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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十一話
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動き出す男達

「ゲンさん!!」


 私が叫び、カラスが駆け寄る。あっという間の事だった。矢は正確にゲンさんの胸部を射抜いてる。近くには誰の姿も無い。何者の仕業にせよ、その射手はただ者ではない事は充分理解出来た。


「アンタたちっっ」


 私は目の前の出来事に我を忘れ、あの小男のお爺さん。コイツらのボスに襲いかかろうとし――左右にいた双子に遮られた。小男のお爺さんが言う。


「お姫様、どうか落ち着いて。今のは仕方が無かった。彼がもし、引き金を引いて――狙いを外しでもしたらあなたも危なかったのだから、ね。

 それに、いつまでもここにいるわけにはいかないからねぇ」


 小男はピいいーーっっ。と口笛を鳴らす。すると空に照明弾が花火の様に上がった。小男のお爺さんがカラスに言った。


「レイヴン。あなたにはかつて命を救われた。

 私は受けた恩義には報いる、今回はあなたを見逃しましょう。

 ですが、このお姫様には用事がある。しばらくお借りしますよ」


 カラスが怒りに充ちた顔で睨んでいる。あんな表情をしたカラスを始めて見た。


「必ず、お嬢を返して貰う。その時はお前の命が終わる時だヤアンスウ」

「死の宣告ですか。おぉ、怖い」


 カラスの激しい怒りに対してもまるで動じる事なく受け流す小男、いえヤアンスウ。

 バララララーーーーー。闇夜を切り裂く様なプロペラ音を響かせて、三機のヘリがその姿を現した。


「さ、時間が来ました――では、また」


 私達の上空二十メートルくらいで一機のヘリが待機し、縄梯子が下ろされる。ヤアンスウがまず登り、次に双子のうち青竜刀のお爺さんが登る。一見、隙だらけにも見えるけれど、カラス達に向け、無数の赤い光点――レーザーポインターが向けられていた。あれじゃ、蜂の巣にされる。私に対する脅しを理解し、縄梯子を素直に登ることにした。


「ようこそ」


 縄梯子を登り切るとヤアンスウが手を伸ばしていた。吐き気を催すのを抑えてその手を掴む。このまま引っ張って、コイツもろとも地面に落ちてやりたい気分になる。


「これで満足? あなた、死ぬわよ」


 私はありったけの怒りと侮蔑を込めてそう言った。間違いなくカラスは私を救いだそうと試みる――躊躇う事なく銃弾を叩き込みに。

 そして、私もそれを止めようとは思わないだろう。

 目の前の老人、ヤアンスウを見て初めて知った。私の中にもどす黒い【殺意】があるんだという事に。


「それは怖いなぁ…………なら、ここで彼らを殺してもいいんですよ?」


 ヤアンスウはにこやかに、そして残酷な笑みを浮かべてそう言った。それは、有無を云わず私を沈黙させた。その様子を見て満足そうに頷くと、ヤアンスウは「出せ」と言う。

 双子のもう一人がヘリに上がって来た。その顔にはどこか憂いの様な物が浮かんだ様に思えた。


「さて、向かいましょうか、我らのホームに」


 ヤアンスウの声を掻き消すようにヘリが動き出す。




「お嬢!!!」


 俺は思わず叫び、ただヘリが飛び去るのを見ている事しか出来なかった。一気に疲労が襲いかかってきたらしく、膝から力が抜ける。もう立っているのもつらくなった。


「カラスさん!! ゲンさんが」


 ホーリーのその言葉でようやく我に帰った俺はゲンさんに駆け寄り、叫ぶ様に言った。


「ゲンさん、何てムチャした」

「が、はは。お前にゃ、言われたかなかったね」


 ゲンさんの声は精一杯の強がりが混じっていた。矢は心臓をわずかに逸れており、それで即死を免れたのだろう。だが、この出血量では、もう…………。かける言葉も見つからない。


「お、おい。何て顔をしやがるんだお前ら。そんなしけたツラを見せるなよ」


 ゲンさんは何て事の無いように取り繕ってるが、その目から徐々に生気が抜けていくのが分かる。


「あ、しまったなぁ。タバコ吸おうにも火がないな」


 ふるふる震える手を伸ばしてズボンのポケットから安物のタバコを取り出すゲンさん。ホーリーが「火ならボクが」と言いながらすっかり汚れたジャケットからライターを取り出し、タバコに火を付けた。ゲンさんは、そのタバコをゆっくりと口にくわえ、煙を吐き出す。


「まぁ、これはこれで良かったか…………な」


 くわえていたタバコが地面に落ちて、そのままゲンさんは逝った。まるで眠る様に穏やかに。


 ようやく、パトカーのサイレンが聞こえてきた。今更ながらに。


「お前達…………俺を手伝ってくれるか?」


 俺はそれだけ言うと歩き出す。俺にはまだやるべき事がある。ゲンさんの遺体を残し、リスとホーリーはただ黙って俺の跡をついてきた。




 ◆◆◆




「んで、変な所にいるもんだなお前?」


 案内された金庫の中で、オレは目の前の相手にそう言った。目の前の相手、双子座ジェミニ絵が描かれた仮面、いやラバーマスクを被った男に。

 その男、つまりジェミニことノンは「ククフフ」という独特の笑い声をあげている。


「それを言うならキミもだろう、何でキミはここに来たんだい?」


 奴の仮面の目が、オレにまっすぐ向けられる。コイツは間違いなく本物だ。サルベイションの施設にいた【偽物】じゃない。

 ノンは質問を続ける。


「キミがアンダーからも【消えた】間に状況は一変してるんだよ? 流石にそれくらいわかってるだろう」

「あぁ、バーがメチャクチャにされた」

「……しかも、そこのオーナーは誘拐され、バーテンさんは瀕死の重傷を負った。なのに、キミは何故ここに?」

「決まってンだろ、【ツケ】を払って貰う為だよ」

「……そいつは穏やかじゃないね」


 ノンの様子が変わった。さっき迄のおどけた雰囲気が一変し、ドスの利いた声になる。


「そもそも、何故ボクを探したんだ? 敵であるこのボクをさ」


 試す様に尋ねてくる。オレの返答次第では強行手段にでると云わんばかりだ。一応、今――この金庫内にはオレとノンの二人だけだろうが、もしもの際には何かしらの仕掛け位はあるのだろう。


「敵の敵は味方って言うだろ?」


 嘘を言っても仕方が無い。オレは素直に答える。ノンの目付きが変わるのが見えた。


「どういう意味かな? まるでボクたちには【共通の敵】がいるみたいに聞こえるけども……」

「……実際そうだろ?」


 今度はオレがノンを睨んだ。俺には確信があった。奴がこんな場末のカジノにいる事自体が、確信をより深めていた。

 沈黙が辺りを包み込んだ。正直、コイツは【賭け】だ。コイツとオレの間の因縁を脇に置いてでも先に対処すべき問題が今、起きている。コイツがそれをどの程度、不快に感じているか? そして、オレに協力するかの、な。

 やがて、ノンが口を開いた。


「どうしてボクがそうだと思う?」


 それは、事実上、奴が窮地に陥った事を認めた発言だった。


「キッカケは、あのサルベイションの施設でのお前の【影武者】の死に方だ」

「……続けてくれ」

「あの影武者は最後明らかに【口封じ】に射殺された。仮にもサルベイションの責任者であるお前の代行者をな」

「別に問題ないんじゃないのか? 彼は実際影武者だった訳だし」

「お前がそう命じたのなら、な。だが、違うんだろ?

 そもそも、お前からすれば、あのタイミングでオレがアンダーに来るのも計算外なんだろ? じゃなきゃ、お前ならもっとマトモな歓迎会を開いたはずだ。確実にオレを殺せる様にな」


 あの時、オレを殺すにせよ、味方に付けるにせよ、ノンらしく無かった。何て云うべきか、中途半端な印象を受けた。オレの知っているコイツならもっと効果的なやり方で来たはずだからだ。


 ――戦術ってのはさ、先の先の先を読んでいかないとね。


 それが口癖だった奴にしては、対応があまりにも中途半端だったのが、オレにはどうも引っ掛かっていた。半信半疑だったが、今、この沈黙がオレの中の疑問がそれなりに正しかったと教えていた。


「ククフフ――全くキミには敵わないな、レイジ」

「トーゼンだ。オレはお前のボスだったンだぜ」

「確かに、そりゃそうか!!」


 それをキッカケに金庫内に笑い声が巻き起こった。互いの今の奇妙な関係を馬鹿馬鹿しく感じたのだろうか。

 しばらくして――


「まぁ、こうなったら仕方が無いね。確かに、今、組織内のパワーバランスが狂っているのは事実だ」

「お前は失脚したって事か?」

「違うよ、ボクは死んだのさ。あの施設で、【ジャッカル】との交戦でね。そういう風にイメージ付けられた」

「確かにな、影武者であることを公表すれば、生き延びた連中からは良くは思われない」

「どうも嫌な予感がしたから入れ替わったんだけどね。それが逆効果になった訳だ。

 勿論、サルベイションの幹部クラスは影武者のことを知っているさ。でも、彼らの何割かは、そもそもボクの手駒じゃなくてね」

「いざとなればお前を裏切る訳だな」

「ま、そういうことさ」

「じゃ、今のオレ達は闘う必要もないって訳だな」

「残念ながら、ね」

「なら、教えろ? オレが殺すべき相手をな。――――ソイツがバーを吹っ飛ばしたんだろうしな」


 オレは殺気を隠す事なく露にし、笑った。





 ◆◆◆




「目を覚ましたか?」


 俺はベッドに横になっているソイツに声を掛けた。ソイツはこちらを警戒してるらしく、睨み付けてくる。

 ここ数日間はずっとこんな様子だ。意識を取り戻したこの女は【記憶】を失っていた。自分が誰かも、何でこうなったのかも――何もかもだ。

 本来なら、俺も気にしなければいいだけだろう。別にこの女は俺の【モノ】でも無いのだからな。だが、どうしても気になった。柄にも無い事に俺はコイツに大きな【借り】があるのだから。


 コンコン。

 部屋のドアをノックする音。またいつも通りの時間だな。


「勝手に入ればいいだろ、ここはアンタの【庭】なんだからな」


 その声に反応し、ドアが開かれ、コツコツコツという独特のブーツの音。コイツはいつも同じ時間にここを尋ねてくる。

 その全身は帽子からブーツ迄全てが【黒一色】で整えられていた。

 油断出来ない雰囲気を漂わせ、俺もコイツを無視する事が出来なかった。


「どうだ、ソイツは?」

「見たまんまだ。相変わらず、俺を睨み付けてくるだけだ」

「そうか」

「で、いい加減、教えてくれねぇか? アンタは俺をどうするつもりだ?」


 俺は目の前の男に問いかける。

 この男は、通称【クロイヌ】。塔の組織の幹部の一人で、サルベイションの施設襲撃の指揮を取った男。で、俺とソイツの命の恩人って奴だ。

 奇妙な事に敵であるはずの俺をこの男は【治療】した。瀕死の重傷だった俺を息のかかったこの病院に運び込んでな。


 自分でやった事とは云え、目が覚めた時に自分の右手が無かったのは流石にショックを受けた。

 あの野郎との【命の削り合い】に負けた事実を嫌でも認識した。

 だが、不思議な事にあの野郎の事はもうどうでも良くなっていた。もう終わった事だ。


 思い出すのは断片的な記憶だ。瀕死の重傷で動く事も出来なかった俺はソイツに庇われて瓦礫の下敷きにならなくて済んだ。


 ――ソイツを助けてやってくれ。


 敵である俺に治療をしろとこの女は救出された際に叫んでいたのは覚えていた。何故俺を? 自分にとって敵であるこの俺を助けろと言えたんだ?

 その事が頭から離れなかった。

 この女も重傷だったそうで、俺を庇った際に瓦礫の一つが頭を直撃した為に――救助されてからほんの四日前まで意識が混濁した状態だった。

 それで目を覚ました時、この女は生きてきた【証明】を失った。これ迄の【自分】を失ったのだ。

 医者が言うには、一時的な【記憶喪失】らしく、いずれは記憶も戻るらしい。ただ、それがいつになるのかは不明だそうだ。

 俺はコイツから【答え】を聞きたかった。それを聞くまでコイツの側を離れる気にはならなかった。単にそれだけの話だ。


 そして、この目の前の男――クロイヌ。コイツもよく分からない奴だ。組織の兵隊にあれだけの損害を与えた俺をこの男は手ぶらにしていた。普通なら手錠なり何なりして、拘束するべき相手に自由を与える神経が理解出来ない。もしも俺がその気なら、コイツを人質にしてここから出ようとするだろう。それなのに、だ。


「いい加減、何か言えよ」


 口火を切ったのは俺の方だった。このまま黙っているだけの状況には飽き飽きしていた。


「タダより高いモノは無いっていうだろ」

「相手にして欲しいのか?」

「ふざけんな、何で俺を治療したんだ? 当然、目的があるんだろ?」

「………………」


 クロイヌは俺の問い掛けには応えず、禁煙の病室内で葉巻を嗜む。紫煙がうっすらと辺りを包み込んでいく。


「お前には、【仕事】を請け負って貰う」


 クロイヌはようやく俺に本題を繰り出した。


「…………仕事か」

「そうだ。お前に【始末】して貰いたい奴がいる」

「成程ね。別に構わないぜ。どうせ――暇だしな。だが、それならあの野郎を使えばいいじゃねぇか? あんたの子飼いなんだろ」

「…………奴はあれ以来行方不明だ」

「じゃ、死んだのかもな。だが、問題があるぜ」

「問題だと?」


 俺は失くなった右手をクロイヌに見せた。それに【得物】もあの野郎にへし折られたきりだ。

 クロイヌは立ち上がると首をクイッと振った。どうやら付いて来いと云うわけだ。

 そのまま付いていくと外に出ていき、車に案内された。移動する車から目に映る町並みは整然としており――とてもスラムには見えない。

 俺は何度か塔の街を訪れた事がある。で、一応回れる範囲で区域、つまりスラムを見てきた。だが、ここはその何処でも無い。何よりもこれだけ【近く】に塔がそびえ立つ光景は初めてだ。


「…………ここは第一区域か?」


 クロイヌは俺の問い掛けに応える事なく、そのまま車は走り続け、大きなゲートが前に立ちはだかる。運転手が通行証を差し出し、更に指紋と音声チェックをして――ようやくゲートはゆっくりと開かれた。車は、ゲートを越えてすぐの塔、つまり巨大タワービルの入口に入った。エレベーターのような部屋があり、運転手は車から降りるとパネルを操作している。

 グオォォンという稼動音と共にエレベーターが動き出す。そのまま揺られる事、数分。

 エレベーターが開かれると、クロイヌも車を降りた。俺も続けて降りると、後を追った。そして…………見た。


「コイツは……すげぇ」

「これで問題ない、仕事を依頼する――相手は……」




 ◆◆◆




 やれやれと苦笑しながらノンは答えた――その名を。


「その相手の名前は【ヤアンスウ】。別名モグラって爺さんだよ」

「へっ…………あのジジイか」


 オレは思い出す。アンダーに戻る事になったあの日にバーに来た油断ならない雰囲気を漂わせた老人を。


「――上等だよ」


 オレは殺意を抑えられなくなっていた。




「成程ね、ソイツを殺ればいいんだな?」

「お前なら出来るはずだ。ムジナ」

「当然だ、やってやるよ」


 俺は思わず顔がにやけるのを抑えきれなかった。俺が俺である為に相手を殺す、それはごく自然な事だからだ。


「――人殺しは死ぬまで人殺しってな」


 俺はそう、かつてのダチ【ゼロ】の言葉を口にしていた。















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