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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

殺し屋の私がツンデレかぐや姫に出会った話

作者: 白城

「もー! ここ何処―!」

 私の叫び声は、虚しく情けなく風にかき消された。今日は、仕事で仲がいい同僚と一緒に、新しく出来た喫茶店に行く予定だったのに、気が付いたら私は竹やぶの中にいた。道に迷ったのだ。私は半べそをかきながら、西へ東へと歩き回るが、どこ行っても竹、竹、竹。

「どういう事なのー」

 竹やぶの中を歩き回るくらいなら、不思議の国や異世界を歩き回りたかった。

携帯は家に置いてきてしまったし、もう私がここから自力で脱出する以外道はなかった。

 昔からよく迷子になった。小さい頃、何度迷子のお知らせで私の名前が店内に放送されたことか。自分でも覚えきれないくらいそんな事があったのは確かだ。

 大人になってもよく迷子になった。私は少し前までアイドルをやっていたが、アイドル時代は、同じグループの女の子に手を引っ張ってもらいながら移動していたから、知らない場所に迷い込む事は無かったのだ。

そんな事が続いた私は「方向音痴が治ったのかも」なんて思ってしまったが、そんな事は無かった。アイドルを辞めて一人で行動するようになった私は、もう何度もこんな目にあっていた。

「このまま家に帰れなかったらどうしよう……」

 不安に押しつぶされそうになって、私の足は止まった。服が汚れる事も気にせずに、その場に座り込む。歩き疲れたし、喉も乾いた。子供のように膝を抱ええて空を見上げると、そこには淡い青色の空が広がっていた。空が飛べたらいいのになぁと思う。上から見下ろせば、行きたい場所もわかるのに。

しばらくそうしていたら、急に一本の竹が光りだした。その光は、直視出来ない程に眩しく光っていて、私は目を細めながらその竹に近づいた。

 仕事の関係で普段持ち歩いている護身用のナイフで竹を切ると、中から出てきたのは小さな女の子だった。

 女の子は精密に作られた人形の様だった。正に非の打ち所がない、そんなような綺麗な容姿の持ち主だ。

 女の子はきょろきょろと辺りを見回すと「ここ何処」と言った。その言葉には聞き覚えがあった。何時間か前の私も、同じ事を言っていた。

「ていうか貴女誰よ?」

 女の子がつんとした調子で聞いてくる。私は最初自分の名前を答えようと口を開いたが、名前を言っても意味がないような気がしたので辞めた。

「私も迷子なの」

 私がそう言うと、女の子はキッと眉をひそめた。

「私は迷子じゃないわ」

「……ごめんなさい」

「……貴女迷子なのね。私が助けてあげなくもないけど? べ、別に大した意味はないんだからね! 単に暇だったから、時間を潰そうと思っただけなんだからね!」

 女の子は、先程「ここ何処」と言っていたのにも関わらず、そんな事を私に言った。少し頼りないけど、暇つぶしに助けてくれるなんて、とても良い人だなぁと思った。

「ありがとうー! 助かるよ!」

 私が女の子の小さな手をぎゅっと握ると、女の子は顔を真っ赤にしながら「やめなさいよ」と言った。

 二人で竹やぶの中を歩きながら、色々なお話をした。女の子の名前はかぐやというらしい。ここではない世界で毎日劇薬を作っていたら、下界に下ろされてしまったそうだ。

「化学が好きなのよ。分かってくれる人なんて誰一人としていなかったけどね」

「へー! 凄いなぁ。私は化学苦手だった……というか勉強ができなかったからなぁ」

 かぐやちゃんは小さな体でてくてくと歩く。歩幅が狭いから、私はかぐやちゃんのペースに合わせてゆっくりめに歩いた。

 しばらく歩くと、一軒のラーメン屋さんが見えた。お店からしょっぱいような、いい香りが漂ってくる。

「この先に行けば道に戻れるわ」

 かぐやちゃんがラーメン屋さんを指差して言った。

「ありがとう。かぐやちゃん! 私かぐやちゃんに会えてよかったよ」

「べ、べつにお礼とか言わなくてもいいわよ! こんな事で! あんたが重度の方向音痴なだけよ」

 かぐやちゃんがそっぽを向く。その姿が何だか可愛くて、私は笑顔になった。この子と、もう少し一緒にいたいなぁと思った。

「あぁ、そうだ! かぐやちゃん一緒にラーメン食べようよ」

「らーめん?」

 かぐやちゃんが不思議そうに首を傾げる。どうやらかぐやちゃんは、ラーメンを食べたことがないらしい。

「美味しいよ! 行こう!」

 私はかぐやちゃんを手のひらに乗せて、ラーメン屋さんに入った。「いらっしゃいませ!」と元気のいい声が私達を迎える。

 かぐやちゃんは醤油ラーメンを、私は味噌ラーメンを食べた。お腹が空いていた私は、いつもの何倍もラーメンを美味しく感じた。もしかしたら、今まで食べたラーメンの中で一番美味しかったかもしれない。 

「はぁ。美味しかったね」

「悪くはないわね」

 かぐやちゃんは小さな体で大人一人前のラーメンを平らげた。かぐやちゃんもお腹が空いていたのだろうか。

 私とかぐやちゃんはラーメンを食べ終わったあと、長々とお話をしてから別れた。かぐやちゃんに「また会いたい」と言ったら「会えるわよ、きっと」と何でもなさそうに言われた。それが嬉しくて、私は笑顔で手を振った。かぐやちゃんは、竹やぶの中にまた戻っていった。

「色々あったけど楽しかったなぁ……あ、待ち合わせしてたの忘れてた!」

 その時はもう日が暮れかけていたけど、待ち合わせの相手はずっと待ってくれているだろうという確信があった。あの人はそう言う人だ。

ところでここはどこ何だろうとぐるりと周囲を見渡すと、少し先の方に待ち合わせ場所の神社があった。

「おお! ラッキーだなぁ」

 私は大きな幸福感と、満ち足りた満腹感に包まれて、夕暮れに染まる街を駆けだした。

 

 


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