ゾンビが棒
眼が覚めると見知らぬ廃屋に横たわっていた俺は、なんとゲームの中の住人らしい。同じ部屋に居た男がそう言っていた。ここで普通の人間なら信じず「コイツ頭おかしいのかな」と流してしまうところだが、俺は彼のいう事を信じるしかなかった。彼が「棒」だったからである。ここでいう棒というのは棒のように細い、とか苗字が「ボボボーボ」であるとかいう意味ではなく、彼の姿そのものが「棒」だったからだ。
| ← 図で書くとこんな感じ。これではさすがに彼の頭はおかしいと言えない。先ずどこからどこまでが頭か分からないし、棒が喋るなんてゲームか漫画の世界でなければ説明できないからだ。彼が言うにはまだ製作段階のゲームであるため人物のグラフィックが出来上がっていないのだそうだ。
彼が棒であることにも驚いたのだがもっと驚いたことがある。それは俺自身も棒だったということだ。何気なく部屋に置いてある鏡をのぞいたところ、そこには棒が2本立っていた。1本は先ほどの男。もう1本は、俺だった。
「嘘だろ?!」
俺はあまりのショックに頭を抱えようとするが抱えるための手も頭も不足していた。
「おいお前!」
切羽詰まった様子で男が俺の肩を叩く。いや俺の肩も彼の手も見えないので確証はないが叩かれた気がする。叩かれたことにしておこう。そして俺は彼のことを相棒(棒)と呼ぶ事にした。
「このゲームは『押し寄せるゾンビからひたすら建物にこもって応戦する』って内容だ。そして悪い知らせだが、どうやらゾンビがすぐ近くまで来てるようだぜ」
「そ、そんなのどうすればいいんだよ!」
「今俺たちがいる建物を探しまくって銃を見つけるんだ! それを使ってゾンビどもをぶち殺してやるのさ!」
そう言いながら相棒(棒)は(足が無いので一本の棒が水平に移動しているようにしか見えないが)、走って部屋を出て行った。のだと思う。俺は座り込んでしまった。鏡に映った俺は「ん」そのものだ。
相棒は銃で対抗すると言っていたが俺はただの帰宅部大学生だ。銃なんて使えるわけがない。……いや、これがゲームならば大学生という身分も今までの記憶も俺というキャラクターを作るための一つの設定に過ぎず、だとすればゲーム特有のご都合主義的に、うまいこと銃を扱えるのではないか? そもそも今の俺はただの棒だ。一切の常識は役に立たない。
「おい何やってんだ! 早く銃を探して準備しろ!」
相棒(棒)がドアから斜め45度に顔と思われる棒の先端をのぞかせる。
「今行くよ!」
悩んでいたって仕方ない。俺は立ち上がって相棒(棒)の方へ向かった。
***
「これだけあれば制限時間の15分は余裕で耐えれそうだな」
武器を前にした相棒(棒)は満足そうに笑みを浮かべている。ような気がする。
「これ本当に銃なのか……?」
俺が懐疑的な声を上げたのは理由がある。相棒(棒)が集めていたものが、ただの白い球体だったからだ。改めて床に置かれた、相棒が銃と言い張る物に目を向ける。
。|。 彼の体と合わせて何やらいかがわしいものに見える。
「銃だよ! まだ開発が進んでないから銃が〇であらわされているだけなんだ。そういうお前はしっかり見つけて来たか?」
「お前の言った通り白い球体を拾ってきたよ」
俺は手に持っている白い球体を彼に突き出した。もちろん手は見えないため、空中に白い球体が浮いているように見える。
「ふむふむ、手りゅう弾に、マシュマロに、トイレットペーパーに、エッチなDVD……お前ふざけてんのかよ!」
「いやいや俺はお前の言う通り白い球体を集めてただけだよ!」
「だからって銃とHなDVDの違いくらい分かるだろう!」
「分かんねえよ!」
オオオオオオ
棒二本が醜い言い争いをしているところに、低いサイレンのような音が不気味に響き渡る。
「クソっ、来やがった! 俺の銃を貸してやるからこっちに来い」
相棒(棒)は斜めに傾きながら窓際へ向かう。俺も小走り(のつもり)で後を追う。
「見てみろ」
相棒(棒)はクイッと顎を上げて窓の外を見るよう促す。もちろん顎も棒である。俺は恐る恐る窓の外を覗いてみた。
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なんとそこにはおびただしい数の棒が!
「あれがゾンビだ」
「そうなの!?」
「へっ、相変わらず不幸そうなツラしてやがるぜ」
「いや表情分かんねえよ!」
俺は軽口をたたきながらも相棒(棒)の声が小さく震えていることに気付いた。
「いやあああ! 助けてえええ!」
声のした方を見ると無数の棒から少し離れたところを一本の棒が平行移動している。
「クソっ!あのNPC食われちまうぞ!」
相棒(棒)は乱暴に窓を開けると(棒だけに)球体で棒の群れに向かって構えた、ようだ。
「おいゾンビども! 俺のマシガンガンをくらいやがれ!」
「いや、それ撃てるのか……?」
俺の言葉は次の瞬間けたたましい銃声と光によってかき消された。暴力的な光を曳きながら降る銃弾は容赦なく棒に浴びせかけられる。ほぼ同時に巻き起こる砂塵、そして唸るような悲鳴がゾンビたちに致命傷を与えたことを示していた。だが何度も言うがゾンビは棒であるため、銃弾のグラフィックと対照的で凄くアンバランスである。
「お前も撃て!」
相棒(棒)は白い球体を蹴って俺の方によこした。
「え? これどうすればいいの?」
おもむろに球体を持ち上げたはいいが、どこに安全装置があってどこにトリガーがあって、どこに銃口があるのか一切分からない。
「この期に及んでふざけてんじゃねえよ! 分かるだろ撃ち方くらい!」
「俺にはただの〇にしか見えないんだよ! お前チーズに向かって『これは私のチンポです』って言われて納得できんのかよぉぇぃ!」
「クソッタレ! ちょっと貸してみろ!」
相棒(棒)は強引に俺から球体を奪い取ると(と言っても俺の手も彼の手も見えないため白い〇がふわっとA地点からB地点に移動したようにしか見えない)、何やら物騒な音が響いた。
「安全装置は外しておいた。後はトリガーを引くだけだ!」
そんなこと言われたって……、と言おうとしてチラリと窓の外を見ると、一つの棒がものすごい速さで俺たちの方へ迫ってきていることに気付いた。
「あ、あれは『大鬼』だ! 動きが速くて銃弾をいくら撃ち込んでも死なないボス級ゾンビだ!」
どう見ても棒にしか見えないためイマイチ緊張感は感じられない。
「ああっ! その後ろからは『猛毒』! アイツの吐く液を浴びたら一瞬でゲームオーバーだぞ!」
棒の後ろを見ると棒。
「ああ! その横には『はらわた』! アイツは人間の臓器を好んで喰らうエグイ奴だ!」
棒の横を見ると棒。そして我々も棒である。俺は何かの真理に到達しそうだった。
「ボーっとするな!(棒だけに) 撃て撃てぇ!」
相棒(棒)は狂ったように〇を撃ち続けた。連射される銃弾は大鬼と思われる棒をとらえ続ける。しかし棒は移動する速度だけは緩めたものの、相変わらずコチラに向かってきている。モタモタしている場合ではない。俺だってゲームのキャラクターらしく、がっちり狙ってしっかり当てなければ!
と思っていたその時、俺たちの後ろから乱暴にドアが開けられた。俺たちは草食動物のように振り返る。
一番初めに頭に浮かんだ言葉は「ゲームオーバー」だった。なんと無数の棒がぞろぞろと入ってきたのだ。
オオオオオオ
「クソっ! どうするんだよ! 完全に挟み撃ちにされてるぞ!」
俺はなんとか銃のトリガーを探り、律儀にドアから入ってきた棒どもを狙い撃つ。しかし次々となだれ込むゾンビを徐々に処理できなくなっていく。
「もう駄目だ! ゾンビに食われるくらいならコイツらを道連れに手りゅう弾で自殺しよう!」
相変わらず窓の外に向けて銃を撃ちまくっていた相棒(棒)が叫んだ。
「だけど……!」
「心配すんな! 俺たちはゲームのキャラクターだからここで死んでもまた生き返るんだよ!」
「そ、そうなのか?」
俺は急いで足元の球体に手を伸ばす(手はないけど)。ええっと、なんか映画では噛んでピンを外してから投げてた気がする。噛むのか……。ええい! やるしかねえ! 俺は強引にかぶりつく。(口無いけど!)
「おいバカ! なんでマシュマロ食ってんだよ!」
あ、確かに甘くておいしい。
「あ、ゴメン。いや全部同じ◯に見えて分からないんだよ!」
「早くしろ! 弾が尽きちまう!」
俺はその横の球体を担ぎ上げて勢いよくかじる。
「なんでエッチなDVDかじってんだよ!」
もう相棒(棒)の声は泣きそうである。確かにゾンビに殺されかけてる隣でエロDVDをかじってるやつが居たら俺も泣くと思う。
「だから区別が付かないんだって! どれが手りゅう弾か教えてくれよ!」
しかし相棒(棒)の返答はない。窓の外から伸びてきた太くて大きな(見えざる)手によって掴み上げられ、そのまま窓の外に消えていってしまったのだ。
「うわああああ! 棒に棒を! 棒に棒を食われる! 棒だけに骨まで! 棒だけに! 棒だけに!」
それが俺の聞いた彼の最後の言葉だった。いや感傷に浸っている場合ではない。もはや部屋の棒は俺の目前に迫ってきていたのだ!
「く、来るな!」
俺は次の球体を持ち上げようとしたところを棒に嚙みつかれてしまった。
「うわあああ!痛、くないけど痛い気がするうううう!」
俺は必死に逃れようとS字になったりL字になったり麗の字になったりしたが逃れられない。
うわあああああ! 食われてる! 食われてるけど食ってるゾンビが棒! ああ! 俺の臓器が! 俺の臓器が食われてるけど俺の臓器も棒! 抵抗する俺の手も棒! エブリシング棒!
――俺の意識は暗転する。
気が付くと先ほどと同じ部屋にいた。
「気が付いたか」
見慣れた顔(棒)がそこにはいた。
「負けちゃったな」
俺はため息をつくが自分でもどこから息が出ているのかは不明である。
「次は勝とうぜ」
相棒(棒)は俺の肩を叩き、笑ってそう言った。俺の肩のありかも彼の手も表情も分からないのでそんな気がしただけだが、彼の言葉はとても頼もしく感じられるのであった。
おわり
お読みいただきありがとうございました!