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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十一話
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黒幕

「クッッ」


 俺の頬から、血が一本の筋になり流れる。

 目の前には槍を構えた男。なかなかの使い手ではある。だが、本来ならここまで苦戦することも無かっただろう。

 原因は明白だ。俺が連戦で血を流し過ぎたから。止血はしてはいたが、休みなく闘い続けでは、傷口が開いていく。振り下ろされた槍を躱す。だが、不意に傷口から出血し、思わず態勢が崩れた。


「きえええええい」


 勝機と見た槍男は声をあげ、気迫を込めながら突きを放つ。 確かに鋭い。今の俺なら躱せないだろう。だが――

 パァン!


 デリンジャーが火を吹いた。眉間を貫かれ、ヨロヨロと目の前を奴が通り過ぎるとそのまま前のめりに倒れ伏した。

 そもそも躱す必要も無い。先に【撃ち抜けばいいだけ】なのだから。思わぬ時間を使ってしまった。先に進まねば。


 どうも状況がおかしい。仮にもここはギルドの拠点だ。確かに俺はかなりの人数をここに来るまでに始末してきた。だが、正直云って【脆すぎる】。敵の抵抗が弱い。俺はここに【死】を覚悟してきた。それくらいの覚悟が必要だったからだ。

 だが、寺の境内に入ってから連中の抵抗がパタリと止んだ。さっきの槍男以外誰とも交戦していない。それにそもそも人の気配が殆ど無い。いるのは俺以外の誰かが暴れたのだろう、気を失っている坊さん姿の連中。誰も死んだ様子は無い。ただ、気絶しているだけのようだ。


「お前の仕業か?」


 俺の視線の先には息を切らしてへたり込むホーリー。奴もこちらに気付くと、


「遅いですよ、いいとこ全部貰いましたよ」


 そう言い、笑った。こいつがここにいるならば、リスの奴もここにいるのだろう。無茶をする奴等だ。


「案内しますよ。今更、ついて来るなって言うのは無しですよ」

「好きにしろ」


 俺も軽く笑うと、先導するホーリーの後ろをついていく。

 少し歩くとザシャザシャという足音。


「あ、ホーリーさん。それにカラスさん」


 リスの奴だった。そしてアイツがおぶっているのはウサギの様だ。薄暗くてハッキリとは分からないが、かなり痛め付けられた様子だ。力無く、だらりとしていた。そしてこいつの事情も大体理解した。

 リスがこちらに近付く。神妙な面持ちで、俺を真っ直ぐに見ながら。その様子でこいつの言いたい事も分かった。


「あ、あの……俺」

「いいから先に行くぞ。お前の行った場所にはお嬢はいなかったんだな?」

「え? …………は、はい」

「ご苦労だった。助かる」


 それだけで充分だ。こいつはこいつなりの【ケジメ】を付けてきた。俺にこいつを責める権利は無い。俺が同じ立場でも同じ事をしたかも知れないのだから。


「あ、でも俺…………」


 それでもリスはあくまで自分のケジメを付けたいのだろう。その目には【覚悟】が感じられた。


「リス君、いいから先に行こう」


 そこにホーリーの奴が割り込み、リスの話を遮った。正直助かる。もしも、リスが説明したら、俺は奴を罰しなくてはいけなくなる。そうしなければ、奴が納得しない。


「先に行くぞ、お前達もついてこい」


 俺はそう言うと先に進むことにした。後はホーリーに任せておけばいいだろうから。




 ◆◆◆




 ウサギの奴を背負い、俺達は薄暗い通路を歩いた。

 その足取りは思った以上に悪く、我ながら情けない。でも、【暖かかった】。背中に感じるウサギの体温は冷えきった俺の身体に届き、まるで心まで温めてくれる様だ。


「なぁ、起きてるか?」

「なんだよ? まだ死んでないよ、アタシ」

「ありがとな」

「は? 何だよいきなり」

「俺さ、お前に会えて良かった」

「何だよ、いきなり変なこと言いやがって。……これから死ににいくつもりなのか?」

「分からない。でも、自分のやった事のツケは自分で支払わないとな」

「だったらさ、アタシも同罪だな」

「な、何言ってんだよ、んな訳あるか」

「あるさ。そもそもアタシがアイツらに捕まらなきゃこんな事態にゃなって無いんだからさ」


 ウサギの言葉に俺は、何も返せなくなった。俺は自分の【身勝手さ】を痛感した。俺ばかりがケジメを付けるつもりでいた事が恥ずかしくなった。

 俺の心を見透かした様に、ウサギの奴が続けて言った。


「死ぬってのはいつでも出来るんだぜ」


 そうだ。俺は自分だけが楽になろうとしていた。自分だけがケジメを取るっていうお題目で死ぬつもりでいた。だが、それは【逃げ】なんだ。大変そうに見えて、簡単な方法に俺は逃げようとしていたんだ。そんなのはケジメを付けたとは言えない。


「ありがとな、ウサギ」


 思わず口に出した。ウサギからは返事がないが、静かな寝息が聞こえた。こいつは俺なんかを信用してくれた。自分を預けて、こんなに無防備に。


『分かったよ、もう簡単に死ぬなんて言わない』


 俺はウサギの寝息と体温に決意を新たにした。



「あ、でも俺…………」


 だから、カラスさんにも全て話してケジメを取るつもりでいた。みっともなくてもいいから、【死ぬ】以外の方法で。どんなに見下されても構わない、俺は生きていかなければいけないのだから。

 カラスさんは、何も聞かずに先を進んだ。


「まぁまぁ、今更言うことじゃ無いって事さ」


 ホーリーさんが俺にそう言った。

 よく見ると、ホーリーさんもスーツが汚れている。地面を転げ回った様に。何ヵ所かは、切られた様な跡もある。ただ、【顔】だけは無傷なのは凄い。


「君が責任を一人で被らなくて良いってことだよ」

「でも、俺は何も言ってないんです」

「いう必要が無いんだよ、そもそもさ。君はもう充分に償ったんだからさ」

「そうなんでしょうか?」

「あぁ、充分にね」


 そう言いながらホーリーさんはいつものように笑った。その笑顔のはくだらない事で悩むなよ、というメッセージが込められているようだった。




 ◆◆◆




 私が通路を出た時の事だった。

 ザシュ、という生々しい音と――誰かがその場に崩れた音が聞こえた。嫌な予感がした。でも、同時に無視できない何かを感じ、私はその建物に、お寺の法堂に入った。

 そこは静寂に包まれていた。ここも他と同じく薄暗い。でも、足を踏み入れた瞬間に鼻をついたのは、【血】の匂い。誰かが、奥に倒れていて、そのすぐ傍にキラリと光る刀の様なものを持った誰かと、もう一人別の誰か。


『ヤバイ――ここにいちゃマズイ』


 そう思った時には遅かった。背後に別の誰かの気配を感じ、思わず飛び退く。

 パッと法堂の明かりが付けられ、思わず目が眩む。


「ほう、ここまでもう来たのかね?」


 そう私に声をかけてきたのは、背の低いお爺さんだった。そしてそのすぐ傍には血の滴る青竜刀を手にした、私にここを出るように示唆したお爺さん。その目には前とは違い、何の感情も浮かんでいない。

 そして私が振り向くと、法堂の照明を付けた人を見た私は思わず驚いた。


「どういう事よ?」


 そう言いながら、二人を見比べた。青竜刀を手にしたお爺さんと、今、背後にいたお爺さんは瓜二つ。並んだら全く見分けが付かないだろう。


「予定よりも随分早いねぇ。まぁ、構わないけども」


 背の低いお爺さんがどうやら二人のボスらしい。彼の「やれ」と言う声で双子のお爺さんが私を前後に挟み込む。

 前にいるお爺さんが青竜刀を構え、後ろをとっているお爺さんは特に何も持たず、素手のままみたい。正直云って分が悪いわ。二人共に隙が無い。先手を打つべきか決断しなきゃいけないみたい。

 青竜刀のお爺さんが仕掛けてきた。すーーっと音も無く、間合いを詰めると一気に青竜刀を振るってきた。後ろに飛び退きつつ私は左肘を後ろに振るった。その攻撃を後ろのお爺さんは両腕を回し身体を捻り躱す。その動きで私の右肩を掴む。そこに青竜刀のお爺さんが詰め寄る。私は回転し――立ち位置を入れ替え、素手のお爺さんを突き出す。その目の前で青竜刀が止まる。


「ハハハハッッッ、大したものだ。確かに君はあの男の娘だ」


 背の低いお爺さんがアトラクションを見た子供みたいに楽しそうな笑顔と歓声をあげた。その様子は心底からのもので、手を掲げると二人が私から離れた。


「悪趣味なお遊びね」

「まぁ、そんなに怒らないで。今のは、あの程度で君が死ぬ訳が無いのが分かっていたからだよ」


 さて、と言いながらボスとおぼしきお爺さんがこちらに来た。その歩き方は、双子のお爺さんに劣らず隙が無く、今の状況が私にとって最悪だということがハッキリした。


「――ご同行願いましょうか、お姫様」


 拒否権は無いみたいね、残念ながら。




 ◆◆◆




「お前は!」


 俺達が法堂の前に来たとき、扉が開かれた。そこから出てきたのは、お嬢とその左右に同じ顔をした老人。そして、最後に姿を見せたのは、【モグラ】だった。


「これはこれは皆様お揃いで」


 モグラの奴は法堂の階段の最上段から俺達を見下ろす。その表情はこれまでの様な小心者のそれでは無く、自信に満ち溢れており――かつて俺が殺す様に命じられたギルドの幹部【ヤアンスウ】そのものだった。


「本性を表したと云うわけか?」


 俺はそう言いながら奴を睨み付けた。もし、視線で人を殺せるというなら、間違いなく今、使っているだろう。

 今の俺の残弾は足首のデリンジャーだけ。それも二発で三人は殺せない。お嬢の左右にいる老人には見覚えがある。奴がアンダーに隠れていた際に、常にその傍にいた執事のような男だ。

 どちらが執事だったのかは分からないが、一人が青竜刀を持っている。


「本性ですか…………あなたから見ればそうかも知れません。

 だが、私からすれば、アンダーにいたときも、今も私は常に私でしかない。違うのはそういうあなたの見方が変わったということではありませんか? レイヴン」

「俺をその名で呼ぶな」

「無理はしない方がいいですよ、あなたはもう半死半生。他のお客様方もボロボロだ。……抵抗するだけ無理というものだ」


 奴のいう通りだった。今、この状況下ではお嬢を抑えているあちらの方が圧倒的に優位だ。あのお嬢が大人しく捕まるはずが無い。その事実が連中の実力をこれ以上無く物語っている。


「あなた方には感謝しているんですよ、お陰でこちらの損害は殆ど無い。ほぼ無傷でここを潰せたんだから」

「てっきりギルドに返り咲きたいのだと思っていたんだがな」

「かつてはそうでしたよ…………もう昔の話ですがね」

「もう、必要が無い、という訳か?」


 奴は満足そうに大仰に頷く。


「今の私は、ギルド以上の力がある。もう、あの穴蔵アンダーに戻る必要も…………」

「そこまでだ!!」


 奴の話を遮り、姿を見せたのはゲンさん。その手には普段は持ち歩かない拳銃【SIGザウアーP230】の銃口をモグラに向けていた。


「よぉ、カラス。相変わらずムチャばかりしやがって」

「ゲンさん、あんたも無理するな」

「よぉ、レイコ。元気だったか?」

「見ての通りよ、お姫様扱いで毎日楽しいわ」

「そうか、何にせよ。何だかんだで皆無事みたいで良かったな、ガハハッッ」


 豪快に笑うゲンさんを尻目にモグラが動こうとする――ゲンさんは「おっと」と言いながら、銃口を動きに合わせる。


「アンタが何者かは知らん、だが、下手な真似はせんことだ」


 ゲンさんは油断なく銃を構えながら、ゆっくりと間合いを詰めていく。双子の爺さんはお嬢が警戒しており動かない。モグラが口を開いた。


「――あなたは確か、ゲンさんでしたねぇ。塔の街、それも第十区域の警察官。カラスさんことレイヴンとの付き合いも長く、彼の云わばパートナーの一人」

「余計なお喋りは後で聞かせてもらう。まずは手錠を掛けてもらうか」


 ゲンさんはそう言いながら、ポケットから手錠をモグラに向け、投げた。奴は大人しく手錠を右手首に付ける。どうも妙だ。あまりにも簡単過ぎる。ギルドを潰すのにここまで手の込んだ計画を実行した奴がこんな事態を予期していないとは思えなかった。

 そして気付いた。これは、奴にとって【想定内】のことなのだと。


「ゲンさん、逃げ――――」


 俺の叫びが届く前に事は起きた。

 ゲンさんの胸部を一本の【矢】が貫く。

 まるでスローモーションを見ている様にゲンさんの身体は宙を舞い、石階段を転がっていき――目の前に転がり落ちた。


「ゲンさん? 嘘でしょ」

「………………」


 お嬢が悲鳴に似た声を上げる。

 リスの奴も、ホーリーも絶句していた。


「可哀想にねぇ」


 モグラ、いや【ヤアンスウ】の声が嘲笑う様に沈黙の中響いた。
































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