楽園
組織の存在理由
そして、戦いは始まる……
「全員戦闘配置!」
オッサンに説明を受けていた団長室から、指令室に移動するとオッサンは声を張り上げ、隊員に指示を出し始める。
「敵の位置は?」
「Cブロック前方、Bブロックとの境目です。
敵数は目測30ほどかと」
隊員が情報をまとめオッサンに報告する。
慌ただしく隊員が動く中、俺達は立っていた。
「Aブロックより別勢力進行中!
敵数、目測10!」
中央の大きなモニターにはこの街の地図が映っており、その地図はA~Lブロックの12のブロックに、まるで電話の番号ボタンのように分けられていた。
Aブロックの端とB、Cブロックの境目には青色の矢印のマーカーと赤色の矢印のマーカーが表示されている。
このマーカがさっき言っていた敵なのだろう……
「いつもより数が多いな……」
「Aブロックを進行しているのが『悪魔』と思われます」
オッサンは隊員との会話を続ける。
いつも……
俺達が知らないだけで、こんな事が頻繁に起こっているのか……
「現在行動可能な部隊は? 」
「通常7部隊。特殊部隊は2部隊です」
的確に、そして冷静に必要な情報だけを集めていく。
「よし……3部隊を民間人の避難、保護、救出にまわせ。
残り4部隊はBブロック中央へ」
「了解」
決して焦ることなく、慣れた様子で明確な指示を隊員に出す。
「特殊部隊はA、Bブロックの境目に。
作戦コードθでいくぞ」
オッサンの仕事をしている姿を初めて見たかもしれない……
何が起きているか分からない。
何をしているのかも分からない。
しかし、その背中は不思議といつもより頼もしく、かっこよく見えた。
「す、すごいな……
あそこまで的確に……」
「ほんとにマンガの世界見たいだ……」
勇気が目を見開き驚愕していた。
戦略ゲームや、戦争ゲームをしているこいつには今の仕事がどれほどすごい事なのか理解出来ているのだろう。
勇気と2人呆然としていると、突然夏目が刀を腰に下げ、靴の紐を締め直して準備を始めた。
「真人、勇気、私は作戦に参加しないと行けないから離れるね。
美久ちゃんと美香さんをお願い。
ここにいれば安全だから!」
「あ、お、おい!夏目!」
そう言って夏目は走って街に出て行ってしまった。
「行っちゃったな……」
「ここにいればって……
場違い過ぎるだろ……俺ら」
唯一話がゆっくり聞けそうな奴が抜けてしまい、俺たちはおどおどとしてしまう。
忙しく動き回る隊員達。
その部屋の隅にポツンと取り残された俺達。
その雰囲気が耐えられなかったのだろう、母さんが口を開いた。
「真人? お母さんなんにも分かんないんだけど?……」
困惑の表情のまま俺達へ説明を仰ぐ。
しかし、俺や勇気も流石にこの状況を説明出来るほど理解は進んでいない。
「ああ……俺もなんにも分かんねぇ……
勇気、お前戦略ゲームしてるって言ってたよな?
それってこんな感じか? 」
勇気に話を振り、なにも答えられない罪悪感の様なものから逃れようと模索する。
「ん?あぁ、大体な
でも、実際の現場であそこまで的確に指示は出来ないけどな……」
勇気はこちらを振り向くことなく、隊員達の動きを食い入る様に見ていた。
「なんとなくでもなにしてるか分かんないか?
正直、チンプンカンプン過ぎて話に置いて行かれる」
期待を込めて勇気に説明を求める。
今この場で頼れるのは、浅くともゲームなどで知識を持っている勇気だけだった。
「俺にも全然分かんねぇよ……」
しかし、ものの見事に期待は裏切られた……
全くもって使えないやつだ……
それでも、なにか少しでも情報が出ないかと質問を続ける。
「ちょっとでも、なにか分かることはないか?……」
勇気は頭かき、顎に手をやりモニターを凝視する。
暫く考え込み、ゆっくりと口を開いた。
「え、えーと……多分だけど……さっきの指示を聞く限り民間人保護以外の4部隊、それと特殊部隊2部隊は配置してるのは、敵が進行する予想経路。
その進路に立ち塞がる形で配置されてる。
待ち伏せの典型みたいな形だ……
ゲームなら戦場になるのはBブロック中央
つまり、配置した4部隊のいるところだ……」
思っていたよりも明確な情報が出てきた……
流石は俺の親友だ……
最初の方はよく分からなかったが、要は待ち伏せする配置ということだ。
「待ち伏せか……でもさっきの話を聞いた後だと勝てる気がしないんだが……」
さっきの話……オッサンから聞かされた『代理戦争』の話だ。
もし、『神』や『悪魔』の力がオッサンの言っていた通りなら『人間』よりも余程力のある存在だと思うが……
「そうだな……『人間』と『神』、『悪魔』の力の差が本当に話の通りなら無理だろうな……
ゲームなら撤退してる」
「なら、全部隊民間人保護に回せば良いのに……」
「夏目ちゃんのお父さんも無理を承知で指示はしてないだろ……命がかかった指示なんだ……
なにか……意図があるさ……」
「民間人の保護状況は? 」
「80%まで終わっています! 」
「よし、部隊配置は? 」
「全部隊配置完了です! 」
オッサン達の声が聞こえる。
命がかかった指示……オッサンはそれほどまでに重いものを背負って戦っていたのか……
「整ったな……特殊部隊員に伝える
古代遺産の使用を許可する
『悪魔』の軍勢をBブロックに侵入させるな」
「「了解」」
オッサンの口から聞きなれない言葉が聞こえた。
ほとんどの言葉が聞きなれないが、その中でも郡を抜いて聞きなれない言葉。
古代遺産……
「作戦コードθ 開始!! 」
「あ、映像が……」
「なんだあれ……」
そこに映っていたのは、予想よりも遥かに……普通の人間だった。
服は奇抜だが、見た目は間違いなく普通の人間そのもの。
「こ、これはBブロックのカメラだから『神』側か……」
一人白いコートを着ている。
女だろうか?……
それ以外は西洋甲冑……鎧を着た男達だ……
確かに服装だけなら明らかに異質。
でも、こんなただの人間を攻撃するのか?……
本当に話の様な力を使えるのか?……
「あの鎧……夏目ちゃんが戦ってた……」
「あ、あぁ……ということはあそこにいる敵は全員あの時みたいなやつなんだな……」
敵と組織の人達の距離が近づく。
赤いマーカー側……『神』側の白いコートが指を立て、ゆっくりと腕を下げ部隊を指した。
俺達がしっている『神』様からは出るはずのない言葉がその口から漏れる。
「殺れ」
その声を聞いた鎧の男達は剣を抜き突撃を開始する。
鎧を着ているとは思えないほどの速度。
鍛え抜かれた人間でもここまではでないであろう。
それほどの速さで敵が距離を詰める。
「まだだ……まだ待て……」
オッサンはモニターを見たまま動かない。
部隊も一歩も動くことなく、ただじっと敵が近づくのを待つ。
「何をしてるんだ! 殺られちまう! 」
勇気が焦りだした。
それもそうだろう……この速度で動けるんだ……これ以上近づかれたら……
素人の俺でも分かる……
「まだだ……あと5m……」
敵が10mほどまで近づいた時だった。
「今だ!!」
敵の足元が爆発する。
「え、わ、罠? ……」
遠隔爆弾……待ち伏せによる有利。
それは罠の有無。
敵は散り散りに吹き飛び、陣形は完全に乱れた。
「……死んだ……のか? 」
「いや、死んだだろ……
あの爆発じゃあ流石に……」
違和感……だろうか……
これで倒れるのであれば、自衛隊で事足りる……
わざわざこんな組織を1から作らなくても……
まだ終わっていない……そう感じた。
「銃を構えろ……くるぞ……」
オッサンが指揮を続ける。
爆発によって上がった砂埃でカメラの映像がハッキリとしない。
その映像から音だけが聞こえてくる……
それは間違いなく鎧の音
「い、生きてる……
ほ、本当に人間じゃねぇ……」
見た目は間違いなく人間だろう。
しかし、爆発をものともしないそのタフさ
普通の人間では有り得ることのない現実。
「あの話の通りだ……
人間とは思えない不思議な力
間違いなくあいつらはその力を持ってるんだ……」
勇気の声が震えていた。
実際の戦いを目の当たりにして恐怖しているのか……それとも……
「あぁ……間違いないな……」
砂埃が落ち着き、映像が戻った時。
それは確信に変わった。
「……! 」
「ほぼ、無傷……」
立ち上がった敵の身体には汚れこそ付いてはいたが、目立った外傷が何一つ見えなかった。
「まぁ予想通りだな……
A~D部隊に告ぐ、総員作戦経路へ退避」
「続いて特殊部隊に告ぐ、総員Aブロックへ退避」
オッサンの指示が続く。
でも、今の指示だと待ち伏せした意味もない。
しかも、敵が進みたい道を空けることになる……
どうして?……
「なるほど……そうか……
真人! これは勝てない戦いを仕掛けたんじゃない!
これは……待ち伏せじゃない……陽動だ……! 」
勇気は目を輝かせこちらを振り返った。
きっと今まで見ていた作戦が納得いったのだろう。
「陽動?
あの敵を引き付けて隙を伺う? 」
「あぁ、でも陽動はそれだけじゃない
要は敵の目を目的から引き剥がせばいい」
勇気がモニターに指を指す。
「見ろ、A~Bに進行してた『悪魔』は街の外に誘導されてる……」
モニターに映っていたマーカーが少しずつ、少しずつ街の外へ移動していた。
「なるほど……それなら戦わずに最小の被害でに抑えられるわけか……
でも、それって一時的過ぎないか?
また戻って来るだろ……」
「た、確かに……
これからどうするんだろうな?……」
あのレベルの爆弾が効かない。
ということは銃やそれ以外の武器もあまり期待は出来ないだろう……
勝算があまりにない……
勝ち筋が無さすぎる。
「夏目、いまだ」
オッサンが夏目に指示を出す。
何をする気だ?……
「了解」
モニターに眩い光が映る。
「敵が撤退していく?……」
目をしかめながらモニターを見ると、今まで好戦的だった敵が一目散に撤退していた。
理由はよくわからないが、危機を脱したようだ……
「よし、総員安全民間人の安全確保の準備だ!」
「「「了解!」」」
敵が完全に退散すると、張り詰めていた現場の雰囲気が一気に歓喜の声に変わった。
何が起きたのか、何をしたかなにも分からない。
しかし、一つだけ分かったことがあった。
兵器の通じない相手に勝ったんだ。
今この瞬間。
勝算のなかった相手に。
「オッサン……」
オッサンが俺達の方へ歩いてくる。
その顔はいつもの笑顔であった。
「真人、見たか
これが俺達……『楽園』がやっていることだ」
その笑顔を見て今戦いが終わったことを感じた。
「『楽園』……それが、この組織の名前……」
「そうだ。
今の仕事が終わったらまた全てを話す
少し待っててくれ!」
「あぁ……」
オッサンはまた走って指示へ戻っていった。
これが、俺が初めて『楽園』に関わった時だった。
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