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帰りのホームルームになると、あたしはどうしてもそわそわし始める。
早くユキくんの家に行きたい。
退屈な担任の話が終わると、みんな一斉に席を立つ。
「飛鳥〜。今日学童ボランティア行こうよ」
スクールバッグをリュックのように背負った七海が言う。
七海はテニス部に入っていたけど、二年になって新しく代わった顧問の教師と折り合いが合わずに退部した。
それ以来、暇だし内申にも良いという理由で隣接する小学校の学童保育ボランティアを始めた。
あたしはもともと部活には入っていなかったので、誘われるままについていくことにした。
学童保育は帰りが遅い親をもつ子供達が、授業が終わった後居られる場所をつくることだ。
小学校のすぐ裏にある保育所に行って、子供達と遊んだり勉強を教えたりするボランティアにあたしたちは参加していた。
「ごめん!今日は用事あるんだ…」
いつも一緒に行っているので、あたしは両手を合わせて謝る。
「そうなんだ、いいっていいって!今日行くってはるかちゃんたちに言っちゃったから、私一人で行ってくるわ」
小学四年生のはるかちゃんはあたしたちの小さな友達だ。かなり懐いてくれていて、毎日来て欲しいとせがんでくるくらいだ。
「ほんっとごめん…!はるかちゃんによろしく伝えておいて」
「おっけ!言っとく!じゃまた明日ね〜」
バイバイ、とお互い手を振って、教室を後にする。
あたしは足早に学校を出て、ユキくんの家を目指した。
コンコン、と控えめにノックしてから、ゆっくりとドアを開けた。
「ユキくーん?」
相変わらず部屋の中は薄暗い。
昨日と同じように靴を脱いで玄関にあがる。そろそろと廊下を進み、リビングまで行く。
「おわっ、飛鳥。今日は早いんだな」
そこには目がくりっとした二重の可愛い少年がいた。
もしかしたら昨日のことは夢だったのかもしれないと思っていたから、ユキくんがそこにいることにあたしは密かに安堵した。
「学校終わってから速攻で来た!しかも」
あたしは肩にかけたスクールバックのジッパーを開けて、中に入っていたビニール袋を取り出す。
「お菓子買ってきた!」
くる途中のコンビニでおやつを買ってきたのだ。
ユキくんは目を丸くした後、まじか!と明るい声を出した。
「買い食いなんて、飛鳥はヤンキーになっちまったんだな」
ニヤニヤしながらふざけて言ってくる。
「家に入って食べるんだから買い食いじゃないもん」
「あっ、それもそうか」
まぁ座れよ、と言ってソファに案内される。
昨日かぶっていたホコリが消えているから、ユキくんが綺麗にしてくれたんだろうか。
横並びに二人で座り、ソファの前にあるテーブルにビニール袋を置いた。
いくつか買ったお菓子の中からじゃがりこを取り出して、カップの蓋をベリっと開けた。一本つまんで口にいれ、ザクザクと食べ始める。
健全な女子高生は、放課後はお腹が空くのだ。
ユキくんの方を見れば、驚いたような顔をしている。
「どしたの?」
「……まだそれ好きなんだと思って」
じゃがりこ。
「そうそう!昔、よく一緒に食べたよね!おいしいんだもんこれ〜」
「小さい頃もおやつの時必ず食べてたな」
「今思うとご長寿なお菓子だね。あの頃からずっと売ってるもん」
ユキくんも幼い時の思い出を覚えてくれていたのが嬉しい。まさにこのソファに座って、ふたりでユキくんのテレビゲームをしながら、おやつを食べていた。
「ここでマリオカートやったよな!飛鳥、体ごと傾けてておかしかった」
カーレースのゲームのとき、入り込みすぎて体を傾けながら真剣勝負していた記憶が蘇る。
「ユキくんは途中から裏技とか使い始めてずるかったよね」
「頭脳戦だよ、戦略のうちだ」
ユキくんの笑った顔は驚くほどあどけない。
この町内には年が近い子は少なくて、隣の家のユキくんとはいつも一緒に遊んでいた。
もう朧げになりつつある、遠い幼い記憶だ。しまいこんでいたら、そのまま消えてしまいそうな。
あの頃と同じ二人が並んでいるのに、今は女子高生と男子小学生が隣り合っている。
声と姿は幼くても、話している様子はクラスメイトと変わらなくて、あたしは楽しさを感じている。
「飛鳥、部活はやってないのか?バスケ部に入りたいって言ってたよな?」
小学校の頃はミニバスをやっていたので、将来高校生になったらインターハイを目指すのだ、といつの日か言った気がする。
「中学校はやってたよ。地方大会どまりだったけど。今の高校はバスケ部なかったの」
本当は高校でも続けたかったけど、部活で学校を選べるほどではなかった。
他のスポーツをいまさら始める勇気もなかったし、文化部には興味がなかった。
結局、帰宅部になってしまった。
「そうなのか。バスケ部ってどこにでもあると思ってたけど、意外とないところもあるんだな」
「あたしもまさかないと思わなかったよ」
ユキくんはじゃがりこを一本つまんで食べた。ザクザクと噛む音が聞こえてきて、幽霊も食べられるのかなとぼんやり思った。
「……ユキくん。聞いちゃいけないんだろうなってわかるけど、やっぱりどうしても気になるから」
このまま楽しいだけの会話をしていたいけど。
「ユキくんは誰に復讐しにきたの?居なくなってた間、なにがあったの?」
聞かずにはいられなかった。
「…そうだよな、気になるよな」
カーテンから漏れていた光がなくなり、部屋の中は随分と暗くなっていた。いつの間にか日が暮れたのだろうか。
「でも」
ユキくんの顔には影が落ちている。
「飛鳥にだけは教えないよ」