 なりふり構わず、自分の好きな人の為に動いたのだから。



 だから……だから、俺だって。



「……それでも俺はどうしても綾野に会いたいんだ」


 俺は必死に訴える。


「正直、綾野とはもう2度と会えないと思っていたんだ。……仲田さんが言うように、たぶん、綾野は俺たちとは会いたくないと思っているだろうし」


 事実、綾野は同窓会のグループチャットに参加していないし、誘われてすらいない。


「綾野は俺の知らないところで幸せに生きてると思ってた」


 俺とは住む世界が違うような“お金持ちのお嬢様”だったから。

 いや……そもそも、俺が綾野と出会ったこと自体、ただの偶然だったのかもしれない。


「綾野はどっかのお金持ちのイケメンとでも結婚して、子供を生んで、家族をつくって……幸せに生きてるんだと思ってた。()()()()()()()()()()()()()


 それなら、まだ素直に諦めることができた。


 でも、手が届くのかもしれないと思うと……欲が出てしまう。


「今日、仲田さんから綾野の話を聞いて、俺が勝手に思い込んでいたような幸せな未来を綾野が手に入れていないと知って……どうしても会いたくなったんだ」


 俺の創造していた未来よりも、ずっとつらく、救いのない現実のなかに彼女がいるのだとしたら。



 彼女を助けてあげたい。

 彼女を守ってあげたい。

 彼女を振り向かせたい。

 彼女を幸せにしてあげたい。


 そんな使命感のような身勝手な想いが、俺のなかに芽生えている。


「……()()を愛花は望んでいるのかしら?」

「そんなの関係ない」


 だって、綾野が幸せになれないなんて、おかしいじゃないか。

 


 俺の願いはただひとつ。



「俺は綾野に幸せになって欲しいんだ」



 ただそれだけだ。



「ふーん……そっか……」



 長い沈黙のあと、仲田さんは頷いた。

 少しだけ呆れた様子で苦笑して、目を笑わせながら。



「いいわ。愛花が今どこでなにをしているのか――教えてあげるわ」

「ほ、本当にっ!?」


 おもわず、前のめりになる。大声を上げてしまい、周囲の人々から好奇の視線を向けられる。だけど、そんな視線、今は気にならない。


「ええ。いいわ。だって……」


 小さな声で呟く。


「愛花に必要だったのは杉崎くんみたいな人だったのかもね……」

「え?」

 

 俺は彼女の言葉を聞き取ることができず、聞き返す。


「ううん、なんでもないっ」


 そう言って、仲田さんは笑った。


「それで、愛花のことなんだけど……今、あの子が働いてる店を教えてあげるわ。……といっても、私の知り合いに彼女が働く業界で働いていて、お店を持っている人がいるんだけど、その人のお店で働くの人たちから聞いただけで、私も実際に見たわけじゃないんだけどねぇ」

「そうなんだ。それで、そのお店は?」


 綾野の所在が気になるあまり、また気のない返事をしてしまう。


「銀座よ」

「銀座?」

「ええ」


 仲田さんは短く答え、一度口を閉じる。




 そして―― 






「愛花は、今、銀座で風俗(ソープ)嬢として働いてるわよ」






 その言葉の意味を理解して――俺は言葉を失った。

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