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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十二話
96/154

ミカエル

 

 翌日の夜。そこにはイタチとリサがいた。一面の緑の中で微かに聞こえる波の音が、ここが海の近くである事を実感させる。 


「さてと、準備はいいか?」


 イタチはリサに尋ねた。


「当然、アンタこそ油断なんかすんなよな」


 リサはそう言うと、先に動き出した。イタチもそれについていきつつ――安物の時計を確認した。時間は夜の九時。空模様は少し曇りぎみで、そのうち雨が降るらしいと天気予報で言っていた。


「さっさと片付けて、帰ろうぜ」


 イタチのいつもの様な軽口を聞いて、リサは安心した。

 昨日までは、バーの爆発とか、様々な事が起きたせいなのか、何処か様子が変だったので内心で心配していたから。


『少しはボク達も役に立ったみたいだな』


 男勝りのリサも昨晩の事は正直言って驚いた。元々の自分はもっと奥手なのだとばかり思っていたのに。変に気を使っていたのは寧ろ自分の方だったのだから。


 そうこう考えているうちに、イタチは手早く、見張りをしていた【エンジェル】のメンバーの一人をあっさり無力化する。

 ここは、リボルバーから聞き出したエンジェルの連中の溜まり場である海浜公園に面したキャンプ場。

 前世紀の、所謂バブル期に金にモノを云わせて作られた場所で、当初こそは観光客や、キャンプ客も来たものの、バブルの終わりとともに施設の維持費が問題視されて民間の会社に売却。だが、結局設備投資に見合うだけの利益が出せないということで、その会社もここを手放し、県の所有地扱いのまま放置。

 そして、そのままろくに手入れもされずに荒れ果てたこのキャンプ場は地元住民からは、心霊スポット扱いされた事もあったらしかったが、ここ数年は柄の悪い連中の溜まり場になっていたらしい。


 そんな場所に、エンジェルのリーダーであるミカエルが足を運び、最終的にはエンジェルの溜まり場へと変わったそうだ。

 モーターサイクル・ギャングである彼らに手向かう者は殆どおらず、いても袋叩きにされ――半殺しにされたそうだ。

 だから、今じゃここに出るのはバイカー集団という訳で、地元住民は決して近付かなくなったそうだ。


 イタチが小石を草むらに向かって投げた。

 ガサガサッ、という音を聞いたエンジェルのメンバーが草むらに近付く。手に持った懐中電灯を当てて、そこに何かいないのかを確認して「気のせいか」と呟くそいつの背後にリサが回り込み――膝裏を蹴って体勢を崩すと首に腕を回してそのまま投げた。その不意打ちに相手は為す術も無く、そのまま駐車場の固いアスファルトに叩きつけられた。

 リサがイタチの方に視線を向けると、ナイスとばかりに右手の親指を立ててサムズアップした。


 倒した見張りを物影まで運ぶと二人は所持品をチェック。使えそうなものを頂く。イタチはライターを、リサはスタンガンを手に入れ――素早くその場から離れた。目指す場所はこのキャンプ場の中央にある広場。そこからは遠目に見てもライトの光がハッキリと見えていた。何も知らない人が暗闇を切り裂くその光を見れば、人魂にも見えなくも無い。案外、心霊現象ってのもこういう偶然の積み重ねなんだろうなとか、イタチは思いながら姿勢を低くし――駆ける。

 その姿は野性動物を思わせ――素早く、鋭い。そして近付いたエンジェルのメンバーをまた一人無力化した。


『――あんなのに狙われたく無いよなぁ、ご愁傷さま』


 リサはイタチに倒される見張りに少しだけ同情していた。




 ◆◆◆




 一方、エンジェルのリーダーであるミカエルは、広場で相手が来るのを待ち受けていた。連中が何者なのかは結局分からなかった。ただ、【塔の街】の奴だとは予想が付いていた。ここいらの酒場や、ビリヤード場に姿を見せてはそこにいたワルどもを締め上げて聞いて回ってるらしい。

 その質問は、【サルベイション】について。ミカエルは、その名に聞き覚えがある。数年前位から連中向けに何度か武器を運んだ事もあるからだ。連中の規模こそ把握していないが、かなり統率のとれた連中だった。


『あれは、単なる無法者集団じゃねぇ、武装集団だ』


 ミカエルは、一見するとその体格(身長190センチ、体重110キロ)と鋭い目付きに顔を埋め尽くす様な髭でよく勘違いされるが、頭の切れる男だった。

 モーターサイクル・ギャングであるエンジェルを結成したのも、あくまで運び屋をする上で便利だから。

 手下共を使うのは、いつでも切り捨てられる存在だからだ。

 ミカエルの目論みは上手く嵌まり、数年でエンジェルはここいらで誰も、逆らえない程の影響力を持つに至った。あくまで最低限のリスクを選び、ハイリスクな選択は極力避ける。それがミカエルという男だった。


 ミカエルは、懐中時計を見た。時間は夜の九時。本来なら定時連絡の代わりに懐中電灯をこちらに向けて二度点灯をするはずだが、駐車場にいた見張りからは合図は来ない。


『どうやら、客人が来たみたいだせ』


 そう確信したミカエルがアクセルを一度吹かせた。それを合図に手下達は一斉に動き出した。敵をここに誘い込み、一気に仕留める。どれだけ強いのかは知らないが、三十人以上で取り囲めば間違いなく倒せるだろう。それが彼の算段だった。


『さぁ、来やがれ!!』


 ミカエルが景気づけにもう一度アクセルを大きく吹かせた。


 しばらくして、広場にイタチとリサが姿を見せた。二人の視界にはおよそ十人のバイカー集団。その中で一際体格のいい髭面の大男。二人はその男が、リボルバーの話に出たミカエルだと即座に理解した。

 イタチが前に進み出る。大男、ミカエルもハーレーに跨がったまま進み出る。


「アンタがここのリーダーって訳だな?」

「あぁ、そうだ。お前らがおれたちに舐めた真似をしたガキ共だな? で、どう落とし前を付けてくれるんだ、あぁぁっっっ」


 ミカエルは、怒声を張り上げて凄んだ。体格と面構えとその見た目に合わせたハーレーは抜群の威圧感を放つ。下手なヤクザもミカエルには何も言えない。ほんの少しアクセルを吹かせれば相手を撥ね飛ばせる。それが分かっていてビビらない奴はこれ迄誰もいなかった――だが。


「落とし前だぁ? へっ、それよか下らない【ごっこ遊び】は早く引退した方がいいぜ――――オッサン」


 イタチは全く動じる事も無く、しかも顔色一つ変えずに挑発してきた事にミカエルは内心驚いた。そのふてぶてしさはハッタリかこのガキが荒事に場馴れしているか、または単なるバカのどれかだろう。

 そう判断したミカエルが「上等だぜガキぃ」と叫び、バルルルルーーッッ、とアクセルを吹かせる。

 その号砲で、パッと周囲にハーレーの群れがライトを照らして囲むように現れた。


「どちらがごっこ遊びなのかを教えてやるぜぇっっっ」


 ミカエルが右手を高々と挙げ、そのからサムズダウン――親指を下向きに落とし、そこから首を掻っ切る仕草をした。

 それを合図に無数のハーレーの群れが取り囲んだイタチとリサの二人へと襲いかかる。

 彼らは一様にチェーンを片手に、それを二人へと振り回す。ハーレーの速度と合わせれば立派な凶器になり、これ迄の抗争でもこの攻撃で相手を血祭りにしてきた。


 ジャラララという音。無数のチェーンが先ずイタチに襲いかかる。

 パパパパン!!


 乾いた銃声が響き――バイカー達はイタチを通過するとずるりと、力無くハーレーからずり落ちる。


 それは信じられない程の早撃ちだった。

 リサもその一連の動作を見ていたものの、やはりにわかには信じ難い早さだった。

 瞬間――イタチはジャケットをまくり上げると【ショルダーホルダー】からワルサーPPQを左手で抜き放つと即座に四発の弾丸を恐るべき反応で四人のバイカーに叩き込んだのだ。


 リサも昨日のリボルバーを抜いており、迎撃するつもりだったが、エンジェルの連中も今の早撃ちに思わず唖然としたらしく、動きが止まっている。


「ふ、ふざけるなぁっっっ」


 ミカエルが怒りを露に、怒鳴り付けた。確かにとんでもない早撃ちかつ精密射撃だった。だが、所詮は自動拳銃ハンドガン。マシンガン程の装弾数があるわけでも無ければ、ライフル並の貫通力のある弾を撃てる訳でもない。


「数で押し切れば勝てるんだよ、バカ共が。てめえらはその足りない頭なんぞ使わずにおれの言う通りにしてりゃいいんだよ!!」


 ミカエルの言葉を聞いたリサは呆れた、こんな奴がリーダーなんて哀れな連中だと。それはイタチも同様だった。

 この程度の集団が近隣に悪名を轟かすモーターサイクル・ギャングだとは到底思えなかった。――――だが。


 バルルルルーーッッ。

 次の瞬間に、一斉にハーレーのアクセルを吹かす轟音が響き渡った。そして、バイカー達が襲いかかってくる。


「おいおい――やべぇぞリサ」

「コイツらバカなのか? 向かって来やがる」


 無数のチェーンがまるで蛇の様にうねりつつ――飛びかかる。

 イタチは後ろに下がりつつ、リサと背中合わせになる。

 そして、一斉にリボルバーとワルサーが火を吹く。

 その銃から吐き出される弾丸は、それぞれに相手を撃ち抜いていき、無力化していく。

 だが、それ以上に相手の数が多かった。まるで、仲間を盾にするかの様に新手がチェーンを振るい――そして二人を追い立てる。

 二人は後ろに駆け出し、松林を背にする。この後ろの松林はハーレーでは入れる様な場所ではない。これで囲まれる事は防げる。

 リサの使っているリボルバーの装弾数は六発。足首に備え付けの【グロッグ26】は十一発。

 イタチが今使っているワルサーPPQは十八発。一応予備弾倉もあるがそこまで手間取るつもりもない。


 相棒たる【オートマグ】はこの前の【ムジナ】との一件で故障していた。どうやら弾詰まり――ジャムる寸前の状態だったらしく、本格的に修理が必要だった。

 そこで、今朝、マダムの使いで来た男から、以前預けていたレイコからのプレゼントの【ショルダーホルスター】を受け取り、今に至る。


「リサ、一人でも大丈夫だよな?」


 イタチはリサを見ることなく質問した。


「当たり前だろ、さっさとあのデカブツやっちまいな」


 リサは笑いながら返事を返す。


「だよなっっ」


 イタチは微かに笑うと、突然走り出す。バイカー達もいきなりの突進に面喰らう。ミカエルが叫ぶ。


「何してやがるんだ! ぶっ殺せ」


 だが、ミカエルの怒号の前にイタチは、すでに手下達と交戦していた。至近距離まで近付かれれば、ハーレーは小回りが効かない為にイタチの動きに対応出来なかった。顔面に蹴りを見舞い、肘で顎を打ち、背後のバイカーに頭突きを喰らわせ――瞬く間に三人を倒す。予想以上のバケモノ、その言葉がミカエルの脳裏に浮かぶ。


『なら、あの女を――』


 そう思ったミカエルがリサへと視線を向けた。

 すると、そちらでも手下達は、女一人に文字通り手も足も出ない状況だった。いつの間にかリサはリボルバーを投げ捨て、警棒を取り出していた。

 それは右足首のグロッグと別に左足首に仕込んでいた、伸縮性の特殊警棒で、相手をか弱い女だと舐めてかかっていた手下達は頭に一撃され、あばらをへし折られ、そして――


「このアマがぁーーー」


 怒りの形相で、手下がチェーンを振るった。ジャラララと音を立て、蛇のように襲いかかるそれをリサは、冷静に警棒の先端を当て――払う。素早く右手から左手に警棒をスイッチ、一気に突き出す。それは寸分違わずに鳩尾を直撃し、喰らった手下は悶絶しながら膝立ちになり――そこにリサは回し蹴りを顔面に喰らわせた。


『な、何なんだよコイツら? 女まで普通じゃねぇ』


 手下達も、銃を使わせなければ勝てると踏んでいたのが、この有り様で明らかに戦意を失っていくのが目に見えて分かる。


「おい、オッサン。いいのか? このままじゃ、全滅だぜ」


 ミカエルに投げ掛けられたイタチの言葉には、明らかな嘲笑が混じっていて、足元を見透かされているかのようだった。

 ミカエルは激怒しながら、チェーンを手にイタチへと突っ込んでいく。怒号を「どけやあぁぁ」とあげながら。

 手下達もその迫力に押されたのか引いていき、事実上、一対一タイマンとなった。


「ドタマかち割ってやるぜ!!」


 ミカエルは怒号と共にチェーンを振りおろす。イタチは不敵に笑った。




























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