トーサカへの道中 『消えた集落編2』
小さなひび割れ窓から差し込む光に起こされ、上半身が起き上がった。頭の方はまだ時間がいる、目がまだ夢を見ているような半目で、口もだらしなく半開き。
「おい、行くぞ」
「は、い」
寝ぼけ眼を擦りながら腰をあげると、壁にかけたカバンを背負い、出発準備を整える。
「...なんだ、いくのか?」
横から突然の声、振り向くとつり目の男性だった。
「すいません、起こしてしまいまして」
「いや、いいさ。それよりもトーサカに行くんだよな?」
「はい」
「街中じゃ気を抜くなよ...あそこはやっぱり最悪の街だ」
道中じゃなくて、街中?最悪の街?
僕はどんな国に手紙を届けているんだ?
「何が、最悪なんですか?」
「え、アンタ知らないで配達してるのか?」
先輩、あんまり教えてくれないもん。聞いてもはぐらかされるし。ちらっと先輩に目をやると悪びれた様子もなく「なんだ?何か言いたいのか?」って表情をしていた。
「死ぬぞ...殺されたんだ。旅の仲間が」
「ころ、された?」
「俺たちは3人で旅してたんだ。3人の中で一番剣に長けていた腕っぷしの強い奴がいたんだ。そいつが、人のいる大通りで首を剣で切られて殺されたんだ!1年前トーサカで!」
「なんで、そんな」
旅人を殺した?街中で?
「悪い、俺達もう行くな!それじゃあ」
次の言葉を探していた僕は、左に引っ張られた。先輩が僕の左腕を掴んで強引に引き寄せたんだ。
「先輩、ちょっと、まだ話が!」
ズルズルと太陽がまだ半分隠れた世界に引きずられ、そのまま橋も渡った。男性に別れも言うこともなく、僕たちは小屋を去った。
やっと解放されたのは橋を渡ってから十数m、先輩が立ち止まり、ようやく腕が解放された。
「先輩!話の途中だったじゃないですか」
「...あの話は聞かなくていい。」
「どうしてですか?」
先輩のぱっちりした二重が細くなった。こうなったときは真面目な話をする前触れ。
「まだ知らなくていい。知ればあれこれ考えるだろう。今は無事トーサカに付くことを考えろ」
「...はい」
納得はできないが、それが正解だ。考え込んでしまうのは僕の癖だ、先輩はそれを知って敢えて言わなかったのか。
国のことで頭一杯になると、今いる場所なんてそっちのけ。忘れちゃいけない、今いる場所も命を落とす要因が転がっていることを。
それはそうと街中で殺しがある国、人のいる大通りで首を剣で切られた。
何か理由があったのはわかっている、それが個人なのかそれとも、国が原因なのか。
「ほーら、そうやって考えるだろう」
「おっしゃる通りです...」
兎に角、今は無事付くことを考えよう。国に着けば、その答えを見えてくるはずだ。頬を軽く両手で2、3度叩いて気持ちを切り替える。
「それで、その前に穴を見に行くんだな。よし行こうか。」
細くなった目が開くと今度は口角がつり上がった。あれは楽しい寄り道に僕を引きずる時に見せる。
「ほら、置いていくぞ!」
荷物を背負ってるのに軽やかなスキップ。どんどんと遠くなっていく。なんて楽しそうなんだこの人、なんて思いつつもちょっと口角が上がってたり。
うん、楽しみなのは否定しない。ただ先輩の癖はいらない。
遠くなる先輩に置いていかれないよう、駆け足でその背中を追った。
橋を渡って数分は平原だったが、暫く進むとちらほらと樹木が見られ始めた。ぽつん、ぽつん、と離れているためまだ森林とはいかないまでも、平原だった昨日と比べれば段々と王国から離れていくのを実感する。
地平線にぼんやり見えていた山山も少しずつ、歩く度その形をハッキリとさせていく。名前も標高も知らないが、あの向こうにも未知なる国があって、もしかしたら手紙を届けないといけない日が来るかもしれない。そう考えると足の骨が折れそうだ。
先輩は相変わらず上機嫌スキップを披露しながら時折地図を広げ目的地の位置を測る。
「わかるんですか?」
「まぁな、山の位置とかで方向確かめながら進むのが一番楽でいい」
目印になるのが、山か森か集落とか村か、そんなとこ。現代人にこの地図渡して目的地に行け、なんて命令しても無理。
やはり経験か、先輩はこの仕事についてそこそこ長いと聞いている。別のルートで寄り道だろうと迷いなく突き進む。一応、ジールさんにも信頼されてるし今回も大丈夫、だろう。
何度か、小さな集落などに配達したけど、一度も迷子にはなっていない。王国から各国への道は敷かれているが、あんな地図でよくもまぁ寄り道まで出来ると感心する。
「先輩って、この仕事ついて何年ですか?」
「あ?んー...5年か?」
こんな心身共に負担のかかる仕事5年もやっているのか。しかも寄り道常習犯、命が何個あっても足りない。感心を通り越して呆れる。本当に旅が好きなんだな。
「普通の旅人にはならないんですか?」
「なんか目的地が欲しかった。ブラブラするのが楽しいの最初だけだし。」
普通の旅人も経験済みか、この人何者なんだ...?
人生の半分旅してるんじゃないか?歳はいくつだっけ、23とかだったような。
それで5年前は18歳、僕と変わらない歳からこの仕事をしてる。
それ以前に旅人をしてて、飽きたって言うからには相当な年数やってるんじゃないかと推測して、2年、3年かな?
小屋にいたつり目の男性も2年で国に帰るっていってたし。
そうなると...15、6?
「先輩、大丈夫なんですか?」
「何が?」
そりゃ地図にも強いわけだよ!こんなに人生を旅に捧げてるなら、強くないと何回か死んでるはずだ。
この人、やっぱり凄いんだな。ジールさんに曲がりなりにも信頼されるのは、それは長年の旅を無事に生き残った実績だったり。
「先輩ってなんでそんなに旅が好きなんですか?」
「質問多いなお前...んーまぁ」
立ち止まった先輩に振り向き様睨み付けられたが、考えて答えを出してくれそうだ。
「本当の緑を知った日、俺は世界が好きになった。だから旅をする。」
先輩は目を細めていたけど...は?
何言ってるのこの人。
「すいません、よくわかりません」
「お前が質問したから答えたんだよ!」
途端目をかっと開いてこちらに詰め寄ってきた。ちょっと顔を赤くして、もしかして照れてるのか?
まさかこんな詩的な答えが帰ってくるなんて。地図に乗ってないもの見たいから、とかシンプルな返答を待っていたのに、先輩らしくない冗談。でも、あの目を細める癖が出ていた。
「冗談、ですよね?」
「...当たり前だ。忘れろ」
ため息ひとつ漏らした先輩は何事もなかったように歩き始めた。
本当の緑を知った日。緑色を知ったってことか?緑色をした何かを見たのか?
冗談とは言ったが何か引っ掛かってしまう。色々と考えたが答えは出るわけもない。日は登り頂点を通過、そのまま地平線へと消えていくまで、頭の片隅から離れなかった。
何年も旅を続ける理由、この人を動かす緑を知った日。
やはり僕はまだまだ何も知らない。この世界で一番近くにいるこの先輩のことも。
それも含めて知りたい。この世界をもっと知りたい。
「ここまでだな。カロ、野宿するぞ」
考え事に夢中で気づけば夜の帳が降り、爽やかで見通しのよかった草原は黒の影が蠢く不気味な世界へと変わった。野宿、野宿、野宿...。
嫌な響きだ。僕はこの草原で寝袋にくるまって寝ることになる。
道を外れ腰ほど伸びた名前も知らない草をかき分け進むと、ぽっかり楕円状に草が踏み倒されたスペースを発見。
誰かがここで寝たんだ。ご丁寧に草のなかに人が寝転がれる空間をわざわざ作ったのか。
「ありがたいな、ここで寝ようか」
荷物を置いた先輩は、カバンの側面にくくりつけられた筒を手に取ると結ばれた紐を解いて広げた。ペラっペラのせんべい寝袋。薄くてぼろくさいが刃物や熱に強く頑丈である。そのぶん通気性は最悪。ちょうどへその辺りで切り込みがいれてあり、そこから下半身、上半身を順番に入れていく。全身に身につける防弾チョッキみたいなものでみの虫のように丸まればある程度防御できる。
僕も直ぐ様寝袋を広げ身体を中にいれる。相変わらずゴワゴワしていて薄い服の上から違和感を覚える。
どうにもこんなゴワゴワしたものに全身すっぽり包まれると気持ち悪いというか、落ち着かない。
僅かに開けられた穴から顔を出すと、空しか見えない。このまま身体を動かすこともできないので、寝るか空を見る以外、することはない。
ぼーっと空を眺めながら、寝落ちするのがいつもの僕。
相変わらずの月もどきが空の大部分を支配するなかで、確かに光る星があった。
その数は元の世界よりも多く、帯状に並んで輝いている。不思議だ、月がこれだけ明るいのに、星がよく見える。
小さいものから大きいもの、青から赤、黄色白、十字横一文字、バッテン、この空に個性が輝いている。
魔法があろうと、異世界だろうと、星の美しさは普遍だ。
この世界の人だって、星の美しさを理解している。
「やっぱ、外の空は綺麗だ。」
「そうですね」
なにも知らない僕にもわかる星の美しさ。黒のキャンバスに散りばめられた無限の個性の輝き。
この世界もきっと星のように個性が輝いている。今回はどんな星に出会えるか、楽しみだ。
「おやすみなさい、先輩」
「おう」
...やっぱり、もう少し空を見ていよう。