0 プロローグ
小鹿のように小刻みに震える膝に手をついて息を整える。心なしか最近スタミナがついたような、これだけ山道走り回っていたら当然とも言える。
「へばっていたら置いていくぞ」
この人、僕と同じ距離同じ速さで走ったんだよね?
どこからそのスタミナが湧いてくるのだ、今の僕に少しでも分けて欲しい。
実際そんなことできるはずもない、置いていかれたくないので上半身を起こして深呼吸を2、3度するとなんとか心臓が落ち着いてくれた。
「手紙、落としてないよな?」
「も、もちろんです」
その場で回転しランドセルサイズの茶色をしたリュックを見せた。あっちにいた時に背負っていたカバンもこれと変わりない重さで、学校に遅刻しそうになると家から全速力で走っていたので何か懐かしい感覚を味わうことになる。最も、今の僕は襲い来る狼に似た4足歩行の肉食獣から逃げていたので全然状況と緊迫感が違うけど。
「ま、もう少しだ。目的のサズミ村に着いたらゆっくりできるからな」
「了解です、先輩」
この人のもう少しにはもう騙されない、後2日はかかるんだろうな。そう考えるとリュックが重くなった。
鬱蒼と生い茂る暗い森をやっと抜けたのにそこに待っていたの一面草原の海原。膝ほどの高さの草が風に揺られ波打つ光景や、青と緑の境界線から顔を出す太陽が幻想的でとても美しい、だが心は重い。
せめて、もう走りたくない。知りもしないこの世界の神様に願うばかり、無宗教の都合の良い神頼み。
「あー、カロ。あれはチヂル。急降下して襲ってくるから走って通り抜けるぞ」
指をさされた方を見ると青い空にコウモリ型の生物が4匹飛び回っていた。やっぱり、都合の良い時だけ頼み事してもダメなんだね。
走り出す先輩の後を追って筋肉痛に悲鳴をあげる足を無理やり回転させる。すぐきぃぃぃ、と甲高い声が真上からすると
「噛まれるぞ、走れ!」
もう死が見えるほど走ってますって!...とそんな文句を言う余裕はない。
歯を食いしばって先輩の背中を追いかけた。