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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十二話
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第十二話 ペイバック

 

 心地いい潮風を肌に感じながら海岸線沿いの道をひたすらバイクは走る。

 景色は段々夕方から夜へと変わろうとしている。

 この景色を見ていると日頃のくだらねぇ悩みが馬鹿馬鹿しくなってくるぜ、ホント。凄く爽快だし、顔に感じる風が気持ちいいんだ、実際。

 ただ、一つだけ、ほんと一つだけちょっとした不満が。

 このバイクはサイドカー付きなんだが、ここんとこずっとオレはここが指定席になってる。


「なぁ、そろそろいいだろ? ――オレもたまにはハンドル握りたいなぁ」


 我ながら情けない声をあげ、相手をチラリと横目にしながら懇願する。

 その相手ことリサはただただ無言で加速をかけ――オレは膝に乗せたリサのバッグにキスする羽目になった。どうやら【ノー】らしい。


『やれやれだな、当分こんな感じかな』


 不機嫌な隣人に思わず苦笑しながら、オレはオレンジに染まる空を見上げた。少しずつ月が入れ替わる様に昇り、夜空に無数の星が煌めく。普段の繁華街じゃ絶対にお目にかかる事の無い天体ショーにオレが心踊らせているとバイクが停まった。


「着いたぞ」


 リサの奴はそう言うとバイクを降りた。今日の宿も今にも潰れそうな趣のあるホテル……っていうか所謂ラブホだ。まぁ、しょうがないよな。外で野宿するよりはマシだろうしな。オレもサイドカーを降りるとバイクに盗難防止用にチェーンをかけ、リサの後を追う。


 ラブホに入ったからって別にナニをする訳でもない。手早くシャワーを浴びると、そのままベッドに直行。そのまま泥のように寝るだけだ。


「おい、今日のベッドはウォーターベッドだぞ!!」


 オレが今晩お世話になるベッドを下調べしていると、シャワーを浴びたリサが出てきた。その格好は、シャツとパンツだけ。かなり目の毒だ。何て言うか、こう、ムラムラしてくる――男として。


「次、入って下さい」

「お、おぉ」


 しかも、バイクの運転時は男勝りな性格のリサなのに、今は主人格の大人しいリサになってる。その髪を指で触る仕草がイチイチオレは気になって仕方が無い。湧き上がる【野生の衝動】を抑えて、オレは入れ替わる様にバスルームに逃げ込んだ。


『はぁ、こう毎晩ムラムラするとキツいな』


 熱いシャワーを浴びながら、リサの事を考えた。付き合い出してかれこれどの位だろうか。アイツとは、思いの他長い付き合いになってる。アンダーにいた頃は、女の事は性欲のはけ口位にしか考えてなかったから、付き合った事なんか殆ど無い。繁華街に上がってからは、最初は以前のままで好き放題していたが、それをオーナー、レイコさんにこっぴどく怒られて、初めて【恋人】に関しての概念を持った。

 そう云う風に相手を見始めると、これまでみたいな一夜限りの関係の相手とは、付き合えない。レイコさん曰く、


 ――本当にお互いに深く知り合いたいと思える相手。


 ってのが、今一つピンと来なくて困ったが、リサに出会ってその言葉を少し理解出来る様になった。


『アイツにならオレの全てをさらけ出してもいいのかも知れない』


 本心でそう思う。だが、同時に怖い。オレは本当に他人に触れてもいいのかと。散々人を踏みにじり、その屍を積み重ねてきたオレに人を好きになる【資格】なんかあるのか? と。

 悶々としながらバスルームを出ると、リサの奴はもう寝ていた。やっぱり相当疲れているらしい。

 小さい声で「おやすみ」と言ってオレは静かにベッドに潜り込むと静かな寝息を立てているリサの頬に軽く口を当て――寝る事にした。




 ◆◆◆




 オレがリサに再会したのは四日前。【故郷】を出てすぐの事だった。とりあえず、テキトーな所で【足】になる物でも戴こうと、海岸線をしばらく歩いていると一軒のレストランが目に入った。金は申し訳程度に小銭が少しだが、コーヒー位なら問題ないだろう。駐車場を見ると、ゴツめのハーレーが並んでいる。

 レストランはログハウス風の外観で、外のデッキから海を間近に感じられる様な作りになっている様だ。


「いらっしゃい、こんな時間に珍しいね。よそから来たのかい?」


 ドアを開けると、すぐに店員らしいおばちゃんに話し掛けられた。

 真っ黒に日焼けしていて、体格もデカイ。下手な男よりも引き締まったその身体を見て、思わず「は、はぁ」と我ながら情けない返事を返した。時計を見ると、朝の十時。確かに中途半端な時間だ。


「悪いんだけどさあ、今、ちょいとタチの悪い連中が来てるから、隅っこで大人しくして貰えるかい?」


 おばちゃんはヒソヒソ声でそう話すと、オレを店の奥へと案内してくれた。

 店にいるのはいかにもな革ジャンにゴツめのブーツを履いたバイカーの集団。人数は四人。外のバイクは五台だったから、あと一人はトイレにでも入っているのかも知れない。


「それで注文は?」

「あ、コーヒーを」


 おばちゃんは「ちょっと待っててね」と言うと奥に引っ込んだ。

 スマホ等も壊されたので時間潰しもなかなか難しい。仕方が無いので、店のど真ん中のテーブルに陣取ってるバイカー連中の話に聞き耳を立ててみる事にした。幸い、こじんまりとした店内で大声で話しているので、話の内容は勝手に届いてくる。まず聞こえるのはオレから見て手前の席の席にいる二人組。


「つーかさ、最近景気どーよ?」

「あぁ? いつも通りじゃねぇか。お前一緒に仕事してんだから分かってるだろーがよ」


 見たまんまの頭の悪そうな会話だ。続けて聞いてみる。


「でよ、今度の品物は何なんだよ?」

「結構いい値が付くらしいぜ。いっそこっちで戴いちまうか?」


 楽しそうに話しながらライダージャケットの胸ポケットから見えたのは【錠剤】。どうやら、こいつらは【運び屋】らしい。

 一般市民からバイクを拝借するのもどんなものかと考えていたが、相手が同じく【裏社会】に関わる奴なら遠慮はいらないだろう。


「はい、コーヒーお待ちどうさま」


 おばちゃんがコーヒーを運んできた。さっさと飲もうとしたが、香ばしい匂いが鼻を刺激した。適当に飲もうとしていたけど、このコーヒーは結構いい豆を使っているようだ。

 思わぬ出会いに感謝しつつその香りを堪能しながら飲んだ。


「おいおい、お姉さん」

「おれたちと一緒に遊ぼうぜ」

「折角、こうして会えたんだ。いいだろ?」


 気が付くと、バイカーのうち二人が、トイレの方から大声で何やら絡んでいる。どうも、女にちょっかいを出してるらしい。だせぇ口説き文句を聞いているとこちらが不愉快になってきた。


「やめて下さい」


 そう叫びながら、一人の若い女がトイレから駆け出して、逃げていく。同じくトイレから出てきたバイカー二人が「待てよ、おい」と下品な笑顔を浮かべながらそれを追いかける。不愉快過ぎて我慢ならねぇ。オレは席を立つと、店の外に飛び出した三人を追いかけようとした。


「おい、にぃちゃん。何処に行こうってんだ?」


 オレの前にさっき、錠剤をちらつかせたバカと、それについて聞いていたバカが遮るように立ち塞がる。


「どいてくれねぇか? 邪魔なンだよアンタら」

「おいおい、聞いたか」

「バッチリな。この兄さん、おれらを舐めてやがるぜ」

「ちょいとばかし教えてやろうぜ」

「世の中の厳しさって奴ここで教えてやるか、ハはっ」


 こんなのにイチイチ関わってるのもバカバカしい。最後まで言わせるのも同様だ。オレは手前にいたバカの顎先に左の掌を叩き付けた。お喋りに夢中だったそいつが「うあが」と呻きながら膝をおる。もう一人のバカが「ガキがっっ」と言いながら殴りかかる。大振りな右ストレート。全く当たる気がしない。易々と避けながらソイツの左脇に右肘を叩き付ける。ゴキッという音と感触が結果を雄弁にオレに伝えた。


「おばちゃん、お代ここに置いとくよ。――コーヒーご馳走様」


 テーブルにコーヒー代を置くとオレは、横で「ぎゃあああ」とうるさく叫ぶバカの顔面にすれ違い様に右膝を喰らわせ――黙らせる。もう一人は肋骨をへし折られた痛みで失神しているらしい。どうでもいいけどな。


「あ、毎度あり」


 おばちゃんが唖然とした表情でこちらを見ていたので、オレは「後片付けはしていくよ」と言いつつ店を出た。


 外に出てみると、さっきの若い女はもう逃げたらしくいなかった。だが、その代わりに別の女にバイカー二人が絡んでいた。

 その格好は、黒のGジャン、同じく黒のスカートに腰の辺りで交差した二本のベルトを垂らし、ガーターベルトがスカートから伸びていて足元はブーツ。後ろ姿しか見えないかなり奇抜な、パンク風ファッションらしい。顔にはヘルメット。

 ガツン。

 次の瞬間、そのパンク女が絡んでいたバイカー人の顔面に頭突き。相手を舐めきっていたのか、わざわざ顔を女の目の前に晒していたソイツはヘルメット毎の一撃をまともに喰らい――ぶっ倒れる。

 更にもう一人の脛を蹴る。「あがっ」思わぬ攻撃を受け、ぐらついたバイカーに更に頭突きが炸裂。今度は鼻先を直撃した様で、鼻血を吹き出しながら哀れなバイカーは倒れた。


「ひゅー、凄いなお姉さん」


 オレが思わず唸った。油断してたとはいえ、ゴツいバイカー二人をあっさりKO。大したもんだと思ったからだ。

 オレの声が届いたらしく、そのパンク女がこちらに振り向き、近づいてくる。顔はフルフェイスのヘルメットで分からないが、ボディラインは結構いい。スレンダーそうにも見えるが、無理なく筋肉も付いている。

 とか何とか考えている内に、パンク女が目の前に来ており――次の瞬間思い切り、膝がオレの大事な所を直撃していた。


「へぶしゅっっっ」


 思わず、悲哀の混じった声をあげてオレはその場に崩れた。

 悶絶しそうになるのを抑え、「な、何すンだよ」と声を絞り出すとパンク女はこちらに抱き付いた。何が起きたのかよく分からなかったが、この温もりには覚えがある。オレがその名前を出す前にヘルメットが外され――その顔が目の前に広がった。


「久し振りだな、リサ」

「探したんだぜ――バカ!!」

「ああ、悪かったよ」

「会いたかったぜ」

「ああ、オレもだ」


 手荒い再会の挨拶も済み、オレはリサの身体を抱き締めた。

 リサの奴も負けじとオレに顔を近付け――唇を重ねた。

 およそ一ヶ月振りのその行為はオレに久々の安らぎを与えた。

 尤も、【お宝】の激痛はしばらく続いた訳だが。




 バイカー連中を店から追い出し、静かになった店の中でオレ達は話をした。オレが何処にいたのかも大まかに話した。普段なら、オレは仕事関係の話はバーのメンツ以外には決して話さない。だが、リサだけは別だ。

 オレ達はお互いの間に【秘密】を持たない。

 これはお互いに話し合って決めたルールだ。だから、リサの家庭環境についても既に聞いていたし、親父さんが【搭の組織】のスポンサーの一人だとも聞いている。

 家族構成は父親と母親に子供が四人。兄妹構成は兄たちが二人で、妹一人。子供の頃から引っ込みがちな彼女は、厳格な家庭に馴染めず孤独だった事も。

 今は、他の家族が住む【搭の区域】から一人離れて、第一区域で暮らしている。一度案内されたので行ってみたが、小綺麗な区域でここは同じ街だとは思えなかった。


「オレの話はこんなもンだ、そっちは何かあったのか?」


 オレはリサに質問した。そもそも何故リサがここにいたのかが気になった。三週間の間に【何か】が起きた――本能的にオレは感じていたのかも知れない。

 そして、リサはオレに話した。この三週間の事を、彼女が知る限りで。

【バー】が誰かに爆破され、カラス兄さんが重傷を負った事を。それを境にオーナーが、レイコさんが【行方不明】になった事を。

 リサの奴がここにいたのは、リサの家族の関係上、組織の動きが耳に入りやすいからだそうだ。

 クロイヌが組織の【特殊部隊】を持ち出して、反抗組織を壊滅させたという情報を父親の執事から聞き、その場所が街の外にある海岸沿いだと知ったリサは迷わずにバイクを繰り出し、オレを探していたそうだ。


「そうか……悪かったな。面倒かけて」

「いいよ、ボク達が勝手にやったことなんだし」

「じゃあよ、もう一つ頼んでもいいか?」

「構わないさ、ボク達はアンタの女なんだから」


 リサはそう言って快く協力してくれた訳だ。ただし、オレは【サイドカー】にしか乗せない。荷物持ちをするという条件付きでな。


「また明日な、リサ」


 オレも眠る事にした。明日もあちこちいくつもりだからな。





 ◆◆◆




 同じ頃、とある廃工場跡地。何十人ものバイカーが集まっていた。

 その中央に吊るされた四人の男達。

 イタチとリサに返り討ちにされた連中が上半身裸で、暴行を受けていた。一人の狂暴な雰囲気を露にするサンゲラスの男が持っていたチェーンで殴りつける。

 グシャリ、生々しい音に手下のバイカー連中はただ怯えていた。彼らは一様に自分達の【ヘッド】の荒々しさに恐れながらも心酔していた。


「っで、おめえらはたった二人のガキ相手にボコられてこの様って訳か?」

「か、勘弁して下さい、おれたちでケジメつけますから!!!」

「ああ、ケジメはとらせるさ。……まずおれらの顔に泥を塗ったお前らからなぁ」

「あああ、ぎゃああああぁぁぁぁぁーーーーーーーー」



「おい、おめえら。聞いたか? 【エンジェル】を舐めたガキ二人をぶっ殺す。何が何でも探し出せ……いいな?」


 ヘッドは歯を剥き、獰猛な笑いを浮かべた。










 

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