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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十二話
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エンジェル

 


「あーーーあ、よく寝たなぁ」


 泥の様に眠っていたオレが目を覚ますと、時間は朝の五時だった。カーテンを開くと、そこから差し込む朝日が眩しい。窓を開けると、海に面しているからツーンとした潮の匂いが鼻孔を刺激する。何でもいいから朝は海産物シーフードが食べたくなる。

 ベッドに向き直ると、リサの奴はまだまだ静かに寝息を立てていて、起きそうにない。シャツから微かに見える谷間に――


『我ながら、よくもまぁ、暴発しないもンだ』


 真横で薄着姿の彼女がいても暴発しない自分に感心していたが、今見えた谷間にあらぬ想像が頭をよぎったので、頬をパチンと叩き、気分転換にシャワーでも浴びる事にした。


『それにしても…………オレは一体誰なンだ?』


 以前から記憶がなかった事で【自分が誰か?】という疑問を持っていたが、【故郷】での一件でその事に対する疑念が――増々オレの中で膨らんでいた。オレの【なか】にはレイジ兄ちゃんの記憶があり、それ以外にも【誰か】の記憶がバラバラに入っていた。そのどれもが、まるでオレが体験した事の様にありありと思い出せるものの、実際にはそのどれもがオレの本当の記憶じゃない。


『じゃあ、オレは一体誰なンだ?』


 ふとしたキッカケでそうした思いがグルグルと回る。辛うじて持っていたはずの自分の記憶が殆ど【他人】のものでしか無い。

 そして、自分の記憶だと理解出来たのが――故郷でのあの【殺戮】とレイジ兄ちゃん、おっちゃんを殺した事。


『オレの中に【化け物】がいる』


 で、その化け物がいつふとしたキッカケで目を覚ますのかも知れないと思うと、情けない話、怖くなった。ガキだったオレであれだけの殺戮をやってのけた…………もし、もしも今ソレが目を覚ましたら一体――。

 怖くて怖くて、仕方がなかった。

 あの時、レイジ兄ちゃんはオレに言ったンだ。


 ――これからは、ずっと一緒だ。


 そしてこうも言った。


 ――お前を守ってやるからな。


 多分、それは本当なんだろう。オレの中に【レイジ兄ちゃんたち】の記憶等をいれる事で、【化け物】を抑え込んだンだ。

 だが、感じるンだ。その化け物が段々と表に出ようとその機会を虎視眈々と狙っている事を。


『これだけはリサにも言えない』


 それを言ったら、ソイツが暴れだしそうな気がする。だから――。

 気分を変えようと、シャワーを浴びたのに、最悪な気分になっちまった。スッキリしない気分でベッドルームに戻ると、リサが起きていた。


「おはよう、レイジ」

「ん、あぁ」


 つい、気の無い返事を返してしまい、しまったと舌打ちしそうになったが、リサはそんなことには構わず、入れ替わる様にバスルームに入っていく。


「はぁ…………」


 部屋の外にあった自販機からコーラを買うとその場で一気に飲み干した。炭酸がキツくてむせそうになったものの、少しだけ気分がスッキリした。勿論、盛大なゲップも出たけどな。



「今日はどうする訳?」


 リサが尋ねてきた。この四日間は、ひたすら【ジェミニ】ことノンの奴を探していた。バーでの一件とオレのアンダー行きは関係していると感じたからだ。

 ノンの奴を探すのには一応、理由がある。アイツがこの件に絡んでいるのは間違いないが、主犯では無いだろうと云うことは確信していたからだ。オレを殺す事は別にしても、バーの爆破でアイツは何も得をしない。何のリターンも無しに、そんな事を奴はしない。それだけは分かっていた。

 だけど、アイツは誰が【爆破】したのかは知っているハズだと――――そう思ったからだ。


 オレは表向き【行方不明】らしいから、あまり表に出ない様にしつつ、リサが代わりに情報収集を担当してくれた。

 オレのお仕事は、情報収集に向かったバカどもの溜まり場から慌てて逃げ出す大バカ野郎を駐車場で待ち受ける事。

 リサの奴は何だかんだで結構腕っぷしがある。元々、実家が組織のスポンサーって事で万が一に備えてガキの頃から護身術は習ってたそうだ。リサの場合は、後天的に生まれた男勝りのアイツがそういう荒事を受け持つそうだが、二人は互いに意識を共有しているそうだから、【イリーガル】の一件での戦闘訓練もあって今じゃそんじょやそこらのバカなんかにゃ負けることは有り得ない。

 だから、オレは安心して外で待つことが出来る。


 バタン。

 酒場のドアが勢いよく開け放たれ、無精髭を生やしたおっさんが慌てて飛び出してくる。どうやら、アイツが今回の獲物らしいな。


「はひぃ、はひぃ」


 息を切らせながら、ろくに前も見ずに後ろを気にしているとこを見るに、リサの奴は酒場で相当に暴れたのだろう。必死で逃げる所を悪いが、逃がすわけにゃいかねぇよ。オレがアイツに怒られるからな。


「おい、おっさん」


 一声かけてから、ジャンプ。こっちに振り向いたおっさんに右腕でのラリアットをブチかまし、その場に転がした。

 ガシャン、ガララーーン。酒場からは酒瓶やグラスの割れる音がここにまで聞こえてくる。そのぶきっちょなその演奏会はしばらく続き――やがて治まると、リサが戻ってきた。


「へっ、派手にやったみたいだな!」

「どいつもこいつも弱いくせして突っ掛かってくるんだ、仕方ないだろ」

「だな、お前をそんじょそこらの女の子と一緒にしちゃダメだよなぁ」

「へー、…………ボクの事を何だと思ってるワケかな?」


 やべ、リサの目はマジだ。下手な回答をすればオレは間違いなくブッ飛ばされる。慌ててフォローを入れる。


「リサさんはとても綺麗なオレの彼女サンデス」

「ホントにそう思ってる?」


 オレはマッハで顔を縦にブンブン振り、肯定する。


「アハハッ、冗談だよ。アンタはボク達が選んだ男だからな」

「デスヨネー」

「調子に乗るなっての」


 オレ達の他愛ない会話の隙に、そばに転がっていたおっさんが目を覚まし、こっそりと逃げ出そうとした。


「「何処に行くンだよ?」」


 哀れなおっさんはオレ達から一撃貰った。ギャーーー、という悲鳴が辺りに轟いた。



「で、何で逃げようとしたワケ?」


 リサがおっさんに問い掛けた。哀れなおっさんは顔に一撃されたので真っ赤に頬を膨らませていた。その顔を見てると、何だかたこ焼きが無性に食いたくなる。


「だってよ、仕方ないじゃねぇか。ここいらじゃ【塔の街】のゴタゴタに関わりたい奴なんざいないんだ」


 おっさんは真顔でそう話す。コイツもハズレのようだ。とは言え、このまま帰すのもつまらない。


「じゃあよ、他に何かネタは無いのか?」


 オレはそう質問してみる。すると、おっさんはすぐに話し始めた。


「今、ここらを【エンジェル】の連中が嗅ぎ回ってるそうだ」

「エンジェル?」

「バイカー集団だよ、所謂【モーターサイクル・ギャング】の一種だよ、知らないのかぁ?」


 おっさんの慌てぶりで、大体どんな連中かは理解した。だが、実際詳しくは知らない。だから「知らねぇな」と、返す。リサも詳しくは知らないらしく頷く。


「だ、だったら教えてやるよ。

 アイツらは先日たった二人のガキにメンバーをボコられて、メンツを潰されたって怒り心頭なんだ。で、今はとりあえず、そこいらにいるカップルを手当たり次第に襲う――狩りみたいな事をしてるそうだ」


 モーターサイクル・ギャングってのは、簡単に云うなら【バイクに跨がった犯罪組織】だ。その発祥はアメリカで、モーターサイクルクラブってバイク乗りの一部がギャング化したものだった。

 二十世紀誕生したモーターサイクル・ギャングは今じゃ世界中に拡散し、様々なチームが生まれた。その共通点は、【カット】と呼ばれる袖を切り落としたレザーの、またはデニム等のジャケットを着込み、そのジャケットには様々な【ワッペン】を張り付ける事。で、ハーレーに跨がってる。

 そういや、この前の連中も、カットの入ったジャケットを着ていたな。どうやら、この前ブッ飛ばした連中がエンジェルのメンバーだったのだろう。

 エンジェルってのが、ここいらじゃ一番凶悪で有名な連中だと云うことらしいな。どうやら、ちょいとメンドイ事態になりそうだ。


 バルルル。

 そうこう考えてる内に、駐車場にバイクの音が響いた。ハーレーが二台、こっちに近付く。ちぇ、来ちまったか。


「あんたら、まさか…………?」


 おっさんはそう呟くといきなり立ち上がり、連中に駆け寄りながら「ここにカップルがいるぞーーーー」と大声で叫んだ。

 バイクのライトがおっさんと、その先のオレ達に向けられた。

 次の瞬間銃声が響き、おっさんはその場に崩れ落ちる。


「レイジっ」

「わーってるよ」


 互いに声をかけるまでもなく身体が動き出していた。

 続けてリボルバーの銃口はこっちに向けられた。だが、オレ達が同時に左右に別れて向かってきたので、その狙いは定まらなかった。ほんの一、二秒位だった。だが、それでこちらには充分だった。オレがまず、リボルバーを向けた男のバイクのライトに横っ飛びしながら――転がっていた石を三つ拾う。そして、まず二つぶつけた。

 バリバリン、破砕音とともに、ライトが消えた。リボルバーの男が「くそっ」と言いながら銃口をオレに向けるが、ライトに照らされなくなったオレを一瞬見失う。

 迷わずオレは一直線に向かっていく。

 リボルバーの男が「助けろよっ」ともう一人に声をかけた。

 もう一人はバルルル、とアクセルを吹かせると仲間の元に近付く。


「せいっっ」


 オレが軽く叫びながら、もう一つの石を投げ――寸分違わずにリボルバーを落とす。「あぐっ」呻き声をあげ、慌てて落ちたリボルバーを拾おうと屈む。

 そこに暗闇に紛れていたリサが飛び出しながら――蹴りを顔面に直撃させた。


「野郎っ」


 もう一人がバイクを加速させ、リサを轢き殺そうと突っ込んだが、その目の前にオレが飛び出す。そのまま向かってくる敵に迷わずに前回し蹴りを喰らわせて――バイクから叩き落とした。


「やれやれだな」

「レイジ、派手だなぁ」


 リサが茶化してくる。自分でも驚いた。身体の調子が良くなってるとは感じていたが、ここまで動けるとは思っていなかった。今の回し蹴りにしても、以前ならやろうとも思わなかっただろう。

 でも、今は、何も考える事無く身体が勝手に動いた。

 オレの回し蹴りを喰らった奴は、その場から全く動かない。無防備な首が曲がるのが見えたし、折れたのかも知れない。

 一方、リサが倒したリボルバーは「がっっっっ」と声にならない声を挙げつつ悶絶していた。リボルバーはこちらで拾い上げ、近付いてみると、鼻の骨が砕けたらしく――大量の鼻血を出していた。

 とは言え、コイツらに遠慮は必要ない。今夜の騒動の手間分位の情報は頂かないとな。


 とりあえず、リサが酒場から戻ると、ウォッカの瓶を持ってきた。ソイツをリボルバーに無理矢理飲ませて、酔わせる。すぐに効果が出たみたいで、リボルバーは「なんだてめえへら」と、呂律の回らない口で怒鳴り始める。

 とりあえず、手足をコイツが着ていたカットの入ったジャケットで、手足を縛っておく。


「なんらぁ、いたくもかゆくもねれよ」


 リボルバーは絶賛泥酔中なので、気が大きくなっている。まぁ、いいさ。これから洗いざらい話して貰うんだ、痛みが無いのが幸いに思える位の【質問】をしてやるとしよう。

 しばらくして、「や、やめろーーーーーっっっ」というリボルバーの哀れな叫び声がこの辺りを包み込んだ事は言うまでもない。


「あ、あががが…………っっっ」


 数分後、リボルバーは小便をチビり、口からは泡を吹いて気絶していた。何をしたのかは企業秘密ってやつだが、リサの奴はドン引きしていた。まぁ、そういうこった。


 結局、コイツから聞き出せたのは【エンジェル】の大まかな人数と、リーダーの名前に、あとは連中の溜まり場についてだった。

 リボルバー曰く、エンジェルは四十人。リーダーの名前は【ミカエル】だそうだ。天使長の名前を名乗るとは大それた野郎だ。

 ミカエルはまだ二十代の青年だが、極めて凶暴で残忍な大男だそうだ。大男ってのにとりあえず、むかっ腹が立った。絶対ぶっ飛ばすと、心に誓った。




 ◆◆◆




 イタチとリサが酒場を走り去ってからおよそ、三十分位ほど後。

 辺りに無数のハーレーが轟音を鳴り響かせ、手下の姿を発見した。リーダー、つまりミカエルが舌打ちした。


「チッ。遅かったか」


 イタチとリサを探すミカエルは、自分達の本隊の前に二人組の斥候を五組送り出していた。手下には、敵を探す為だと伝えていたが、本当の理由は斥候を【餌】にして二人を【誘き寄せる事】だった。リボルバーを持ってた斥候から二人がエンジェルの溜まり場を聞いた事を確認した彼は怒りに満ちた表情で怒鳴る――が。


「くそっ、奴等をぶっ殺す」


 この言葉もやられた斥候を気遣ってではない。あくまで、ポーズだけ。


『ま、これであとは待ち伏せが出来るってもんだ。

 どこの誰かは知らねぇが、このおれの縄張りで好き勝手はさせねぇ!!!』


 怒りに満ちた表情とは逆に、ミカエルはほくそ笑んでいた。













 














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