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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十二話
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ムジナの回想

 俺は気が付いた時には【独り】だった。

 生まれた場所もよくは分からない。

 ただ、一つだけ断言できたのは、俺は【捨てられた】子供って事だった。


 アンダーの片隅で着の身着のままで、流されるままに生きていた。

 最低の場所であるアンダーのさらに底辺に這いつくばる無力な餓鬼。それが俺で、ネズミみたいにひっそりと生きていた。

 ある日の事だ。気が付けば【人間狩り】の連中に捕まり訳の分からない研究施設に送られた。

 そこには数多くの俺と同世代のガキが放り込まれていた。

 どいつもこいつもその目は死んだ魚みたいで気に食わない奴らだ。

 聞こえてくるのは、やれオウチに帰りたいだの、痛いよだの、ご飯がマズイだの――文句ばかり。

 てめえらはそんなに大層なご身分だってのか?

 てめえらがここに来る前にどんな暮らしをしてたのかなんざ知らねぇが、それが今、一体何の役に立ってんだ?

 今、俺とコイツらとの間に一体何の違いがあるってんだ。


『くだらねぇ連中だ――――虫酸が走るぜ』


 研究施設は俺にとっては快適な住み処だった。アンダーにいた頃に比べりゃ当然の事だろうがな。アンダーじゃ、毎晩誰にも見つからない寝床を探すのも一苦労だった。いい寝床は奪い合いになる。餓鬼だった俺は必然的に誰も寄り付かない様な場所に寝床を求めるしかなく、集落の端っこ、下水の嫌な臭いが鼻をつくような場所――それすらも奪われないかを怯えながら寝たもんだった。

 ここじゃ、全員に個室あてがわれ、食事も三食付く上に、シャワーまである。他の奴らはそれだけでも感謝すべきだ。


 研究施設じゃ、様々な事を学んだ。最低限の事は知っとかなきゃいけないって事で、読み書きを習った。それから人との接し方ってのも。それが何の為に必要だったのかは今でもよくは分からん。

 で、身体の【使い方】を少しずつ実地で学んでいく。

 最初こそワラワラいたバカどもは時間が経つにつれて減っていった。連中がいなくなった理由は千差万別、様々だろう。いずれにせよ、残った奴らはこの環境に適応したってだけの事――俺も含めてな。


 研究施設での【授業】は徐々に難しくなっていった。効率のいい【壊しかた】を習い、実践。初めの内はさっぱり上手くいかなかったが徐々に慣れていく。だけど銃火器の扱いってヤツがどうしても性に合わなかった。

 いちいち銃口を的に向けて引き金を引く。先公どもはこいつが一番実戦では効率的だとか抜かしやがったが、そうは思えなかった。弾切れだとか、手入れが面倒でしかも、【実感】が無かった。

 生きてる実感ってヤツがここでは感じられなくなっちまったんだ。


『このままじゃ、俺もその内お払い箱だ』


 分かっちゃいた。俺が違和感を無視して我慢すればいいだけだ。

 俺はもうアンダーで野垂れ死に寸前の頃には戻りたくなかった。

 だが、どうしても、どうしても駄目だった。違和感は拭えず、気が付けば俺は実験動物モルモットの中で落第生になり、【破棄】が決まった。

 あっという間に俺は研究施設の連中に押さえつけられ、見たこともない建物に連れ出された。



 そこにいたのは初めて見る奴だった。

 顔にはヘラヘラした笑みが浮かんでいたものの細められた目は油断なくこっちを見ている。その目は俺を値踏みするようだった。


『コイツはヤバイ』


 アンダーで散々感じた危険をコイツから感じた。それは【死の危険】。コイツがその気になれば俺は間違いなく殺される。そう感じた。


「さて、君が新しい生徒だね? 私の名は【オウル】。今日から君に授業をする事になった。――――それじゃ宜しく」


 それからしばらくはひたすら走らされた。オウル曰く、「何をするにもまずスタミナ」って事らしい。走り終えた後にゲロを吐くくらいキツかった。

 授業の場所も前とは随分違う。前は高い塀に囲まれていたが、ここはただひたすら広い。おそらくは座学で聞いた【森】という場所なんだろう。


「君は銃火器を扱うのが嫌で仕方が無いんだってね?」


 オウルは俺に聞いた。


「生きる実感を感じないんだね、分かるよ」


 オウルはそう言うと俺に様々な【刃物ぶき】を見せた。

 細い針から、厚い刃がぎらつく斧まで大小様々刃物を。


「私にとっては武器とは自分の一部。手足と同じ」


 そして俺の目の前で腰に仕込んでいたナイフを振るう――それはまるで踊っているかの様に優美な舞いで、俺は魅入られていた。

 オウルは言った。笑いながら――――


「君はやはり私と【同類】だな」



 それから俺はオウルの指導のもとで様々な武器を扱う授業をした。人に見立てた人形相手に様々な武器の使い心地をじっくりと試す。そして一番馴染んだ得物――それが【日本刀】だった。

 その感覚は今でもハッキリと覚えている。

 オウルの言う【自分の一部】という言葉がまさにピッタリだと思えた。俺は人生で初めて一つの物事に熱中する事を覚えた。

 ただひたすらにがむしゃらに来る日も来る日も刀を振るい、やがて手の一部と思えるまでに馴染ませた。そして、ある日の事。


「おめでとう、君は晴れてここを卒業する」


 来た時同様にそれは唐突だった。目隠しをされた俺はそのまま眠らされ、やがて目を覚ます

 そこは前にいたのとはまた別の研究施設だった。

 そこにいたのは二十人程の同年代の奴ら。背の高い奴もいれば低い奴もいたし、肌の色も白いやつに黒いやつと様々。

 その中に気になる奴らがいた。

 一人は背の高い大男。俺達の中では一番の年長者で、どこか気の弱い奴だった。

 もう一人は俺とあまり変わらない背丈の奴。ソイツは何処か気だるそうな雰囲気を常に醸し出していて、何を考えてるのかよく分からない奴だった。それでいて、常に軽口を叩いていた――掴み所のない奴。何処か、野生のケモノみたいな感じ。

 コイツらもまた俺と同じくあちこちの研究施設からここに送られたらしく、どいつもこいつも今までの奴らとは目付きが違っていた。

 ここでは今までとは違い、【授業】はあまり無かった。その代わりにかなりの時間を白衣の連中のメディカルチェックとやらに費やす事になった。施設からは出れないものの、それ以外の自由が与えられ、俺は暇さえあれば刀を振るい、感覚を忘れないようにした。

 しばらくして、オウルから贈り物が俺に届いた。

 それは、【銀色の柄と鞘に納められた日本刀】で、俺の為にしつらえてくれたらしい。俺は初めての贈り物に大喜びで鍛練に励んだ。


 そうした日々がしばらくあった。で、【その日】が来た。

 その日は、いつもより施設全体がものものしい雰囲気だった事を覚えている。


 ――今日は君たちにある【テスト】を実施します。このテストが事実上の最終選考になります。


 白衣の奴らのお偉いさんはそう言って、【手術】が全員に施された。手術そのものは眠っているうちに終わったらしい。そのまま数日間様子を見るとかなんとか言われ、それで解散した。

 最初の一晩は何事も無かった。全員が休暇を満喫した。


 二日目。この日は目が覚めた時から頭痛が激しかった。どうやら他の奴らも同様だったらしく、朝飯を食うために食堂に集まった俺たちの顔は皆が一様につらそうだ。

 やがて体調不良で医務室に担ぎ込まれる奴が出た。


 三日目。頭痛は相変わらずだが、少しずつなれてきた。その代わり、今度は吐き気を覚える。他の奴らの中には突然痙攣を起こす者も出た。そして全員が確信する。この変調は【テスト】という名目のあの手術のせいだと。


 四日目。とうとう俺はベッドから起き上がることも出来なくなった。意識を失い、目を覚ますと真っ先に目にしたのは見知らぬ白い天井。クラクラしながら何とか身体を起こす。両手に複数の注射、つまり点滴のパック等と電極が付けられていた。


 五日目だろうか? 妙にリアルな夢を見た。それは見たことの無い場所で、だだっ広い荒れ地。その中を飛び交うのは無数の銃弾と止むことのない砲撃。地面に這いつくばりながら、味方の累々たる屍を盾にしながら進む。そして敵陣に潜入した俺は何故か見たことも無いアサルトライフルで、敵を皆殺しにしていく。圧倒的に、一方的に。そして敵のいなくなった戦場に立っているのは自分一人。他に生者は誰もいない。返り血塗れの大男となった俺だけ。そういう夢だった。


 六日目、【テスト】の終了と聞いた。いつもの教室に集まったのはたった三人。あの一番年長で背の高い奴、それと何処か野生のケモノみたいな奴、で俺の三人。


 ――これからおさらいをします。


 白衣のじいさんが俺たちの目の前に使った事の無い数々の銃火器を置いた。


 ――今からこれらを分解してもう一度組み上げて下さい。


 困惑した。銃の分解は授業でもしたが、アサルトライフルなんて分解した事もない。こんなのすぐに出来る訳も無い――そう思っていたのに。

 気が付けば手が勝手に動いていた。極々自然な動作で初めての武器を手に取り無駄なく分解した。まるで【手順】を元々知っているかの様に自然で滑らかに。

 結局、三人共に分解してから組み上げる事に成功した。しかも、三人共に同じ時間で。気味が悪かったのを覚えている。


「ところで、他の奴らは?」


 俺は何の気無しに尋ねた。恐らくはまだ寝込んでいたりするのだろう、と。


 ――彼らは【不合格】だ。だから、もうここにはいない。


 だからその言葉に驚いた。授業終わった後に宿舎を見て回る。そこにはもう誰もいなかった。いた痕跡すら残されていなかった。まるで最初から俺たち三人以外なんか存在しなかったかの様に。俺の背筋に寒気が走った。




 それから変化があった。俺たちの呼び名が変わった。それまでは【Tー何とか】とかいう番号だったがその日から俺は【01】と呼ばれる様になる。他の二人も同様だったらしく、【00】、【02】と呼び名が変わったらしい。名前なんて変わって何があるのかよく分からない。所詮は自分と他人行儀を区別する為の【記号】でしか無いのに。

 授業も変わった。これまで以上に白衣の連中に色々と検査をされる事が大幅に増えた。そして、それに応じて【知識】がドンドン増えていく。一体いつ学んだのか? 覚えの無い知識を。

 そして、それに応じて戦闘技術も飛躍的に向上していった。


 俺たちは気が付けば【奇妙な事】がコントロール出来る様になっていた。それは飛んでくる銃弾がまるでスローモーションって奴みたいに【見えた】。しかも、その上で避ける事が出来る。何と云うべきか【周囲】がゆっくりに見え、自分だけがその中を走り回る様な感覚。

 それから、【痛み】を消し去る事も出来る様になる。訓練中に打撲したはずなのに、その激痛を全く感じない。


 ――君たちには二つの【機能】が付けられた、【スイッチ】に【リミッター】の二つだ。


 白衣のじいさんが説明をした。 何でも俺たち三人の脳ミソをいじくり回して、様々な知識を植え付け、それから、【オプション】として【スイッチとリミッター】を標準装備してくれたそうだ。

 様々な知識の正体は、実際の戦場での兵士の記録。何でもそのデータ集積の為の特殊部隊の戦闘記録だそうだ。

 俺たち以外のここにいた連中はその際に脳ミソが拒絶したらしい。


 ――分かるかね? 君たちは選ばれたんだ。次の時代を牽引する為にね。


 じいさんが興奮気味に語ったのが印象的だった。

 俺にとっては何もかもどうでもいいことだった。俺はただ、相棒たる刀を振るえればそれでいい。他の二人がどう思っていようが、知った事じゃない。そう思っていた。


 授業はそこから大きく変容した。実戦形式の授業は文字通りの実戦に様変わりしたのだ。集団の武装した相手を素早く殺す事を要求されたり、宿舎で寝ているところを襲われたりと様々な状況で【人殺し】を要求され――俺は迷う事なく相手を切り捨てた。

 充実感も薄れ、何処か気だるい日々が続いていく。

 そうした日々が流れ、やがて転機が訪れた。俺たちの前に【アイツ】が現れた。それは俺にとっての【転機】だった。




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