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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十二話
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依頼

 

「おっせぇよ!!」


 イタチはそう歯を剥き、叫びながらミカエルの振るうチェーンを身体を半身にして躱す。そしてカウンターとばかりに右肘を相手の無防備な左の肋骨に叩きつける。

 ガキン、という異音が届き、直後に肘に痛みが走った。

 ミカエルが笑いながら蹴りを喰らわせる。その威力で、イタチの身体が宙を舞った。勝ちを認識したのかミカエルは口元を歪める。

 だが、イタチはそんな期待に応じることも無く、空中で態勢を整えると着地。何事も無かったように立ち上がった。ミカエルは思わず「何っっ」と声をあげ驚く。イタチは単に蹴りを喰らう前に自分から飛んで衝撃を弱めただけのつもりだったが、相手からすればそんな事が出来ると思わなかったのだろう。


 リサはその様子を当然とばかりに見ていたが、バイカー達は驚きの表情だった。彼らにとっては、ミカエルは無敵の存在だった。それが今、どう見ても子供と大人位の身長差の相手に翻弄されている。それは、有り得ない事だった。


「イチチ…………お前、何を仕込んでやがる?」


 イタチはジンジンと痛む肘を擦りながら聞く。

 その問いかけに、ミカエルはようやく少し余裕を取り戻したらしく、改めて口元を歪めシャツを破り捨てた。

 そこに見えたのはアーマー・プレートの様な代物。それが、胴回り全体をカバーしているらしい。昔の鎧の一種である胴丸みたいなモノだろうか。


「成程な、自分は特注品の鎧を着てたって訳だな」

「別に驚くことじゃ無いだろう? 自分の身を守る事に問題は無い筈だ」


 そう言いながらミカエルはチェーンを地面に叩きつけた。

 ベコン、という音を立て地面が抉れる。


「お前だって銃を使ってる、反則でも何でも無いだろ?」


 イタチはその言い草で、あの胴丸には防弾性も備わってると判断した。とは言え、その気になれば喉元なり、眉間なり防ぎきれない部位を狙えばいいだけだが。敢えてワルサーPPQをホルスターに戻す。


「そうだな、ガキの喧嘩じゃ無いわけだし、反則なンかとらねぇよ。アンタにゃ、これで充分だし」

「テ、テメェ――舐めてんのか、あぁあああっっっっ」

「アンタみてぇなむさい奴はお断りだね」


 ミカエルの怒りは頂点に達したらしく、ハーレーに跨がると突っ込んできた。他の連中と比べても二回りはデカイ鉄の馬が突撃してくる。相手の右手にはチェーンあるので、そっちに避けるのは論外。左手側に避けるのが普通だろう。


『ま、普通じゃつまンねぇよな』


 そう思ったイタチは何を思ったか、襲いかかるハーレーに正面から突っ込む。思わずミカエルは「バカが」と叫ぶ。

 手下達も一斉に死ね、バカ等と罵声を浴びせたがイタチには届かない。彼の目に見えるのは鉄の塊だけ。

 勝利を確信したミカエルだったが、次の瞬間――驚愕する。

 気が付くとイタチは自分の目の前に飛び上がっていた。そして目の前にブーツが迫り――包まれた。


「ブエフッッッ」


 そう叫びながらミカエルがハーレーから蹴り落とされる。乗り手を失った鉄の馬はそのまま松林まで突っ込んでいき、ガシャアアンという音を立て、止まった。


『な、何だと。何をしやがった?』


 ミカエルは混乱の極地にいた。信じられない事だった。突撃してくるハーレーに正面切って飛び上がり、蹴り落とす等という曲芸もどきの反撃を返されたのが信じられなかった。

 一方で、イタチも驚いていた。【故郷】での出来事から身体の調子が良くなってるとは思っていたが、ここまで切れがあった事に。

 さっきの曲芸も、瞬間【出来る】と思ったら実行していた。思った瞬間に身体が反応出来た事に驚いた。


 ミカエルが起き上がると近くの手下からチェーンを奪い、襲いかかる。二本のチェーンが左右からイタチの胴に向かう。さっきの地面の抉れ方から考えて、直撃すれば一巻の終わりなのは間違いない。

 だが、イタチは妙な感じがした。あまりにも単調なその攻撃に違和感を覚えた。さっきの胴丸の件といい、目の前の大男は怒りの沸点は低そうだが、バカでは無い。なのに、と。イタチは後ろの飛び退く。チェーンがイタチの立っていた場所を通過する。更にミカエルは踏み込みながらチェーンを再度振り回す。

 ミカエルはイタチが避けるのを待っていた。切り札を出すために。

 そしてイタチが飛び退こうと身構えたのを見計らい、チェーンを手放す。そして、腰に差していた【コルトM1911】通称ガバメントを取り出し、銃口を向けようとした。


『これで死ねっっ』


 ミカエルはそう思いながら引き金を引こうとした。だが、イタチが目の前にいた。そして――


「あ、あああっっっっ」


 それは【金色】だった。形状も独特でどこか優美なフォルム。だが、その銃口は間違いなくミカエルの脳天に向けられている。


「マジかよ、あいつ」


 リサも驚いた。イタチは後ろでは無く、前に飛び出したのだ。そして向かってくるチェーンを【オートマグ】の銃身で弾き、更に、ミカエルのコルトガバメントも素早くはたき落とした。その動作は流れる様にスムーズで無駄が無かった。


「敵じゃなくて良かったぜ、ホント」


 それはリサの偽らざる本音だった。

 その一方――


「そ、その金色のオートマグは? ま、まさか」


 ミカエルの目に明らかな【恐怖】が浮かんだ。噂では聞いていた。【塔の街】に派手な金色の加工をしたオートマグを愛用する殺し屋がいる、と。ソイツに出会えば最後だと。

 冗談だと、思いたかった。だが、目の前にいる背の低い男は全く表情一つ変えずにその銃口を向けていた。

 その目には相手に対する感情は何も浮かんでいなかった。それが、ミカエルの背筋を凍らせる。イタチが引き金を引く――


「バン」

「うあひいぃぃっっっ」


 イタチがそう叫ぶとミカエルは恐怖のあまりに腰砕けになり、その場にへなへなと尻餅を着いた。その有り様にモーターサイクル・ギャングのリーダーとしての威厳等は無い。


「見ろよお前ら! お前らのリーダーはこの程度の奴だぜ」


 イタチがコケにするように声を張り上げ、ミカエルは手下達の自分を見る目に蔑みが混じっている事に気付く。そこにイタチが「これでもうお前はコイツらのリーダーでも無くなっちまったな」と小声で囁いた。そして気付いた。イタチの狙いは自分達の全滅では無く、リーダーである自分一人の失墜なのだと。


「お、お前ら何をしてる? こいつらはたった二人だぞ」


 ミカエルが怒鳴りつけるが、さっきの醜態を見た手下達は動かない。それどころか、今にも逃げ出しそうな雰囲気すら漂っている。

 そこへリサが言う。


「ボクらの標的はお前らのボスだけだ。この場を立ち去るなら見逃してやる――――さっさと決めな」


 この言葉がダメ押しとなり、戦意を喪失したバイカー達は倒された仲間達を拾い上げて、一斉に逃げ出していく。そして残されたのはイタチとリサ、そしてミカエルだけとなった。


「さてと…………これで邪魔はいなくなったな」

「でもさぁ、良かったのか? これでお前が生きてる事がバレちまうぜ」

「まぁ、遅かれ早かれって奴だ」


 イタチとリサの会話には全く緊張感は無く、まるでミカエルの事に注意を払う様子も無い。隙を突き、ミカエルが動こうとした。だが、その首元にはイタチのオートマグの代わりにリサの特殊警棒が突き付けられていた。


「く、そっっっ」


 ミカエルは舌打ちしながらへたり込む。そしてハッキリと認識した。目の前にいるコイツらは自分よりも遥かに凶悪な存在だと。


「で、話して貰おうかな、洗いざらいさ」


 イタチは無邪気に笑いながら振り向いた。そしてミカエルが全てを話すまでそれから大した時間はかからなかった。




「…………成程な、そこに【サルベイション】の窓口があるわけだな?」


 イタチはミカエルを睨みながら確認する。ミカエルは「あ、あぁ。そうだ」と怯えながら答えた。その髪は所々チリチリになっていて、一張羅のカットもボロボロにされており、胴丸も傷だらけにされていた。


「も、もう十分だろ? お、おれは洗いざらい話した。だから見逃してくれよ、な?」


 ミカエルは怯えながらイタチとリサを交互に見た。

 すっかり、怯えきったその様子についさっき迄のモーターサイクル・ギャングのリーダーとしての威厳等は微塵もない。

 リサはもう興味も無いのか、さっきからミカエルには目もくれない。


「もう、コイツに用事は無いだろ? ほっとこうぜ」

「んー、だなぁ。おい、もういいや――アンタは失せろ」


 イタチのその言葉に、ミカエルは心底ホッとした表情を浮かべると慌てて立ち去ろうとした。その場から立ち上がり、大破したハーレーを拾い上げようとして――ふと目に付いたのはほんの二メートル程の距離にあるコルトガバメント。二人に視線を向けると、もうミカエルの事など全く眼中に無いとでも言いたげに話し込んでいた。


『おれはコイツらに全部ぶっ壊された。もう、エンジェルは終わりだ。仮にリーダーに戻れても、コイツらが生きてる限り手下達はおれの事を決して認めないだろう――なら』


 ミカエルは躓いて転ぶふりをしながらコルトガバメントを拾い上げ――イタチを射殺しようと銃口を向けた。


 パパアァーーン。


 乾いた銃声が鳴り響く。


「か、かかっっっ」


 そう呻き声をあげたのは、ミカエル。右手からコルトガバメントを落とした。その手のひらには銃弾による穴が開いていた。


 ワルサーPPQの特徴はQ、つまり【クイック】の名称通りにその速射性にある。【ショートクイックセットトリガー】により、ダブルタップ射撃――つまり二発の弾丸を立て続けに同じ箇所に撃ち込む事を実現。つまりは、確実に標的を射殺する事に秀でた銃である。


 ミカエルの耳にも銃声は二連続だった。だが、手のひら以外に何処か撃たれた様な気配はない…………そう思っている内に突然、息が苦しくなるのを感じた。ゴホゴホと、咳が出ていて、その咳には何故か血が入り交じっていた。そして気付く。あの二発は右手と喉を【一直線】に撃ち抜いていたのだと。

 そして今の射撃で、悟った。自分が手抜きされていた事を。


「あーあ、バカな奴だったな、レイジ」

「そうだな、オレの気紛れで折角拾った命をムダにするとはな。

 ってもまぁ、アンタを生かしとくつもりも無かったンだけど。これも【仕事】なンでね」


 イタチにはマダムから一つの【依頼】が入っていた。

 それは、【エンジェル】の弱体化。何でも、連中がここいら一帯の運び屋の元締めになった事を気に食わない連中がいるらしく、それで紆余曲折を経て、今朝イタチがショルダーホルスターを受け取った際に、頼まれたのだった。どのみち、エンジェルの連中が【サルベイション】に関わっている事は既にマダムから聞いていた。一石二鳥とばかりに依頼を受けていた。


「ま、これもお前さんの決めた事の結果なンだ、しょうがねぇよな」


 後悔しても、もう後の祭り。ミカエルはさっきまで自分達がこの二人に完全に手のひらで転がされていた事に絶望的な気分を味わいつつ、その場でバタバタと動きながら、だが、言葉は出そうにも出せずに、徐々に苦しみながら――やがてピクリとも動かなくなった。

 その死に様を、【依頼通り】に手渡されたデジカメに動画として収めると同じく手渡されたスマホで連絡を入れる。


 ――はい、もしもし。終わったみたいね。エンジェルの【壊滅】とリーダーは【死んだ】のね。


 マダムは誰かを尋ねる事も無く、開口一番言い切った。


「おばちゃん、オレじゃなかったらどうすンだよ」

 ――あら、あの程度の連中に殺されてやる気でもあったの?

「いや、そんなわきゃねぇさ。……でもさぁ、これからは【ダブルブッキング】は断ってくれよな」

 ――まぁ、しょうがないじゃない。依頼者はそれぞれにエンジェルのリーダーのミカエルに彼女といるところを襲われて自分は重傷を負わされた上に、恋人を凌辱されたんだから。

「まぁね」

 ――それもそもそもあんた達二人が連中にちょっかい出したのが発端なんだし、丁度よかったでしょ? 依頼者は満足しているし、私にはお金、イタチちゃんには情報とスマホをあげたんだから。

「……それ、オレだけ金銭的に割に合ってないけどな」

 ――なーに言ってんのさ。そのスマホにはそこらの安物みたいに【スパイウェア】は仕込まれてないんだし、メーカー側もまだ世間的には流通させてない新型機種なのよ、感謝しなさいよ。

「別に新機種をお願いしたンじゃ無いけどなぁ、ま、いっか」

 ――あとは、お探しの【ジェミニ】ことノンってお友達がいそうな場所も特定しといたわよ。今、送ったから。じゃあ寝るわね。またのご贔屓を~ 。


 マダムが通話を切ると同時に、スマホに地図付きの画像ファイルが届く。

 見てみると、そこはここから更に南にある場末の裏カジノだった。そしてそこはさっきミカエルに聞き出したサルベイションの窓口がある場所でもあった。


「さてと、いくか」

「行くかって、レイジはサイドカーな訳だしカッコつけてもなぁ」

「そう思うならたまには代わってよ運転」

「――やだ」

「ですよね」


 エンジェルの壊滅は一時的にとは言えここいらの薬等の流通を阻害した。リーダーのミカエルを殺した相手が【金色の銃】を持っていた事が裏社会に流れ、イタチが生きていたという情報はあっという間に広がるのだった。




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