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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十二話
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悪魔の様な奴

 ――今日からこの子が君たちと一緒にここで暮らす事になった。


 白衣のじいさんがそう紹介したのは俺たちよりも幼いガキだった。まだ、十歳位に見える。

 何でこんなガキが今更ここに来たのか? よく分からなかったが、どうやら奴も【同類】らしかった。じゃなきゃここに来るわけがないだろう。とはいえ、俺たち程に教育されてる訳じゃないらしくいつも別のメニューをこなしていた。


 授業は徐々にその名を借りた【殺戮ショー】に変わりつつあった。

 何処から集めてくるのかは知らねぇが、数十人の武装した連中を時間内に始末させられ、タイムを競わされる。

 普通の刀ならとっくに刃こぼれしてるだろう。だが、オウルからの贈り物は刀身も特注らしく、何人斬ろうが全く手応えが変わらないのには正直驚いた。

 俺たちは段々【殺戮人形キリングマシーン】に変わりつつあった。以前から人を殺しても特に罪の意識とかに悩んだ事も無かったが、ここに来ていよいよ心が揺れる事が無くなってきた。

 そもそもここでの研究が一体何の為の物か俺は知らない。だが、どうせロクな事にならないのだろうとはバカでも理解できただろう。

 三人の中で【00】は以前は上の街に住んでいたらしく、一番常識人だったが、あいつは徐々に【罪の意識】ってヤツに苛まれていった。

 そんな中でも【02】は相変わらず飄々としていた。以前から気になってはいたが、話をしてみると、アイツも捨て子だったらしくその事がキッカケでお互いに親近感を抱いた。そして俺たちはいつの間にか親しくなっていた。そんなある日。


 ――――なぁ、ここを出て外で暮らさないか?


 それはどっちから話したのかはもう覚えていない。普通に考えれば02の奴が言ったんだとは思う。少なくとも以前の俺ならば決して口にしない言葉だったから。

 だが、この頃の俺は02と仲良くなる内に【外の世界】に対する憧れがドンドン大きくなっていた――だから、言い出したのはもしかしたら。俺なのかも知れない。


 勿論、最初はどちらが言ったにせよ冗談半分だった事だろう。

 だが、踏ん切りがつく出来事が待っていた。


 それは、【人格統合実験】。読んで字の如くに、複数の人格を一つに統合、つまりはまとめるって実験だった。どんな実験なのかが気になり、研究員の資料をこっそり確認し、それでハッキリした。俺たちも所詮は誰かの為の【捨て駒】なんだと。


 ――この実験の最終的な目的は【最強の軍隊】の養成プログラム。君たちはその雛型になる為にここにいる。


 そう俺たちは聞いていた。俺みたいな奴でも、誰かの為に、先駆者になれる。その思いがいつの間にか植え付けられていたが、それは、真っ赤な嘘っぱちだった。

【人格統合実験】の目的は簡単に言うなら、【戦闘マニュアル】を作る為の実験だ。

 最高の兵士を育成し、そいつの戦闘データを収集し、圧縮する。これがステップワン。

 次にその圧縮したデータを受け入れる入れ物を養成する。その為に用意されたのが俺たちでステップツー。

 ステップスリー、ここで人格統合実験が本格化する。選ばれた被験者の記憶データを抜き出し、統合する。これにより、被験者の脳への負荷がどの程度かかるのかを検証――しかるのちに【完成品マスターピース】を育成する。なお、統合実験の被験者の自我は実験の進行と共に徐々に崩れていくと思われる。完成品のデータを解析することで、兵士から戦闘に不必要な感情や思想をも事前に操作が可能になる、そう結論は結ばれていた。


 言葉も出なかった。俺たちも所詮は【完成品】とやらの為の試作品に過ぎなかった。しかも、実験の結果――自分を失うというオマケ付きでだ。そう言えば、ここのとこ白衣の奴らがやたらとメディカルチェックを念入りにすると思った。【既に】実験は始まっていたって事だ。

【00】が情緒不安定だったのは罪の意識もあったかも知れないが、実験の影響もあったって訳だ。

 俺や【02】にはまだ目立った変化は無かったが、時間の問題なのだろう。


『冗談じゃねぇ』


 ロクな死に方をしないのは覚悟してたが、自分を失うなんてのは真っ平だ。だから決めた。ここを抜け出すと。

 宿舎に戻った俺は02に見たこと全てを話した。02も俺に賛同し、ここを脱走する事が決まった。

 俺たちの脱走はすぐに研究所の連中にバレた。

 俺たちを捕らえる為に大勢の兵隊が向かってきた。だが、正直意味は大して無い。こんな連中に捕まる様な鍛えられ方を俺たちはしていないのだから。

 とは言え、やはり数の違いは大きく、俺たちは施設と外を隔てるフェンスを背に追い込まれた。後はこのフェンスを乗り越えられるだけだが、同時にレーザーポインターがこちらを狙っており――フェンスを登れば即座に連中の装備した【Pー90】により蜂の巣だろう。


 ――さぁ、こちらに戻ってきたまえ。今なら君達のこの愚行にも目をつぶろう、さぁ、どうするね?


 白衣のじいさんの言葉に対して俺たちの返事は中指をおったてることだった。じいさんは「手のかかる子だな」と言うと何故か笑った。そして連れてこられたのは、あのガキだった。


「あれ、お兄ちゃん達何処に行くの?」


 ガキは眠そうに目をこすりつつ欠伸をしている。緊張感の足りない奴だ。02が「その子に何をさせる気だ?」と反応した。

 じいさんは笑いながら「少し段階飛ばしだが、【性能】の確認さ。この子のね。さ、遊んであげるといい」と言った。

 ガキは、はーいと相変わらず緊張感を感じさせない様子でこちらを見ていたが、雰囲気がガラリと変わったと、そう感じた瞬間――奴は一気に俺の【目の前】に迫っていた。

 俺は刀の鞘を突き出す。狙いは顎先。ガキをいたぶる趣味はない。

 だが、鞘は空を切った。ガキは顔を反らし躱し、さらにその鞘に手をかけると一気に引きつつ、後ろに飛ぶ。


「お兄ちゃん、チャンバラごっこが好きなんでしょ? オレと遊んでよーーー」

「……おい、冗談じゃ済まねぇぞ?」

「じゃ、オレから行くよぅ」


 ガキは再度こっちに突っ込んできた。確かに速い。コイツも間違いなく、俺たちと同じく授業を受けたのだろう。だが、所詮は後追いの奴が俺に勝てる訳がない。

 02が「よせっっ」と叫ぶ。ムリだね、このガキは一線を越えちまっている。それにもう、俺の間合いだ。迷わず刀を薙ぎ払うように振るう。俺の一番得意な技、これで十中八九は終わりだ。残りの可能性は相手が後ろに飛ぶ事。だが、問題ない。そのまま追い込めばいいだけだから。


 ガキン。

 答えはそのまま前に突っ込んでくるだった。ガキは刀の鞘で俺の斬撃を止めつつ受け流し――そのまま肩を鳩尾にめり込ませた。あまりの勢いに一瞬気が遠くなる。その隙に足を払われ、あっさりと地面に崩された。


「オレの勝ちだね、次はどうするの?」


 ガキは息一つ切らさずにこちらを見下ろした。

 信じられない。今まで俺に一対一で勝てたのは00と02だけだったというのに。こんなまだ幼さの残るガキにやられるなんて。


「上等だ、ぶっ殺してやる」


 俺は【スイッチ】を入れ、本気で斬りかかった。

 だが、その全ての攻撃をコイツは何てこと無く全て躱す。

 俺の渾身の振り下ろしを、左右の切り返しを、切り上げを全て。

 それどころか、躱しながら間合いを詰めていく。とんでもない反射神経と反応速度だ。コイツも【スイッチ】を使ってるという事なのか? いや、あちらの方が俺より【早い】。

 そうこうしている内に俺の突きを首だけ動かし、躱すと刀の鞘がさらに鳩尾に食い込んだ。まるで電流の様な痺れが全身を瞬時に駆け巡り――その直後に身体から力が抜けるような感覚。膝から崩れ落ちる自分をまるで他人事の様に感じた。


「なんだあ、お兄ちゃん――弱いんだね」


 ガキはそう言うと俺をその場に残し、離れた。もう俺なんかには興味など無いと云わんばかりに。


「ま、待ちやがれっっ」

「えーー、やだね。だってお兄ちゃん弱いから」

「て、てめっっ」


 屈辱だった。こんなガキにやられた上に、お情けをかけられた。

 激昂した俺はこの後の事をよく覚えていない。

 だから、どういう経緯でそうなったのかは分からないが、結果的に俺は【逃がされた】。

 02の奴が、ここに残るという条件で。

 白衣のじいさんはこうハッキリ言った。


 ――うん、01は正直もう【頭打ち】からね。02、君がここに残るのなら、彼は見逃そう。君は【ゼロシリーズ】の傑作だからね。


 何の事は無い。俺は、【お払い箱】になった訳だ。

 その後の事は噂でしか知らない。00は、【隔離】されたそうだ。

 02は死んだ。殺ったのはあのガキ。そしてガキもまた施設から逃げたとも。

 俺はあの時の屈辱を糧に剣腕を磨いた。全てはいつの日か、あのガキと殺り合う為に。そして、数年後。機会は訪れた。



「君は【人格統合実験】の被験者なんだろう?」


 そいつは得体の知れない奴だった。不気味なデスマスクの様な仮面を被り、声は変声器を使う為に、年齢もよく分からない。

 だが、奴は俺を見て言った。


「――ボクは君とよく似た男を知っているんだ」


 自分を【ジェミニ】と名乗ったそいつの話を信じた訳じゃ無かった。だが、何故か強い興味を引かれ――ついていく。

 そこは俺が追い出された研究施設だった。何の事は無い、俺を放逐した連中はそのほとんどが既にこの世から消えていたのだ。

 それを確認したのはここに残されていたカメラの映像。

 そこには【オウル】が映っていて、白衣の連中を次々と抹殺していく。彼はたった二本のナイフだけで【Pー90】を装備した重武装の警備兵を倒し、ついにはあの白衣のじいさんをも殺した。その一つ一つの動作が洗練されていて昔見た時とまるで変わらない。その映像に魅入られているとジェミニが話しかけてきた。


「彼は凄いよね、たった一人でここにトドメを刺した。

 しかも、ナイフだけで百人を殺すなんて、バケモノだね。

 君も関係者なんだろ? ここの、さ」


 その瞬間に、俺は刀を奴の喉元に突きつけていた。


「余計なおしゃべりは早死にの元だ」

「ククフフ、そうだね。実は、君に来てもらったのには理由があるんだ…………そろそろ刀を引いて貰えるかな?」


 俺は奴の喉元から刀を引くと鞘に納めた。

 ジェミニは満足そうに笑うと別の画像を見せた。

 それは一人の男を映していた一見するとチャラチャラした軽薄さを感じるその男だが、外見とは別に歩き方には隙が無い。まず間違いなく訓練されている。恐らくは塔の街の繁華街だろうか――そいつはヘラヘラと笑いながら建物に入っていく。


 そこから時間は倍速で進み、およそ一時間。建物から慌ててでっぷりとした中年が出てくる。その周りには恐らくは護衛らしい二人組。手には銃が握られており、入り口に銃撃している。

 その銃撃の中を飛び出してきたのはさっきの軽薄な奴。素早い動作でヒップホルスターから銃を抜く。

 その銃は【金色に装飾されたオートマグ】。俺の知る限りあんな骨董品の銃を扱う奴は一人だけ。


「ボクの知り合いなんだ、彼……」

「……名前は?」

「ククフフ、【レイジ】だよ。前にボクたちのリーダーだったんだよね」


 ジェミニが何やら話を続けてくるがもう耳には届かない。俺はモニターに映るあの野郎から目を離せなかった。

 姿こそ数年の経過で変わってはいた。だが、間違いない、あいつはあの時のガキだ。奴はのうのうと生きていた。02――いや、レイジの名前を奪い、奴の為に用意されたあのオートマグを奪った。

 これ迄に感じた事の無い、【怒り】が俺の中で爆発しそうになる。


「……返事はイエスだ」

「ん、いいのかな? もしかしたら、君を騙すつもりかも知れないんだよ?」

「だったら殺すだけだ」

「ククフフ、上等だよ。なら、君に機会を提供するよ。彼の【イタチ】との殺し合いのね」


 俺はそして再度奴と対峙する。その結果がどんな事態を招くのかなど考えもせずに。














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