3.優しい理由
「どうも。」
逸樹は頬を赤らめて女性の顔を見ることもなく挨拶をした。何度も言っている通り彼は人見知りなため、初めて話す人とは緊張してしまう。特に女性ということもあり、緊張は余計に増していた。
「すいません。この度は助けていただき、ありがとうございました。」
女性はヘアゴムで髪をまとめて、お辞儀をしながら礼を言う。
「いやいやいやいや!本当に大したことはしてないです!」
「いやいや!謙遜しないでください。あなたが私を助けてくださったのは事実なんですから。本当にありがとうございました。」
逸樹は陵の方を見る。陵は笑顔で逸樹に向かって頷く。
「あーあと、これを。」
女性は小包をテーブルの上に差し出す。逸樹と陵はゆっくりとテーブルの方へ歩いていき、女性に向かい合うように座った。そして逸樹が口を開く。
「これは?」
「大したものじゃないんですけど、家の近くで売ってるお饅頭です。是非食べてみてください。」
陵と逸樹は顔を見合わせる。そして、陵が箱を開いた。
「あーーー!!!!これは!!!!この前の全国スイーツ大会で見事2位に輝いた白栗饅頭じゃないですか!!!僕も一度は食べてみたいと、この饅頭を売っている名店白進までいったことがあるんですけど、もう行列がすごくて、すごくて!!!」
陵がスイーツについて熱弁を始めた。
「あ…あのー…。」
逸樹が止めにはいる。
「いや。すまない。取り乱してしまったよ。それじゃあ……一つ。」
陵は一つを手に取る。手は小刻みに震えている。逸樹が陵の顔を覗き混む。汗の出方が尋常ではない。陵はただただ饅頭を見つめていた。そして口を開いた。
陵は目をつぶった。一切れを噛みちぎる。
「んん!!!!!」
逸樹は思わず目を疑った。陵が泣いていたのだ。それには彼女も驚きを隠せない様子。
「すいません。なにか入ってましたか?」
「うますぎる。」
「はははは!なんですかそれ!それはよかったです。」
彼女は陵を見て笑っている。陵は逸樹を見てお饅頭を指差している。
「それじゃあ僕も。」
逸樹もお饅頭へ手を伸ばす。そして一切れ…。
「んん!!!!!」
逸樹も泣いた。この饅頭よりうまいものは果たしてあるのか。そんな風にも感じられた。
「お二人とも面白いんですね。」
彼女は相変わらず笑っている。とても幸せそうだ。しばらく笑った後、彼女は落ち着いた素振りを見せると二人を見て口を開いた。
「私がここに来た理由はお礼を言いに来ただけではないんです。」
「というと…。」
逸樹が期待を隠しながら答える。
「なにかお手伝いができないかなと思いまして。」
「いやいやいやいや!お手伝いは、」
逸樹がそう言いかけたそのとき、
「まことですか?それでは一つ手伝ってほしいことがあるんです。」
逸樹は陵の方を見る。陵は逸樹に耳打ちをした。
「これはいいチャンスじゃないか。君と彼女との仲を深める絶好の機会だと思わないかね。」
「えぇー…。」
逸樹は顔を歪ませる。
「そのお仕事とは?」
彼女が切り出す。その言葉に陵は正面を向いて答える。
「動物の保護ですよ。先程お電話がありまして。木の上に登ったネコちゃんが降りれなくなっちゃったらしいのです。しかし、私にも仕事がありまして…。この逸樹君のお仕事なのですが付いてあげてくれませんかね。」
「もちろんいいですよ!私ネコ大好きなんです!」
彼女はとても笑顔だ。早く保護をしたいのかそわそわしている様子だ。
「ありがとうございます!」
陵が大きい声と共にお辞儀で答える。
「え?」
「あ!いや!なんでもないです。」
「は…はぁ。」
陵は恥ずかしそうにお辞儀した頭をすぐに戻す。女性は話を切り替えるように切り出した。
「申し遅れました。私は佐伯 彩と申します。よろしくお願いしますね!」
「は…はい!!!」
逸樹は大きな返事で返す。
「それじゃあここに行ってくれるかな?」
陵は地図を取りだし、二人に見せる。
「了解しました。」
逸樹は彩を連れて大豪邸をあとにした。
10分ほど歩いた。その間二人はあまり話すことはなかった。彩が話を作っては、逸樹が答えているのだが、話が続かない。そんな空気の中、目的地の場所につく。
「ここですよね。」
彩が木の上を見上げ、口を開く。高さは大体10メートルぐらいだろうか、一番上の枝から落ちたら、骨折は免れられないだろう。
「そうですね。」
逸樹は彩に対し、淡々と答える。
ニャーーオ
猫の声だ。
「おーーーい!!猫ちゃん。おいで!」
彩は猫を呼ぶ。すると、猫は顔を出した。しかし、怖がっているのか一向におりてくる気配はない。
「まってて。今行くから。」
逸樹はそう言うと木を登り始めた。速い。今までスラムで生きてきた彼にとって木を上ることなど朝飯前だった。あっという間に木の上へ。
「ほらほら。捕まっててね。」
逸樹は猫を抱き抱えると木をおり始める。
枝の上に足を下ろす。その瞬間。
パキッ
枝が折れる。
「あ!」
「イッテテ。」
ニャーーオ
猫は彩の方へ走っていく。
「大丈夫ですか?」
彩は猫を抱き抱えたまま逸樹の所まで駆け寄る。
「大丈夫です。それより猫は?」
「大丈夫ですよ。元気です。」
「よかった~。」
逸樹はそう言うと、安心したのか目をつぶった。
「優しいんですね。」
「え?」
「木から落ちて痛い思いをしているのはあなたなのに、猫のことを心配してくださるなんて……。」
彩は顔を横に倒し、笑顔で逸樹の方を見た。逸樹はその言葉に対し、青く広がっている空を見ながら答えた。
「僕は昔から、困っている人や、動物を放っておけない性格なんです。不思議とからだが勝手に動いちゃって……。もしかしたら自分の方が危ないかもしれないのに、それでも助けちゃうんです…。その行為で一人でも多くの人が笑顔になれたらいいんです…。すいません…。聞かれてもいないのに…。」
「わかりました。あなたがなんでそんなに優しいのか……。なんていえばいいか………とってもカッコいいです。」
彩は頬を赤くして言った。逸樹もその言葉に、頬を赤くして目をそらした。
「あ!ほら!早くいかないと依頼人さんが心配しますよ!いきましょ!」
「う…うん。」
逸樹は急いで起き上がり、地図を出した。
「ここですよね。」
「そうだね。」
二人はそう言うと顔を見合わせ足早にその場をあとにした。
コツッコツッコツッコツッ
トンネルのなかにハイヒールの甲高い音が響き渡る。
「やめてくれ!おれはなにもしてないじゃないか!」
「……。」
男性は腰を抜かし、左手を女の方へのばしている。
女はバニーガールのような格好をしている。男性の前で止まると、無言で右足を天高くまでのばした。そして……
ピィィィイイン
女の頭からは二つの長い耳がのび、体全体は白い毛で覆われ、鼻の横からはひげがはえている。
「お前は…まさか……最近聞いたことがあるぞ…生物の能力を使い、力を手に入れようとしている集団を…。お前もその一人か…。」
「私をやつらと一緒にするな…。最後になにか言いたいことはあるか…。」
「俺がいったい何をしたというんだ。」
女は男性を睨み付けた。
「ひぃぃぃ…。」
「私の前を通った…。それだけだ…。」
女は天高くまでかかげていた右足のかかとを振り下ろした。その瞬間、女の服が真っ赤に染まる。
「うあぁぁぁあああ。」
叫び声がトンネルのなかで不気味に反響する。血が滴り落ちる音も、やむことがなっている。
女は唇の横に飛び散った血を舐めて、口角をあげる。
「なかなかうまいじゃないか…。」
女は、またハイヒールの音を響かせながらその場から消えた。