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兄姉弟妹!  作者: 三久田 ウドン
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「三峰編:帰れない」

 店を出ると、まとわりつく大気の寒さに驚かされた。

 あの後すぐに降り始めた雨の影響か、冬ほどではないものの少し肌寒い。

 僕は上着のチャックを閉めつつ、先程の予言について思い出した。

「まず一つ、今から雨が降る。そして二つ、君はこれから、ある女の子と仲良くなる。最後に三つ、君は恋をする」

 彼の言葉を思い出し、あらためて困惑する。

 誰にでも当てはまるようなことをそれっぽく言って信用を得る……なんだっけ、バーなんとか現象?彼の言動を鑑みるに、もうそれにしか聞こえない。

 天気予報でも雨は降ると言っていたし、高校生になれば女の友達とかもできるだろう。それに、恋だってするかもしれない………するつもりはないけれど。

「もしこれが当たったら神社へ来い、か……」

 彼が先ほど去り際に言っていたことを、ため息まじりに僕は呟いた。

 面倒なことに巻き込まれてしまった。

 自称神のイケメンに、三つの予言……そして今何よりも困っているもの。

 それはーー。

「傘、忘れてきたんだよなぁ……」

 あいつに出会ってなければ巻き込まれていなかっただろうこの雨に、少し苛立ちがこみ上げてくる。あとアメノにもイラッとする。

 これ、絶対はめられてるよなぁ……。

 出会った時に腕を掴まれた瞬間、こうなることは確定してたんだろうか?そもそも、あいつが神だったとしてなぜ僕に構うのかわからない。

 よし。再会するようなことがあったら、あの女性店員さんに殴ってもらおう。そしてどうして構うのかもついでに問いただそう。

 僕は一度思考に区切りをつけ、この状況を打開すべくスマートフォンを取り出した。

「残念だったなぁアメノ!!これさえあれば、誰かしら傘持って助けに来てくれるし、ざまあないね!」

 と、心の中で盛大に高笑いした後、僕は姉さんに電話をかけた。

 コールサインが、雨音に紛れ響く。

 四回目、五回目、六回目、七回目………。

 しかし、なかなか電話に出ない。

 どうせ家でダラダラしてるんだろうと思っていたが、何か用事でもあったのか?

 一度電話を切り、再び掛け直す。

 しかし今度も、十回近くコールサインが鳴れど、出る気配は全くなかった。

 おかしい。姉さんのことだ。休日はろくに動きもせず、ナマケモノのようにダラダラしているはず。

 それなのに何故……!?

 険しい表情で再び掛ける。すると。

「……何回もしつこいんだけど」

 聞こえてきたのは、ひどく不機嫌そうな姉の声だった。

「あ、もしもし?実は傘忘れちゃって……」

「……で?」

「で、って……?」

「質問に質問で返すなよ……だからどうしたの?ってこと」

「いや、傘持ってきて欲しいんですが……」

「嫌。めんどい」

 その言葉を最後に、電話は無慈悲にも途切れてしまった。

「うそだろ……」

 いや、まだだ……他にも頼れる友達がいる!

 その数分後。みんなにチラチラと視線を向けられる中、地面にひざまづいてる少年が一人。

「ダメだった……だとっ!?」

 よりにもよってみんな用事でいなかったり来れなかったり、どうなってるんだ?二人も電話したのに通話料の無駄だったなんて。

 ……いや、違う。二人は悪くないし、というかよくよく考えれば、たったの二人しか電話していない。己の友人の少なさと、こんなことに巻き込んだアメノのせいだ。

 一応、あとは頼れそうな人で兄さんがいるが、彼は仕事中。あの人が店を空けて来れるはずがない。

 完全に詰んだ状態だな……と、ため息をつく。

 雨というだけで家までの距離、徒歩20分が遠くに思える……実際遠いけど。

 すると、少し離れた広場から楽しげな笑い声がした。

「おい、早くしろよー!」

「ちょ、待ってよ〜!」

 目を向けると、若い男女のカップルが楽しげに目の前を通過して行った。

 鉛のような色の雲を見上げ、ため息をつこうと息を吸った。


 同じように傘を持っていないあの人たちは、どうして僕より幸せそうなんだろう?

 黒くドロドロした疑問が浮かび上がると同時に、なにかがプツリと切れたような感覚がした。

 ……なんかもう、どうでもよくなってきた。別にずぶ濡れになってもいいじゃん。別に死ぬわけじゃないし、せいぜい風邪を引くだけだ。

 僕は居座り強盗の如く、すっかり開き直って立ち上がる。

 駅前を歩き始めて10分ほど。

 商店街の近くに来る頃には、服も靴の中もぐちゃぐちゃになっていた。

「恋、か……」

 あのアメノの言葉で、すっかり恋を意識しちゃってる自分が腹立たしい。

 乙女かよ。

 その時、すれ違い様に誰かにぶつかった。

 濡れた地面に足を滑らせ、僕と相手はその場に転がってしまう。

 肘を思いっきりぶつけてしまい悶絶していると、よく通る声がした。

「すみません!大丈夫ですか?」

 僕は痛みを噛み殺して笑顔を作りだす。

「いえ……こちらこそ、前を見ていなかったので……」

 彼女のココアブラウンの髪は肩にかかり、雨に濡れてツヤツヤと輝いている。瞳は青くパッチリとしていて、清らかかつ活発な印象を受ける。

「あの……どうかなさいましたか?」

 同い年くらいの見た目にしては妙に丁寧な言葉にたじろぎつつ、僕は彼女の持っていた傘を指さした。

「えぁっ!?」

 その折りたたみ傘のか細い骨は、あらぬ方向にねじ曲がっていたのだ。

「あらら、壊れてしまいましたか……」

「ごめんなさい!弁償します」

「あ、いえいえ!お気になさらず。もう7年ほどは使っているものだったゆえ、壊れても仕方がないものです」

 テヘヘと笑う彼女に、思わずツッコミそうになるがここはグッと堪える。

「しかし、どうしましょうか……おや?もしかしなくとも、あなたも傘がないのですよね」

 僕は戸惑い気味に「ええ……」と返す。

 すると、彼女はパァっと笑顔を浮かべて言った。

「じゃあ、たった今から私も仲間ですね!」

「ええ、見れば分かりますけど……」

 なんだろう……もう既にこの人のペースについて行けないのがわかる。

「ところで、どこか避難できる場所は……?」

「すぐそこにアーケード街なら」

 上擦りそうな声をなんとか抑えて言う。

「ではそこへ参りましょう!」

 ものすごく今更感はあるが、僕は少女の謎テンションに連れて行かれるがまま、歩みを進めた。

「さ、レッツゴー傘無し隊!」


 

 ひとまず僕たちが立ち寄ったのは、旧商店街こと寺町アーケードだった。

「さて、どうにか屋根のある場所を見つけたは良いのですが……」

 彼女は服の裾を絞りながら、真剣な表情で言う。

「とりあえず、寒いです……」

「たしかに、少し寒いですね……」

 このままカフェへ直行したいところだが、少し時間がかかる。それまで、この人が寒さに耐えられるかわからない。あと、僕も耐えられる自信がない。

「へくしゅぶるぃっ!」

 まるで中年のおっさんがしたような、とてつもなく大きなくしゃみに、足が数センチ宙に浮いたように錯覚する。

「あ、これは失礼……」

 僕のリアクションを見た少女が、恥ずかしそうに頭を掻いた。

 人は見かけによらないとは、まさにこのことだな……。

「……はっ!!!」

 と、鼻をすすっていた少女が一際大きな声を響かせた。

「……ど、どうかしましたか?」

 まるで、会話のキャッチボールで大砲でも持ってこられたような気分だ。

 さっきから、ろくに話を聞かれてないよな。

「見てください!あれ!」

 彼女が指さした方向には、湯気の紋章が描かれた暖簾が揺れていた。

 実際は渋い緑色なのだが、この時の僕たちには、まるで美しいと桃源郷の入り口のように輝いて見えていた。

「あの……一緒に入りませんか?」

 思考が一瞬フリーズしたが、これは店内にという意味だ。何を期待してるんだこの変態め。

 僕はぎこちなく笑みを浮かべて言った。

「そうですね。寒いですし、ここなら服を乾かせるかもしれません」

 歴史の重みを感じる引き戸を開ける。すると、湯の香りに混じって、かすかに木材の香りが鼻をくすぐった。

 いわゆる、昔ながらの銭湯だ。小さい頃に父に一度連れてこられただけだが、その内装はあまり変わっていない。

 冷え切った心身をやっと温められたためか、隣の少女は表情を極限まで緩めていた。

「ふはぁ〜……あったかいです」

 そんな彼女につられ、僕もホッと息を漏らす。

 当初の予定よりだいぶズレたけど、これはこれで良い。

 靴とぐっしょり重くなった靴下を脱ぎ、少し黒っぽいフローリングを歩く。

 ほぼ人がいない店内に、ペタペタと足音が二人分響いた。

 カウンターに来ると、白髪の番頭さんがどこかいじらしい笑みを浮かべていた。

「あらあら、お若いですねぇ……カップルでお風呂ですかい?」

 断じて違うぞ、ご老体。

「えへ?そう見えますか?」

 何故か肯定的な少女に、僕は目を見開いた。

「いや、そこは否定しましょうよ!なんで照れてるんですか?」

「えへ」

「えへじゃなくて……」

 呆れと困惑の目線を送ると、番頭さんがわざとらしく舌打ちをした。

「なぁんだ、カップルじゃねえんかつまんねぇの……」

「えぇ〜……」

 困惑の果てに思わず声が出る。

「カップルじゃねぇなら、一人500円な?」

 300円値上がりしたし……。

 ここまで露骨に嫌な態度を取られると、すこしカチンとくる。

 というか、なんで怒ってるんだこの人?

「どうしましょう……」

 番頭さんを睨んでいると、少女の震えた声が聞こえた。

「ど、どうかしましたか?」

 血の気の引いたその顔に、こちらも不安になってくる。

「お金、忘れてました……」

「え……」

 この人、自分がお金持ってきてないことを忘れて、あんなこと言ったのか……。

 呆れて物も言えずにいると

「あぁぁぁァァァっ!!しまったぁぁ!!」

 彼女は頭を抱えて、悲痛な叫び声を上げた。

 周囲の視線が、一気に少女へと集まる。

「お兄さん、あんた男だろう?」

「ぐっ……」

 番頭さんと、周囲からの視線が痛い。

「僕が出します……」

 大丈夫だ。今日は幸いにも、多めにお金を持っている。本当は帰りに本屋で使うつもりだったけど……。

「いいん、ですか?」

「ええ、良いですよ」

 僕は涼しげな笑みを浮かべる裏で、この代金は後で絶対アメノに請求してやろう……と決意した。

「カップル料金で400円になります」

 番頭さんが満面の笑みを浮かべるなか、僕は財布の口を開いた。

 カップル料金というより、それが普通の値段なんだが……。

 その口がいつもよりいくらか重かったのは、言うまでもない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 兄さんアンタ男だろって所からは面白かった
[一言] まるで中年のおっさんがしたような、とてつもなく大きなくしゃみに、僕の足が数センチ宙に浮いた。ような気分になったなら共感できるんだけど実際になったって感じで表してるから飛ぶわけねえだろ!ってツ…
[一言] その数分後。みんなにチラチラと視線を向けられる中、地面にひざまづいてる少年が一人。、、、うん!公共の場で地面に跪くことができんなら雨に濡れながら帰るぐらい朝飯前だろ!って思った
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