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脇役人生異常あり!?  作者: 弱者
 第一章 プロローグ
11/44

11話:ファック・マイ・ライフ!⑪


 JR品川駅に到着した。


 電車を降りて駅を出る。そこからしばらく歩き、駅構内とその周辺に存在していた人混みがまばらになるところまで離れると、目的地である喫茶店を見つけることができた。


「……ここかっ」


 目の前に立つ店を眺める。


 お洒落な学生や若者が利用する有名な全国チェーンの喫茶店だ。そして、仲田さんが待ち合わせ場所として指定してきた場所でもある。



 ふと、見上げると、天候が荒れてきていることに気が付く。


 駅からここまで歩く道中、空からしんしんと雪が降り続いていたが、どうやら、いよいよ本格的に激しく降るらしい。


 タイミングよく、真冬の凍てつく寒さを含んだ風が俺の身体を突き抜ける。


「寒っ……!」


 とっさに独り言を呟き、両腕で自身の胸を抱く。


「風邪を引きたくもないし、さっさと店に入ろうっ」


 俺は冷え切った体を震わせながら店の中へと入った。






 店内は暖房が利いており、暖かい。


 冷え切った体を弛緩させながら、仲田さんの姿を求めて、キョロキョロと見回す。



 仲田さんは、すぐに見つけることができた。



 ……それも、そのはず。


 なぜなら、彼女はずいぶんと印象的な服装をしていたから。



 お洒落なインテリアの店内、その店を利用する他の客たちもお洒落な服装をしている中にあって、彼女は異端としかいえず、ともすれば非常に場違いともいえるような服装のまま、何食わぬ顔で静かに店内の席に座り、スマホをいじっている。


 周囲の他の客たちが物珍しそうな表情で仲田さんを見ているのが見えた。


 俺は彼女に対する周りの目線に若干の恥ずかしさを感じながらも、彼女の元へと近付く。



「仲田さん、おまたせっ」

「あら、杉崎くんっ。昨日ぶりっ」


 スマホから視線を上げて、俺を見つめる仲田さん。


 席には彼女が買ったと思われるアイスコーヒーがひとつ。たぶん、サイズは一番小さなものだ。



「杉崎くん、なにか注文した?」

「いや、まだなにも頼んでない」

「じゃあ、飲み物ぐらいなにか頼んできなよ。けっこう長い話になるだろうし」


 長い話になる、という一言が耳に残った。


「……そうだね。飲み物だけ買ってくる」

「私はここで待ってるから」


 そう言うと、仲田さんはまたスマホに視線を向けながら、俺に向かって手をヒラヒラと振る。


 俺はカウンターでホットコーヒーを買い、それを受け取ってから、仲田さんの待つ席へと戻る。



 彼女の真向かいに座る。



 買ったホットコーヒーを一口飲むのと、ほぼ同時に仲田さんは自身のスマホをテーブルの隅に置いた。


 どうやら用件を終えたらしい。


「ごめんなさい。ようやく終わったわ」

「仕事の連絡?」

「ええ。午後も雪がやみそうにないから、午後は内面作業に変更するって、一緒に作業をする人たちに伝えたのよ」

「大変だね。仕事場から、ここまで来たんだよね?」

「そうよ。私の仕事場、すぐ近くだから。今はお昼休み中なんだけど、お客様との打ち合わせがあるって言って、脱げ出してきたのよ」

「そうだったんだ」


 なんとなく、2人して窓の外、店の外を眺める。


 外では相変わらず雪が降り続けている。


「雪……やみそうもないわね」

「そうだね。天候も荒れ始めているし、本格的に降り始めるかも」


 降り続ける雪を見つめながら、彼女は憂鬱そうに溜息を吐いた。


「まったく……雪のせいで今日は作業ができないわ」

「仕事の話?」

「ええ、そうよ。私の仕事って、いわゆる現場仕事だから、雨や雪が降ったり、風が強い日は仕事ができないのよ」


 仲田さんが現場で働くブルーカラーだということは一目見て、すぐにわかった。



 なぜなら――彼女はつなぎを着ていたから。



 俺は他の客と同じように彼女の風貌をマジマジと見る。


 灰色のつなぎを着ており、その上に防寒対策と思われるダウンジャケットを着ている。そのどちらもが泥や土埃で汚れている。


 彼女の服装は店の雰囲気にはそぐわず……単純に不潔だった。



 事実、店を利用しているスーツを着たホワイトカラーと思われる人々やお洒落な服を着た客はまるで汚らしいものを見るような視線で露骨に顔を歪ませている。

 店員に至っては席が汚れるのを危惧しているような顔をしていた。


 ……正直、一緒の席に座るのが恥ずかしい。


 同時に、俺は素朴な疑問を抱く。


「仲田さんって……いったいなんの仕事してるの?」

「ガラスクリーニングよ」

「ガラスクリーニング?」


 間髪入れずに返ってきた聞き慣れない言葉を前に、おもわず聞き返す。


 おそらくはガラスを清掃して綺麗にする仕事なのだろう。


 そこまでは容易に想像できるが、彼女がその仕事を実際に働いている姿はいまいち想像することができない。


「どういう仕事なの?」

「えーと……簡単に言うと、ほら、たとえば、あそこにビルがあるじゃない?」


 窓の外にそびえる高層ビルの一角を指差す。


「ああいう、ビルとか建物のガラスを綺麗にかっぱいで美観を維持する仕事よ」

「特殊というかなんていうか……ずいぶんと珍しい仕事をしているんだね?」



 女性なのに。


 そんな風にも思ったけど、あえて、それは言わない。


「まぁねぇ」


 自分のアイスコーヒーのカップを手に取る仲田さん。


 そのとき、カップの表面に黒のマジックペンで手書きのメッセージが書かれているのが見えた。おそらく、店員が書いてくれたのだろう。カップには「寒い中、お仕事ご苦労さまです」と書かれていた。


なんとなく、自分のカップにもなにか書かれていないだろうか、と思い、カップを見回してみる。そこには同じ筆跡で「ごゆっくりどうぞ」と書かれていた。


 カップに刺したストローで中身をかき混ぜながら、彼女は話を続ける。


「ちなみに私が今、管理しているマンションでは屋上に備え付けてあるゴンドラも使うし、場所によっては専用のロープで直接降りて、作業するわよ。まぁ、いわゆる高所作業ってやつね」

「危なくないの?」

「危ないのか危なくないのかと問われたら、間違いなく危ないわよ。作業中、安全帯やハーネスで人体の落下防止をするとはいえ、風の影響で落っこちそうになったりもするし」


 彼女がゴンドラやロープで空高く宙吊りになっている姿を想像してみるが……やっぱり想像できない。


「よくそんな仕事続けてるね……怖くないの?」



 女性がやるような仕事じゃないでしょ、それ。


 そんな風にも思ったけど、やっぱり、それは言わない。

 

「やってみたら意外と簡単よ。私も最初は怖いと思っていたけど、いつのまにか慣れちゃったわ」

「それって……慣れるっていうより、怖いっていう感覚がマヒしてるんじゃないの?」

「そうかもしれないわね」


 笑いながら、中身をかき混ぜていたアイスコーヒーに口を付けて飲み始める仲田さん。


 店の商品の中で一番サイズが小さく、一番値段が安い商品を大切に、大切に、少しずつ飲む彼女の姿がなんだか可愛らしく、なんだか面白く感じた。

 どうやら、先日彼女が言っていた、生活が苦しいという話は本当のようだ。


「でも……やっぱり危ない仕事だし、その分、給料は高いんでしょ?」

「ぜんぜん! 時給換算したら、とてもじゃないけど割に合わないわよ」

「そうなの?」

「ええ。それに基本的に同じことを繰り返す単純作業だから飽きるしね」


 仲田さんは少しだけ憂いた様子で残念そうに苦笑いする。


「それに、つなぎを着て、外で働く仕事だから、いろんな人に馬鹿にされるのよね」

「…………」


 どうやら、彼女は最初から気付いていたようだ。


 だけど……俺はなにも言えない。


 それは俺も経験のあることだから、彼女の気持ちは痛いほどよくわかった。


「まぁ、正直に言って、私がやってる仕事なんて、ただの()()()()だし、()()()()()()()()だからね」


 彼女は自嘲気味にそう言った。


 


『いや、だってさぁ、こういう誰でもできるような仕事だったり、自分のなんのスキルアップにもならないような単純作業も、世の中に存在する以上、そういう仕事を非正規雇用や安い賃金でやってくれるような人も必要なわけじゃん?』



 おもわず、思い出したくないことを思い出してしまう。



「それでも……誰かの役に立つ、大切で立派な仕事だよ」


 喉からしぼりだすようにして呟く。


 自分なりに彼女を擁護したつもりだったが――本当は自分の自己保身の為だったのかもしれない。


「ありがとう。でも、馬鹿にされるのはしょうがないわ。だって……」


 彼女は至極残念そうに乾いた笑みを浮かべながら、続ける。


 

「結局のところ、仕事に貴賤はあるもの」



 その言葉が、深く耳に残った。


 仲田さんの目はずいぶんと冷めている。

 ものすごく現実的で自分の人生や世界の理を、人間の感情を深く達観し、俯瞰しているような……そんな泥塗れの瞳だった。



 俺はなにも言えない。

 だけど、共感はしてしまう。


 だからこそ、俺は聞いてみる。


「……仲田さんは、なんで、その仕事を続けているの?」


 嫌なら辞めちゃえばいいじゃん、とは言わなかった。


 同時に、自身の仕事に関してそう思える自分は、シングルマザーである彼女と比べて、恵まれた経済環境下で暮らしていることを痛感する。


「……本音を言えばさぁ、本当は私も、もっとマトモな仕事に転職したいんだよね。スーツを着て、会社のオフィスで働くような、会社員みたいな仕事にけっこう憧れてるんだ。でもさ、ほら……私も、もういい歳なんだけど、今までの人生の中で(ろく)な学歴や職歴がないから、普通の会社に入りたくても入れないのよ」


 その一言が、また、俺の心を抉る。

 俺も、また、似たような境遇だったから。


 心の中で彼女に勝手にシンパシーを感じてしまう。 



 俺が勝手に彼女に親近感を抱き始めるのをよそに、彼女はしめっぽい話題を振り払うかのように明るい口調で振る舞う。


「まぁ、でも、この仕事にもいいところがあるのよ」

「たとえば?」

「夕暮れには絶対に仕事が終わること。現場仕事だから、朝早くに作業を始めて、日が暮れる前に作業を終わらせるのよ。これが、けっこう私にとっては都合が良いのよ」

「そうなの?」

「ええ。具体的には私が何年か前からずっと管理している物件……お金持ち向けのタワーマンションなんだけど、そこに常駐してて、毎日そこのガラスをかっぱいでるんだけど、そこにマンションの住民の為の託児所があってね、特別にそこを利用させてもらっているのよ」

「あー、なるほど。朝、天晴くんと一緒にそのマンションまで来て、仕事中はその託児所に預けてるんだ」

「そういうこと。それで仕事が終わったら天晴を迎えに行って、そのまま帰宅するの」


 仲田さんは天晴くんの話になると、本当に嬉しそうに語り出す。


「仕事で身体中、汗まみれ、服も汚れまみれになって、身体もクタクタになるんだけど、天晴を託児所にまで迎えに行って、あの子が笑顔で私に抱き着いてくると、疲れなんて、ぜんぶ吹っ飛んじゃうわ」

「本当に、天晴くんのことを愛してるんだね」


 それを溺愛だとは思わなかった。


「ええ、月並みな言葉だけど……つまらない私の人生の中で、あの子が生まれてきてくれたことは数少ない私の幸せなのよ」


 それは嘘偽りのない本心なのだろう。


 彼女の顔は本当に嬉しそうで、


「あの子の日々の成長を見るのが私の生きがい……本当、毎日がやりがいの塊よ」



 息子への慈しみと愛で溢れている。



「そうなんだ……」


 俺は仲田さんの顔を直視することができない。たまらず、目を背けてしまう。


 俺にとって、仲田さんの笑顔はまぶしすぎる。


 俺と仲田さんは同じような……人から軽視されるような仕事をしているのに……少なくとも、仕事においては同じような境遇なのに、生きるということについては感じ方が全く違う。



 どこが違うのだろうか?


 たぶん、それは……“生きる意味”があるかどうかだと思う。



 そういえば、最近、似たようなことをどこかで聞いたような気がする。


 どこで聞いたのだろうか、と頭の中で思い巡らせば……すぐに思い出すことができた。



 桜木が言っていた言葉だ。

 あいつの言っていた言葉を思い出す。




『毎日が楽しいし、充実してるぜ。やりがいのある毎日だ』




 やりがい……転じて、生きがい。



 俺の人生には、ないものだ。


 欲しくて、欲しくて、仕方がないのに――俺にはどうしても見つけることができないものだ。




 仕事に貴賤はない……そう思っていた。



 いや――必死にそう思い込むようにしていた。



 わかってる。本当は最初から、わかってる。



 そんなのは嘘だ。ただの綺麗事だ。



 仕事に貴賤はある。



 この世には2種類の仕事が存在する。


 専門的な知識や経験を必要としない未経験でもできる仕事と、学歴や専門的な知識と経験を必要とする特定の分野において必死に努力しなければなれない仕事が、存在する。


 人は前者を誰にでもできる仕事、後者は誰でもはできない仕事と言う。



 俺は前者の方だ。桜木は後者。仲田さんは俺と同じ前者。



 でも、俺と、仲田さんや桜木とでは、仕事に対する捉え方がまったく違う。



 桜木は自分の好きなサッカーに携わる仕事をしているから働いてて楽しいと言っていた。仕事に、自分だけのやりがいを持っていた。

 だから、生きるために働いている。


 仲田さんは仕事にやりがいを感じていない。だけど、息子の成長という明確にして、自分だけの生きがいを持っている。

 だから、生きるために働いている。



 2人とも、自分の人生をより良いものにするために働いている。



 やりがいも、生きがいも、俺にはないものだ。

 ただ、生きるためだけに働いている。



 それが……俺だ。



 正直……仕事なんて適当に働くべきだと、今でも俺はそう思っている。


 だって、一生懸命働いても、べつに給料が上がるわけじゃないから。任せられる仕事が増えても、時給は上がらない、そのくせ、責任だけはどこまでも際限なく増えていく。

 だから、疲れない程度に肩の力を抜いて、余計なことはなにも考えず、適当に働くのが一番良いことなんだと思っていた。



 だけど……今はそんな自分が、たまらなく矮小に思えてくる。


 自分の考え方が酷く幼く思えてくる。



 そんな自分の考え方に固執している自分が、まるで、いつまで幼い大きな子供のようで……こんなだから自分は社員になれないのではないだろうか、と、なんとなく、そんな風に思えてきた。

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