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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十一話
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ヤアンスウ

 その夜。次々と入ってくるのは思わず耳を疑いたくなる程の報告ばかりだった。

 あろう事か真正面からたった一人の侵入者。ソイツはいまだにこちらに向かっている。

 迎撃に繰り出したギルドの【凶手】は悉くソイツの前に返り討ちに遭い、全員死亡。

 相手の姿を捉えたカメラの映像を見て、ソイツが【レイヴン】と呼ばれる元殺し屋で、今はカラスと呼ばれている事と、こいつに先日【針使い】が殺られた事を思い出し、男は心底ゾッと震えが走るのを感じた。


『何故奴がここに――』


 それが、男の真っ先に浮かんだ事だった。針使いはギルドの凶手の中でも恐らくは二番手か三番手の実力者だった。

 彼、つまりギルドのここいら一帯の統括である【頭目】である男にとっては【子飼いの駒】であり、ゆくゆくは自分の側近にしようと考えていた程の。その彼が殺されたと聞いた時、彼の脳裏に浮かんだのは【報復】ではなく、【恐怖】だった。

 彼は自分が頭目になれたのは、自身の【臆病さ】があったからだと考えていた。


 ギルドの凶手はその訓練過程でおよそ人間性を削ぎ落とされていく。何故なら、【凶手】とは標的を殺す為に存在する者。効率的かつ、確実に標的を仕留めるに当たって、余計な雑念は必要無い事だからだ。実際、ギルドの人員の一番死亡率が高いのは訓練課程。

 彼等が扱う様々な【暗器】を其々の指導担当者が身体の一部になるように仕込む課程については、担当者に一任されており、結果――つまり優秀な【凶手】さえ出せれば多少の【犠牲】は黙認されていたのだ。

 簡単に云うなら、凶手の育成はひどく【非効率的】であり、その生産性は悪い。様々な暗器を一つ極めた特化型の殺し屋――それが凶手。そして、あくまでも【少数精鋭】の暗殺機関。それがギルドというネットワークの存在意義だった。

 そんな性質の集団を統率するに当たって最も重要なことは、【慎重さ】だと彼は考える。だからこそ、かつて自分と頭目の就任を巡って争ったライバルであった【ヤアンスウ】を蹴落とした際に、外部の殺し屋を使った事も、結局は咎められなかった事も全ては、【根回し】によるモノだった。

 あの男が死んだのは自分の根回し等もあったが、その最大の理由は【大胆】だったからだ。大胆さが周囲の反発を招いたのだ。

 ヤアンスウは、ギルドの規模の拡大を常々考えていた。その為には現在のギルドを変革する必要があると、【長老】に訴えていた。


 ――今こそ、ギルドも変わるべき時です。もはや、かつての様に世界は広く繋がっていない。

 ギルドも各地域毎に分断され、このままでは徐々に衰退する事は必定。だからこそ、変わる世界に応じて我々も変わらなければならないのです。


 ヤアンスウの【変革】の要点は、凶手の育成方式だった。現状の効率の悪さを改善し、凶手の人数を増員する事に重点が置かれており、それはつまり、訓練課程の見直しに直結していた。

 それを苦々しく思ったのは指導担当者達だった。ヤアンスウは彼等が【無能】だと考えていると受け取り、彼の排除を試みた。老いたりとは云え、彼等もまた一流の凶手だった者達だったからだ。


 だが、結局その試みは実行されなかった。ヤアンスウは既にギルド内に支持者を集めていた。ヤアンスウを支持したのは、現役の凶手達だった。彼らもまた、ギルドの現状に疑問を持ち、ヤアンスウによる変革を期待したのだ。

 更に、ヤアンスウは独自に【塔の組織】とも人脈を構築しつつあった。塔の組織との争いは長老も、指導担当者達も望まない事だった。既に塔の組織の勢力は絶大で、まともに戦争出来る相手では無く、【緩やかな休戦】の現状に満足していたのだ。

 このままでは、凶手達の支持と組織の後ろ楯を受けたヤアンスウが次の頭目になるだろうと思われた。そこで、男は彼の排除に【外部の殺し屋】を使う事を長老に提案したのだ。


 長老が直々に塔の組織の幹部と話し、一番優れた殺し屋の派遣を依頼。そして送られたのが【レイブン】。

 遠目で、彼を見た時の事を今でも男は思い出せる。


 レイブンは大戦中に様々な戦場で任務を果たした特殊部隊の一員。その名は【マスター】と呼ばれる最強の兵士が直々に付けたとの触れ書きで、ソイツがどの程度の奴なのかを見てみたいと考えた彼は、長老とレイブンの話し合いに同席した。


 見た瞬間に感じたのは【恐怖】だった。

 圧倒的な【死の匂い】。一体どれ程の訓練、どれ程の人数を殺せばこんな匂いを纏えるのか分からなかった。


『コイツなら、ヤアンスウを殺せる。……だが、コイツは敵に回してはいけない』


 レイブンは、依頼通りにヤアンスウを殺した。詳しい方法は聞きたく無かった。彼の死に伴い、凶手の何人かが、ギルドを抜けた。だが、もうどうでも良かった。結果として、男は【頭目】になったのだから。

 そして、ギルドはヤアンスウの言葉通りに緩やかな死を迎えつつあった。最早、ギルドに【仕事】を頼まずとも、塔の組織に依頼した方が確実だとも陰口を叩かれている。

 だが、それはそれで構わない、と男は考える。

 形あるものはいつか必ず滅びる。


『永遠のモノなど有り得ない』


 それが男の人生観だった。塔の街を押さえるここのギルドは世界中の他の支部に比べてもその規模は大きい。それでも衰退は免れなかった。

 既に規模の小さな支部はそれぞれの地域の犯罪組織との【戦争】により消滅したり、合流したり等と次々消えていっているそうだ。


『緩やかな死を迎えつつ――か。それもこのザマだ』


 たった一人。たった一人の殺し屋がキッカケでここも恐らくは一気に【死】に近付いた事だろう。


『それにしてもどうしてこうなった?』


 自身の手下にはカラスに関わる事を禁じたはずだった。なのに一体何故こうなったのか?

 奴の様な殺し屋がこんな暴挙とも云える行為に出るのが理解出来なかった。


『あの男は快楽殺人者シリアルキラーでも、その辺にいる使い捨ての鉄砲玉チンピラでもない。

 ――――奴の様なプロは通常、妙な感情では動かない。なら、何故?』


 彼はここ数日の出来事を思い返してみた。そして、結論はすぐに出る。


『――――あの小娘か!!』


 それしか思い付かなかった。あの小娘は誰かが迎えに来ると言っていた。あの時は聞き流していたが、その時に聞き返せば良かったのかも知れない。そう言えばあの娘を捕らえたその経緯も考えてみれば妙だった。


 ――あの【マスター】の一人娘が【塔の街】にいるらしい。


 その情報が耳に入った。直ちにその情報のウラを取り、事実だと発覚。彼女の身を確保するように命じた。

 マスターの持つ様々な知識は莫大な金になる。その為に世界中の様々な組織が彼に接触した。だが、彼は決してその知識を明かさず、悠々自適に生きている。

 彼の周囲には自身の率いた【部隊】の生き残りが護衛についていて、迂闊に誰も手を出せなかった。

 だからこそ、【娘】は状況を変えられる切り札になり得る存在だった。


 そして、思い至る。マスターは自身の率いた部隊の中でも最も腕が立ち、信用出来る者に娘を託したと聞いていた。そして、部隊の中には【レイヴン】の名を持つ者がいた事を。


『そう云うことか!!!』


 そして確信する。この一連の【流れ】が何者かの意図によるものだと。

 その【指揮者】は、様々な情報を自分まで届かない様に遮断や、内容の操作をし、ここまで手の込んだ計画を実行した。ギルド内に内通者がいて長年に渡って仕込みをし、あの【小娘】を用いる事で、自身の【手】を汚すこと無く、ここを、自分を消す算段を立てた男。

 そこまで出来る男は彼の知る限り、たった一人だった。


「…………ヤアンスウ、お前の仕業と云うわけだな」


 そして、そのまま彼は振り返る事も無く、「因果応報、すべては自分に返る」とだけ呟き――討たれた。


 しばらくして気配を感じ、目を開く。

 その最期の瞬間に見えたのは、青竜刀をその手にした護衛の【ツイィ】とその背後にいたかつての【友の姿】だった。 


「――さて、長生きした甲斐があったね。ようやく、【借り】を返せた」


 ヤアンスウと呼ばれたその男は穏やかに、だが、どこまでも冷徹な視線をかつての友に向けていた。次の瞬間、ツイィは自分のボスであった男に止めを刺した。









 









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