2.ヒロイン
ガラガラガラガラガシャ
塀が少しずつ崩れていく。
「ガルルルルルゥゥゥ」
「これで少しは落ち着いた?」
逸樹は陵を睨み付ける。逸樹は状態をおこし、手を前につき前傾姿勢をとった。
「あ!人の家の塀を壊しちゃった!どうしましょうか。じゃあ弁償代は割り勘だね。」
「弁償代じゃなくて治療代にあてたほうがよくなるかも………な!!!」
逸樹は、地面を強く蹴り陵に飛びかかる。
「冗談だよ冗談。僕が全額負担するよ。それと…君の治療代もね♪」
「ガアアゥゥウ」
逸樹は口を大きく開き、陵の頭を目掛けて噛みついた。
カチィィィン
甲高い音が辺りに響き渡る。
「ワーオ!多分それに噛まれてたら骨まで折れちゃってたかもね。」
逸樹は上を見上げる。
「それじゃあ今度は僕の番ね♪」
ピタッ
陵は逸樹の鼻の上に左手を置き逆立ちをした。そして、逸樹の右耳に右手を当てる。
「建物壊れませんように!」
陵は逸樹の右耳に肉球で強い圧力をかけた。圧力をかけられた方向に逸樹が飛んでいく。そして…
ガラガラガラガラガシャ
またもや住居の塀を破壊する。陵は頭を抱えた。
「あーーー最悪だー!これ以上損害を出さないためにも早めに決着をつけさせてもらうよ。」
逸樹は倒れた状態から跳ね起きをした。そしてすぐに陵に飛ばされた地点を確認する。しかし、そこに陵の姿はなかった。
「痔になったらごめん!」
逸樹の背後だ。すぐにエルボーを狙う。しかし、これも当たらない。座っているからだ。陵は座り込んだまま両手を組んで人差し指を2本立てた。そして…
「キャン!!!!」
おしりの穴を目掛けて突き立てた。逸樹は泡をはいてその場に倒れた。憑着はとてけいる。
陵は逸樹を肩に担いで辺りを見回す。先程連れ去られかけていた女性、大男が気絶している。
「え!うそ。全員運ぶ系?笑」
陵は冷や汗をかいて、つぶやいた。
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「う……うぅ……………。」
逸樹はそっと目を開ける。陵が心配そうに逸樹の顔を覗き混んでいる。そして逸樹が目を覚ましたのを確認して笑顔をもらした。
「おぉ!起きたね。君をここまで運んでくるの、結構疲れたんだから。」
「すいません…。刃物で刺されて意識がなくなっているところを助けてくださったんですね。ここはどこですか?」
「僕の家だよ。」
逸樹はそっと下を向いて考え込む。
「そういえば、僕は何をしてたんだっけ。」
「あー。やっぱり覚えてないか。昨日は何してた?」
「えーと…。交差点に出たあと、大男に刺されて、意識が遠くなっていったのを覚えています。」
「ほーほーほー!じゃあいいことを教えてあげようか?二つあるんだ。教えてほしい?」
「はい。なんでしょう?」
逸樹は身を乗り出して耳を傾ける。
「一つは君が憑着を使いこなしていたこと。」
「え!僕は化け物になったってことですか?」
逸樹の顔色から血の気が引いていく。
「いやいや!化け物て…。」
「いや!それは信じません!」
「それを言うと思って、防犯カメラの映像をお借りしてます!」
陵はそう言うとおもむろに制服の内ポケットからCDをとりだす。そして、ベッドの横にあるそこそこ大きいテレビに差し込んだ。
「これ。君だよね。」
「はい。」
そこには連れ去られている女性と大男がいた。その現場には、駆けつけたばかりの逸樹の姿もあった。
「そしてここ!」
「はい。ここで刺されました。」
そこには、大男に刺される逸樹の映像が映っていた。
「そして僕はここで意識を失うんですよね。」
「まあまあ見といて。」
ギュィィィィン
逸樹は間違いなく憑着していた。
「え……。」
「ほら!君も憑着者なんだよ♪」
「何をのんきに言っているんですか?僕は化け物だったんですよ!」
逸樹は怒鳴った。
「まあまあ、続きもあるから見といて。」
「は…はぁ。すいません…。」
プニッ
そこには逸樹のパンチを受け止める陵の姿が。
「僕の登場♪」
「え!僕は陵さんを殴ったんですか?」
「まあ…だけど気にしないで!」
逸樹はベッドから飛び起き陵に土下座をした。
「え!いやいや!やめてよ!僕も運動不足だったから、ちょうどよかったよ。」
「ほんっっとうにごめんなさい!」
二人はそのあとも映像を見続けた。
住居の塀を破壊するところ。逸樹の鼻の上で陵が逆立ちをしているところ。おしりに指を突き立てられたところ。
「やっぱり陵さんは強いんですね。」
「君も訓練をすれば僕より全然強くなれるよ。素質がある。そこで君に提案がある。ここで働かないか?」
「ぇ……。」
陵の目は本気だった。その瞳の奥からは、溢れんばかりの期待と喜びの念が感じられた。
「役に立てるかどうか分かりませんがよろしくお願いします。」
「ありがとう!ほんっとうにありがとう!じゃあこれからもよろしくね!」
二人は固い握手を交わす。
「それで、もうひとつのいいことは?」
「あーそうそう。君が助けた女性がいるよね。その人、君にお礼を言いに来てるよ。スッゴク美人だよ♪」
「え!僕にですか?場を沈めてくださったのも、彼女を家に送り届けてあげたもの陵さんじゃないですか!」
逸樹は頬を赤らめる。
「大丈夫。それも全部君がやったってことにしてあるから。」
「えーー…。」
「それじゃあいってらっしゃい。」
陵は逸樹にスリッパをはかせると、背中を押して大広間まで運んだ。
ドアを開けると、そこには口にヘアゴムをくわえ、頭の後ろで黒髪をまとめている可愛らしい女性が座っていた。
取調室にて
「被害者は若い女性。それと……少年。間違いないな?」
「はい。」
「では、なぜどちらも現場にいなかった。」
「……。わかりません。」
二人の警官が手錠をつけられた大男に質問をする。
「気絶していたお前を、ここにつれてきた男は知ってるか?」
「知りません…。」
「なぜ気絶していた。」
「それなんです!」
大男は椅子から立ち上がり必死で訴える。
「現場からいなくなってた少年いましたよね。そいつが一瞬人間じゃなくなったっていうか…なんていうか…。」
「まあ、座れ。どういうことだ?」
大男は落ち着いた様子を見せ、椅子に再び座る。
「一瞬獣のような体になったんです。俺はそいつに殴られかけた。そこで死を覚悟した瞬間…意識が…。」
「なるほど。錯乱状態にあり…か。」
大男はもう一度椅子から勢いよく立ち上がる。
「お願いだ!信じてくれよ!」
「ぬ…ぬぅ。仕方ないな…。監視カメラの映像は残っているか?」
「それが…その部分だけないんです。」
「なに?」
「その部分の映像だけないんです!」
その場にいる3人とも下を向く。大男は諦めたように椅子に座る。
「しかし、女性に暴行を加えたのは事実だ。罪は変わらないからな。」
「は…はい…。」
大男はその後も取り調べを受けた。