いつかは言わせたい
夏休みに入って間もない、ある日の事。
「ふふ、ふんふん、ふん〜♪」
「夕貴……、何か機嫌が良かごたるが……」
「そぎゃん、陽ちゃんと合うとが、嬉しかとかねぇ〜」
陽も傾き、午後もかなり過ぎた時間だが、まだまだ日差しが強い中。
私は良い気分で、無人駅の前に立っていた。
車で来て、そろそろ駅に電車が着く時間なので、車外で待っていたのだが。
一番暑い時間帯なのに、暑さが気にならない位に気分が良い。
ご機嫌な私を見て、一緒に来ていたお父さんとお母さんが、呆れた様にそう言う。
なぜ機嫌が良いかと言えば。
今日から、私の家に従弟が来ることになったからだ。
・・・
私の名前は古閑 夕貴。
熊本北部のとある地域に住む、高校二年生です。
生まれた時から地元に住む、生粋の九州娘であります。
この日は、叔父さん達が海外転勤になったけど。
従弟に当たる子だけ、教育がらみで日本に残る事になった為、家で預かる事になったのだ。
お父さんが彼を昔から、いたく気に入っていて。
彼の話を聞いた時、すぐさま家で預かる事を打診したのである。
向こうも、どうするか悩んでいた所だったらしく。
この話を聞き、すぐさま賛成したので、そのまま預かることになった。
という訳で、大荷物だけ先に送ってもらい。
彼本人は、今日来ることになったのである。
その従弟の名前は古閑 陽太くん、私の一個下の高校一年生であり。
私は彼の事を、陽ちゃんと呼んでいた。
お父さんも気に入っていたけど、私も彼がお気に入りである。
――ゆきねえちゃん〜
なぜなら、陽ちゃんはまるで子犬みたいに可愛くて、私はいつも何かにつけ構っていて。
彼もまた、私を“ゆき姉ちゃん”と言って懐いていた。
だから、彼がコッチに来ると決まった時、昔みたいに可愛がるつもりであった。
・・・
(ファーーンーー)
「あっ、来た来た〜」
昔のことを思い出し、ボンヤリとしていた所。
電車の汽笛とお母さんの声で、現実に戻る。
見ると、ちょうど駅に電車が入ろうとしている所であった。
(キーッ……)
(プシュ〜)
ようやく駅に電車が入り止まると。
今の時間帯、乗客が少ないらしく、扉が開いて出てきたのが一人だけである。
「陽ちゃん、コッチ、コッチ〜」
その人物が無人駅のホームに降り、駅舎をくぐって出入り口を出た所で、お母さんが呼び掛けるが。
私はその人物を見て驚いた。
――記憶にあるよりも大人っぽくなっていた彼を。
私より頭一つ大きく、胸や肩が広くて、男っぽくなっていた。
また、顔もクラスの男子と違い、アッサリとした結構イケてる顔になっていて。
しかし、あの少し垂れ気味の眼とふんわりとした雰囲気は変わらず。
子犬からまるで、ラブラドールやゴールデンの様な、優しい大型犬みたいになっていた。
お母さんの呼び掛けに気付き、陽ちゃんが汗をタオルで拭きつつコチラを振り向く。
私はコチラを向いた彼を見て、驚きの余り、一瞬、固まってしまったが。
向こうも近づくと、私を見てとても驚いた様だけど。
視線が顔から下に移ると顔を赤くして、視線を逸してしまう。
どうやら、私の胸を見て恥ずかしがったみたいだ。
普通だと、そんな視線をされると不愉快になるのだが。
なぜか陽ちゃんだと、大して気にならない。
「伯父さん、伯母さん、お世話になります」
「おおっ、陽ちゃん、久しぶりやね〜」
「ホント、こぎゃん大きゅうなって〜」
気を取り直した陽ちゃんが、慌てて私の両親に挨拶をし。
それに対し、両親がそれぞれ返した。
「……陽ちゃん、大きゅうなったねぇ……」
「……ゆき姉ちゃんも綺麗になったね……」
今度は二人で再会の挨拶をするが、何だか恥ずかしくて途切れ途切れになってしまい。
それを見た両親が、生暖かい笑みをこぼすのであった。
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それからしばらく経ち、夏休みが終わった最初の休日。
「ねえ、陽ちゃん。
折角やけん、久しぶりに海さん行かん?」
「うん、良いよ〜」
私は陽ちゃんと一緒に、海に行くことにした。
昔は良く一緒に行ってたので、彼が来たらすぐに行くつもりだったが。
陽ちゃんは荷物の整理や買い出し、役所と学校などへと手続きなどがあったり。
また、私の方は補講などで、学校に行かないと行けなかったり。
そして、二人の都合が合いそうになる時は、お盆の墓参りなど家族の行事になったりで、ナカナカその機会が無かった。
皮肉にも学校が始まった事で、ようやく落ち着き、一緒に行ける様になる。
こうして二人は一緒に、海へと出かけた。
・・・
「ゆき姉ちゃん、流石にまだ暑いねえ〜」
「海に行ったら、海風があるけん少しは違うと思も〜よ〜」
私と陽ちゃんは、二人並んで海への道を歩いている。
家を出て数分した経った頃。
道路を渡った所で、真っ直ぐな道が伸び、その途中には踏切があり。
道の奥には樹木のトンネル見え、その向こうに青空が見えていて。
その下が海岸になっているのである。
私は、その道を歩きながら、隣の陽ちゃんを見ていた。
陽ちゃんは都会の男の子らしく、地味だけと垢抜けた雰囲気があって。
それが、この辺りの子とは違っており。
それに、ふんわりとした優しそうな見た目をしていて。
恐らく、大人しそうな娘にモテそうな感じである。
その事を本人に聞くと、“全然、モテなかったよ”と言っていたが。
陽ちゃんは少々ニブイ所があるから、多分気付いてないんだと思う。
――それにしても大きくなったね……。
隣にいる陽ちゃんの体を見た。
頭一つ分高い身長、広い胸と肩。
華奢な様だけど、私をシッカリ受け止められるだけの力。
――もう、すっかり男の子になったんだ。
私は初日にあった、ハプニングを思い出していた。
・・・
余りにも変わった陽ちゃんにドキドキして、心ここに在らずの状態で。
彼を二階の部屋へと案内していたら、階段で足を踏み外し落ちようとして。
いつの間にか、陽ちゃんに受け止められていた。
〝えっ? 受け止められるの!″
陽ちゃんは、階段から落ちようとした私を、難なく受けて止めていて。
「ゆき姉ちゃん、大丈夫?」
「……う、うん、ありがと……」
耳に聞こえる、私を心配する優しい声。
頬に当たる広い胸の感触。
それらを感じている内に、私の心臓が“キュン”となり。
その時、私は、陽ちゃんを従弟ではなく、男の子として好きだと自覚した。
それから私は彼を見る度に、その広い胸板と大きな背中に、自然と目が行くようになる。
しかし、それは陽ちゃんも同じらしく、気付くと私の胸やお尻に彼の視線を感じる事があった。
特に胸に視線を感じる事が多いので、ワザと胸元が開いた服を着て。
彼の前で前かがみになって、その反応を楽しんだりもした。
“どお、私のオッパイは、これでもクラスでは大きい方だよ〜”
だがそんな意地悪をしながらも、彼の私を見る視線が気持ち悪いとは感じず。
むしろ、女の子として見てくれている事の方が嬉しかった。
そんな陽ちゃんをいつも見ていたら。
彼もまた、私と同じ気持ちなんだと、いつの間にか気付いてしまう。
・・・
そんな事を思い出しながら、私は密かな計画を立てていた。
私は確かに陽ちゃんの事が好きだ、従弟としてでは無く男の子として。
しかし、弟みたいな子に、自分から好きだと言うのも何だかシャクである。
だから、私は陽ちゃんを誘惑して、いつか向こうから好きだと言わせたい。
彼はオッパイが好きみたいだから、まずは押し付けてみようかな?
そんな企みをしながら、私は陽ちゃんと共に海への道を歩いていたのである。