トーサカへの道中 『消えた集落編』
風に揺られ波を打つ名も知らぬ植物に挟まれたこの広い一本道。お世辞にも舗装は綺麗ではなくゴツゴツの岩が不揃いに埋められているため足をとられそうになるし、平行に伸びる4本の凹みが目立つ。
これは、馬車の轍でここに馬車をはめ込んで安全に走らせる線路のような役割をしてくれる。行きも帰りも、馬車を導くのは幾多の先人たちが乗った馬車の車輪なのだ。僕らなような馬車に乗らない配達人からすれば、カーブなどで足を取られる原因となる。
「あー腹へったー」
先輩は何もないこの道中でうわ言のように空腹を訴える。王国を出て20分経過したかな?役所から更に西へと行った先にある西門から出て、北西に続く道をずっと歩いている。
相変わらず黄緑と緑と青と白の世界。最初は感動したけど、流石に飽きがくる。王国周辺は治安もよいし、平原が広範囲で広がっているために警戒せずに済む。気を緩めぼーっとしながら先輩のうわ言にそーですねー、とか、お腹すきましたねー、と似たようなトーンで返事しておく。
「えっとー、このまま予定の小屋まで進んで1泊。そんで進んで野宿してー。」
「村に、何回泊まれますか?」
「2回」
「野宿は?」
「2回」
先輩のうわ言に恐る恐る質問をぶつけたが、あまり良い返答じゃなかった。
これが国の遠さか。野宿2回もするのか、安全で雨風凌げる落ち着いた場所で寝れるといいんだけど。
野宿は落ち着いて眠れない。色々と便利な道具や魔法はあるが、獣の遠吠えや未知の生き物が蠢く音を聞きながら寝袋に丸まっても、すやすや熟睡できない。それに朝は太陽が日を上ると同時。早寝超早起き、夜明けに起床なんて健康的じゃないか。
「今回は前回と違うルートなんだ。」
「どうして変更したんですか?」
「別の支部の奴がそのルートで配達中に野盗に襲撃されてな。」
やはり言葉が通じない獣よりも、言葉が通じる人の方が怖い。これは、現代でも言えるかな。
最もこの世界はどちらも直ぐ側にいて、外にちょっと出ると遭遇してしまう可能性がある。僕も両方配達中に遭遇した、だから言い切れるのは人の方が恐いってこと。
獣が襲う目的は食べるか縄張りを荒らされたかの2択。しかし人は略奪以外にも人身売買目的の拘束や、密かに行われる見世物ショーの出演者として拉致されたり、殺人をしたい欲求を満たすため衝動のまま殺されたり、数えるときりがない。
獣よりもギラギラした目は、なにより怖い。
「トーサカとキャメローンの境だったから共同で兵を出して今しらみ潰しにアジトを探しているみたいだ。どうも流れらしく、もうとんずらしたのかもな。」
流れは移動しながら略奪や殺人を行う集団のこと。アジトを持たないため、尻尾を捕まえるのが難しい。
「ま、俺もまだ死にたくないし。ちょっと遠回りだけどこっちを選んだ」
被害者の安否が気になっていたがその一言が僕を黙らせた。
「さてさて、太陽が傾き始めたな」
頭を上げると日が落ち、辺り一面草花をオレンジ色に染めている。僕らの影も濃くなり、1日の終わりが見えてきた。
これ、話を切り替えたのだろうがあんまり変わってないように聞こえる。もう日が沈むのか、ここからが外の恐怖なんだ。野盗、獣、死因などいくらでも転がっている。
「もう少し先に進めば川が見えてくるんだ。そこに小屋があるんだ。」
「今日は安心して眠れるんですね」
「俺だって野宿なんて極力したくはない」
小屋は文字通り建物を指すのだが、それ以上に旅人や行商人などの長距離移動者にとって休憩所を意味する。小屋には必然的に人が集まるので、夜には安心して眠ることができる。
なにより色々な職種や経歴の移動者に会えるので結構好きな時間だ。面白い話なんかを聞かせてくれたりするし、この世界の旅人は大抵フレンドリーで気さくなので寝るのを忘れてついつい長話してしまう。
楽しみだなぁ、どんな人に会えるんだろう。
僕の足に少し力が戻った。小屋までならとりあえず何がなんでも歩き続けられそうだ。
この世界に来て夜の虫の音をはっきりと聞けた。こんなにうるさいとは思ってなかった。見えない場所に沢山僕の知らない虫が鳴いている、果たしてそれはどんな姿で大きさはどれ位なのか。
この世界にも夜はある。至極当たり前だ。しかし驚くのは明かりなどないこの平原の中で、僕は先輩の背中に迷うことなくついていっている。
その原因は空を見ればわかる。頭をあげて空を仰ぐと、月のような衛星?が浮かんでいる。しかし大きさは僕らの世界と比にするのもバカらしくなる。
デカイ、太陽よりも遥かに大きく表面の凹凸をはっきりここから視認できる。クレーター、だっけ。プラネタリウムでしか見たことのない巨大な月、あの時は椅子に座って見上げていたけどまさかここに来て自分の目でそっくりを見ることになるとは。
もしかして接近してきてるんじゃ、と心配にもなる。こんな近くで浮いていたらこの星の重力に引かれて云々...僕は理系じゃなかったので、この話はここでやめておこう。
話を戻して、この月もどきのお陰で辺りは薄暗い程度でなんとか周囲が見えている。あまり遠くまでは見えないが、数十mまでなら、人や獣の接近を黒い影で察知できる。
今辺りは平原、川が見えてくるとそこから先は山や深い雑木林の中を通っていく。どこから襲われるか、気の抜けない場所を歩くことになる。黒い影で察知できるのが有効なのも、川を渡るまでだ。
川の幅は中々に広く流れ早し深さは大人2人分としゃれた模様の入った石橋を渡らなければ向こう側へは行けない。これが平原を取り囲むように流れているのも、王国が要塞と呼ばれる所以なのだ。
さて、そんな橋の側に建てられた小さな小屋。柵もなくぽつんと平原に立つ小さな休憩所に到着した。プレハブ小屋を木造で作って数年放置したらきっとこんな小屋、何処に行ってもこの形。どこも共通の造りなのかな?
それでもこの小屋に着くと溜まった一気に疲労が押し寄せてくる。今日のお仕事終了、あぁ~疲れた~...気が緩むと疲れたコール。
それでもまず確かめないと行けない事。なかに誰かいるのかな、小屋の歪んだボロボロのドアから離れ横にある小さな窓を確認。弱々しいが光っている。窓から漏れるこの魔法の淡い光が、この暗い世界の中で安心感を与えてくれる。
「あー疲れた、先に入るぞ」
年老いた扉の軋む音が響くと、先輩は先に入っていった。
僕もあとに続いて中に入ると、ガタガタする扉を引いて無理矢理閉じた。
木材の箱、内装はそんな感じ。家具なんてのは案の定なく、固い地面の上に雑魚寝で寝ろといわんばかりの寂しさ。こんな造りだが雨風を凌げるだけ、ありがたいのは確か。
休憩所内には3人しかいなかった。先輩と、旅人だろうか質素な茶色のシャツを着たつり目の男性と黄土色のシャツの眠そうに目を擦る男性。どちらも若く年もあまり離れてないように見えるが、延びきった髭と埃や砂を含んだてかてかの髪の毛でやや近寄りがたい印象を感じる。
町の中で道路に腰かけていれば間違いなく浮浪者だ。
「その格好、あんたら配達人か?」
「そう、王国からのな。2人入らせてもらうよ」
「俺たちのものでもないけどな、そこなら空いてるぜ」
扉近くの壁に荷物を置くとやっと肩の荷が降りた。心も体も軽い、なんて軽いんだ。
荷物を下ろしたあとのぐるんぐるんと腕を回し肩回りを解す運動は欠かせない。筋肉が、延びてるー、と実感できる。
ろくに運動しなかった元の世界ではきっと知ることのなかった気持ちよさ。今僕が元の世界に戻ったらうきうきで体育するんだろうな。
「ほい、お前の分」
「ありがとうございます」
肩の運動が済んだら夕食、と言ってもパンとチーズだけ。携帯用に小さくカットしているので少量。摂取量と消費量が釣り合ってない...。
パクパクパク、ゴックんと口にいれて噛めば楽しい夕食は終わる。喉が乾けば革袋から水を飛ばして水分補給。
茄子の形をしたこの革袋、山羊の革を使用しているようで薄くて丈夫、更に保冷効果もある。高性能で驚いた、元の世界でも十分使えそうだ。
「なぁあんたら、どこに行くんだ?」
「僕たちはトーサカに行くんです」
「へぇ、トーサカか」
食事を終えると旅人2人組のつり目の男性が座ったまま僕に声をかけてきた。眠そうな男性は眠った男性になっていた。
始まった始まったとワクワクしながら男性に近づくとその前に座った。近くで見るとやはりシワもないし若々しい肌だ。ただモジャモジャの濃い髭に目がいってしまう。
「お二人はどこへ」
「俺達は王国に帰る途中。2年程世界を見て回りたくて旅してたんだ、こいつと」
眠った相方の背中に目をやったつり目の男性。2年の旅、それだけの年月があればそりゃこんだけ髭も延びるよね。
「いやー、やっぱり自分の目でいろんな景色とか見るのはいいもんだ。新しい発見があったしな」
「新しい発見ですか?」
「あぁ、ちょっとこの地図見てくれ」
そう言うと背後の鞄を探って出てきたトーサカと王国間の地図。簡易なもので地面の高低差などは一切なく、道や川、村町などしか記載されていない。
はっきり言えば学生がガンバって書いた程度だが、これが旅人には必需品。このクラスでも用意しておけばなんとかなる、らしい。先輩の持っているものは少しランクの高い代物で森や雑木林などの場所が記載されている。
「今この小屋がここで、橋を渡って道を真っ直ぐ進むとトーサカなんだが...」
指で地図の道をなぞっていく。その先にはトーサカだが、ちょうど中央手前でふと指が止まる。
「ここらで右にそれて進んだ先の森に入ると、大きな穴があるんだ。」
「穴、ですか?」
「見落とすことはないな、それだけ大きい穴だ」
指は道から外れそのまま進んでいく。そして地図上に書き込まれた丸にぴたっと止まる。
「へぇ、面白そうな話をしてるな。俺にも聞かせてくれ」
壁にもたれて話を聞いていた先輩も僕の横で腰を降ろして胡座をかくと地図に目をやった。
「それで、穴の底には建物が立ってるんだ。普通の木造の家が数軒だったな。それと横穴って言うのか、洞窟みたいに何本も横へと堀進められている。降りる手段は梯子が何個か確認できたが、人の気配はなかったな。」
「穴の底に降りたんですか?」
「降りたぜ、まぁさっき言ったけど無人だ。横穴も覗いたが真っ暗で入る度胸はなかった。」
「ふーん...こっちの地図にも乗ってないな。採掘の仕事をするためにできた集落とかか?」
「そうだと思うな。で、取り尽くして消滅したんじゃないか」
地図から消えた集落、軍艦島みたいな廃墟ってことか。
「面白そうだな...トーサカへの道からどれ位かかる?」
「そんなにかからない筈だ。森も小さいし、その中央にあるから迷子にもならないだろうから...もしかして行くのか?」
「当たり前だ。そんなの見ておかないとな」
公務中なんですが先輩、と部下である僕が止めに入るべきだ。
止めるべきだ...よくない、仕事中に。
「おいカロ、ペンあるか?」
鞄の横にぶら下げられたガラスペンを手に取り先輩へ手渡した。
「あ、ここの小さな森か。ここに行くんだな。」
先輩の地図にあった森が丸に囲われた。僕らの明日からの目標地点になる、本当はトーサカへ真っ直ぐ行くべきなのに。
しかし、それでも気になるものは仕方ない!
寄り道で怒られたことはない。それをいいことに今回も真っ直ぐ目的地に向かうことはなかった。手紙はしっかり届ける、それでいて僕らも世界を巡る。
「よし、行くぞカロ。」
「はい、先輩」
消えた集落。何があるのか、僕達の好奇心を抑えることは出来ない。この目で、真実を確認しよう。
「いいのか、配達人?」
「手紙を届ける旅人、それが配達人だ。だからいいんだよ」
配達人は不真面目な奴ばかりだ。場所に縛られるのが嫌いで、建物に閉じ籠るのがストレスで、だからこの仕事を選んだって言う人が大多数。
先輩もそんな1人。僕はそんな先輩の背中に付いていく。
この人に付いていけば、僕はこの世界を知ることができる。
本当に見たい世界の隅々まで、見せてくれる。
このあふれでる好奇心が、僕を導いてくれる。
「うし、楽しみになってきた!先に寝るぞ」
「ははは、配達人って変わってる奴ばっかだな!」
かっかっかと耳に残るつり目の男性の笑い声が小屋に響く。
え、あの、変わってる奴ばっか...それって僕もなのかな?
その晩、僕はまだどっちかと言うと常識人と自分に何度も言い聞かせて眠った。